優しい護衛が嫉妬で壊れてレイラを壁際に追い詰める話
その日、ふと胸がざわついた。
レイラは理由もなく、テュエルの働く姿が見たくなった。
「少しだけ……顔を見に行くか。」
そう呟きながら稽古場へ向かう。
──カンッ、カンッッッ!
木剣がぶつかる音が響く中、
汗に濡れた凛々しいテュエルの姿があった。
レイラ
(よかった……ちゃんと頑張っているじゃないか)
と任せてよかったと安堵する
レイラが姿を現した瞬間。
テュエルの表情がぱあっと明るくなる。
子どもみたいに無垢な喜びがあふれ、
迷いなく駆け寄って——
「レイラ様っ——」
……そのレイラの後ろに、
ゆったり歩くシャガルの姿を見た。
その瞬間、
テュエルの表情は “きしり” と音を立てるように歪んだ。
笑顔がゆっくりと剥がれ落ち、
目の奥で黒い何かが蠢く。
レイラ
「…テュエル、稽古は順調か?――」
テュエル
「…………」
「帰れ。」
レイラ
「…………え?」
シャガル
「なんだいきなり。
虫の居どころが悪そうだな。」
(せっかく見に来てやったというに)
テュエルは視線をレイラではなく、
シャガルだけに突き刺す。
テュエル
「“邪魔” だ。」
その声は冷たく、低く、
レイラに向けたものとは到底思えなかった。
シャガル
「ったく。なんて嫌な男だ。
……帰るぞ、レイラ。」
レイラ
「……………うん……」
レイラが振り返った瞬間、
テュエルの表情はまた別の意味で歪んでいた。
——悲しみでもなく
——怒りでもなく
——ただひたすらに、苦しむ獣のような表情。
レイラ
(テュエル……?)
それでもテュエルは言葉を飲み込み、
ただ二人を通り過ぎさせる。
すれ違った瞬間、
テュエルの拳は白くなるほど握られていた。
(……行かないで……行かないでレイラ様……)
(行くな……行くな……あいつと……)
(行かないで……ここに……俺のそばに……)
けれど声には出せない。
二人の背中が遠ざかっていくその光景は、
テュエルの心に深く深く、
刺さったまま抜けなかった。
――――――
宮内の細い回廊。
静かなはずのその場所で、レイラの足音だけが微かに響く。
彼女は俯き気味で歩いていた。
(……テュエル……どうしたんだ……
あの日……“帰れ” と言った時の顔……
悲しみと、怒りの匂いだった……
私が……また間違えたのか……)
胸がざわつき、呼吸が浅くなる。
ずっと寄り添ってくれていたテュエルが――
遠ざかっていくようで——心に影が落ちていく。
レイラはそんな不安な気持ちで、
とぼとぼと歩を進めていた。
──その瞬間。
ガッ
影の中から伸びた手が、
レイラの手首を急に掴んだ。
レイラ
「っ……!?」
引き寄せられる勢いのまま、
レイラの背は冷たい壁へ押しつけ
追い込まれ——ドンッ!!と鋭い音が響く。
ほとんど抱き寄せるような距離で、
テュエルの片腕が壁際にかかり、
逃げ道を完全に塞いだ
レイラ
「テュ……エル……?」
近い――。
異常なほど近い。
息が触れる距離。
テュエルの瞳は闇色に沈み、
焦点がどこにも定まっていない。
ぐらつくような狂気。
嫉妬に塗れた黒い炎が、
静かに、しかし確実に燃えていた。
レイラの喉が震え――
ひとつ、静かに飲み込む音がした。
テュエル
「レイラ様……今日は……
“何をしていた”んですか……?」
声は低く抑えているのに、
その奥には噛み殺した怒りが蠢いている。
レイラ
「な、何って……執務と……あとは……」
テュエルの眉が僅かに跳ねる。
(……まただ……
また“俺じゃない誰か”と……?
それとも……隠してる……?
シャガル……?
あいつか……?
あいつと一緒にいた……?
笑い合った…?
いやだ……いやだ……
奪われる……?
そんなの……許さない……
許せるはずがない……)
内側で黒い声が渦巻いていく。
テュエル
「“それだけ”ですか……?
……あいつとは……?
シャガルとは……?」
言葉の端が、
怒りも悲しみも混じる “狂気の震え” に変わっていた。
レイラ
「ちょっと待て、テュエル……落ち着――」
逃がさないように、
テュエルは自分の足をレイラの足の間に差し込み、
完全に動きを封じる。
レイラ
「っ……!」
恐怖が走る。
体がすくむ。
そして掴んだ腕の力が、
じわ……じわ……と強くなる。
テュエル
「……答えてください……
レイラ様……“誰と過ごしていた”んですか……
どうして……
どうして……ボクじゃなくて……“あいつ”なんですか……?」
声はかすれているのに、
言葉の熱だけは異様に高い。
剥き出しの独占と嫉妬。
レイラ
「…………テュエル……痛い……よ……」
その一言。
潤んだ瞳。
震える声。
テュエルの意識が“ハッ”と戻る。
目が大きく揺れ、
表情が崩れ落ちる。
テュエル
「……っ……も……もうしわけ……っ……!!」
掴んだ手を慌てて離し、
レイラから距離を取る。
その顔は血の気を失い、
焦燥が滲んだ表情はひどく乱れていた。
罪悪と混乱がせり上がり、
追い詰められた獣のように、瞳だけが鋭く光っていた。
目を合わせることもできず、
そのまま、逃げるように背を向け——
回廊の奥へと走り去っていった。
レイラは壁にもたれ、
痛む腕を押さえながら、
小さく震える声でつぶやく。
レイラ
「……テュエル……どうしたんだ……
なんで……こんな……」
回廊には、
レイラの不安だけが取り残された。
――――――――




