執務中の姫を強制拉致してデートに連れ出す最強妖王
――レイラに頼まれたから。
その一言だけで、テュエルは朝から稽古場へ向かった。
薄い朝靄が漂う訓練場。
兵たちは整列し、彼の号令を待っている。
だがテュエルの意識は、そこにはなかった。
(……レイラ様は、今……何をしている……?
執務中か? それとも……
“あいつ” が……側にいるのか……?)
剣を振る動きはいつもより鋭い。
鋭すぎて、兵が後ろへよろめく。
兵
「っ……す、すみませ……!」
テュエル
「立て。次だ。」
声は冷静だが、
その横顔は張りつめた糸のように危うい。
(どうして……“今”俺は……
レイラ様の側にいない……?
どうして“あいつ”に……隙を与えている……?)
苛立ちが喉奥でじわじわと熱を帯び、
兵が少し遅れれば、
いつもなら流す程度のミスにも反応してしまう。
テュエル
「遅い。」
その一言に、兵が震える。
(……気が散る……
レイラ様のことばかり……
頭から離れない……)
稽古を終え、
休む間も惜しむようにそのまま踵を返す。
――レイラの元へ。
────────────────────
扉を叩き、返事を待つことすらせず滑り込む。
レイラは机で書を読んでいた。
レイラ
「あぁ、テュエル。稽古、お疲れさ――」
テュエル
「レイラ様。」
静かな声。
だが意志が強すぎて、空気が震える。
テュエル
「……本日は……何をして過ごされていましたか?」
レイラ
「…えっ?…何を……?」
テュエル
「朝は? 誰と会いました?
執務の内容は?
誰が部屋に来ました?
外には出ましたか?
……シャガルとは……話しましたか?」
質問の一つ一つが、まるで尋問のように細かい。
レイラ
「…………
朝は書類を整理して……
その後は――」
テュエル
「それが終わった後は――?」
レイラ
「…………」
テュエルは一歩だけ距離を詰めた。
近すぎる。
その瞳は、静かで、鋭くて、
覗き込まれているような感覚。
テュエル
「……“それだけ”ですか……?」
声はいつもの優しさの形をしている。
だが温度が違う。
冷えていて、でも底に火がある。
視線はレイラを射抜くようで、
逃げ場がない。
レイラ
「……それだけだ……本当に。」
テュエル
「…………そうですか。」
ようやく張りつめた空気がほんの少しほどける。
だがその目だけは、
“誰かが近づいた痕跡を探す獣”
そのままだった。
――――――――――――
テュエルが稽古に出てから、まだ間もない。
レイラは静かに執務を進め、判子を押す手を少し伸ばしたその瞬間――
――バァンッ!!!
静寂を叩き割るように、扉が開いた。
レイラ
「――っ!?!?」
突然、扉が勢いよく開かれた。
堂々たる王・シャガルが仁王立ちで現れる。
シャガル
「レイラ!! 行くぞ!!」
レイラ
「……どこに行くというのだ。今は仕事中だ――」
説明を許さない。
シャガルは迷いもなく歩み寄り、
そのままレイラの腰に腕を回し――
レイラ
「――ぇ……」
ひょい、と軽々抱き上げた。
シャガル
「外へ行くぞ!! 今からだ!!」
レイラ
「…おい…仕事が終わっていない……書類がまだ――」
シャガル
「その程度、後でもどうとでもなる!!」
レイラ
「お前が言うな……」
シャガルは答えずそのまま連れ去る。
完全に誘拐だ。
――――――――――
城外・南の緑の草原
――――――――――
陽が差し、風は涼しく、
まるでこの日のために用意されたような場所。
レイラ
「……ここは……」
シャガル
「もちろん余が見つけ出し、選んだ!
“レイラが喜びそうな場所” をな!」
胸を張るシャガルの足元には、
大きな籠が置かれていた。
シャガルはその籠を開き、
レイラの好物の“魚のむすび”、
普段こっそり食べている甘味、
茶菓子まで次々と並べていく。
レイラ
「!」
シャガル
「どうだ。レイラの好きなもの、全部揃えてあるぞ。」
レイラ
「…これ……全部……私の好物ではないか……」
シャガル
「うむ。余は全部覚えている。
準備は爺に手伝ってもらったがな。」
レイラ
「……………(爺すまない)」
シャガルは満足げに頷く。
シャガル
「レイラ、これは特に好きだろう?
お前をよく見ていれば分かる。」
レイラ
「……お前、そんなに私を見てたのか……」
シャガル
「当然だ。」
その言葉に、胸の奥がじわりと熱を帯びる。
――――――
青みがかった銀髪がふわりと揺れ、
小さな枯れ葉が一枚、髪に引っかかった。
シャガル
「……レイラ、動くな。」
レイラ
「……?」
シャガルがそっと距離を詰め、
指先で枯れ葉を摘み取る。
その指が髪に触れる一瞬、
胸の奥がくすぐったく跳ねた。
シャガル
「葉がついていた……。」
「……お前の髪は、光に当たると本当に綺麗だな。」
レイラ
「…………急に……どうした……」
シャガル
「気づいたことを言っただけだ。余は嘘をつかん。」
レイラ
(……嘘じゃない……匂いでわかる……
お前は、本当……真っ直ぐだな……)
――――
レイラが菓子を口に運ぶと、
シャガルはニコニコしながら顔を覗き込む。
シャガル
「どうだ? 旨いだろう?」
レイラ
「……別に、お前が作ったわけではないだろう……?」
シャガル
「それは……そうだが……」
ふと、レイラの口元に小さな食べかすがついているのに気づき――
シャガルはその頬に指を伸ばし、
そっと払い落とす。
レイラ
「……!?」
シャガル
「付いてたぞ。」
と、イタズラっぽく微笑む。
レイラは耐えきれずふいっと顔を逸らす。
シャガル
「レイラ、
お前は照れると眉が寄るな。可愛いぞ。」
レイラ
「……照れてない……」
ほんのわずかに、視線を逸らす。
シャガル
「そうか? 顔が赤いが?」
レイラ
「うるさい……見るな……!」
レイラは照れ隠しに軽くシャガルを突き飛ばす。
シャガル
「のわッ!!!」
草の上に派手に倒れるシャガル。
その姿にレイラは思わず――
レイラ
「……ふっ……」
小さく笑ってしまう。
その笑顔を見たシャガルは、
胸を撃ち抜かれたように固まる。
シャガル
「……お前が笑うと、嬉しい…。
…いつも笑顔でいろ。」
レイラ
「……なぜだ……?」
シャガル
「言ったであろう?
好きだからだ。
お前のことを……ずっと。」
レイラ
「……………」
シャガルはさらに距離を縮め、
そっとレイラの手に触れた。
シャガル
「レイラ……お前の手は冷たいな。
……でも、気持ちがいい。」
そう言って、掌にそっと口づけを落とす。
レイラ
「…………ッ!」
思わず手を引こうとするが、
シャガルは逃がさず優しく包み込む。
シャガル
「逃げるな。今は余と過ごせ。」
拒否できないほど真っ直ぐで、熱くて強い。
シャガルの想いに、レイラは成す術なく俯くしかなかった。
でも――
風も陽の色もやわらかくて、
レイラはいつの間にか心の力が抜けていた。
その穏やかな時間が、
誰かの胸をどれほど掻き乱すのか――
この時のレイラは、
まだ知らない。




