桃色ティータイム
レイラは机の上の皇務の山を前に、
いつもの氷のような無表情で書類を捌いている。
そこへ――
空気をぶち破る声が響く。
シャガル
「レイラァァァァ!!
見よ!お前に似合う花を摘んできたぞぉ!!」
両手いっぱいの花束を抱えて突撃してくる。
レイラは書類から目も上げず、
「……ありがとう」
とだけ言って受け取り、
一瞬で脇に置いて仕事へ戻る。
シャガルは「受け取ってもらえた」という事実に満足する。
シャガル
「レイラ!その花は――」
テュエル
「皇務の邪魔だ」
シャガル
「チッ…………」
(邪魔な猿め……)
――しかし、シャガルは止まらない。
シャガル
「レイラ!!この着物の刺繍!
この桜のような淡い色も!!
絶対にそなたに似合うはずだ!!」
レイラ
「……邪魔するな」
シャガル
「ぐっ……!!」
――それでも諦めない。
シャガル
「レイラ――!!」
パァンッ!!!
突然、後頭部に衝撃。
シャガルの頭が前にカクンと揺れる。
テュエル(頭に張り手を入れる)
「このバカ殿が!!いい加減にしろ」
シャガル
「いだぁぁぁ!?」
テュエルは無言で腕を掴み、
レイラから物理的に引き剥がす。
レイラは書類をめくりながら淡々と、
「……助かる、テュエル」
と告げる。
テュエルの耳がぴくりと動いた気がした。
シャガル
「猿、貴様……いつか仕返しを……!」
テュエル(目だけ笑わず)
「どうぞ。いつでもどうぞ?」
シャガルは黙った。
――
レイラは皇務の合間に、ふらりと稽古場へ向かう。
兵たち
「ひ、姫様!!お疲れ――あっ!!」
レイラ
「手元が甘い。剣を貸せ」
その一言で空気が引き締まる。
レイラは兵の木剣を借り、
軽い投げ、受け流し、斬り返しを連続で披露する。
兵たち
「すげぇ……」
「相変わらずキレが……!」
「流麗だ……」
「美しい…………」
小さな演武のような空気が生まれ、
周囲は自然と湧き上がる。
――
少し離れた場所で、テュエルは
完全に見惚れていた。
テュエル
(……レイラ様……かっこよ……
いや……うつくし……
……あぁ……尊い……)
横にいた兵が、小声で言う。
兵
「テュエル様……顔、ゆるみすぎてますよ……」
テュエル
「ハッ……危ない……
レイラ様に醜悪な姿を見せるところでした……」
すぐに姿勢を正す。
その背後から、シャガルが一言。
シャガル
「ふん……気持ちの悪い顔をしおって」
テュエル
「お前だけには言われたくない!!」
ビキッ――
その瞬間。
二人の足元から――
ズズッ……と、
嫌な気配が湧き上がった。
兵たち
「ああぁ……!やばいやばいやばい!!
あれは絶対止めないといけないやつだ!!」
―――――――――――――――
シャガル VS テュエル
打ち込み稽古(名目)=ただの喧嘩
―――――――――――――――
開幕――
シャガル
「望むところだ!かかってこい腹黒猿!!」
テュエル
「上等だバカ殿!!」
二人は木剣を兵たちからひったくり、
バチィィィィン!!
火花を散らしながら打ち合いが始まる。
兵たち
「やめてくださーー!!!」
「うわああああ!!」
止めに入った兵が、まとめて吹き飛ぶ。
ドゴォォォォ!!
兵A
「ぎゃあああ!!」
兵B
「ああぁぁ!!骨折れたかも!!」
稽古場が一気に地獄の乱闘と化す。
――その時。
レイラ
「……何をやっている……お前たちは」
稽古場が一瞬で静まり返る。
シャガル
「レ、レイラ!!こいつが先に――!」
テュエル
「いいえ!コイツが先に!!」
レイラ
「喧嘩両成敗だ――」
シャガル&テュエル
「ひっ……」
レイラの握る木剣が、パキンと軋む。
レイラ
「兵を巻き込むな
そんなに打ち合いたいなら……次は私が相手だ」
シャガル&テュエル
(それは……まずい……!!)
シャガル&テュエル
「す、すみませんでした」
――乱闘、即終了。
兵たち
「姫様……助かりました……!」
レイラ
「うちのがすまなかった――
医務室で手当してもらってこい」
兵たち
「姫様……!♡」
(お優しい……♡)
(天使だ……♡)
(いや……女神……?♡)
兵たちの周囲だけ、ふわふわとした空気が漂う。
どこからともなく花が舞い、完全に“ピンク色の空間”になっていた。
全員が見惚れたように頬を緩ませ、
現実を忘れたような顔でレイラを見つめている。
それを見て――
シャガル
「……なんだあの空気は」
テュエル
「……気持ち悪いですね」
二人の視線は、完全に冷え切っていた。
シャガルはわずかに眉をひそめ、
テュエルは無言のまま視線を細める。
どちらも口には出さないが――
(……気に入らん)
その感情だけは、完全に一致していた。
――――
稽古後の静かな中庭。
レイラとシャガルは、
湯気の立つ茶を前に向かい合っていた。
さっきまでの騒ぎが嘘のような静けさ。
遠くでは、テュエルが女官に呼び止められている。
女官
「あ、あの……テュエル様……以前から……
あなたを、その……」
テュエル
「………………え?」
距離は離れているが――
その声は、二人にははっきりと届いていた。
人ならば拾えないほどの小さな声でも、聞き逃すことはない。
シャガルは茶をすすりながら、片眉を上げる。
シャガル
「……ほぉ。あの猿、意外にもモテるのだな」
レイラ
「そうだな」
その淡々とした返答が、妙に刺さる。
シャガル
「……レイラ、お前はあれを見て何とも思わんのか?」
レイラ
「好意など個人の自由だ」
シャガル
「いや、自由とかではなく……」
少し身を乗り出す。
「……あの猿が、誰かに取られてもいいのか?」
レイラ
「……?」
本気で理解していない顔。
その無垢さに、シャガルの胸が騒ぐ。
(……なんだ……?
看病の夜、うわ言で“テュエル”と呼んだ)
(てっきり……心はあの猿に向いているのだと思っていたが……)
数秒の沈黙。
レイラは茶を見つめながら、わずかに思案する。
レイラ
「……すまない。まったく、その展望が湧かない
あいつが戻ってこない事など……ありえん」
揺らぎも、迷いもない。
絶対の信頼。
シャガルの胸が、強く鳴る。
シャガル
(……なんと……
これは……ただの主従ではない……)
(魂で結ばれた絆……
余が踏み込むには……あまりにも深い……)
ただの嫉妬だったはずの感情に、
確かな“痛みと熱”が混じる。
(余は――この目の前の女を、
きっと想ってしまっている。)
気づいた瞬間、呼吸が浅くなる。
だが同時に――
レイラがさっき兵を相手に見せた強さ、
戦で積み重ねてきた覚悟を思い出す。
(……いや。レイラは誰かに依存するような者ではない。)
(あれほどの強さを持っている……)
(そもそもこやつは――感情が乏しい。
心が動きづらい……人のように、簡単に情が形になることはない……)
(あの猿との絆が深くとも……
それを恋と決めつけるのは、余の傲慢か……)
(……まだ踏み込む余地はある……)
少しだけ胸の痛みが和らぐ。
レイラ自身が、まだ何も“特別な意味”を理解していないから。
シャガルはその火を誤魔化すように、
わざと意地悪そうに笑ってみせた。
シャガル
「では。余が他の者に取られたらどうする?」
レイラ
「…好きに行けばいい。」
即答。
一拍もなかった。
シャガル
「ッ……!?」
胸を貫くような、
予想以上の痛み。
シャガル
(な……なんだ今のは……
余は……なぜ傷ついておる……?
レイラの言葉に、こんなにも……)
自爆しつつも、
やっと自分の心の位置がわかりはじめる。
そもそもここまで”そんなこと”を
ずっと気にしたことがなかった
——これはもう、所有欲ではない。
——臣下への愛着でもない。
——恋だ。
気づいた瞬間、情けなくて、
でもどうしようもなくレイラを見てしまう。
その時。
テュエル
「……随分と楽しそうですね?」
戻ってきたテュエルの声が、
やや低い。
レイラは空気を読まず一言。
レイラ
「告白されていたな、どうだった?」
テュエル
「もちろん断りましたよ。
ボクにはレイラ様以外に
“1秒足りとも” 割く時間などありませんから^^」
シャガルはその言葉の“真っ直ぐさ”に
思わず背筋が冷える。
シャガル
(……強敵……いや……
これは……本気で立ち塞がる壁だ……)
テュエルがレイラの隣に座る。
その動きは迷いがない。
守りたい・尽くしたいという気持ちが
全身から溢れている。
だがその横で、シャガルの胸にはまだ熱が残っている。
恋の火は、
一度ついたらもう消えない。
——そしてこの恋は、
簡単には成就しない。
簡単には諦められない。
しかし――余は妖だ
そんな“長い物語の予感”が
静かに灯っていた




