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看病されただけなのに護衛が殺しに来た件


シャガルはその後、昏々と寝込んだ。


何千年も生き、傷を負っても瞬きの間に治癒し、

“風邪”などという人間の弱さとは無縁だった男が――


初めて、熱に身体を侵されていた。



(……馬鹿は風邪をひかぬ、などと申すが……

 余ほどの存在は、それすらも超越しておるはずだろうが……)



そう思いたかったが――


体は鉛のように重く、

筋肉は内側から締め上げられるように痛み、

呼吸さえ熱を帯びる。



悪夢が次々と押し寄せる。


血、灼熱、闇、誰かの悲鳴。

そして最後に――レイラが遠ざかっていく、恐ろしく嫌な夢。


 

シャガル

「余には……怖いものなどないはずだ……

 なのに……なんだ……これは……っ」


 

熱が、心までも崩していくようだった。


ほんの数日前、レイラがこの苦しみに耐えていたのかと思うと、胸がざわつく。



(……あやつは……これを……

 ずっと黙って……耐えて……)



朦朧としながら、そんなことを考えてしまう。



――



ふと目を覚ますと。



まるで世界から音が消えたようだった。



“シーン”と、逆に耳が痛いほどの無音。


誰もいない自室。

巨大な屋敷の中で、ここだけ時間が止まったような孤独。



妖の王シャガルでさえ――

力が弱ると、胸が締め付けられるような寂しさを覚えた。



(……弱っておると……

 こんなにも……心細いものなのか……)



その瞬間。

 


――す……。



襖が、ゆっくりと開いた。

 


光が差し込み、影が伸びる。


その中心に立っていたのは――レイラだった。


 


シャガルは息を呑む。


声にならない安堵が、胸の奥で弾けた。



レイラ

「シャガル……大丈夫か……?」



その声音は、いつもより驚くほど優しかった。



レイラは静かに傍らへ来て、膝をつく。


額に手を当てると、シャガルは瞼を震わせる。


 

レイラ

「……すまない……私が移してしまったみたいだ……

 こんな辛い思いをさせるつもりではなかった……」


 

その謝罪は、罪悪感と心配が混ざった深い響きだった。



シャガル

「……お前の手は……冷たくて……心地よい……」


「お前は……本当にいつも……体が冷えておるな……」


「……もっと温めよ……

 また……風邪を……引く……」



雪女であることなど知らないシャガルは、

本気でレイラの身体を気遣っていた。



レイラは少しだけ目を伏せ、

言いかけた“真実”を飲み込む。



一瞬、テュエルの顔が脳裏をよぎり――

「やめておこう」と、そっと微笑んだ。



レイラ

「…厚着は嫌いなんだ。」



「それより――休め。

 今日は、ずっとそばにいるから」



その言葉は、

シャガルの胸の奥に静かに染み渡っていく。



シャガル

「……お前の匂い……安心する……」


 

呟くようにそう言うと――


まるで安心を取り戻した子供のように、眠りに落ちた。


 

――


 

次に目を覚ました時。



レイラは枕元でうたた寝をしていた。


少し乱れた髪、静かに上下する肩。



ただ守るかのように、寄り添っている。



シャガルが動いた気配に気づき、すぐ顔を上げる。



レイラ

「……起きたか。腹は減ったか?」


 


部屋から出て行き、すぐに鶏粥を持って戻ってくる。


 


フーフーと息を吹きかけて冷まし、

さじを口元へ運ぶ。



シャガルは最初、恥ずかしさに顔をそむけた。



「子供扱いするでない……余は……」



レイラ

「黙れ。

 今はお前が子供より手がかかるんだ」



そう言われ、逆らえず口を開く。



温かい粥が喉を通り、胸に落ち、

少しずつ身体に戻る力が感じられる。


 

食べ終えると、レイラは蒸した布で汗を拭き、

喉が渇けば水を飲ませる。



一つひとつの仕草が、驚くほど丁寧だった。



(……この女は……

 なんと……尊いのだ……)



その瞬間――


胸の奥に、今まで気づかなかった熱が灯る。



(余は……

 こやつを……守りたい……

 守らねばならん……)


 

その想いは、言葉にならずとも確かに宿った。



――


 

柔らかな朝日が差し込む中、シャガルは目を開けた。



横には――レイラが安らかに眠っていた。


あの時のように、

シャガルが犬の姿で甘えていた時とは違う。


 

今は――逃げ場のない距離で、


人の姿のままの、

彼の隣にいる。



シャガルは息を呑み、

顔が一瞬で真っ赤に染まる。



レイラもゆっくり瞼を開く。



レイラ

「おはよう。どうだ?……よくなったか?」



そう言うと――


額と額を、そっと合わせた。


 

シャガル

「――――――――――!?」


心臓の音が、外に漏れそうなほど跳ね上がる。



レイラ

「……顔赤いぞ?」



シャガル

「ち、ちが……これは……っ」


 


――バタンッ!!


 


布団ごと、後ろに倒れる。


 


レイラ

「……はぁ……もう……」


 


シャガル

(……全く……


 本当に……この女は……


 厄介で……どうしようもなく……)


 

胸の内で、

誰にも聞こえない声が続いた。

 


(……愛おしい……)


 


――――



シャガルはその後、二度寝をし――

 


すっかり全快した。



いつも通りの朝寝坊から目を覚ます。



シャガル

「ふあぁ……よく寝たな……」



体の重さはもうなく、


夢のような看病も思い返せば、

胸がむず痒くなるような幸福感だけが残っている。



シャガル

(……レイラ……ずっと余のそばに……

 あんなに献身的に……)



などと浸りながら、

ふらふらと執務室へ向かう廊下を歩いていく。



――すると。

 


その廊下の途中。



壁にもたれるようにして立っていたテュエルが――


 

ゆっくりと、顔を上げた。



テュエル

「……おはようございます、シャガル殿^^

 “元気になられたようで……何よりですね?”」


 


――ぞわり。


空気が、冷えた。


 


シャガル

(………………シャガル“殿”だと……?)


(嫌な予感しかしないのだが……?)



(気でも触れたか……どうしたこいつは……)


(余には『お前いっぺん殺してやろうか?』にしか聞こえん……!!)

 


声は丁寧。


だが――


 


目が、完全に“戦中の殺戮モード”のそれだった。


 


ギラァ……。


 


本能が、警鐘を鳴らす。


 


シャガル

「!?!?!?!?ヒィッ……」


 


(なんだ!!この殺気は!!)


(余は何も悪いことをしておらんぞ!?!?)



だが、その目の奥で――


テュエルの“内側”で渦巻いているのが、

なぜか“伝わってしまう”。


 


テュエル(心の声)

(レイラ様から……看病……?)


(熱を測ってもらって……?)


(フーフーしてもらって……?)


(添い寝……?)


(羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい)


(コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス)


 


シャガル

「や、やめろ!やめろ!口で言わぬか!」



テュエル

「いえ?別に?」


「ただ“元気でよかった”と言っただけですが……?^^」



にこり、と微笑む。



――目は、まったく笑っていない。



妖の王でさえ、

命の危機を感じる圧だった。



その時――



執務室の扉が開き、

レイラが顔を出した。



レイラ

「シャガル、起きたか。もう大丈夫そうだな。」



その一言で――


 

テュエルの殺気が、すっと消える。



シャガルの胸が、どくんと跳ねた。



シャガル

「レ、レイラ……!!」


 

レイラ

「ふふ、昨日より顔色が良い。

 本当に……良かった。」



その微笑みは、

まるで天女のようだった。


 

テュエル

「…………触るな……近づくな……

 今日は特別待遇は……許さねぇ……」



シャガル

「………………」

(な……なんだこの地獄の板挟みは……)


 


こうしてまた、


騒がしくも穏やかな日常が、

ゆっくりと戻っていくのだった。


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