戦場から帰還したら、最強の妖王が看病のしすぎで倒れました
双国へ向けて夜の荒野を駆ける二騎。
前を走るのは、レイラをしっかり抱きかかえて乗るテュエル。
後ろから、少しよろつきながらもついてくるのが、
馬にまだ慣れず時折ぐらつくシャガル。
シャガル
「……しかし、よくあんな状態で戦ったものだな、レイラは。
まったく、余が横にいなかったらどうなっていたか」
テュエル
「……“余”ではなく、俺です。
というか、あなた戦場ずっと楽しそうでしたよね?」
シャガル
「当然だろう?
久々に思い切り大鎌を振れたのだぞ?
ああ、すっきりした。人間界は平和すぎて体が鈍るわ」
テュエル
「……はぁ」
「レイラ様が見たら、“はしゃぎすぎだ”って言われますよ……」
呆れたように言いながらも、
その声にはどこか安堵が混じっていた。
シャガル
「……レイラ、まだ苦しそうだな……」
ちらりと、テュエルの腕の中のレイラを見る。
呼吸は荒く、時折小さく呻いている。
テュエル
「巫女の力……九尾の五感……
一度にあまりにも多くの“命”とやり取りしましたからね」
「普段なら、レイラ様は危険を感じて
休み休み行動される方です」
「それを……あの数を一度に……明らかに過負荷です」
シャガル
「……そんな状態で……
よくあそこまで戦えたものだ……」
「……こやつは強い。だが……危ういな……」
テュエル
「はい……」
「……ですが、それを守るのが我々の役目です」
低く、だが確かな意志を込めて言い切る。
その時――
テュエルの腕の中で、レイラがわずかに動いた。
レイラ
「……テュ……エル……
シャガル……
……ありがとう……」
かすれた声。
まぶたは薄く開いているが、焦点は合っていない。
テュエル
「レイラ様! 気分はいかがですか!?」
シャガル
「おおっ! レイラ!! 大丈――」
レイラ
「……っ……」
短く息を詰まらせ、
そのまま再び意識を失った。
テュエル
「……まだ……無理をされている……」
シャガル
「くっ……レイラ……無茶をしおって……」
「戻ったら絶対に寝かせる……!」
二人は言葉を交わすことなく、
ただ速度を上げる。
夜の荒野を裂くように、
双国へと駆けていった。
――――――――――――――
レイラが意識を取り戻したのは、戻ってから半日後。
薄く目を開けると、
部屋の障子越しに柔らかい光が差し込んでいる。
レイラ
「………………?」
(……この、落ち着く畳と檜の匂い……)
(外から流れる風の匂い……)
(……どうやら、無事帰ってきたようだな……)
「……ただいま――」
「――おかえりなさい、姫さま」
レイラは、はっとして声の主を見る。
すぐ傍で腕を組み、“爺”が座っていた。
微笑んではいるが、
その目は怒りを押し殺している。
爺
「……目を覚ましましたか……姫さま……」
レイラ
「あ……爺…………」
「城を留守にして……心配を……かけて……すまなかった……」
爺
「全く……心配どころではなかったわ!」
「姫さまが倒れているのを見て……
私がどれだけ……っ」
怒鳴りながらも、声が震えている。
本当に心配していたことが伝わる。
レイラ
「……ごめん……爺……」
その時――
扉が静かに開く。
テュエル
「レイラ様……目を覚まされましたか……!」
シャガル
「レイラ――――!!!!!」
爺
「シャガル殿……大声を出すでない」
シャガル
「す、すまぬ!」
珍しく放たれた爺の圧に、
妖の王がわずかに怯む。
レイラは、小さく微笑んだ。
レイラ
「テュエル……シャガル……」
「二人とも……ついてきてくれて……
……本当に……ありがとう……」
「私を……守ってくれて……
……無茶して……ごめん……」
テュエルは静かに首を振る。
テュエル
「レイラ様が謝る必要などありません」
「あなた様が倒れるまで戦ってしまったのは……
ボクが気付けなかったからです」
シャガル
「そうだぞ!」
「レイラが倒れるなど……
もう二度と見たくないからな!!」
「次は余の後ろに立って見ておるだけでよい!!」
「余が全部、斬り伏せる!!」
爺
「はっはっは……頼もしいもんですなぁ」
テュエル
「まったく……」
レイラは喉を震わせ、
小さく笑った。
レイラ
「……ふふ……」
「帰ってきた……って感じだな……」
テュエル
「ええ。ここが……レイラ様の場所です」
シャガル
「レイラ! まだ休むか?! 犬になって添い――」
テュエル
「黙れ」
シャガル
「なんでだ!!」
爺
「……やれやれ。元通りじゃのう……」
レイラの胸の奥が、じんわりと温かくなる。
ようやく戦の喧騒が遠のき、
いつもの日常がゆっくりと戻ってくるのだった。
――――――――――――――――――――
レイラが少し身体を起こすと、
爺は湯呑をそっと差し出しながら穏やかに続けた。
爺
「……それにしても、姫さま」
「三人が戦へ向かわれたあと、城内は……
ただ祈るしかありませんでしたよ」
レイラ
「……そうだったか」
「結局、こちらはどうだった?」
爺
「はい。村人はヤヒロの機転で即座に上層へ避難させました」
「しかし――やはり姫さまの読み通りでしたな」
「“攻めるため”ではなく“出さぬため”の兵」
「睨み合いは続きましたが……
向こうも兵を惜しんだのか、途中で引き上げていきました」
レイラ
「そうか……」
「民も、爺も……皆、無事でよかった」
爺
「……姫さまのほうは、いかがでしたか?」
レイラは少し考え、ふっと微笑む。
レイラ
「……所々、肝を冷やしたがな」
「だがテュエルもシャガルも、よくやってくれた」
「とくにシャガル……
あれでも人間界の秩序を守ろうと奮闘してくれていた」
「期待以上だ」
爺
「はっはっは……あのシャガル殿が健気で従順で……
まさに忠犬ですな」
レイラ
「テュエルもだ」
「あいつは人間由来の力なのに……
本当に化け物じみて強い」
「凱の連中が怯え上がるのは見ものだったぞ」
「そして……テュエルがソンゴルを討ってくれた」
爺
「……!! あのソンゴルを……!」
「…………我々の因縁……
恨み……
全ての始まりを……!!」
声が震え、言葉が続かない。
レイラ
「……ああ」
「やっと……この国も前に進めるな……」
爺
「…………はい……!」
「共に、これからを……」
――その少し離れた場所では。
シャガル
「ふふ……ふふん……」
「レイラが余を褒めておった……!」
「やはりわかっておるではないか……!」
テュエル
「忠犬って言われてたぞ」
シャガル
「お前は黙れ!!」
テュエルは淡々と、しかしどこか影を落とした目で呟く。
テュエル
「……でも。本当に……殺せてよかった」
口元が、わずかに歪む。
それは笑みと呼ぶにはあまりにも冷たく、
感情の温度を感じさせないものだった。
一瞬だけ――
戦中に見せた“狂気”が、
静かに顔を覗かせる。
シャガル
「お前……やっぱり腹黒いぞ……!」
テュエル
「褒め言葉として受け取っておきます^^」
――その瞬間、わずかに違和感を拾う。
「………………ん?」
シャガル
「む……どうした……」
テュエル
「お前……顔が赤くないか?」
シャガル
「そうか? レイラに見惚れて頬が赤くなってしまったか?♡」
テュエル
「……気持ち悪いぞ」
眉がわずかに寄る。
視線を逸らさず、ただ真正面から――
“ドン引き”と言わんばかりの嫌悪を滲ませていた。
シャガル
「貴様に言われたくないわ!!」
レイラ
「うるさいぞ……」
と言いながら部屋から出てきた。
テュエル
「申し訳ございません」
シャガル
「レイラ!! もう出てきてよいのか!?」
レイラはシャガルへ視線を向ける。
レイラ
「………………シャガル……」
「お前……どうした……」
シャガル
「なにがだ!!?」
レイラ
「なにって……その顔だ」
「どうした……シャガル……」
シャガル
「顔!? どうもしておらんわ!!」
「余はいつも通り麗しいだけだ!!」
テュエル
「いや、どう見ても赤すぎる……」
「それ、ほぼ茹で蛸だぞ……」
シャガル
「うるさい!! 余は健康体だ!!」
「むしろ絶好調だ!!!」
「今なら山くらい持ち上げられる気がする!!!」
爺
「……あちゃー、こりゃ熱じゃの……」
レイラ
「おい待て、なんでそんな躁状態なんだ……」
「お前、まさか……」
シャガル
「レイラ!!」
「起きてきてくれて余は嬉しいぞ!!」
「余が居たから安心して眠れたのだろう!?」
「もっと褒めてもよいぞ!!」
レイラ
「うるさい、近い、黙れ」
テュエル
「落ち着けって言っても……無理か」
「レイラ様の看病してた時、ずっと傍にいましたからね……」
(……忘れたい記憶だが……)
レイラ
「ああ…………」
シャガル
「レイラの病など余の身体が受け止めてやったのだ!!」
「ほら!! ありがたく思え!!」
レイラ
「…寝ていろ…………」
爺
「……ほれ、シャガル殿。座って――」
シャガル
「寝ぬ! 座らぬ!!」
「余は強い!!! 余は最強!!」
「どれ、外に出て一狩りしてくるか!!」
テュエル
「やめろ馬鹿!!」
レイラ
「おい待て…危ないからやめろ」
シャガル
「余は止まらん!! 余は無敵の――……?」
テュエル
「ん?」
レイラ
「……?」
シャガル
「なんだ……急に……地面が……近……」
――ドサッ!!
転倒。
テュエル
「おい!! バカ!!」
爺
「それ見たことか……完全に熱じゃ」
レイラ
「見事に落ちたな……」
「……シャガル、おい、しっかりしろ」
「……っ、これは……相当熱いな……運ぶ……」
テュエル
「…………レイラ様に運ばせるくらいなら
ボクが持ちます」
※荷物かて
シャガル
「もっと……ていねいに……
はこばぬか……猿め……」
テュエルに担がれていくシャガル。
レイラ
「やれやれ……一難去って……なんとやら……」
爺
「……同感ですな」
こうして――
レイラの看病の影響で高熱を発し、
異様なハイテンションに陥った末に盛大に倒れるという
前代未聞の珍事件が発生したのだった。
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