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姫を攫いに来た暗殺者、秒で首が飛ぶ――その結果、帝国との全面戦争へ


 シャガルが必死に看病してくれたおかげか――


 深夜、ふと目覚めた時には、熱もすっかり下がっていた。


 横を見ると――


 犬の姿のシャガルが、レイラの腕に頭を乗せ、穏やかな寝息を立てている。


 まるで当然のように、その腕の中に収まっていた。


レイラ

「……ふっ……かわいいな……」


 そっと、その頭を撫でる。


 起こさぬように、指先だけで静かに。


 柔らかな毛並みが、指に絡む。


 その温もりを確かめるように、もう一度だけ撫でて――


 レイラは、再びゆるやかに瞼を閉じた。


 静かな眠りへと、落ちていく。


――――――


 薄く差し込む光が、静かに室内を照らしていた。


 穏やかな寝息が、二つ。


 寝台の上――


 レイラと、犬の姿のシャガルが寄り添うように眠っている。


 その静寂に――


 影が、ひとつ紛れ込んだ。


(……犬……?)


(番犬ではないようだな)


 わずかに口角が上がる。


(……間抜けな犬だ)


 観察は、一瞬。


 それ以上の興味はない。


(……構わん)


 音もなく、懐から布を取り出す。


 微かに薬品の匂いを含んだそれを広げ――


 眠るレイラへと、手を伸ばす。


 ――その瞬間。


 ガシッ。


 腕が、掴まれた。


 視界が反転する。


(……な――)


 次の瞬間には、床へ叩き伏せられていた。


 息をつく間もなく、腕を捻り上げられる。


 骨が軋む。


 押さえつける力は、異常。


(……動か……ない……!?)


(誰だ……猿は……いないはず……!)


シャガル

「……なんだ、これは……」


 低く、眠気を残した声。


 だがその腕は、一切の容赦なく相手を封じている。


 すでに犬の姿は消え、人の姿へと戻っていた。


シャガル

「余とレイラの眠りを妨げるとは……いい度胸だな」


(……なに……!?)


(犬が……人に……!?)


(そんな情報は……ない……!)


 理解が追いつかない。


 完全に、制圧されている。


 その時――


 バンッ!!


 扉が勢いよく開かれる。


テュエル

「レイラ様!!」


 飛び込んできたテュエルの顔は、血の気が引いていた。


 呼吸も浅い。


 だが――


 状況を視認した瞬間、その目がすっと細まる。


テュエル

「…………やはり」


(……中にも、いたか)


 ほんの一瞬だけ、視線が鋭くなる。


シャガル

「起きろ、レイラ」


 片手でカーカスを押さえつけたまま、声をかける。


 寝台の上で、レイラの指先がわずかに動く。


 呼吸が、ゆっくりと変わる。


 まだ重い体を引きずるように、意識が浮上していく。


シャガル

「こいつはなんだ」


「お前に手を伸ばそうとした」


レイラ

「……ん……」


 ゆっくりと目を開く。


 視線が、床の影を捉える。


 一瞬の沈黙。


 そして――


レイラ

「……カーカスか」


 空気が、変わる。


 押さえつけられたまま、口元だけが歪む。


カーカス

「……お目覚めですか、レイラ姫」


「お迎えにあがりました」


「ソンゴル殿下が、お呼びです」


レイラ

「………」


カーカス

「今いる女すべてを捨て、あなたを正妻にすると仰っていますよ」


「安心してください」


「あなたは“丁重に扱われる”」


「……すでに、双国は凱帝国の庇護下にあるのですから」


 ねっとりとした声が、室内に絡みつく。


カーカス

「さぁ……あなたの帰るべき場所へ――」


 その言葉が、落ちた瞬間。


 空気が、凍る。


テュエル

「…………」


 無言で、一歩踏み出す。


 そして――


 ――斬。


 あまりにも自然に。


 そこに“あったもの”を、取り除くように。


 首が、落ちる。


 遅れて、血が床へと広がった。


 沈黙。


テュエル

「……不快だ」


 淡々とした声。


 だが、その奥には明確な拒絶があった。


テュエル

「レイラ様が帰る場所……」


「……それは、レイラ様が決めるものだ」


 足元の死体を一瞥する。


シャガル

「まったく、なんだというのだ」


 肩をすくめ、興味なさげに鼻を鳴らす。


 テュエルはしゃがみ込み、遺体の懐を探る。


 取り出されたのは、小瓶と布、そして縄。


テュエル

「……睡眠薬と、麻痺薬……拘束具」


「“あいつら”のやり口ですね」


 視線が、わずかに鋭くなる。


テュエル

「……最初から、“攫う”つもりでしたか」


(凱……つくづく下劣な……)


 拳を、静かに握りしめる。


レイラ

「……こいつだけか?」


テュエル

「……いえ」


「外で一人、仕留めてきました」


 わずかに視線を落とす。


テュエル

「……回廊で、気配を感じました」


 短く、告げる。


 その声に重なるように――



 薄暗い回廊。


 人の気配のない裏手。


 空気が、わずかに歪む。


テュエル

(……いる)


 次の瞬間――


 姿が消える。


 ――ガンッ


 壁に叩きつけられる影。


 首元を掴み、動きを封じる。


テュエル

(カーカス……)


 迷いはない。


 躊躇もない。


 ――ゴキッ


 鈍い音。


 崩れ落ちる影。


テュエル

(……もう一人)


 一瞬で、理解する。


テュエル

(……中だ)


 次の瞬間には、駆け出していた。


テュエル

「……ですが」


「この部屋に入る気配は、最後まで消えていた」


 静かに、言い切る。


 その声には、明確な苛立ちが滲んでいた。


 ゆっくりと立ち上がり、レイラへ向き直る。


テュエル

「レイラ様――ご無事で、よかった……」


 声は落ち着いている。


 だが、その奥に残る緊張は消えていない。


 ほんの一瞬でも遅れていれば。


 その現実だけが、静かに胸に残っていた。


シャガル

「……ふん」


「余韻にも浸れぬ朝よ」


 腕を組み、不満そうに鼻を鳴らす。


レイラ

「……たしかに」


「……騒がしい朝だな」


 小さく息を吐く。


 そして――


レイラ

(……戦の匂いがするな)



 回廊へ、護衛として後ろにテュエルが控えていた。


 静かな回廊。


 朝の空気はまだ冷たく、張り詰めている。


 その中で――


 テュエルが、はっとしたように顔を上げる。


テュエル

「……!レ、レイラ様……!」


「……あの……!」


「ご気分はいかがでしょうか……!」


「……も、申し訳ございません……

 ボクが……ご無理を……」


 その姿は、まるで項垂れる猿のようだった。


 レイラは足を止め、静かに振り返る。


レイラ

「…………お前は……」


「理性がなくなると……豹変するのだな……」


テュエル

「……っ……」


(致命傷……)


レイラ

「もう無理だと……何度も言ったのに……」


テュエル

「……っ……!」


(追撃……)


レイラ

「いいよな……自分は常に元気で……」


(治癒力でさ)


テュエル

「……ぐふ……っ……」


(戦闘不能……)


レイラ

「……冗談だ……」


テュエル

「レ、レイラ様……冗談の殺傷能力が高すぎます……」


レイラ

「……事実ではあるがな……」


テュエル

「………………」


 一瞬で、真顔に戻る。


レイラ

「……シャガルが……付きっきりで看病してくれた」


 わずかに、柔らかく微笑む。


テュエル

「……シャガルが……」


(……確かに……あやつは言っていた……)


(……だが……本当にやり遂げたのか……)


 一瞬だけ、感心がよぎる。


 ――しかし。


(……いや……認めるものか……)


 即座に、嫉妬で塗りつぶす。


テュエル

「……すみません……ボクがすべきことだったのに」


(……カーカスの襲撃も……)


(あいつが隣で寝ていたから防げたなんて……)


(くそ……)


レイラ

「……話は後だ」


【そう言い、居間へ入る】



――――――


「姫さま!ご気分はもうよいのですか??」


レイラ

「爺、おはよう」


「もう落ち着いた、シャガルのおかげだ」


「はっはっは、それはよかった」


「それはそれは熱心に、私に教えを請うてまでしていましたからな」


レイラ

「そうか……」


 わずかに微笑む。


 そして、すぐに表情を引き締める。


レイラ

「それより爺……」


「何か変わったことはないか?」


「変わったこと……ですか……」


「ふむ……あ……!姫さま……」


 手紙を差し出す。


 レイラは封を切る前に差出人を見る。


レイラ

「……リア……?」


 わずかに眉をひそめる。


(…前回から…早い……)


 封を開け、内容を確認する。


 目を見開き、わずかに表情が険しくなる


テュエル

「……どうされました?」


(まさか……色仕掛けを……?)


 レイラは手紙をたたむ。


レイラ

「テュエル、出かけるぞ」


テュエル&爺

「はい?」


レイラ

「行くぞ、煌龍の地へ」


「そして――凱帝国との戦へ」


「戦?!」


「リア殿はどうされたのです?!」


レイラ

「凱帝国だ……」


「爺……今朝、我が国は凱からの刺客を許した」


「なんですと?!」


テュエル

「……はい」


「間違いなく、凱帝国直属暗殺集団“カーカス”でした」


「しかも……二名」 

 

「二名……?」


 その時――


 バタバタと足音。


 扉の外で、慌ただしい気配が止まる。


兵士

「失礼します!!」


 勢いよく扉が開かれる。


兵士

「報告いたします!」


「宮内の兵が数名――何者かにより、既に……!」


 言葉が、詰まる。


 その場の空気が、一瞬で変わる。


「…なっ……!」


 表情から、笑みが消える。


レイラ

(……随分と、好き勝手してくれる)


(……許すと思うか)


手紙を持つ指に、わずかに力が入る。


テュエルの指先も、静かに握られていた。


 ――一拍。


レイラ

「……凱帝国は圧倒的な兵力を誇る」


「復興中で厳しい中、少しでも力を貸してほしいと……リアが申しておった」


「これは、属国として――友として、行かねばならない」


 わずかに視線を落とす。


 脳裏に、先ほどの言葉が蘇る。


カーカスの声

「……すでに、双国は凱帝国の庇護下にあるのですから」


 静かに、目を細める。


レイラ

(……私を戦の前に攫う…か…)


(双国が凱帝国と通じていると見せかけ――煌龍国との関係を断ち切るために)


(……あるいは)


(あれは、あの男個人の執着か……)


 一瞬の沈黙。


 だが、その瞳に迷いはない。


レイラ

(どちらにせよ――)


(放置すれば、事はより悪化する)


 顔を上げる。


レイラ

(ならば――私が行くしかない)


 テュエルが一歩前に出る。


テュエル

「お待ちください」


「レイラ様はまだ病み上がりです」


「さらに凱帝国は、こちらの動きを読んで手を回してきます」


「誘拐、拉致だけではありません」


「我々双国が動けぬよう、兵をこちらにも流すはずです」


レイラ

「それがどうした?」


「私たちの兵は……そんな浅ましい手に負けると?」


テュエル

「レイラ様!ダメです!」


「国には統率者が必要です――」


レイラ

「なら、お前が残れ」


「私一人で行く」


テュエル

「レイラ様!!」


レイラ

「忘れたのか?」


「リアは……私たちを救ってくれた恩人だ」


「少しでもいい……恩を返したい」


テュエル

「………………」


 言葉を失う。



 ――その時。


 気配もなく。


 いつの間にか、扉にもたれかかる影があった。


 にたり、と口元が歪む。


シャガル

「ほぉ……戦とな……」


「人間はやはり強欲な生き物だな」


「欲しいのは土地か、金か……はたまた女か」


「理解できぬな」


レイラ

「シャガル……」


シャガル

「レイラ、もういいのか?」


レイラ

「あぁ……さっきはありがとう」


「昨日も……世話になった」


シャガル

「ふっ……」


 満足げに笑う。


「安心せよ」


「その戦――余がついて行ってやる」


 にやりと口角を上げ、どこか当然のように言い放つ。


 まるで“それが最適解だ”とでも言うかのように。


レイラ

「……え」


(……一番不安な要素なのだが……)


(戦が、混乱する未来しか見えない……)


テュエル

「お前が一番危ないからやめておけ」


シャガル

「なんだと!!」


「レイラは余が守る!!」


テュエル

「その役目はボクだけで十分だ!!」


レイラ

「……うるさい」


 二人が止まる。


レイラ

「はぁ……」


「三人で行く」


「最前線で敵戦力を削る」


「頃合いを見て、すぐ帰る」


「――これでいいだろう?」


テュエル

「……本当に、すぐ帰りますか?」


レイラ

「……私を信じてくれぬのか?」


シャガル

「全く…器が小さい男よ」


テュエル

「……わかりました!!」


「戦に赴き、凱帝国を蹴散らし――速やかに帰還します!!」


レイラ

「あぁ……問題ない」


「準備だ」


「テュエル、荷物は最小限にしろ」


テュエル

「わかっております^^」


 ――次の瞬間。


 テュエルの姿が、消えた。


レイラ

「……早いな……」


 レイラは爺へと歩みを進める。


レイラ

「爺……また城をあけて申し訳ないが、少し行ってくる」


「念のため、全ての部族長に声をかけてほしい」


「四合目の国民を最優先に上へ登らせ、待機させるように」


「何事もなければ良いが……すぐに戻る」


 爺はふっと目を細め、穏やかに微笑んだ。


「かしこまりました」


「こちらはご心配なく。おそらく向こうも少数……まさか三人だけで出向くとは思ってもおらんでしょうし」


「たとえ何かあったとしても、この地が守ってくれます」


「安心して行ってらっしゃいませ、姫さま^^」


「……どうか、ご無事で」


 レイラは一瞬だけ目を伏せる。


レイラ

「……ありがとう」


「もう、爺を一人にはしない」


 そう言って、そっと爺を抱き寄せる。


 しばしの静寂。


 やがて、ゆっくりと身を離した。



 その時――


 音もなく、気配が戻る。


 いつの間にか、テュエルがそこに立っていた。


 だがその手には――


 到底“最小限”とは言えない量の荷物。


レイラ

「………………」


「テュエル……何を入れた」


テュエル

「こちらです!!^^」


 一歩前に出て――


 待ってましたと言わんばかりに、満面の笑みで語り始めた。


①レイラ様用のフル介護セット

・外套

・戦闘服

・薬一式

・お茶

・和菓子

・枕


レイラ

「…………」


「そっちは?」


テュエル

「こちらです!!」


②武器一式+予備

・剣

・投げナイフ

・小型刀

・シャガル拘束具


レイラ

「……それは何だ」

(拘束具…?)


テュエル

「念のためです!!」


レイラ

「……まだあるのか」


テュエル

「こちらです!!」


③調理・生活用品一式

・鍋

・かまど

・調味料

・米

・食器

・寝具


レイラ

「………………」


テュエル

「こちらです!!」


④万が一セット

・簡易風呂

・着火石

・手入れ道具

・靴

・雨具


テュエル

「すみません……」

「……これしか…準備できませんでした」


シャガル

「…貴様、戦を舐めておるのか」


テュエル

「なんだと…!」


シャガル

「八割いらぬものだ」


テュエル

「レイラ様を外に連れ出すのだぞ!!」


レイラ

「……やめろ」


 二人が止まる。


レイラ

「テュエル」


テュエル

「はい」


レイラ

「これはいらぬ」


「これも」


「これもだ」


 容赦なく荷物を選別する。


テュエル

「……あ」


 ぽい。


テュエル

「……あ……」


 ぽい。


テュエル

「ああああああああああああ!!」


(終わった……)


シャガル

「愚か者め」


――――――――――


「では……お気をつけて」


「ご武運を」


レイラ

「……うん」


「行ってくる」


 歩き出しかけて――ふと、足を止める


レイラ

「テュエル」


テュエル

「はい?どうされました?レイラ様」


レイラ

「……あれは持ったか?」


テュエル

「……はい」


「もちろんです^^」


 わずかに、不敵な笑みを浮かべる


レイラ

「……ならいい」


 小さく息を吐き、歩き出す



 こうして――


 馬を走らせ、双国の山を下りていく。


 ――戦の地へ。


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