表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双国ノ巫女 〜九尾の力を持つ雪女の姫は、戦場でその力を解き放つ〜  作者: Su
出会いと誓い――護衛テュエルとレイラの軌跡
5/64

「夜伽をしないか」姫の一言で全てが変わった夜


凱帝国の使者が来訪したこと。


ソンゴルが以前から噂を耳にし、執拗に逢瀬を求めていたこと。


そして――今回が最後の通達であり、期限は三日しかないということ。


そのすべてを、父上・ダインから告げられた。


ダインの視線は真剣で、声は低く重かった。


「ということだ。お前は……どうしたい」


レイラは静かに答える。


「…………選択肢は一つしかないのでしょう?」


三日を過ぎれば、攻め込むと明言されているのだから。


沈黙がしばらく続く。


ダインは言葉を探すように黙り込み、やがて短く息を吐いた。


レイラは覚悟を決めたように小さく頷く。


「……もちろん、お受けしますよ」


爺は、思わず肩を震わせ、涙を堪えきれずにこぼした。


「……ぁぁ……なんと、お労しい……」


レイラは爺に向け、静かに微笑む。


「爺、なにも気に病むことはない。

国を守るために凱帝国へ行くだけのこと、

反故にして、ソンゴルたちを逆撫でする必要はない。」


ダインはただ、黙ったまま彼女を見つめる。



レイラはふと視線を落とし、父へ確かめるように問いかける。


「……あいつは……テュエルは、知っているのですか」


「……あぁ……」


父の返事は短く、しかし確実だった。


「……そうですか。

では、あいつは置いていかねばなりませんね」


爺の手が小さく震え、絹の袖で目元を押さえる。


「……ぁぁ……なんて酷なことでしょうか……」


ダインは、低く、しかし重く呟いた。


「……殺しかねないな」


「……はい」 


レイラは静かに頷く。


沈黙が、室内を支配した。


やがてレイラは口を開く。


「戻ってきたら、私から話します」


「…………あぁ」


父は、ただ短く応えた。


爺の肩が小さく震える。


「……」


レイラは視線を前に向ける。


「暗い顔をしても仕方ありません。

明日にでも、使いを送ってください」


「はい……かしこまりました」


爺は深く頭を下げた。


 ――十七歳。

 確かに適齢期。婚姻を結ぶには、ちょうどいい年齢だ。

 だが、あまりにも重すぎる決断だった。


 友好国の煌龍国も姫と聞く。

 その兄は生まれつき体が弱い。


 代わりの婚姻相手もいない。

 もし仮に用意したとしても、逆撫でするだけ。


 本当に――打つ手は、ないのだろうか。


 



食事を済ませ、自室へ戻る途中の回廊。


夜の城はひどく静かだった。


人の気配もなく、長い回廊にはレイラの足音だけが小さく響く。


外から吹き込む夜風が、障子をわずかに揺らした。

その淡い光に気づき、レイラはふと足を止める。


明るいな……………………。


視線を上げると、夜空には大きな月が浮かんでいた。


――満月だ。


レイラ

「…綺麗…だな……」


テュエル

「こんな満月よりも、レイラ様のほうがお美しいですよ」


その声に、レイラはゆっくりと振り向く。


視線の先――

回廊の手すりに片手を添え、夜空を眺めていたテュエルが立っていた。


レイラ

「……」


テュエル

「ボクからすれば、レイラ様のおかげで満月が美しく見えますね^^」


レイラ

「テュエル……」


テュエル

「…半休と言われたのに、大変遅くなり、申し訳ございません。」


レイラ

「……っ…」


言わなければならないのに、言葉が出てこない。


この男に。


これから、自分の護衛を解くと――

ここから去らせると、告げなければならないのに。


喉の奥で言葉が止まり、声にならなかった。


テュエル

「……………。 …レイラ様、もうお休みになられますか?」


沈黙のあと、遠慮がちにそう問いかけてくる。


レイラ

「…いや……」


テュエルは一瞬きょとんとしたあと、小さく肩を揺らした。

思わずくすり、と笑みがこぼれたような、柔らかな笑いだった。


テュエル

「…では、一緒にお散歩でもしませんか?」


レイラ

「……うん」


テュエル

「余計なことは考えず、目を瞑っていてください」


そう言うなり、外套でふわりと包まれる。

視界を遮られたまま、軽々と馬へと乗せられた。


レイラ

「…言われなくても、見えないが」


テュエルは思わず吹き出したように、小さく笑う。

楽しそうに、くすくすと。


――テュエルの、落ち着く匂い。



テュエル

「着きましたよ^^」


弾むような声で告げる。

どこか得意げで、少し誇らしそうな響きだった。


次の瞬間、

バサッと外套が外される。


視界が開けた。


満月の光が、夜の草原一面に降り注いでいる。

風に揺れる草が、さわさわと静かな音を立てていた。


川のせせらぎ。

夜の匂いと、湿った土の匂いが混ざり合う。


人の気配はどこにもなく、

ただ月明かりだけが、やわらかく世界を照らしていた。


レイラ

「なんだ、ついこの間も来たじゃないか」


テュエル

「そんなこと言わないでください。制限されている中で、一番景観が良くて特別な場所なんですから」


そう言って、テュエルは少し胸を張った。

どこか得意げで、誇らしそうな顔をしている。


レイラ

「………そうだな。本当に、そう思うよ」


月明かりに照らされた草原を見渡しながら、レイラは小さく頷いた。


二人のお気に入り――

いつもの、西の草原だった。


ここで、昼寝をした。

川釣りをした。

釣った魚を焚き火で焼いて食べた。

木に登って山桃をかじった。

政務に飽きたとき、こっそりサボりに来たこともある。


そんな、どうでもいいような思い出を。

二人はぽつぽつと語り合った。


たわいもない話ばかりだった。

けれど、なぜだろう。


まるで――

お互い、この夜が特別なものだと知っているかのように。


静かな時間が、ゆっくりと流れていく。


――――


やがて、夜風が少し冷たくなってきた。


テュエル

「流石に寒いですね。もう帰りましょう」


レイラ

「……うん」


二人は並んで馬へ向かう。


テュエルが先に軽やかに鞍へ跨り、手綱を握る。

そしてレイラへ手を差し出した。


レイラがその手を取ると、

テュエルは軽く腕に力を込め、ひょいと引き上げる。


次の瞬間には、レイラは彼の前に収まっていた。

月明かりの草原を、馬は静かに駆け出す。


やがて草原を抜け、城へと続く道に入る。

遠くに見える城の灯りが、少しずつ近づいてきた。


二人は、ほとんど言葉を交わさないまま――

静かに城へ戻っていった。


宮へ戻り、自室へ向かう。


夜の回廊を、二人で並んで歩く。

月明かりが障子越しに淡く差し込み、長い影を床に落としていた。


足音だけが、静かに響く。



テュエルも、口数が少ない。



怒り、焦り、悲しみ、愛――


いろんな匂いが、ごちゃ混ぜだ。


顔を、見られない。

 


どんな表情をしているのだろう。



傷つけたくない。


笑っていてほしい。



――でも



伝えなければ。



このまま、何も知らないまま

明日を迎えさせるわけにはいかない。



……けれど。



この静かな時間が、

壊れてほしく……ない。



もう少しだけ。

あと、ほんの少しだけ。



このままでいられたら――



………………………………



そう思っているうちに、



自室の扉の前に、着いてしまった。



テュエル

「……では、レイラ様。ごゆっくりお休みください。また明日」



振り返った彼は、いつもの笑顔を浮かべていた。


だが――

無理をして笑っているのが、わかる。


…………………………

 


レイラは、部屋へ入ろうとしなかった。



扉の前で、手をかけることもなく立ち尽くす。

まるで、そのまま時が止まってしまったかのように。



背後では、テュエルが静かに見守っていた。

護衛として、主の姿が完全に消えるまで見送るつもりなのだろう。



テュエル

「……?」



不思議に思ったのか、かすかに首を傾げる気配がする。



その瞬間、夜風が回廊を抜けた。

レイラの衣の裾が、かすかに揺れる。



わずかな沈黙。



時間が、止まったようだった。



レイラは、ゆっくりと振り返る。




「私と……夜伽を、しないか?」




静かな夜風が、もう一度回廊を抜けた。




テュエルの瞳が、わずかに見開かれる。



テュエル

「………」



返事は、ない。


ただ、立ち尽くしたまま。

信じられないものを見たように、完全に固まっている。


時が止まったような沈黙が、長く続いた。


…………


レイラ

「……ふっ……おやす――」



そう言いかけた瞬間。



扉に手をかけようとした右手を、ぐいと引かれた。



次の瞬間には、



強く、抱きしめられた。




理由は、分からなかった。




なぜ、こんなことを言ったのか。


 



なぜ、引き止めたのか。


 


 


自分でも、分からなかった。


 


 


ただ――


 


 


離れなかった。





力だけが、異様に強かった。



レイラの体を抱き込む腕には、迷いも遠慮もなかった。



しばらく、そのまま抱き合う。


 


やがて、わずかに距離が開く。


 


それでも――視線は外れない。


 


 


引き寄せられるように、


自然と距離が縮まる。


 


 


触れる。


 


 


ほんの一瞬、


確かめるような口づけ。


 


 


それは――


始まりではなく、


最初からそこにあったものに触れたようだった。


 


 


次の瞬間、


強く引き寄せられる。


 


 


逃がさないように。


 


 


そのまま、抱き上げられた。


 


 


軽い体を腕に収めたまま、


迷いなく歩き出す。


 


 


足音だけが、静かに響く。


 


 


言葉は、ない。


 


――そのまま、部屋へ。


 


寝所へ横たえられる。


 


覆いかぶさる影。


 


至近距離で、見下ろされる。


 


逃げ場はないのに――


 


なぜか、怖くはなかった。


 


 


ゆっくりと、顔が近づく。


 


 


触れる。


 


 


確かめるような口づけ。


 


 


一度、離れ――


 


また、重なる。


 


 


何度も。


 


 


言葉は、ない。


 


 


ただ、


触れるたびに、


確かめるたびに、


 


失いたくないものが


はっきりしていく。


 


 


指先が、熱を辿る。


 


息が、混ざる。


 


 


拒む理由も、


止める理由も――


 


どこにもなかった。


 


 


ただ、


この瞬間だけを、


離さないように。


 


 


――――


 


月はまだ、高く空にあった。


 


静かな夜。


 


何も変わらないようでいて――


 


確実に、


何かが終わろうとしている。


 


 


二人は、それを知っているのに


口にしない。


 


 


ただ、


この夜が続くことだけを願う。


 


 


どうか――


 


 


明けないでほしいと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ