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ちょっとだけ甘えさせてください


 城に着く頃には、すっかり夜になっていた。


 レイラは馬を降り、爺へ遅くなった旨を告げる。

 シャガルは「疲れた、風呂に入る」とだけ言い残し、さっさと姿を消した。


 残されたのは、レイラとテュエル。


レイラ

「……今日は……穏やかだったな……」


 穏やかな表情で、ぽつりと呟く。


テュエル

「……そうですね」


 どこか覇気のない返事。


レイラ

「疲れたか?」


テュエル

「あっ、いえ!何でもありません^^」


 はっとしたように、無理に笑みを作る。


レイラ

「……そうか……。

とりあえず風呂に入り、食事にしよう」


テュエル

「はい」


レイラ

「………………」


 その様子を、わずかに気に留める。


――――


 風呂を終え、食卓を囲うが――


 シャガルはすでに限界らしく、食事の最中に船を漕いでいた。


レイラ

「……もう休め」


シャガル

「まだ……眠くは……ない……」


 強がるも、瞼は落ちかけている。


 次の瞬間――


 テュエルが無言で立ち上がる。


 そのままシャガルの襟首を掴み、ひょいと持ち上げた。


 引きずるように部屋を出て――


 ドサッ、と自室に放り込む。


 さらに追い打ちをかけるように、布団の上へ雑に転がした。


 シャガルは文句を言う間もなく、そのまま沈むように眠りに落ちる。


 どこか無防備で、あどけなさの残る――子供のような寝顔だった。


レイラ

「……ふっ……。子供のようだな……」


 また、柔らかな笑みを浮かべる。


テュエル

「………………」


 胸が、ずきりと痛む。


 返す言葉が、出てこなかった。


レイラ

(…………………)


(……どうしたのだろうな……)



――――――


 寝衣に着替えたレイラは、執務室の窓辺で静かに本を開く。


 しばらくして――


テュエル

「お休みの前に、報告を……」


 控えめに現れる。


レイラ

「……?」

(……報告?)


テュエル

(………………報告など……なにもない……)


(ただ…………このまま明日を迎えたくない……)


(そんな気がしている……)


テュエル

「…………………………」


 考え込んだまま、言葉が出ない。


レイラ

「……………」


「……テュエル、お前、

 今日ずっと浮かない顔をしていたな」


テュエル

「……………っ…」


(……シャガルに嫉妬して……)


(レイラ様があやつを受け入れることに、苛立って……)


(俺は……何をしている……)


(見返りなど……求めてはいないのに……)


(なのに……この胸の靄が……消えない……)


テュエル

「………」

(……はぁ………)


レイラ

「……どうした?」


テュエル

(……言えるはずが、ないだろう……)


テュエル

「……いえ、なんでもございません^^」


「お休みになるのであれば、自室までお送り致します」


 誰が見ても、様子は明らかにおかしい。


レイラ

「……はぁ……」


 小さく息を吐く。


レイラ

「お前は、私には思っていることを口に出せと言うくせに……」


「最近、…静かなのではないか?」


「言ってみろ」


レイラは、穏やかなまま、しかし逸らさせぬようにその瞳を見つめる。


テュエル

「………………」


(……やはり……見透かされている……)


(本当……敵わないな……)


(……もう……)


(…限界だ……)


レイラ

「……すまない……」


「私が、また間違えたのだな」


「私は……感情は分かっても……気持ちが分からない……」


「言ってくれねば……理解できない……。」


テュエル

「……………………」


 わずかに息を吸う。


テュエル

「……ちょっとだけ……」


レイラ

「?」


テュエル

「ちょっとだけ……甘えさせてください」


 そう言って――


 窓辺に座るレイラの前で、静かに膝をつく。


 わずかに躊躇った後――


 縋るように、レイラの腿へ顔を埋めた。


 

 一瞬、レイラの肩がわずかにこわばる。

 


 だがすぐに、テュエルの震える指先に気づいたレイラは――


 その背にそっと腕を回し、包み込むように強く抱きしめ返した。


レイラ

「………………甘えさせるというのは……こうでいいのか……?」


「そうすれば……お前は満足するのか……?」


テュエル

「……はい……」


レイラ

「そうか……」


 ――――――


 静かに抱き合ったまま、しばしの時が流れる。


 互いの体温だけが、確かにそこにあった。


テュエル

「…………っ……!」


 はっと息を呑み、我に返る。


 弾かれたように身を起こした。


「ありがとうございました……」


「……飛んだ真似をしてしまい……申し訳ございません……」


レイラ

「………………」


テュエル

「……………………」


「……自室へお送りします……」


レイラ

「あぁ……」


 ――――――――――――――


 レイラの自室前。


テュエル

「では……また明日も皇務、頑張りましょう^^」


レイラ

「あぁ……」


テュエル

「……では……お休みなさいませ……」


 ぺこり、と丁寧に頭を下げる。


レイラ

「……?」


 わずかに首を傾げる。


テュエル

「……?」


 つられるように、同じく首を傾げた。


レイラ

「……一緒に…寝ないのか……?」


テュエル

「……へ……?」


レイラ

「…今朝に約束したではないか」


テュエル

「………………………………」


レイラ

「…………やめておくか……?」


テュエル

「……ぁ、…………いえ……」


レイラ

「…………」


テュエル

「……え……いいのですか……?」


レイラ

「私がお前を嫌がるわけないだろう?」


テュエル

「………………」


(……そんなこと……言われたら……)


 思わず、目元が滲む。


レイラ

「とりあえず、中へ入れ。ちゃんと話をしよう」


 そっと手を伸ばし、テュエルの頬に触れる。


テュエル

「……はい」


 その手を取り、掌へと静かに口づける。


 テュエルはレイラを抱き上げ、室内へ。


 ―――


 窓辺へとそっと下ろし、座らせる。


 月光が白く差し込み、


 静かな風が帳を揺らしていた。


レイラ

「……テュエル」


「お前はなぜ……そんなに怯えた顔をする……?」


 跪き、俯くテュエルへ。


 静かに問いかける。


テュエル

「……ボクは……」


「……レイラ様のお傍にいる資格が……あるのかと……」


レイラ

「……なぜそんなことを考える」


「お前がいなければ、私は生きていない」


「“資格”ではない……“お前でなければならない”」


「お前がいなければ……私は心も死んでいたはずだ」


テュエル

「……レイラ様……」


 その言葉に、胸の奥で何かが崩れ落ちた。


(……この方を、失いたくない……) 


(…俺には……この方しかいない。)


 衝動のまま、レイラを抱き寄せる。

 強く、離すまいとするように。


 レイラは抵抗せず、静かにその背へ腕を回した。


レイラ

「……もう、言いたいことはないのか?」


テュエル

「…………」


「……アイツに…、

シャガルに……優しくしないでください……」


「アイツを…撫でないでください…」


「…触れないでください……」


「……あの者に向ける笑顔を……見たくない……」


 腕が、わずかに震える。


レイラ

(……嫉妬と……悲しみの匂い……)


「……そうか……」


「…………努力する」


 その一言に、テュエルの力がわずかに緩む。


レイラ

「…………寝るか」


テュエル

「……はい」



  並んで布団に入る。


 レイラは何の迷いもなく横になるが、テュエルはわずかに距離を取ったまま、固まっていた。


(…………近い……)


(いや……近くない……だが……近い……)


(……落ち着け……まだ……気持ちは……)


 胸の奥に残るざわつきは、まだ完全には消えていない。


 それでも――離れたくはなかった。


レイラ

「……もっと近くにこい」


 何気ない一言だった。


テュエル

「……え……」


レイラ

「……嫌か?」


テュエル

「…………」


  一瞬だけ躊躇し――


 次の瞬間、ずい、と距離を詰める。


 さらに、じり、じり、と遠慮なくにじり寄った。


 その様子を見て――


レイラ

「ふふっ」


 小さく笑みを漏らす。


 レイラはそのまま、当然のようにテュエルを抱き寄せた。


テュエル

「…………っ……?!」


(なにが起こった!?)


(なぜ抱き寄せられている!?)


(距離が近い!!近すぎる!!!)


(これは……やばい……!!!!)


 息が詰まる。


レイラ

「……不思議だな……」


テュエル

「……っ……?」


(……なにが!?)


(なにがですか!?)


(いや待て……頼むから持てよ……!?俺の理性!!!)


レイラ

「お前とこうしていると……落ち着く」


 静かに微笑む。


テュエル

「……っ……!!」


(こ、殺す気か……)


レイラ

「シャガルと寝る時とは違うな……

 なんか……気恥ずかしい……」


「……へへっ」


 ――その笑みは、あまりにも無防備で。


 あまりにも――可愛すぎた。


 ――次の瞬間。


 テュエルの中で、なにかがぶつりと音を立てて切れた。


 次の瞬間には、レイラを押し倒すように覆い被さっていた。


テュエル

「…………あまり……挑発しないでください……」


「ボクは……男です……」


「レイラ様…………あなたを壊したくありません……」


「……でも…………拒めない……」


「……拒みたくない……」


「だから……距離を……取っていただかないと……困ります……」


「……壊してしまいそうで……」


レイラ

「…………今さら……なにを言う?」


テュエル

「……レイラ様……」


 その名を呼ぶ声が、かすかに震える。


 レイラは、そっと手を伸ばし――テュエルの頬に触れた。


レイラ

「……私は、お前に壊されるほど弱いのか……?」


「……それに」


「お前になら……壊されても、構わない……」


テュエル

「…………後悔……しますよ……」


「もう……止まれません……」


 堪えきれず、レイラの首筋へと顔を埋める。


レイラ

「……後悔など……とうの昔にした」


 ふ、と――どこか懐かしむように、静かに笑った


「……でも、私は……」


「お前の心が……温もりが……心地いい」


 その言葉に、テュエルは目を細めた。


 じわりと滲む視界のまま、息を吐く。


テュエル

「…………レイラ様……愛しています……」


「……本当に…」


「……心から……」


 ――その言葉は、


 これまで一度も、口にしたことのないものだった。


 気づいた時には、もう遅かった。


 零れ落ちた想いは、止められない。


レイラ

「……あぁ……知っている……」


 ――すでに、ずっと前から。


 テュエルの呼吸が、わずかに乱れる。


 距離が、静かに縮まる。


 ――――


 静寂が落ちる。


 重なる吐息。


 月明かりが、静かに差し込む。


 ――その夜、二人の間に言葉はなかった。


 ただ、互いを確かめるように、


 静かに、深く、寄り添い続けた。


 ――夜明けは、まだ遠い。


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