人間界は難しい!〜妖王、風呂で洗われる〜
リュウコ城へ戻り――
汗と泥にまみれた体を流すため、
一行は夕食前に風呂へと向かった。
シャガル
「ほぉ!!派手さはないが、悪くない空間ではないか!!」
シャガル
「して、この湯に浸かればよいのだな!!」
泥だらけのまま、湯船へ踏み込もうとしたその瞬間――
ゴンッ!!
テュエル
「愚か者が!!」
「まだ泥だらけだろうが!!体を洗ってからに決まっているだろう!!我慢しろ!!」
シャガル
「ぐっ……!!余を誰だと心得る!!」
テュエル
「黙れ!!人間のやり方に従ってもらう!!郷に入っては郷に従えだ!!」
シャガル
「ぐぬぬぬ……!!覚えておれ!!」
不満げに舌打ちしながら、洗い場へ向かうシャガル。
桶で湯をすくい、ざばっと頭から被る。
シャガル
「よし!綺麗になった!!」
そのまま再び湯船へ突っ込もうとする――
ガンッ!!
テュエル
「ごらぁぁぁ!!」
飛んできた桶が直撃する。
シャガル
「いだぁっ!!」
「まだ文句があるのか!!?綺麗にしただろう!!」
テュエル
「それで綺麗だと思っているのか!!その衛生観念どうなってる!!」
シャガル
「なにを――!!」
テュエル
「暴れるな!!その姿でレイラ様の前に出るつもりか!!」
そのまま押さえつけ、強引に体を洗い始める。
シャガル
「ぐっ……!!貴様……!!」
その時――
湯船の端で、ゆったりと浸かっていた爺が口を開く。
爺
「むぅ……姫さまは嗅覚が敏感でな。不潔なものは好まれぬのじゃが……」
「まぁ、体を洗うのが嫌いならば、仕方なし……」
その言葉に、シャガルの動きが止まる。
シャガル
(なっ……そうか……)
(レイラのためには……清潔でなければならぬ……!!)
次の瞬間――
シャガル
「おい!!何をしておる!!」
「余の体を!!もっと丁寧に磨かぬか!!」
テュエル
「はぁ!?」
「貴様…!!好き勝手言いやがって!!」
にやり、と愉しげに口元を吊り上げる。
「……いいだろう…。容赦なく…いかせてもらう!!」
ゴシゴシゴシゴシ――!!!!!!!
シャガル
「ぎゃあああああああ!!!!!」
風呂場に、断末魔のような悲鳴が響き渡る。
――――
湯気の向こうで、静かに目を閉じる爺。
爺
「はっはっはw
今日も平和ですなぁー^^」
――――――――――――――
レイラ
「………………随分と長風呂だったようだな」
テュエル
「申し訳ございません」
「こやつのせいで、色々と予定が狂いまして」
シャガル
「あぁ……貴様のせいでな……!」
ムキィ、と互いに睨み合う。
爺
「さぁさぁ、夕飯ですぞ」
一行は大きな木製のテーブルを囲んで座る。
爺は慣れた手つきで料理を並べながら、にこやかに告げる。
爺
「姫さま、本日のお献立は、二合目の畑で採れた野菜と、海津の海魚の煮付け、そして海津の海藻の汁でございますぞ」
レイラ
「ありがとう、爺。今日は久しぶりにゆっくり食べられるな」
シャガルは料理を前に、目を輝かせる。
シャガル
(なんと……この匂い……嗅いでいるだけで腹が減る……!)
しかし箸の扱いに慣れず、魚をつかもうとしては何度も落としてしまう。
爺
「こうやって、持つのですぞ^^」
シャガル
「ぐぬぬ……余の手はまだ器用ではないのだ……!」
何度か挑戦するも、魚は箸から踊り落ちる。
次第に苛立ちを募らせ――
シャガル
「ぬぅぅぅ!!貴様!!死してなお余を侮辱するか!!」
と、手で食べようとしたその時――
すっと差し出されるレイラの箸。
シャガル
「…………」
レイラ
「……食べないのか?」
シャガルは素直に口を開け、受け取る。
シャガル
「む……美味い……!」
――パキン
その様子を見ていたテュエルは、静かに箸を折る。
レイラは微笑みながら、シャガルを見つめる。
レイラ
「美味いか」
「……こうして皆でゆっくり食べるのは……落ち着くな」
爺
「ですな。やはり飯は人数が多いほど美味しくなりますなぁ^^」
テュエル
「ぐ…………」
(否定も肯定もしたくない……)
シャガル
「ん……」
満足げにもぐもぐと口を動かしながら、レイラに食べさせてもらう。
テュエル
「おい……そろそろ自分で食べたらどうだ」
シャガル
「ほんとに心の狭い男よ……レイラ、こやつのどこが良くて護衛に置いているのか理解に苦しむぞ」
テュエル
「なにぃ!!」
シャガルは軽く舌を出す。
レイラ
「……静かに食え」
シャガル&テュエル
「ぅ……」
こうして、シャガルにとって初めての人間界での夜は、
ぎこちなさを含みながらも、どこか温かい食卓となった。
――――――
テュエル
「では、レイラ様。おやすみなさいませ^^」
レイラ
「あぁ……おやすみ」
シャガル
「む……もう寝るのか?」
テュエル
「お前はこっちだ」
護衛用の部屋へと放り込まれる。
テュエル
「ここに朝まで居ろ!外へ出て面倒を起こすなよ」
――バタン!!
扉が勢いよく閉じられる。
シャガル
「ぐ……あやつ、いつか消してやる……」
シャガル
(………………)
シーン――――
静けさに気づく。
シャガル
「静かだな……暇だ」
「寝るには早い……酒でも飲むか……」
酒を口にするが、どこか満たされない。
シャガル
「くそ……暇だ……夜風にでも当たるか……」
ふと、テュエルの言葉が脳裏をよぎる。
テュエル
(ここに朝まで居ろ!外へ出て面倒を起こすなよ)
シャガル
「ぐぬぬ……くそ……忌々しい……」
「なんだ……人間の夜など、つまらぬではないか……」
しばし沈黙の後――
シャガル
「寝るか……」
ふかふかの寝具に身を沈める。
シャガル
「こんなに沈む寝具……どうやって眠るのだ……落ち着かぬ……」
寝具の上で体を動かし、何度も寝返りを打つ。
シャガル
「……ぐぬぬ!眠れぬ!!」
その時――
ふと、閃く。
シャガル
「……あやつに気づかれずに出ればよいではないか」
――シャガルは静かに身を起こした。
――――――――レイラ自室――――――――――
レイラは寝息を立てて眠っている。
シャガル
(……なんと愛らしい……無防備なのがたまらんな……)
もぞもぞと音を立てながら、布団の中へと潜り込む。
レイラ
「…………ん……」
異変に気づき、うっすらと目を開けるが、意識はまだ朦朧としている。
レイラ
「………………?
…………犬……?」
シャガル
(どうだレイラ……!お前が犬好きだったことを思い出したのだ……余は犬にも化けられるのだぞ……)
レイラ
「…………………………」
静かに手が伸びる。
なでなで、と頭を撫でる。
シャガル
(!)
なでなで……なでなで……なでなで……なでなで……
シャガル
(……お……おぉ……おぉぉ……おぉぉぉぉ……♡)
爺に感謝を送る。
なでられるたびに、心地よさが広がっていく。
やがてレイラはそのまま、そっとシャガルを抱き寄せる。
そのまま再び、眠りに落ちていく。
シャガル
(……な…なんと幸せなひとときか……♡)
(癖になってしまいそうだ……)
(……して……落ち着く匂いだな……)
(人間界……忌々しいが……温かい……)
酒呑童子として生きていた頃には知らなかった。
人間界の「不便さ」や「難しさ」が、
これほど心地よいものだとは。
そして――
犬の姿をしたシャガルもまた、
静かに眠りについた。
――――――――――――――――――――




