また会おうと言っただろう?〜酒呑童子、再来〜
酒呑童子との闘いが終わり、世界に再び静寂が訪れる。
吹き抜ける風はやさしく、鳥のさえずりが耳をくすぐる。
久しぶりに感じる、穏やかな朝だった。
スッと目を開け、レイラは深呼吸をした。
胸の奥に残る痛みが、少しずつ遠のいていく。
扉の向こうには、いつもと変わらぬ気配がある。
ガラッ――
テュエル
「レイラ様!おはようございます!
ごゆっくりお休みになれましたか?」
「なにかご不便なことがございましたら、ボクになんなりとお申し付け下さいね^^」
レイラ
「……おはよう、テュエル。
お前も、傷は治ったか?」
テュエル
「はい。大群の小鬼に囲まれて多少喰らってしまいましたが、これくらいなんともありません」
レイラ
「そうか……本当にいいのか?」
(治療してやろうか……?)
テュエル
「はい、治療は不要です。ボクのオーラで応急処置をしています。
ですので……レイラ様は、力を使わないでください」
テュエルは、あくまでも雪女の治癒力を使わせるつもりはないようだ。
レイラ
「……わかった」
(複雑だ……だが、テュエルがそう言うなら……)
テュエル
「今日はなにをなさいますか?^^
昨日の今日ですから、無理はなさらずに。」
「皇務は爺殿が進めるとおっしゃっていました。
どうしてもレイラ様の判断が必要な時以外は、爺殿でなんとかして下さるそうです」
レイラ
「爺が……申し訳ないな……」
テュエル
「そんなこと思わないでください。
あのような異常事態、民も肝を冷やしたそうです。
少しレイラ様が休まれようが、誰が文句を言いましょうか」
レイラ
「……ふっ」
「相変わらず、うまいな……。
そうだな……今日は休むか。」
テュエル
「はい。お供いたします。
朝食を終えたら、散歩でもしながら何をするか考えましょうか」
レイラ
「そうだな」
にこりと、テュエルが穏やかに笑う。
朝食を終え、二人は庭を歩く。
穏やかな空気。
だがどこか、戦いの余韻がまだ薄く残っていた。
テュエル
「レイラ様…?」
レイラ
「…どうした」
テュエル
「思い出したくないことであれば、
無理にとは言いませんが……。
精神世界に入った、とおっしゃっていましたよね」
「……その……そこには……」
「ボクは……いましたか?」
レイラ
「……………………」
じっと、冷ややかな視線を向ける。
テュエル
「…申し訳ございません!この話は――」
レイラ
「…いたよ」
テュエル
「……え?」
レイラ
「お前は確かにいた。
そして、私を信じていると……そう伝えてくれた」
テュエル
「…………………………!」
言葉を失い、目を見開く。
テュエル
「も、もちろんです……!!
ボクのこの魂、この肉体は……
すべてレイラ様のものです!」
「ボクは所詮、レイラ様の所有物……!!
どうか……どうか……お好きなように――!!」
抑えきれない感情が、一気に溢れ出す。
レイラ
「テュエル、うるさい……」
「……城が、騒がしい……」
ふと、空気の違和感に目を細める。
(……禍々しくはない……だが……)
(妖気……?)
その瞬間――
レイラ
「……!」
何かを捉え、視線を向ける。
レイラの反応に、テュエルはハッとして言葉を止めた。
テュエル
「……っ……」
(しまった……熱が入りすぎた……)
肩を落とし、静かに息を吐く。
落ち着きを取り戻しつつも、レイラの視線の先へと目を向ける。
テュエル
「……っ!!
レイラ様!!…アイツ……!!」
レイラ
「…………………………」
視線の先――
酒呑童子
「ふむ……人間ども……
なぜ地を這いながら、ああもせわしなく動き回る……
何が楽しいのだ……理解に苦しむ……」
城の屋根の上。
腕を組み、当然のように見下ろす影。
高みから人間を観察するその姿は、
まるで“世界そのもの”を見下ろしているかのようだった。
家臣たちも異変に気づき、ざわめき始める。
「誰かがいるぞ……!」
「屋根の上に……!」
その光景を見て――
レイラは、深く息を吐いた。
レイラ
「……はぁ……」
こめかみを押さえ、静かにため息をつく。
テュエル
「レイラ様、お下がりください。
性懲りもなく、また襲撃でもしに来たか……酒呑童子め」
そう言い放ち、屋根へと跳躍する。
軽やかに着地し、真正面から対峙する。
テュエル
「貴様……また現れたな」
酒呑童子
「……?
また会おうと言ったであろう?」
当然のように首を傾げ、まるで「来るに決まっているだろう」とでも言うような余裕の笑みを浮かべる。
テュエル
「……まだ斬られ足りないようだな」
酒呑童子
「あれは少し油断しただけだ。
あの程度の攻撃……かすり傷にも等しい。
すぐに治ってしもうたわ」
テュエル
「……なんだと……っ」
空気が、ぴり、と張り詰める。
レイラ
「…………二人とも、降りろ」
冷たい視線が、屋根の上を射抜く。
レイラ
「ここは人目につく。
……こっちへ来い」
皇族の庭へと場所を移す。
その間も――
テュエルと酒呑童子は、互いに視線を外さない。
一歩も引く気はない、そんな緊張が続いていた。
庭の岩に腰を下ろすレイラ。
レイラ
「…………で、何をしに来た?」
酒呑童子
「何とはなんだ。決まっておるだろう」
「……お主らの言う“人間”を、観察しに来た」
テュエル
「ふざけているのか貴様……!」
レイラ
「テュエル、いい」
片手で制する。
酒呑童子
「人間の習性を知れば――レイラ。
お前の“心”も理解できる」
「そうすれば……お前を我がものにするのも容易い。
違うか?」
テュエル
「貴様……レイラ様を“物”のように……!」
レイラ
「テュエル……」
じとり、と睨む。
ぴたりと口をつぐむテュエル。
その横で――
酒呑童子は、愉快そうに口角を上げた。
レイラ
「つまり……人間を知りたい、ということか?」
酒呑童子
「そうだ。
退屈しのぎに、人間ごっこでもして楽しんでやろう」
テュエル
「なにが人間ごっこだ……!
昨日レイラ様にした無礼の数々……!!」
レイラ
「テュエル……!!」
テュエル
「……ぐ……」
レイラ
「…………わかった」
テュエル
「レイラ様!!それは――」
レイラ
「暴れられても面倒だ。
ならば、監視下に置いた方が都合がいい」
テュエル
「監視下……?
まさか……近くに置くおつもりですか……?」
酒呑童子
「ふむ、名案だ。
余もお前の側に居たかったところだ」
テュエル
「き、貴様……!!」
「……貴様に何ができる!
任せられる仕事もなければ、居場所などない!」
酒呑童子
「やれることならあるぞ」
テュエル
「……なんだと……言ってみろ」
酒呑童子
「レイラの専属護衛だ」
テュエル
「はぁぁぁぁ!?」
堪えきれず声が裏返る。
酒呑童子
「貴様のような脳まで筋肉の猿でもできる仕事だろう?
余にできぬ道理はない」
テュエル
「……っ」
ぴき、とこめかみがわずかに跳ねる。
(……今、何と言った……?)
呼吸が浅くなり、指先に力がこもる。
テュエル
「こいつ……」
声が低く沈む。
「……殺す……」
瞳が、ゆっくりと赤みを帯びていく。
抑え込んでいた感情が、わずかに表へ滲み出た。
レイラ
「……じゃあ、それでいい」
テュエル
「…………は?」
レイラ
「酒呑童子。
人に迷惑をかけるな」
「それと――私の言葉は聞け。
それだけだ」
立ち上がり、歩き出すレイラ。
酒呑童子
「うむ、心得た」
満足げに笑う酒呑童子。
その背後で――
テュエルは、わなわなと震えていた。
(…やれやれ……)
(……これから苦労が絶えなさそうだな……)
酒呑童子
「では――人間観察といこうではないか!!」
こうして――
騒がしく、そして厄介な日常が、再び動き出した。




