人と妖の狭間で、姫は壊れ始める
レイラと酒呑童子が歪んだ空間に呑まれる瞬間——
爺
「……姫さま!!!」
その声は届かず、空が裂けるような轟音と、入ってこいと言わんばかりの時空の歪みだけが残った。
テュエルがその場に膝をつき、拳を握る。
爺はその背に手を添え、震える声で言った。
爺
「……テュエル殿……貴方なら、きっと姫さまを
取り戻せます……。どうか、どうか……あの方を……」
テュエルは拳を握りしめたまま立ち上がる。
テュエル
「……もちろんです。必ず、レイラ様を連れ戻します」
そして目の前の歪みを睨む。
爺
「……ご武運を…」
その先がどうなっていようと構わなかった。
ただの罠だとしても、迷わずに飛び込んだ。
(俺には……レイラ様しかいないのだから)
風が止み、世界が一瞬、静寂に包まれる。
暗転していた空も元に戻った。
爺
「…………姫さま…………テュエル殿……
……どうかご無事で………………」
――――――――――――――――――――――
酒呑童子の城——酔鬼殿
酒呑童子
「フッ、本当に迷わずに飛び込んだようだな……。
レイラ、あの男、お前のなんなのだ」
レイラ
「………………護衛だ……」
溢れんばかりの妖気と酒の匂い、
そして結界に囲まれ、気分は最悪だった。
酒呑童子
「…護衛……? なぜ弱い人間を妖のお前にわざわざ付けているのだ……?」
「理解に苦しむ……。不完全だとしても、
お前がその気になれば護衛など付けずとも、人間など容易に消せるだろうに」
レイラ
「…人間は、妖の気分で生死を決める玩具ではない」
酒呑童子
「………ふん…
お前も父親に似たようなことを言うのだな……。」
酒呑童子
「つまらん……殺すには惜しいが、
やはり食ってやろうか……」
雑魚鬼
「酒呑様ァ!!この女、食うのですかァ!?
オレにも分けてくださいよォ!!」
雑魚鬼
「ふくらはぎィ……いや!!
足首だけでいい!!骨だけでもいいからァ!!」
雑魚鬼たちが一斉に騒ぎ立てる。
声が重なり、甲高く、濁り、耳にまとわりつくように反響する。
欲に塗れた声が入り混じり、
雑魚鬼たちが少しでもおこぼれにあずかろうと湧き立つ。
酒呑童子
「…………………………」
ザンッッッッッ――
大鎌が振るわれ、群がっていた鬼たちの首が一瞬で刎ね飛ぶ。
レイラ
「………っ!!」
酒呑童子
「五月蠅い……余の獲物だ……
手を出すことは許さん………………」
「今から酔鬼殿へと人間が乗り込んでくる。
…その人間を殺せ。そうすれば、小指の一本くらいは考えてやろう」
そう言い放つと、
飢えた鬼たちはテュエルへと向かっていく。
レイラ
「……テュエルは、あんな雑魚たちでは死なない……」
酒呑童子
「ほぉ……?随分と入れ込んでいるようだな…………」
レイラ
「……人間を甘く見るな……」
酒呑童子
「……………………。
……ふっ、いいことを思いついた」
自らの指を噛み、血を滲ませる。
酒呑童子
「飲め……余の高貴な血だ……
お前は妖だと言うことを思い出させてやる……」
レイラ
「……っ!!!」
自由の利かない体で必死に抵抗し、顔を背ける。
酒呑童子
「抵抗するな……」
ぐい、と顎を掴まれる。
レイラ
「――っ!!」
首を掴まれ、無理やり口に血を流し込まれる。
純度の高い妖力に、体の細胞が悲鳴を上げる。
レイラ
「ぅあっ……!!!!」
(体が……ちぎれる……いや……灼けるようだ……!)
その痛みの奥で、細胞一つ一つが震える。
(闘え)
(怒れ)
(餓えろ)
――まるで、そう言われているかのように。
抗いようのない衝動が、体の奥から湧き上がる。
理性を削るように、本能だけが輪郭を持ちはじめる。
酒呑童子
「ははははは!!!
…戯れの宴を始めるぞ……!」
「お前の【護衛】が来るまでに、
お前の自我は持つかな??
……誇り高い妖の力を思い出せ!レイラ!!」
酒呑童子が高らかに笑う。
笑い声が空間に響き渡り、妖気と混ざり合いながら歪む。
レイラの視界が揺らぎ――
次の瞬間、暗転する。
――――――――――――――――――
空は赤黒く滲んでいる
霧の中に、甘く腐ったような酒の匂いが漂い
辺りは瘴気も混じっている。
妖の笑い声と嗚咽が入り混じるこの場所
醉鬼殿に一人の影がゆっくりと歩を進める。
テュエル
「……ここが……ヤツの城か……」
(……なぜだ、安心すら覚える空間だな……。
来たこともないのに。ましてや瘴気まみれ。
普通の人ならひとたまりもないだろう……)
握った剣の柄が、手汗で滑る。
だが迷いはない、踏み出す一歩ごとにテュエルの怒りが沸き起こるようだった。
「人間……ひとり……?
殺せェ……?喰わせろォ……!」
霧の中から、鬼どもがぞろぞろと現れる。
牙、爪、歪んだ笑い。
まるで地獄が形を成したかのようだった。
テュエル
「……邪魔だ。全員、斬り伏せる。」
次の瞬間、赤い血飛沫とともに、
鬼たちの首が宙を舞った。
テュエル
「……俺は止まるわけにはいかない……
こんなところで朽ちるわけにはいかない…。」
「…レイラ様が俺を待っていてくれる限り……
進み続ける……たとえ一人でも……」
――――。
一瞬、どこからともなく“声”のようなものが、
意識の奥をかすめた気がした。
――――っ!
次の瞬間、テュエルは視線を上げる。
醉鬼殿の頂から、圧倒的な妖気が降り注いでいた。
テュエル
「……この感じ……まさか、レイラ様……!?」
胸が、ぎゅっと締め付けられる
まるでレイラの悲鳴が、
心に直接響いたようだった。
テュエル
「耐えてください……レイラ様……!
俺が行くまで……耐え抜いてください!!
……レイラ様っ!!」
鬼どもの群れを薙ぎ払い、
醉鬼殿の奥へと全力で駆け抜ける。
妖の王が待つ禍々しい妖力の霧の中へ……
――――――――――――――――――
寒い……
冷たい……
寂しい……
辛い……
暗い……
ここは……どこ……?
レイラ
「テュエル!!」
誰も返事はしてくれない……
レイラ
「……誰も、いないのか?」
空間がわずかに歪む。
――場面が切り替わる。
(眩しい……ここは……??)
(リュウコ城……??)
――その瞬間、ハッとする。
鏡に映る自分が六歳の時の幼い自分になっていた……
家臣A
「……あ、あぁ……姫様……ご機嫌麗しゅう……」
(こんな所で出くわすなんてついてない。
あの無機質な目……どうもいけすかない……)
レイラ
(大丈夫、これくらい慣れてる)
心の奥で小さな緊張が、妖力の揺れとして伝わる
家臣B
「……あ!姫様!こんにちは!
どこかにお出かけですか?!もしお時間あれば一緒に庭園でも行きませんかぁ?!」
(テキトーに付き合って仲良くなった風でいれば、
金目のものでも貰えるかも?!そうしたら私は大富豪よ!)
レイラ
(本音と建前くらい、誰にでもある……)
同時に、血の熱と酒呑童子の妖気が、
身体の奥でじりじりと痛みを伴って膨らんでいく
家臣C
「……あの門兵の方に想いを寄せているの…♡」
家臣D
「えー!そうだったの??お似合いだと思うわー♡」
(あんたみたいな不細工にはあの方は不釣り合いよ)
レイラ
「……たしかこの後…私が声をかけて……」
その記憶の断片に、血の熱が絡みつき、わずかに目眩がする
門番
「今度一緒に出かけませんか?」
家臣C
「本当ですか?!ぜひ!!」
家臣D(心の中)
(…この不気味なクソガキ……
よくも私の邪魔しやがって……!
私もあの方を好きだったのに……!!)
レイラ
「……手出ししなければよかった……?」
高位宦官
「誰だ!!!花瓶を壊したのは!!名乗りあげよ!!!」
家臣E
(どうしよう……皇族の花瓶を……
バレたら……打ち首かもしれない……!!)
レイラ
(……そこで私は……)
レイラ
「……私が、やりました。」
高位宦官
「はっ!!姫様!!大変失礼いたしました!
…すぐ片付けます!!」
(さっさと言えよ……余計な仕事ばかり増やしやがる)
家臣E
(うそ……助けられた……?……いや……こんな抜け殻みたいな子に気づくわけないわね……
運がいいわ……命拾いした……ありがとね?ひめさま⭐︎)
レイラ
「…………………………………」
過去にあった、心の奥底に眠らせていた苦い記憶たち――
小さな失敗、孤独、裏切り――が、妖力と血の感覚に押されてうずまく。
体の奥で妖力がざわめく。
血の熱が痛みに変わり、吐き気を伴う――。
(まるで、心の底に沈めていた黒い泥が、
妖力によって掻き混ぜられていくようだ……)
“誰にも理解されない”という幼い頃の痛みが、
血の毒となって再び蘇る。
――――――――
6歳のレイラが泣いている………………
気づけば自分を俯瞰して見えるようになっていた。
6歳レイラ
「………ぐすっ……」
レイラ
「…………なにを泣く?」
6歳レイラ
「…………みんな私を人間として見てくれない……」
レイラ
「…………役に立っていたじゃないか」
6歳レイラ
「求められていなかった……余計なお世話だった。」
レイラ
「…………なんでそう思う?」
6歳レイラ
「…………お前が……妖だからだ!!!!」
レイラ
「…………そうだ……妖だから、
理解されなかった。でも……それでも…
…私は“人”でありたかった……。
誰かの涙に手を伸ばせる人でいたかったんだ……」
冷たい虚無の中、ひとりでこの中から出られない絶望を感じ、涙が溢れ出る。
「……私は誰だ?」
「……私は……」
――暗闇の中。微かに光が見え、声が聞こえる。
光と闇の狭間でふっとリアの笑顔が浮かぶ。
「バカね、レイラ。あなたはいつも、自分のこと後回しにするんだから。もっと私を頼ってよ!」
次に、爺の声が響く。
「姫さま、笑うことも、泣くことも大事な感情です。
感情を出すことも、勇気ですよ」
光が少しずつ射し、幼い日の記憶。
父・ダインが背を向けながら言う。
「レイラ、“力”を恐れるな。
力は心を映す鏡だ。
――お前が優しくあれば、力もまた優しくある」
その言葉が心に溶けていく。
そして最後に、テュエルの声。
「ボクは、レイラ様を信じています。
どんな姿になっても、
レイラ様は……レイラ様ですから^^」
…………これは…………私の記憶……?
いや…………こんなこと言われたことはない……。
私が作った幻想………………?
…………でも…………みんななら…………
そう言ってくれるだろう………………。
…暖かい……………………
涙が頬を伝い、胸の奥で氷のような何かが砕けた。
「……私は……レイラ。
この命、誇りを持ち、強く、生きる――!」
――――――――――――
――ハッと気づくと
また違う真っ暗な空間だった。
ここは……現実……?
心臓がドキドキして苦しい……息切れがする…………
体の血管や臓器……
いろいろなものが自分のものではないみたいに
拒絶反応を起こす………………
目を瞑っても休めそうもない。
ただただ血が毒のように巡り、蝕む。
ドクン、ドクン、と耳の奥で鳴る心臓の音が、
自分のものではないように響く。
血が、体の内側から暴れている――。
「妖の血」と「人の心」が互いを拒み、軋んでいる。
レイラ
「ぅ……リア……爺……父上…………テュエル…………」
酒呑童子
「…ほぅ?」
「なかなかしぶといな……お前も見てきたのだろう?
私利私欲に塗れた汚い人間を……弱いものは奪われ、強いものが奪う……当然のことだ……何を躊躇う?」
レイラ
「ちがう……弱いものには与える……
強いものは……弱いものを守る…………」
酒呑童子
「………………わからぬ…………」
パッと一瞬、明るく光る。
何か聞こえた気がした。
――――!
声……?気配……??
その方向に体が引き寄せられる。
暗闇の底に沈んでいた心が、
微かに温もりに触れた気がした。
光の粒が、涙に溶けるように胸の奥へ落ちていく――。
「――――レイラ」
「――レイラ」
「レイラ……無事でいて…………」
リアが手を合わせて祈っている。
後ろにはレオ、みんなの姿も……
レイラ
「リア……、レオ……、みんなも…………」
(これは…………現在が見えているのか……?)
爺
「姫さま…………姫さま…………ご無事で……」
と土下座をしながら祈っている。
レイラ
「…………爺…………」
爺に続き、家臣の人たち、村人も手を合わせて祈り続けている。
――――――――――――――――――
そんな中――
すごく光っている歪みがある……
そこに目を向け、手を伸ばす。
「――――――――――ま!!!」
(誰か……私を呼んでる?)
「――レイラさま!!!!」
レイラは思い切り手を伸ばした
「レイラさま!!!!!!」
グイッ――――
光の歪みから手を引っぱられる。
その瞬間、暗闇が弾けた。
光と音が混ざり合い、レイラは結界から解き放たれ、現実へと引き戻されていった。




