「かくれんぼしません?」→結果:誘拐・自害・修羅場でした
朝だ。
川風に乗って、草の青い香りが流れ込んでくる。
窓辺では雀が鳴いている。
……扉の向こうに、気配。
レイラ
「…………………………」
ガラ……
テュエル
「レイラ様!!!おはようございます!!
今日もお美しいですね!!
朝日に照らされた水滴よりも美しいことは言うまでもありませんが^^」
レイラ
「……………………」
レイラは完全に呆れた目で、テュエルを見ていた。
――こんな日々が、これから毎日続くのか。
(……無理だ)
一日で、限界だった。
少し……川まで散歩に行くか。
テュエル
「!!!!レイラ様!!!」
レイラ
「!」
次の瞬間、テュエルの腕がレイラの体をぐいと引き寄せた。
ひゅ、と風を裂く音。
一閃。
飛んできたアブが真っ二つになり、地に落ちる。
テュエル
「はぁー、危ない……アブですね。」
レイラ
「……………………」
レイラは露骨に顔をしかめ、深く息を吐いた。
「……畳五個分、離れろ」
テュエル
「はい!」
返事と同時に、テュエルはひゅんっと後ろへ飛び退いた。
気がつけば、畳五枚分きっちり距離が空いている。
⸻
昼刻
ダイン
「レイラ。」
「約束だ。上層部……七合目までなら外出を許す」
レイラ
「……ありがとうございます」
無表情のまま、瞳だけがわずかに輝いた。
ダイン
「他の層へは行くな。民とも接触するな。必ず護衛と共にいろ」
レイラ
「…はい」
テュエル
「ばっちり同行致します!」
きらきらした笑顔で親指を立てるテュエル。
ダイン&レイラ
「……………………」
(……お前、これでいいのか?)
という父王の視線が痛い。
爺
「はっはっは!頼りにしてますよ!」
大人たちの話が続く中、レイラの意識はすでに別のところにあった。
――父上とではなく、一人で。
外出……!
初めての経験に胸が躍る。
……が、すぐに気づく。
「一人」ではなかった。
テュエル
「陛下も本当過保護というか、心配性なんですねぇ。
まさかレイラ様が上層部、七合目までの外出許可すら出ていないなんて。
まぁ、気持ちはわかりますけど!
転んで怪我でもなさったり、どこかに迷子になんてなられたりされたら、心臓がいくつあっても足りないですからー!!!」
(大声。畳五個分)
レイラ
(……本当によく喋る。)
父上が過保護なわけがない。
女だから、政略のために“傷物にしたくない”だけだ)
テュエル
「これは我慢してくださいね?
一人で馬に乗せるなと、きつく言われてますので!」
レイラ
「…………」
すぐ背後に、テュエルの気配がある。
(……少し安心する匂いだと思ったことは、内緒だ)
⸻
西の草原
草原に足を踏み入れた瞬間、空気がふっと変わった。
青い草の香りが風に乗り、陽に透けた葉がきらきらと揺れている。
レイラ
「………すごい……綺麗……」
――言った瞬間、はっと我に返る。
思わず漏れた言葉に、わずかに眉をひそめた。
テュエル
「いつも北側だと聞いていたので、西側に来てみました。
ここ、ボクの地元なんです」
レイラは無言でテュエルを見上げた。
そして、じとりと睨む。
(てっきり“レイラ様の方が〜”とか言うと思ったのに)
テュエル
「言ってほしかったですか?」
くすっと笑う。
レイラ
「!」
レイラの肩がびくりと揺れた。
思わずテュエルを振り返る。
(……心が読めるのか……!?)
テュエル
「ただ、楽しんでほしかっただけです。
ここは……ボクがよく、親……いや、父から逃げて
昼寝したり、釣りしたりしてた場所なんですよ」
レイラ
(人の気配はない。
動物も、草花も、穏やかだ)
レイラ
「……そうだな」
小さく、微笑む。
テュエルは一瞬目を瞬かせ、すぐに嬉しそうに笑った。
(……笑ってくれた)
テュエル
「そうだ、レイラ様。
かくれんぼ、しません?」
レイラ
「………………」
テュエル
「か・く・れ・ん・ぼ!」
レイラ
「はぁ……私をいくつだと――」
テュエルはにやりと笑う。
「自信ないんですか?」
レイラ
(……むかつく)
――こうして、成り行きでかくれんぼをする羽目になった。
走る。
草をかき分け、風を切るように。
こんなふうに思いきり走ったのは、初めてだった。
胸が軽い。
足が止まらない。
楽しい。
草原を抜け、木立の間をすり抜ける。
振り返っても、もうあの護衛の姿は見えない。
――だが、足は止まらなかった。
もう少し。
もう少し遠くへ。
……どれくらい走っただろう。
ふと、足を止める。
……行き過ぎたか?
人の気配。
三……いや、五人。
子供と、米の匂い。
嫌な予感。
レイラは羽織りを脱ぎ、木の枝にかけた。
この装いでは目立つ。……目印にもなる。
そして何事もないように、ゆっくりと荷馬車へ近づく。
「おーーーーっと危ねぇじゃねぇか、クソガキ!!
轢かれてぇのか??!」
男が怒鳴り声を上げた。
レイラは黙って男を見上げる。
(…………嫌な匂いだな。煩悩の匂い)
「おー?」
男はレイラの顔をまじまじと見て、にやりと笑った。
「よく見たら、少し大きめだが上玉じゃねぇか。
目も毛色も珍しいな……」
次の瞬間。
「ぅ……!」
背後から回り込んできた二人の男に腕を掴まれ、
口元に布を押し当てられる。
薬の匂い。
レイラの体が崩れ落ちた。
――フリをした。
「運がいいぜ!!
あと少しくらい育てば、売るのももったいねぇくらいの女になるぞ、こりゃ!」
男たちの笑い声。
レイラは米俵に詰め込まれ、荷馬車に放り込まれた。
(なるほど……)
(こうやって子供を攫い、米を運んでいるように見せて
視線を掻い潜っていたのか)
暗闇の中、鼻を利かせる。
(匂いからして……子供は十人ほどか)
どうする…………?
賊の話し方、荷の積み方、匂い。
(……双国の匂いではない)
(おそらく……凱帝国の使者)
子供を攫い、リュウコの情報を得る。
そして奴隷として使うつもりなのだろう。
もし、このまま凱帝国まで連れて行かれるなら――
到着後、父上に気づいてもらい、姫だと名乗れば…。
そうすれば、勢いをつけ始めている凱帝国に対し
強く出る理由にもなる。
抑止力にも。
だが……
レイラは米俵の中で、わずかに眉を寄せた。
(この子供たちを……無事に帰せるか)
今は何時だ。
米俵の中では陽が見えない。
だが、まだ夜の匂いはしていない。
……夕方頃か。
早く帰らないと、父上が、爺が心配す……
心配……?
誰が、私の帰りを待っているのだろう……
最愛の妻の命を奪った私のことなど、父上は……
…………………………。よそう。
このような不毛な考えは。
…………父からは、愛の匂いを感じたことがない。
私のことを、どう思っているのだろう……
(忘れ物を言ったこともないのに見つけてきた。
怖い、言っていないのに意中の相手の気持ちを言い当てた。
持病のことまで指摘した。
煙たがっている宮中の人たちの顔も思い出す)
帰る場所なんて、ないのかもしれない。
ふっ、と鼻を鳴らした。
外がやけに騒がしい。
「うぎゃ!!!」
「なんだ、テメェ!!オエッ」
「ゴフッ」
――この匂いは……
(……来た)
「――みーーーつけた!^^」
レイラは息をのむ。
あまりに……あまりに眩しい笑顔でニッコリとこちらを見つめるテュエルに、思わず後ずさった。
「いやーーー!!
まさかこんな遠くまで来ているとは思ってませんでしたよ。さすがです!
しかもこんな米俵の中に隠れるなんて、想像もしてませんでした!完っ璧!なかくれんぼでしたね!」
その瞬間――ふわっと、テュエルに抱きしめられた。
レイラは思わず声にならない驚きを漏らした。
「もう……」
「心臓が足りなくなるくらい、心配したんですよ?」
レイラは、思わず体が硬直した。
こんなに近くで抱きしめられたことも、
こんなふうに心配されたことも、なかった。
(心配……? ……あったかい……)
胸の奥が、ほんの少しだけ高鳴った。
戸惑いと、居心地の良さが、同時に押し寄せる――
「それにしても、大手柄ですね。こんなゴミと……宝を見つけてこられて……
とりあえず……拘束しますか?」
その瞬間、テュエルの笑顔の奥の影を見た後――
外から馬のひづめの音が響いた。
父ダインと医官が到着する。
――【父上だ――】
レイラは思わず身を正す。
「申し訳ございません。いいつけを守れ――」
その時だった。
――バチン――
頬に衝撃が走る。平手。
レイラは目を見開いた。
(…………え……?)
一瞬、何が起こったのかわからず、体が硬直する。
時間がほんの少し止まったように感じた。
次の瞬間、ぎこちなくも確かな腕が、レイラを抱きしめてきた。
「心配……かけさせるな……………
ミコトだけではなく……お前も失いたくはない………………」
レイラの胸に込み上げるものがあった。
「ごめ…………なさい……」
思わず涙が溢れる。
(……心配……愛の匂い……これは……父上の……愛……?)
後ろで、テュエルは拳をぎゅっと握りしめ、顔を強張らせた。
「ひ、ヒィ!!!双国王ダイン……?!」
慌てて賊たちが懐から何かを取り出し、口に入れる。
次の瞬間、口から血を流しはじめた。
テュエル
「ッ……!!!」
「おい!今飲んだもの、吐け!!」
ダイン
「無駄だ、もう死んでいる」
「くそっ!」
テュエルは拳を握りしめた。
医官は顔を曇らせる。
「毒……自害ですか……」
「随分と忠誠心のある方達ですね」
ダイン
「……詳しい話は後だ。お前達は宮へ戻れ。私は子供を送り届けてから行こう」
(父上……………)
レイラは胸の中でつぶやく。
ダイン
「…………先に戻っていろ」
レイラ
「……はい」
テュエルは小さく肩をすくめ、口の端をひくっと歪めて苦笑した。
「あとが怖いですね…」
(俺…解雇とか無いよな…)
城に着き、夜の帳が回廊を包む。
レイラは石畳に腰を下ろし、テュエルと並んで父の帰りを静かに待った。
時折、二人の呼吸が回廊に響き、時間の流れを知らせる。
やがて、父上が戻ってきたと知らせを受け、レイラは立ち上がる。
「………ご苦労様でございました」
ダイン
「あぁ……」
静かな間が、しばらく流れた。
ダイン
「……説明をしてもらおうか」
レイラ
「はい……かくれんぼをしていました」
一拍。
――ダインは一瞬、言葉が止まる。
「かくれんぼ……」
何を言っているのか理解できず、反応が遅れた。
テュエル
「はい!!ボクがレイラ様をお誘いしました!
鬼ごっこだと転ばれても大変なので、かくれんぼなら大丈夫かと考えたのです。」
「そうしたら、レイラ様が族の米俵の中に隠れまして!本当にお上手でした!!」
レイラ
「違う、私が約束を破り、上層部から出ました。
民に会うなと言われたのに、自ら荷馬車に接触したのも私です。
処罰は甘んじて受けます」レイラはすっと背筋を伸ばす。
「それでは、そもそも私が遊びを提案したのが悪かったのです!
罰なら私が受けます!」テュエルは必死に言う。
「提案に乗ったのは私の責任だ」レイラが静かに返す。
二人は小さく口論を続ける。
だが、その言葉の端々に、普段は表に出さない強い意志が込められており、互いに絶対に譲らないことがわかる。
「お前たち二人……しばらく外出禁止だ」
ダインの声は低く、動かぬ重さを帯びていた。
「………………………………」
レイラとテュエルは、沈黙で向き合う。
――――――
自室前。
テュエルは小さく肩をすくめ、息を吐くように笑った。
「いやー、今日は本当に怒涛の一日でしたね。護衛を外されなくて、命拾いしましたよ」
少し胸を張りながら、彼はレイラの方を見つめる。
「でも、レイラ様……ボクを庇うような発言は、絶対これから先やめてください。こんなに美しい肌に怪我をされたら……。」
「ボクがその相手を殺してしまいますからね?」
声は柔らかく、まるで冗談を言っているかのように響く。だが、その瞳は笑っていなかった
「それでは、ゆっくりおやすみなさい^^」
レイラはただ静かに頷いた。
「…………うん」
その反応だけで、テュエルの顔がぱっと輝く。
(返事してくれた…!)
小さな笑みを浮かべ、彼は自室の扉が閉まるのを見送った。
――――――
回廊の静寂に包まれ、レイラは父との出来事を反芻する。
――父上……愛の匂いがした。
そしてあの温かい涙の匂い。
私は……愛されていたのか……?
胸が熱く、温かく、嬉しかった。
ふと、テュエルの言葉を思い出す。
「もう……心臓が足りなくなるくらい、心配したんですよ?」
心臓が高鳴る感覚と、優しい記憶が重なって、静かに頬が緩む。
レイラは深く息を吐き、静かに目を閉じた。
――――――
次の日の朝。
レイラが自室の扉を開けると、テュエルはすでに横に控えていた。
「レイラ様!!おはようございます!^^」
「今日は雲一つない、澄んだ空ですよ!もちろん、その空も霞んでしまうくらい、レイラ様の方が美しいのは言うまでもありませんが!」
言葉は溢れんばかりで、胸の高鳴りまで伝わってくるようだ。
レイラは呆れ顔で歩き出す。
(……またか)
テュエルも言いつけを守り、ぴょんと畳五個分離れてついていく。
レイラ
「……………畳二個分まででいい…。」
テュエルは大きく目を見開き、
両手を小さく握りしめた。
「…っ!ありがとうございます!」
「あっ!レイラ様――!!」
レイラ
「…………うるさい…」
テュエルは嬉しそうに跳ねる足取りで、少しずつ畳二枚分の距離を詰める。
言葉の勢いは相変わらずだが、そっと寄せるその距離には、二人の心が少しずつ近づいている気配があった。
こうして、レイラとテュエルは――文字通りにも、そして心のうえでも――徐々に、距離を縮めていくのだった。
――少なくとも、
片方は、そう信じていた。




