テュエル、無念無双の果てにレイラと“すでに済ませていた件”
シュン
「うっわーーーーーーーーー!!!!
すっげぇぇぇぇぇぇーーー!!」
広間に足を踏み入れた瞬間、
視界いっぱいに広がる湯気と石造りの浴場に、
思わず声を張り上げる。
目を輝かせながら周囲を見渡し、足が止まった。
シュシャ
「今までの宿の温泉が貧相だったのかと
錯覚してしまうほどの規模の違いだな……!
さすが皇族の大浴場といったところか!!」
レオ
「すげー広いなー!!
こりゃ泳げるなーー!!!w」
ナイル
「こらこら。
先に体を洗いなさい?」
ロイロ
「しかし、ほんとにでけーな……。
いつもこんなとこに王は入ってたのか?」
(贅沢だねぇ)
テュエル
「いえ。
陛下は烏の行水のように、すぐに出てしまう方でしたので、
五右衛門風呂しか使われておりませんでした」
ロイロ
「五右衛門風呂?
なんだそれ?」
テュエル
「こちらです」
すっと手を伸ばし、浴場の一角に据えられた小さな五右衛門風呂を指し示す。
その存在は、広大な浴場の中でひときわ異質に浮いて見えた。
シュン
「ちっさ!!
五右衛門、ちっさいな!!
ていうか、シアンもう入ってるし!」
シアン
「……小さくて落ち着く」
シュン
「たしかに……
こんなに周りが広いと、
逆に狭い方が落ち着くかもね」
ナイル
「でも、やたら大きいよねぇ
双国って、温泉も多いみたいだね」
テュエル
「この大浴場は、
主に従者や使用人が使っていました」
ロイロ
「は!?
だいぶ豪勢な待遇だな!!」
テュエル
「そうですね。
陛下が、そういうお考えの方でしたから」
「ボクも、贅沢だとは思います」
ロイロ
「これじゃリアは
広すぎて逆に落ち着かねぇだろうなw」
ナイル
「じゃあボクが一緒に――♡」
ロイロ
「………………」
(首を絞める)
ナイル
「じょ、冗談だよ、ロイロ……」
(苦しいよ)
――――――――――――――――――――――
リア
「……広すぎるわ……………………」
湯気が立ち込める中、空を仰いでもなお奥行きが測りきれない。
視線を左右に滑らせながら、ぽつりと呟く声が空間に吸い込まれていく。
(湯気がもくもく)
ポル
「もきゅ」
――――――――――――――――――――――
ロイロ/ナイル/テュエル
(アダルト組)
ナイル
「いやぁ……いい湯だね……」
ロイロ
「全くだ」
「沁みるねぇ……酒ねぇかな」
テュエル
「……………………」
どこか上の空で、視線は湯面に落ちたまま、思考だけがレイラのもとへと向かっていた。
ナイル
「心配?
レイラちゃんのこと」
テュエル
「当然です。
悪夢を見ていないか、
氷嚢が緩くなっていないか……
確認したくてたまりません……」
肩を落とし、どこかしょぼんとした様子で視線を伏せる。
ロイロ
「……あの爺さんには
頭が上がらねぇんだな」
テュエル
「もちろんです。
爺殿は分け隔てなく接して下さる一方で、
陛下には厳しかったりもして……」
「レイラ様が絶大な信頼を置いていらっしゃる
数少ないお方です。」
「ボク自身にも、とても良くして下さいますし、
皇務の補佐官としても本当に優秀なお方ですよ」
ナイル
「ほんと、
“やり手爺さん”って感じ滲み出てるよね。」
「それでいて刀鍛冶だなんて、
双国の人って多才だなぁ」
テュエル
「それに関しては、
本当にボクも驚きました。」
「まさか禁足地で刀鍛冶だなんて……
全く想像もしていませんでした」
ロイロ
「……レイラは
なんで禁足地の頂上に
行かなかったんだろうな?」
テュエル
「答えは単純です。
【禁足地】だからですよ。」
「あの方は、興味があったとしても
“行ってはいけない”と言われていることには
決して手を出しません。」
「……陛下が厳しいお方でしたからね」
ナイル
「あ、そうそう。
ずっと気になってたんだけどさ……
四合目で休んだ時の、あの話♡」
レイラ
「……初めてだったんだが……」
(その言葉を思い出すように、ナイルは目を細める)
ナイル
「↑これって、どゆこと?
もしかして……?」
(キス?)
テュエル
「……………はぁ………………
ダメです……」
深いため息をつきながら、こめかみを押さえる。
ロイロ
「おーおー。
天下のお姫様の護衛が
お姫様に手ぇ出す国かー?」
テュエル
「………………」
顔を伏せたまま、視線を上げようともしない。
ナイル
「言わない気かな?
……じゃあ、
レイラちゃんに聞こうかな――」
(羞恥心なさそうだから絶対教えてくれるだろうし〜)
バシャッ――
一瞬、ナイルの顔のすぐ目の前までテュエルの手が閃き、寸前で止まる。
空気を裂くような音だけが響き、指先はほんの数寸で止まっていた。
ナイル
「い、いやだなぁ…………
じょ、冗談だって……w」
(め、目潰し…w)
ロイロ
「冗談通じると思うなよ。
そろそろ学べよ」
シュン
「なになに??
なんの話してんのー?!
喧嘩やめなー?」
ナイル
「大丈夫だよシュン君。
おとなのハ・ナ・シ♡」
シュン
「……………………
あ、そ」
呆れた様子で肩をすくめると、それ以上は踏み込まず、さっさとその場を離れていく。
ナイル
「……ふぅ」
ロイロ
「……とりあえず、
言えないようなことを
やらかしたってことだな」
ナイル
「ほんとw
すみに置けないねぇ、テュエル君♡
言えないことしちゃうなんて♡」
テュエルは頭を抱えたまま、冷や汗が止まらず、内心の動揺を隠しきれない様子だった。
ナイル
「大丈夫だよ。
レイラちゃん、
自分から君にキスしに行ってたくらいなんだから」
ロイロ
「そう考えると、
意外と大胆だよな。
あんなに寡黙で、
所作一つ一つが上品なお姫様が……」
テュエル
「………………………………」
沈黙を保ったまま、冷や汗だけがじわじわと増えていく。
ロイロ
「……なんかわかる気もする。
あれだけ神々しい女だと…」
「自分のせいで汚しちまいそうで、
自分が汚ねぇって錯覚する」
テュエル
「それです……!!
わかってくれますか……?」
「大切すぎて、お守りしたくてそばにいるのに、
自分のせいで壊してしまいそうで……
居た堪れなくなるのです……」
ナイル
「ピュアだねぇ……。
ボクは、汚して乱したくなっちゃうな……♡」
テュエルから向けられている殺気を察知しつつ気づかないフリをかます。
ロイロ
「……でもよ、
キスくらいならいいんじゃねぇの?」
「その先は……まぁ……
いろいろあるだろうから何とも言えねぇけど」
テュエル
「……………………………………」
その言葉に、顔から血の気が引いたまま固まり、
冷や汗が止まらず、思考だけが空回りしている。
ナイル
「……え?」
ロイロ
「……は??」
テュエル
「……………………」
次の瞬間には、頬を伝い、顎先からぽたりと雫が落ちるほどに、冷や汗がだらだらと流れ続けていた。
ロイロ
「お前、まさか……」
ナイル
「ほ、ほんとに……?
テュエル君……」
テュエル
「………………………………」
ロイロ
「お前!!
散々“護衛だ”“お守りする”だ
言っておいて……!!
はぁ?!」
テュエル
「……………………」
ナイル
「……どうしてそうなったの?
もしかして……
レイラちゃん……?」
テュエル
「……レイラ様は悪くありません。
全て、ボクのせいです。
ボクが理性を保てず……」
ロイロ
「とんだ護衛だな。
共感して損したわ。
もう事後だったとは」
テュエル
「……なにも言い返せません」
ナイル
「いやいや、
ちゃんと説明しようよ」
テュエル
「………………はぁ…………
レイラ様が城を去ることになる前日、
ボクは凱帝国の従者が
ソンゴルが“レイラ様を愛人にする案件の
先延ばしは、もう待てない。
三日以内に返事がなければ、
凱帝国全勢力で双国を潰す”
……そう言っているのを聞きました。
それで、
王の首と”姫”を差し出すこと、
そして自分が凱帝国へ就くことを条件に、
双国に手出しをするな、と契約したのです。
……その話を陛下からお聞きになって、
レイラ様はボクを解雇し、
凱帝国へ行くことを心に決めていたのでしょう」
ロイロ/ナイル
「……!」
ロイロ
「なんで王の首まで…?」
テュエル
「……陛下は、凱帝国にとって邪魔な存在でしたから――
さらに好条件を提示したまでです」
ナイル
「そして…肝心の姫は渡さない…と」
テュエル
「レイラ様がボクを解雇しようとしていることは、
なんとなく空気で察していました。
無駄なことは口にしない方ですが、
必要なこと、言うべきことは
必ず言葉にする人なのに……
なかなかあの日は切り出してこなくて。
だから、
機会を作って差し上げようと……
少し……散歩にお誘いしたんです。」
「……ですが……
散歩が終わり、
自室に入る時まで、
結局何も告げてはきませんでした。」
ナイル
「何年も一緒にいたんだろ?
レイラちゃんも、切り出しづらかったんだね……」
ロイロ
(幼い時から見てきた……
俺とリアのようだな)
テュエル
「お慕いするようになって五年。
護衛になって六年……
ボクの生活の中心には、
常にレイラ様がいました。」
「…そして、自室前で……
“あぁ、解雇されるのだな”と、
その言葉を身構えたのです。」
「……ですが、
レイラ様は解雇を告げず……」
「その……夜伽の、お誘いを頂きまして……」
途中で言葉を濁し、こほん、と咳払いを挟んでから、続きはさらに小さな声で語られた。
ロイロ&ナイル
二人は目を見開いたまま、固まるようにテュエルを見つめる。
理解が追いついていない様子で、ただ沈黙が続いた。
テュエル
「そこからは……もう……
本当に……」
一度言葉を切り、深く息を吐く。
「レイラ様を壊してしまわぬよう、
相手は土人形、藁人形だと思い込み、
理性を保つために……」
「心頭滅却・無念無双・明鏡止水・南無阿弥陀……と、
ずっと心の中で唱えていました」
「見てはいけない。
無礼なことをしてはいけない。
ただ、それだけを自分に言い聞かせ続けて……」
わずかに肩を落とす。
「自分との闘いでした」
「……無我の境地を、
また一つ極めました」
ロイロ
「……なにやってんだ、バカだろ」
ナイル
「……なんてもったいない」
テュエル
「ですから、
ボクの中では“レイラ様とした”という実績には
入っておりません。
感覚としては……
非常に過酷な修行を
耐え抜いた、それに近いです……」
言い終えると同時に、テュエルは力が抜けたように肩を落とし、明らかに消耗した様子を見せた。
ナイル
「でもさ……
らしくないよね?
テュエル君なら
“できません”って断りそうなのに」
ナイルの言葉に、わずかに視線を落としてから、数拍置いて口を開く。
テュエル
「…………そうですね。
もし……あの日でなければ、
ボクが理性を飛ばすことも、
飛ばさぬよう耐えることも、
きっとなかったと思います」
ロイロ
「……なんで、
レイラはそんなこと言い出したんだろうな」
テュエル
「さぁ……。
急な身請け話で心細くなったのか……
ソンゴルが、
初めての相手になるかもしれないと思い、
恐ろしくなったのか……。
真相は、
レイラ様にしかわかりません」
ナイル
「……テュエル君。
君が思っている以上に、
君は愛されてるのかもしれないよ?」
テュエル
「……それは、きっとありません。
一番近い異性だったから、
都合のいい相手だっただけでしょう。
だから、
ボクもそのように徹したのです」
ナイル
「拗らせてるなぁ……」
(助けてもらって、キスもされてるのに)
ロイロ
「……贅沢なヤツだな。
まぁ、真相は
レイラが目を覚ましてからだ」
テュエル
「……ちょっと!!
レイラ様には絶対聞かないで下さいよ?!」
シュシャ
「なんの話をしているのだ?」
テュエル
「………………」
ナイル
「んふふ♡
おとなのハ・ナ・シ♡」
シュン
「はいはい、もういいから。
俺たち出るよ。
長湯しすぎて脱水にならないでね」
ナイル
「……じゃ、
ボクたちも出よっか。
……話し足りないけど」
――――――――――――――――――




