氷霧の剣士と呼ばれた姫の帰還
シュン
「……また、ここ登るのか…………」
「前、ここらへんから頭ガンガンになったんだよな……」
思い出して、早くも気分が悪くなる。
レイラ
「シュン……。
そなたは、四合目で待っていてもいいんだぞ」
レイラ
「双国の者は、生まれ育った環境で慣れているが……
外の国から来た者が、この高低差を一気に上がるのは
――正直、自殺行為だ」
シュン
「えー……。
でもさ、頂上気になるじゃん……」
「なんか、高山病に効く薬とか……
ないのかなぁ……」
レイラ
「……………………」
少し考え込み、踵を返す。
レイラ
「……少し、待っていろ」
――――――――――――――
戻ってきたレイラは、
小さなひょうたんを差し出した。
レイラ
「……シュン。
頭が痛くなったり、具合が悪くなったら……
これを飲め」
シュン
「あ、ありがとう!!
でも、なにこれ?
中、なに入ってるの?」
レイラ
「……聖水だ」
シュン
「ええ!!?!?
そんな貴重なもの、いいの?!
……いや、嬉しいけどさ、
聖水で高山病って治るの?!」
レイラ
「……効かなければ、
すぐに下山しよう」
シュン
「…………ありがとう」
「大切に持っておくね」
その様子を、
テュエルが静かに、嫉妬の眼差しで見つめている。
(※中身を察している)
シュン
「……俺、話すことすら許されないの?」
(怖いんですけど…)
リア
「よし!
行きましょ!!」
一同
「おぉー!!」
――――――――――――――
六合目
シュン
「……前は、確かこの辺から……」
「うわ、もう頭重たい気がする……」
ズーン、と肩を落とす。
レイラ
「……少し、飲むといい」
シュン
「うん……そうする……」
小さく息を吸い、
ごくり、と喉を鳴らして中身を飲み込む。
―――
シュン
「……ぇ?」
シュン
「なにこれ……!!
す…すごい!!」
シュン
「頭痛どころか、
疲労まで抜けた感じする……!!」
レイラ
「……効いたみたいで、よかった」
ほっとしたように、
わずかに口元をゆるめた。
テュエル
「…………」
無言のまま、シュンを見つめる。
その視線には――
わずかに、棘のある嫉妬が滲んでいた。
ロイロ
「ここらで、少し休憩しますか?」
リア
「私は、まだ行けるわ」
レオ
「つかれたー」
シュシャ
「私も、まだいけます!!」
ナイル
「んー、じゃあ、もう少し頑張る?」
シアン
「……行ける」
シュン
「今なら、走って行けるよ!!」
レオ
「………………」
レイラ
「…………無理するな」
有無を言わさず、
強制的に休憩が入る。
――――――――――――――――――――――
登るにつれ、
空気は薄く、斜面は急になっていく。
ナイル
「七合目が近くなると、
さすがにキツくなってくるねー」
テュエル
「八合目の“リュウコ”からは、人里はありません」
「八合目から山頂まで――
そこはすべて、リュウコ。
皇族の敷地です」
リア
「リュウコ……」
「でも、どうして王は、
わざわざこんな頂上近くに城を建てたのかしら?」
「不便なことも、多そうなのに……」
レイラ
「確かに、気候の移り変わりは激しい」
「だが、生まれ育ってみると……
思っているほど、過酷な環境でもない」
「冬は凍るが、川はあり、
鳥やヤクなどの動物もいる。
虫も少ない」
ロイロ
「住めば都、ってやつか」
その時――
シアンが、ふと足を止めた。
シアン
「……あれは?」
「ん?」と、
全員がシアンの視線を追う。
シアン
「あれは……なに……?」
雲の中へと突き刺さるように伸びる――
異様なまでに険しい峰。
削り出されたような段差が連なり、
まるで“ここを登れ”とでも言わんばかりに、
天へと道を示している。
だがその形はあまりにも不自然で――
人を拒むようでいて、同時に誘い込むような、
奇妙な威圧感を放っていた。
レイラ
「……禁足地だ」
「未達の峰【おか】」
――
リア
「禁足地……そんなに、危ないの?」
テュエル
「……この地に住んでいる者なら、
誰も足を踏み入れないでしょうね」
テュエル
「以前、好奇心で“どこまで登れるか”を競った者たちがいたそうですが……」
「どれだけ登っても辿り着けず、
氷点下を超える寒さの中、引き返そうにも急斜面で降りることすらできず……
凍え死んだ、と」
シュン
「……なにそれ……ゾッとするね……」
「あんなにさ、“登ってください”って言ってるみたいな見た目なのに……」
レイラ
「標高で言えば、城のある層すら超えている」
「別名――【神の縁台】と呼ばれている」
リア
「縁台……椅子、ってことね?」
レイラ
「…あぁ」
テュエル
「上層部は標高が高く、
雷、豪雨、日照りなどの自然災害に見舞われてもおかしくない」
「……それでも、快適に過ごせるのは、
あの未達の峰のおかげだと言われています」
ナイル
「神様の……加護、みたいな?」
テュエル
「神などは信じませんが」
「雷や雨雲を吸収し、
日照りの時には雲を呼ぶ――
あの峰のおかげとしか、思えません」
シュン
「それが本当ならすごいね!
山頂からの景色も、見てみたい!」
ロイロ
「この前まで六合目でオエオエしてたくせに」
シュン
「吐いてないよ!!」
シュシャ
「今ですら、これほど美しいのだ!
山頂は、どれほどなのだろうな!!」
テュエル
「景色もですが……
星空や、満月のほうが、圧巻ですよ」
ロイロ
「確かに……最近、空見る余裕もなかったしな」
「少しくらい、ゆっくりさせてもらいたいね」
レイラ
「もちろんだ」
「できる限りの、もてなしはしよう」
「やったー!」と、皆がはしゃぐ。
リア
「……じゃあ、行きましょう!」
―――――――――――――――――――――――
八合目が、近づいてくる。
レイラ
「………………」
その表情に、わずかな陰り。
テュエル
「大丈夫です」
「ボクが、ついていますから」
そう言って、
わずかにレイラの方へ身を寄せる。
触れるか触れないかの距離。
だがそこには、確かな“守る意思”が滲んでいた。
リア
「みんな、一緒よ」
そっと、レイラの手を取る。
その温もりはやわらかく、
包み込むように――不安をほどいていく。
レイラ
「……ありがとう」
その言葉を落としたまま、
一行はしばらく無言で山道を進む。
やがて――
視界の先に、
異質な“壁”が姿を現した。
リア
「……壁……?」
レイラ
「八合目からは、皇族の敷地だ」
「門兵のいる門扉を、通らねばならない」
ナイル
「すごい壁だねぇ」
「これ、八合目を全部囲ってるの?」
レイラ
「あぁ」
「……お前なら、その身のこなしで越えられるかもしれないが」
「普通の人間は、関門で許可を得ねば入れない」
テュエル
「凱の兵は城も全焼したせいで興味を無くし、
わざわざここまで来る理由もない」
「門兵もいなくて、
サボっていてくれたら楽なんですが……」
レイラ
「………………」
ふと、足がわずかに止まる。
風の流れが変わる。
――微かな気配。
視線だけを、前方へ向けた。
ナイル
「……あら……」
遅れて、耳が拾う。
かすかな衣擦れと、人の息遣い。
門前に、
人影が見えた。
テュエル
「……随分、仕事熱心なようですね」
わずかに目を細める。
内心の落胆が、ほんの僅かに滲んでいた。
リア
「……あれ?」
「門兵というより……村の人、よね?」
シュン
「ほんとだ」
「こんなところで、何してるんだろ」
門前へ近づこうとした、その瞬間。
年配の女が――一歩、踏み出した。
門を守るおばさん
「ちょっと!」
両腕を広げ、
まるで壁のように、一行の前へ立ちはだかる。
門を守るおばさん
「あんたたち、どこの者だい!?」
その目は、はっきりとした警戒と――
ここから先は通さない、という強い意志。
「ここは皇族の敷地、リュウコだよ!
見知らぬ者が、安易に入っていい場所じゃありません!」
リア
「突然の訪問、ごめんなさい」
「私たちは、煌龍国から来た者です」
「亡きダイン王の追悼を……
させていただきたくて」
おばさん
「………………そう……
煌龍国の……方なの……」
眉を寄せ、困ったように視線を落とす。
「どうしようかしら……前例がなくて……」
「陛下のお墓は……
双国の者しか入れない決まりなのよ……」
リア
「……そうなんですね……」
ちらりと、レイラを見る。
――彼女は、まだ沈黙している。
ロイロ
「……双国生まれの人と一緒なら、
俺たちも入れるんですか?」
おばさん
「……私だけでは、決められないわ……」
リア
「誰に、話を通せばいいの?」
おばさん
「ごめんなさい……」
「陛下も、姫様も崩御され……
部族長も亡くなって……」
一度、言葉が途切れる。
視線が揺れる。
「もう、頼るべき者は……」
――その時。
少年
「おい!!
お前たち!!」
門の奥から、砂煙を上げるように――
ひとりの少年が、全速力で駆け下りてくる。
荒い息のまま、二人の間に割って入り、
腕を広げて立ちはだかる。
少年
「凱帝国の奴らだったら、
一歩も通さねぇからな!!」
肩で息をしながらも、
その目だけは、ぎらつくように鋭い。
守るものを背負った者の――
まっすぐで、引かない目だった。
「おばさん!!
こいつらの話なんか聞かなくていいよ!!」
おばさん
「ヤヒロ!」
「この方たちは煌龍国の人だよ、無礼はおやめ!」
ヤヒロ
「そんなの、嘘かもしれねぇだろ!!」
「凱帝国の奴らは嘘つきだ!!
絶対、陛下たちの敷地を跨がせてやるもんか!!」
騒ぎを聞きつけ、
上層部にいた村人たちが集まってくる。
リア
「……ごめんなさい」
「無理に、通ろうとしているわけじゃないの」
「……凱帝国の人たちに、
ひどいことを……されたの?」
ヤヒロ
「うるせぇ!!」
「そうやって寄り添って、騙そうとしてるんだろ!!」
「俺は騙されねぇ!!」
――石が、投げられる。
足元に転がっていた石を、
衝動のままに掴み――振り抜いた。
リアに向かって――
パシッ――
その石を、
レイラが、素手で受け止めた。
レイラ
「………………」
そのまま、
静かにヤヒロを見据える。
逃げも、怒りもない。
ただ真っ直ぐに、受け止める視線。
ヤヒロ
「……ッ!!
なんだよ!!
やんのか!?」
「絶対、陛下の墓なんて行かせねぇ!!
死んでも、行かせねぇ!!!」
怒りが、爆発する。
テュエルの瞳に、
はっきりとした殺気が宿る。
ヤヒロの肩が、びくりと揺れる。
それでも――歯を食いしばり、
睨み返した。
ヤヒロ
「死ぬのなんか、怖くねぇ!!」
声が、震える。
それでも、止まらない。
「もう……誰にも居なくなってほしくねぇ――」
拳を、強く握りしめる。
「死んでほしくねぇんだよ!!」
言い切ったあと、
その場に立ち尽くす。
やがて――
吐き捨てるように顔を背ける。
レイラは、わずかに目を伏せ――
静かに、踵を返した。
レイラ
「………………すまなかった」
「仕事を、邪魔したな……
また……日を改めよう」
張り詰めた空気の中では、
もう言葉は届かない――
そう判断した。
リア
「……レイラ……!」
首を横に振り、
“諦めないで”と、目で訴える。
『自分の心の声を聞いて、声にすれば――』
レイラ
「……目で見えるものが、全てではない……か」
おばさん
「……レイラ……?」
その名に、ぴくりと反応する。
(今……そう言ったわよね……)
レイラは、
少年の前へと歩み寄る。
静かに、膝をつき――
目線を合わせた。
ヤヒロ
「……帰れ!!!」
レイラは、わずかに息を呑む。
ほんの一瞬――
言葉を選ぶように、視線が揺れた。
それでも、逃げずに見つめ返す。
レイラ
「………………ありがとう」
レイラ
「陛下の……
……父の墓を……
守ってくれていたんだな……」
ヤヒロ
「……ッ!!
騙されねぇ!!」
「姫様も、陛下と一緒に死んだんだ!!
そんな言葉で……騙されるか!!」
レイラ
「……そう思われても、仕方がない」
「民の前に、姿を見せず……
父が崩御してからも、顔を出さず……」
「国も、民の心も……
置き去りにしてきた」
「……それでも……
民は、こんなにも父を……」
わずかに、声が揺れる。
瞳の奥が、うっすらと潤み――
それでも、涙は落とさない。
レイラ
「………………本当に……
すまなかった…………」
ヤヒロの瞳が、揺れる。
怒りの奥にあったものが、
少しずつ崩れ始める。
ヤヒロ
「………………う……」
「……うそだ……」
村の女
「あ……あの……」
村の女
「あなた様は……
氷霧の剣士様、では……?」
レイラ
「……!」
はっと、顔を上げる。
村の女
「私……凱帝国の兵に乱暴されそうになったところを……
助けていただきました……!」
村女B
「私も!!
斜面で足を滑らしたときに……!」
老人
「わしは……荷台がぬかるみに嵌った時に……」
男
「俺も……川で流された時に……」
ざわめきが、広がる。
村人
「……まさか……」
「氷霧の剣士様が……姫様……?」
村人
「でも……姫様は……」
村人
「……あの面影……
ダイン様と、ミコト様に……」
ヤヒロ
「……………………」
おばさん
「……まさか……」
「……本当に……
レイラ姫……様……?」
ヤヒロ
「……ッ」
その瞬間――
張りつめていたものが、ふっと緩む。
強く噛み締めていた奥歯が、ほどけて。
堪えていたものが、抑えきれずに――
ぽろり、と。
一筋、涙が零れ落ちた。
ヤヒロ
「………………」
拭おうともせず、ただ俯く。
震える肩が、すべてを物語っていた。
――その瞬間。
ゾクッ――!!
レイラ
「………………!」
背筋を、鋭い悪寒が駆け抜ける。
ナイル
「……なに、今の……?」
わずかな違和感。
風の音に紛れた、異質な“重さ”。
考えるよりも先に――
巨大な影が、
一行と村人たちを覆った。
「……雲?」
シアン
「……違う……」
わずかに目を細める。
シアン
「……岩だ」
次の瞬間。
ドゴォォォオォオオオオオオォオン――!!!
轟音とともに、
巨大な岩が壁を破壊する。
砕けた瓦礫が、
ぱらぱらと――降り注いだ。




