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空回りの逢瀬


レイラとテュエルは、

村娘と村の若者のような質素な衣へ身を包んでいた。

とはいえ、お忍びにしては隠しきれていない。


——というより、

すらりとした背丈に凛とした顔立ちのレイラと、

高い背と端正な面差しを持つテュエルは、

どんな衣を着ても“目を引いてしまう”のだ。


レイラはシャガルに歩み寄り、

すこし申し訳なさそうに、しかし確かに向き合って言う。


レイラ

「……シャガル、ちょっと、行ってくる」


すぐ後ろでテュエルは、

露骨に気まずそうに距離を空けて立っていた。


その妙な間合いだけで、シャガルは全部悟る。


シャガル

「……………………」

(こやつら……昨夜、なにかあったな……)

(……しかも……猿がやらかした方の類い……)


内心では笑みがこぼれそうだが、

表には出さず、いつものように声を掛ける。


シャガル

「レイラ……気をつけよ。

 しかし――余を忘れることは許さん」


レイラはくすりと笑った。


レイラ

「忘れないよ……」


その返事の直後、

シャガルはレイラの頬へそっと口付けた。


後方でテュエルの肩がぴくりと跳ねる。


テュエル

「……では……行きましょう、レイラ様」


レイラはシャガルに手を振った。


レイラ

「……ん……、じゃあ、行ってくる」


二人は一騎の馬に跨り、

ゆっくりと屋敷を離れてゆく。


シャガルはその背を見送りながら、

静かに眉を寄せ、ほんの僅かに意地の悪い笑みを浮かべた。


(……猿、せいぜい足掻くがいい……)


昼前の穏やかな日差しの中、

馬は六合目へ向かって風を切る。


レイラ

(気持ちいいな……

 でも……なんか……テュエルが静か……?)


テュエル

(レイラ様が……お話されない……

 やはり怒って……いや、失望……?

 あぁ……昨日の失態……)


レイラ

(……心なしか、距離まで……遠い……?)


沈黙が続き、

耐えきれなくなったテュエルがようやく声を出す。


テュエル

「……レ、レイラ様。

 あの……速度、早くありませんか?」


レイラ

「大丈夫。

 でも……背中を預けられる方が楽だ。

 ……いつもより、遠い」


テュエル

「っ……申し訳ありません。

 その……近すぎるのも、無礼かと……」


※いつもは隙間など一切なく、背後からしっかり抱き寄せていた男の言葉とは思えない。


レイラ

(……完全に気にしてる……)


嫌われたと思っているのではなく、

ただ黙って“自分を罰している”のだとわかって、

レイラは小さく笑みを落とした。


そっと背中を倒し、

テュエルの胸へ寄りかかる。


レイラ

「今日は案内してくれるんだろ?」


テュエル

「——っ、は、はい……!

 昔、暮らしていた六合目の西の村へ……

 庶民の……その、普通の逢瀬を……と……」


※完全に “挽回しないと死ぬ”という覚悟の声。


レイラ

「ふ……楽しみだ」


その短い言葉に、

テュエルの肩が小刻みに震えた。


テュエル

(……よかった……

 嫌われていない……

 ……生きていける……)


馬はそのまま、

二人を乗せて静かな山道を進む。


——こうして、ぎこちなく幕をあける

二人の“お忍び逢瀬”が始まった。


村へ入ると、素朴な家並みと人々の声、笛や琴などの演奏の音が心地よく響く。

テュエルはどこか落ち着かず、歩幅が少し速い。


テュエル

「こ、こちらです!

 昔……よく訪れた店で……

 レイラ様にも、ぜひ味わっていただきたくて……!」


レイラは、緊張で前のめりになるテュエルを見てくすっと笑う。


テュエル

「この角を曲がれば……」


レイラ

「……うん?」


——だが。


そこに“店”はなかった。


いや、あるにはあるが。


《 * 取り壊し跡の更地 * 》


レイラ

「…………え?」


テュエル

「……………………」


風、通り抜ける。


魂、抜ける。


テュエル

「…………………………閉店……しておりましたか……」


レイラ

「テュエル、そんな顔するな。

 別の場所に行けばいい」


テュエル

「っ……は、はい……!

 次こそは……必ず……!」


(※完全に“今日こそ挽回したい男”の顔)


テュエル

「こ、この店の飴菓子が……特に絶品で……!」


レイラ

「楽しみだな……」


意気揚々と扉へ手を伸ばした、その瞬間——


【 本日、腰痛のため臨時休業 】


テュエル

「………………………………」


レイラ

「……テュエル?」


テュエル

「………………っ……申し訳……ございません……」


レイラ

「いや、なんで謝るんだ。

 腰痛は誰のせいでもないだろう」


テュエル

「くっ……腰痛くらい……叩き起こして参ります……!」


レイラ

「……やめろ……」

(苦笑)


テュエル

「……っ

 ただ……レイラ様を……楽しませたくて……!」


その声音に、レイラの胸がふと温かくなる。


レイラ

「楽しんでるよ。

 テュエルと歩けてるだけで、十分だ」


テュエル

「……っ……!」


耳まで真っ赤。


ふとレイラは、近くで走り回っていた子どもに声をかけた。


レイラ

「なぁ…」

「この辺で、美味しいものが食べられる場所はあるか?」


子ども

「あっちー!

 今日は屋台いっぱいだよ!

 お祭り前だから!」


レイラ

「ありがとう」


子どもは元気よく走り去る。


テュエル

「……レ、レイラ様……

 すみません……その……俺が……

 地元の子どもに訊くという考えに至らず……」


レイラ

「ふふ。

 地元の子がいちばん詳しいだろ?」


(——シャガルの教えの受け売りだったが、言わない)


テュエル

(好き……♡)


ほんとうにそんな顔だった。


祭り前で賑わう通りに足を踏み入れると、

色とりどりの布がはためき、香ばしい匂いと笑い声がいっせいに押し寄せた。


レイラ

「わぁ……すごい……

 人も音も……反対に目が回りそうだ……」


テュエル

「……っ、レイラ様が……喜んでおられる……」


(※本日、初めての成功判定)


しかし次の瞬間、テュエルは姿勢を正し、急に真剣な顔になる。


テュエル

「レイラ様、ここでお待ちください。

 ……挽回させてください。

 必ず、美味しいものをお持ちします」


「それに……この人混みは……

 レイラ様には……負担でしょう」


(※巫女の目、九尾の五感で大人数の場所は疲れやすい、と本気で心配している)


レイラ

「テュエル、そんな気負わなくても——」


テュエル

「いえっ!!

 昨日の罪滅ぼしにもなりませんので……!

 すぐ戻ります……!!」


本気の表情で駆け出していく。


レイラ

(……大げさだと思うが……

 そういうところ……嫌いじゃない……)


思わずくすっと笑った、そのとき——


ふら……ふら……


屋台の陰から、一人の男がよろめき出てきた。


どこかで見た顔。

しかし、かつての面影がひどく歪んでいる。


そして、レイラの正面で足を止めた。


???

「……んぁ……レ、イラ……さま……?」


レイラ

(……こいつ……)


レイラ

「……バグジ、か……?」


かつてレイラの護衛試験に二度志願し、

一度は落とされ、二度目は“不正”をしてまで一位になろうとした男——バグジ。


今は泥臭く、焦点の合わない目をしていた。

兵を追放され、堕ちるところまで堕ちた姿。


バグジ

「ほん……もの……かぁ……?」


レイラ

「バグジ、酔ってるな。

 一人で歩くのは危ないぞ」


その一言で、バグジの眼が一瞬だけ鋭く光る。


バグジ

「……俺が……なる予定だった……」


レイラ

「?」


バグジ

「俺が……あなたの護衛に……

 ……なるはず、だったんだ……!」


レイラは思わず彼の目を見てしまう。


——瞬間。


押し寄せてくる、黒々とした感情。


嫉妬。

劣等感。

歪んだ憧れ。

「俺のレイラ様になるはずだった」

「触れたい」

「奪いたい」

そんな声が一気に流れ込む。


レイラ

(……っ……重い……)


酒臭さと負の感情の濁流に、レイラは思わず体が揺れた。


バグジはふらりと手を伸ばす。


バグジ

「……ずっと……

 ずっと憧れてた……

 こんな近くで……触れられるなんて……」


レイラ

「……っ、バグジ、やめ——」


指先が触れる寸前。


ガシィッ!!!


鋭い音とともに、バグジの手首が掴まれた。


テュエルだった。


テュエル

「……レイラ様から離れろ。」


その声は冷たく静か。

昨日の“酒の熱”とはまったく違う、

“護衛の声”だった。


ざわ……っと人が集まる。


レイラ

(まずい……人が……)


バグジ

「ちっ……テュエルかよ……

 一番腹立つやつが出てきやがった……」


そして——にやり、と歪んだ笑み。


バグジ

「あいてててて!!

 な、なんだよ……!?

 皇族が庶民に手ぇあげるのかぁ……?」


わざとらしい悲鳴。

周りはざわつき始める。


レイラ

(……これは厄介だ……)


だが、テュエルの声は揺れなかった。


テュエル

「手は挙げていない。

 止めただけだ」


目だけが鋭く光り、言葉は淡々——

だがその奥にある怒りは炎のよう。


テュエル

「だが、レイラ様への無礼は許さない。」


バグジ

「……なんだよ……嫉妬かぁ……?

 護衛だけでなく……夫の座まで取りやがって……

 王にもなって……

 まだ守りたいのか……?

 いいだろ……レイラ様だけでも……」


にやぁ、と口の端が上がった。


バグジ

「よこせよ……俺に……!!!」


その瞬間

——テュエルの瞳の奥から、音もなく“冷気”が溢れた。


レイラ

(まずい……これは本気で怒った……!)


バグジ

「ふざけんなよ……

 俺が……なるはずだったんだ……

 一位は……俺だった……!!」


レイラ

(…不正だったくせに……)


しかし。


その続きが出る前に、

テュエルが静かに前へ出た。


顔は怒りで熱いのに、動きは冷静。


テュエル

「……レイラ様。

 ここから先は俺にお任せください。」


護衛としての誇りと怒りが、一本の強い芯となって宿っていた。


そして、バグジへ。


テュエル

「お前はさっき“皇族が庶民に手をあげるのか”と言ったな。」


「だが——そもそも問うがいい。」


「なぜ庶民の身でありながら、

 この国で最も尊い“巫女王”に、無礼を働けるのだ?」


周囲

「……!」

「巫女王……?」


テュエル

「不敬の極みだ。

 ——恥を知れ。」


群衆の空気が一変する。


「本当だ……巫女王様に……」

「なんだあの男……」

「止めてくれた方が正しいだろ……?」

「え、待って……あれテュエル様じゃ……?」


ざわ……ざわ……

徐々に、テュエルへ尊敬の視線が集まり始め——


「え……あれ……王配殿下……?」

「本物……?」


バグジ

「は……? テュエ……ル……?」


酔いが引くように目が見開く。


テュエルは微動だにせず、ただ背にレイラを庇い続けていた。


——場は、完全に“テュエルが正義”へ傾いていく。


その場の空気がざわりと揺れていた。


バグジはまだ暴れようとしていたが——

テュエルは一瞬で体勢を制し、

逃がさない程度の力で手首をひねり押さえ込む。


そして。


レイラにだけ向ける顔は、

さっきまでとはまるで別人だった。


テュエル

「レイラ様。……少々お待ちくださいね。^^」


柔らかく、穏やかで、

むしろ“安心させよう”とする微笑み。


しかし、その直後にバグジへ向けた眼は——

氷のように冷たくなる。


テュエルの声色は二重だった。

レイラには優しく、

バグジには容赦ない殺気を含んでいる。


テュエルは近くの役人に視線を送る。


テュエル

「こちらの男を拘束願います。

 巫女王への不敬行為、並びに公衆の前での虚言・騒乱。

 調査のうえ、相応の処罰を。」


役人たちは慌てて駆け寄る。


役人

「は、はいっ! ただちに!」


バグジ

「待て……っ、俺は……っ!」


テュエル

「黙れ。」


静かな声なのに、背筋が凍るほどの威圧。


バグジは酔いが吹き飛び、青ざめる。


テュエル

「庶民であるお前が、巫女王に手を伸ばした。その時点で、

 本来なら“その場で斬られても”文句は言えない。」


周囲のざわめきが消えた。


誰もテュエルを責めない。

むしろ——英雄を見るような目。


バグジ

「ぐ……や、やめろ……!」


役人が引き取る直前、

テュエルはバグジを見下ろし——

低く、静かに、しかし焼き付くような声で言い放つ。


テュエル

「二度と……レイラ様に近づくな。

 ——俺の“妻”に、な。」


その一言は、処刑宣告より重かった。


バグジは抵抗もできず、

兵たちに挟まれてそのまま連行されていった。


騒ぎの余韻が消えていくにつれ、

周囲に集まっていた村人たちも、少しずつその場を離れていく。


だが——

完全に背を向けるわけではなかった。


ちら、ちら、と。


「……やっぱり、あれ……本物のレイラ姫様じゃねぇか……」

「村娘の服着てても……隠しきれねぇ光……眩しい……」

「となりの青年……背ぇ高ぇし……あの立ち姿……テュエル様……だよな……?」

「お忍び逢瀬ってやつか……仲睦まじい……!」

「声をかけたい……でも……絶対邪魔しちゃいけねぇ雰囲気……」


人々は“気づいてはいけないものを見てしまった”かのように、

そっと目を伏せたり、胸に手を当てて静かに礼をしたりする。


「テュエル様……さっきの一喝……

 ……凛々しい……」

「レイラ様も……あんなに近くで見ると……綺麗っていうか……神さま……?」

「いやもう無理……尊い……」


誰も近づかない。

けれど、誰も視線を完全には外せない。


そんな“遠巻きの畏敬”の空気の中——

テュエルは深く息を吐き、レイラのもとへ戻る。


レイラのもとへ戻ると、

いつものように跪くわけにもいかず、ただ静かに頭を下げる。


テュエル

「……申し訳ありません。

 お忍びなのに、余計な……」


レイラ

「テュエルのおかげだ。助かったよ。」


その言葉に、テュエルの胸の緊張がほどける。


テュエル

「……レイラ様が無事で……よかった……」


声が震えるほど安堵していた。


レイラはそんな彼を見つめながら、

ほんの一瞬だけ、連行されていくバグジの背中を思い返した。


レイラ

(……あれは、もう……手に負えないな。

 このまま野放しにはできない……)


ふっと息を吐きながら——

ついでのように、しかし確信をもって思う。


レイラ

(テュエルで……よかった。

 もしシャガルだったら……

 あの場で首が飛んでいた。)


その想像に、少しだけ肩が冷える。


レイラ

(……優しいな、テュエルは)


※優しくない、本当は逢瀬中じゃなければ殺して埋めてました。


そしてすぐにレイラはテュエルへ視線を戻す。


レイラ

「…さあ、行こう。

 せっかくの逢瀬だろ?」


テュエル

「……はい!」



レイラはあえて、軽い声音で言う。


レイラ

「さて……腹も減ったし、どこか寄っていくか。」


テュエル

「……っ、は、はい……!

 では……あちらに、串焼きの香りが……」


二人で歩き出すと、

先ほどの騒動が嘘のように、屋台から香ばしい匂いが漂ってくる。


レイラ

「これ……美味しそうだな。」


テュエル

「こちらの香草串は、癖がなく……食べやすいはずです……!」


(※完全に“挽回したい男”)


レイラはひとくち噛む。


レイラ

「……うまい。」


テュエルの表情がぱっと明るくなる。


テュエル

「っ……本当によかった……!」


別の屋台では、素朴な焼き菓子が売られていた。


レイラ

「これも気になる。」


テュエル

「では、俺が……!」


(※すぐ買いに走る)


レイラ

(……忙しいやつだな)


戻ってきたテュエルは、

おそるおそる菓子を差し出す。


テュエル

「……お口に合えば……」


レイラ

「うん。美味しいよ。」


テュエル

「……っ」


今にも泣きそうなくらい安堵した顔で、

それでも誇らしげに胸を張るテュエル。

その様子に、レイラは小さく笑った。


レイラ

「落ち着いたら……西の草原に行くんだろ?」

テュエル

「はい……!

 レイラ様と……久々に行きたくて……」


屋台の喧騒から外れ、

ふたりは村の入口に繋いでいた馬へ戻る。


テュエルは先に軽く跨り、

レイラへ手を差し伸べた。


レイラ

(……相変わらず、こういう動作が様になるな……)


その手を取ると、

テュエルがそっと引き寄せ、

二人乗りの姿勢が自然に整えられる。


レイラ

「……じゃあ、行くか」


テュエル

「はいっ!」


軽い駆け足で馬が走り出す。

村の喧騒はすぐに遠ざかり、

昼の陽光と乾いた風がふたりの間をすり抜けた。


——さっきの騒ぎなど、砂埃のように散っていく。


西の草原へ向かい、

ふたりは澄んだ青空の下を並んで進んでいった。


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― 新着の感想 ―
テュエルかっこいい(*´∀`*) 次から次へと失敗しまくっても、護衛として、夫として、 レイラを守ろうという強い意志!! 踏み止まれる理性を持っている。 本当に可愛くて尊くて大好きなキャラです(*´∀…
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