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逢瀬前夜の大失態


やがて――

居間で静かに過ごしていたレイラ達のもとへ、

爺とヤヒロの声が廊下越しに届いた。


爺

「さぁさ姫さま、そろそろですぞ!

 本日の“快気祝い”……そして、

 妖界へ向かわれる前の“お別れ会”の準備が整いましたでな!」


ヤヒロ

「料理、ぜんぶできました!!

 今日はいっぱい食べて、絶対ゆっくりしてくださいね!!」


十五歳の少年王とは思えぬほど明るく、

レイラへ向ける声色には素直な親愛が滲む。


レイラは小さく息をつき、微笑んだ。


レイラ

「……わかった。

 じゃあ、行くか。」


その瞬間――


テュエルの中身は別の意味で地獄の渦中だった。


テュエル(外側)

静かで凛とした微笑。完璧な護衛の顔。


テュエル(内側)

(……落ち着け俺……!

 快気祝い……酒……レイラ様……明日の逢瀬……!)

(いや本当にどうすればいい……!? 心の準備が……皆無……!!)

(まずは……涼しい顔を死守しろ……!!)


だが、外から見るかぎり――

背筋は整い、歩幅も変わらず、表情も微動だにしない。


シャガルには全部バレていた。


シャガル

(……この猿。

 涼しい顔の裏で、内側はすでに大乱闘の様子よな……)


三人は夜の廊下をゆっくり歩き出す。


外は――

新月が近いため、月はほとんど痩せ細り、

天に浮かぶ光はわずかな白さを残すだけ。


闇が濃く、静かで、

どこか“旅立ち前”の空気を漂わせていた。


向かう先は、レイラのためだけに整えられた

ささやかな快気祝い兼お別れの宴。


集まるのは、

爺、ヤヒロ、シャガル、テュエル、レイラ――

そして料理を運ぶ数名の家臣のみ。


控えめで、温かく、

家族にも似た距離感の宴。


だが同時に――

今夜から何かが大きく崩れ始める予感も満ちていた。


静かに、しかし確実に。


三人の歩く足音は、

これから始まる波乱の前触れとして

闇の廊下に吸い込まれていった。


――――――――


小さな宴の場は、温かな灯りに照らされていた。

数十の蝋燭が揺れ、ほのかな香草の匂いが漂う。


爺

「姫さま、おめでとうございますぞ!

 お身体、ようやく本調子に戻られたようで!」

「ほんと……一時はどうなることかと……!」


レイラ

「爺……ごめん。心配かけたな。」


ヤヒロ

「今日はたくさん食べてください!

 この肉、僕も味見したんですが……最高でした!!」


少年王の無邪気な笑顔に、家臣たちの表情もほころぶ。


料理が次々に並ぶ中――

ただ一人、視線がレイラに貼り付いて動かない者がいた。


テュエル。


レイラ

「…テュエル? 食べないのか?」


テュエル

「いただきます。

 ……レイラ様の隣で。」


(平常運転なのに、今日はやたら濃度が高い)


その横で、シャガルは久しぶりの酒で上機嫌。


シャガル

「うむ、良い酒だ! 寛げる宴よ。」


ヤヒロ

「シャガル様、それすごく強いお酒ですよ!?

 飲みすぎると危ないです!」


シャガル

「ふ……余は酒呑童子よ。強い酒に負けるはずがなかろう。

 以前は毎日浴びておったわ。」


(※堂々と言うな)


その頃テュエルは――

普段なら絶対に飲まない酒を、珍しく手に取っていた。


理由はただ一つ。

“レイラが酒の匂いを嫌うから”。


だが今日は。


テュエル

「……失礼して。」


静かに杯を口へ運ぶ。


ひと口、ふた口、三口――


シャガル

(……あいつが飲んだ……!?)


レイラ

「……テュエル? 大丈夫か?」

(珍しいな……)


テュエル

「はい。レイラ様のお祝いなので。」


外側は冷静。

しかし内側は――


テュエル(内側)

(レイラ様が飲まないように……だけ注意してればいい……)

(明日のこと考えると……飲まないと……やってられねぇ……)


珍しく杯は進み、

その瞳にほんのり“酔い”の影が射していく。


笑い声が上がり、料理の匂いが広がり、

レイラも珍しく穏やかな微笑を見せる。


シャガルは酒を楽しみながらも、

時折レイラに寄りかかって甘えてみせる。


テュエルは静かに飲みつつ、

ただ、隣のレイラをずっと見つめていた。


そして――

ヤヒロがふらふらとレイラに寄ってきて、


ヤヒロ

「……ん……ねむ……っ……」


爺

「はっはっは! 早すぎますぞ、少年王よ!」


(どこか嬉しそうに世話をする爺)


どうやら今日は、

料理を張り切って食べすぎたうえに、

夜もすっかり更けてきたせいで眠くなったらしい。


爺は慣れた様子でヤヒロを担ぎ上げる。


爺

「姫さま、しばらく席を外しますぞ。

 この小僧、寝かせて参りますでな。」


レイラ

「ふっ……頼む。」


優しく送り出すレイラ。

爺とヤヒロが退室し、家臣も静かに下がる。


扉が閉まり――

残されたのは三人だけ。


静寂。


レイラ

「……ん? どうした、お前たち。」


シャガルは頬を赤くし、

レイラの肩へ腕を回し、顎をそっと掴む。


シャガル

「レイラ……近う寄れ。」


レイラ

「……っ///」


シャガル

「……肴にするには、上等すぎる女だな。

 酒など霞むほどに……

 レイラ。お前が隣にいるなら――酒など要らん。」


レイラ

「っ……〜〜〜……っ///」

視線を奪われたまま、完全に固まってしまう。


シャガルはその反応に口元をわずかに緩め、

ゆっくりと唇を近づけ――


その瞬間。


テュエルの中で、静かに“何か”が切れた。


テュエル

「……離れろ。」


レイラの唇へ、迷いなく手を伸ばし、

シャガルとの口付けを完全に阻止した。


シャガル

「……は?」

(舌打ち)


テュエル

「レイラ様に触れるな。

 俺はずっと……我慢していた。」


シャガル

(通常通りっぽく聞こえなくもないが……

 いや、酔っておるなこの猿)


レイラ

「テュエル、落ち着け。酔って――」


テュエル

「酔ってません。

 ……レイラ様にだけ、正直になっているだけです。」


レイラ

「…ぇ……っ……?」


シャガル

「いいから若造は寝ろ。酔っ払いは面倒だ。」


テュエル

「お前のせいで……

 俺がどれだけ我慢してきたと思っている。」


シャガル

「…………」


言い返せない。

レイラの意識を長く奪っていた負い目があるからだ。


シャガル

「……む……」


その一瞬の沈黙が――

致命的な隙 となった。


テュエルの腕が、レイラの腰をさらう。


レイラ

「!? テュ、テュエル!?」


テュエル

「……レイラ様。

 もう……限界です。」


そのまま軽々と抱き上げる。


シャガル

「猿ッ!!」


しかしテュエルは鋭い目つきで言い放つ。


テュエル

「――今夜も……明日も譲りません。」


酒で潤んだ瞳。

しかし“欲”と“独占”だけは濃く滲む。


レイラ

「……テュエル……

 どこへ連れて――」


テュエル

「俺の部屋です。」


レイラ

「……っ……///」


シャガルが動くより早く――

テュエルはレイラを抱えたまま、

音もなく 闇の回廊の奥へ消えていった。


シャガル

「……っ……猿め……!」


しかし追う気力は……

自分の飲んだ酒に削られていた。


テュエルは自室へ入るなり、

いつもの丁寧さをほんの少し欠いた動きでレイラを寝台へ降ろした。


レイラ

「テュエル……!」


テュエル

「……すみません。

 でも……もう止まれません。」


落ち着いた声のはずなのに、

その響きだけが妙に熱を帯びていた。


次の瞬間――

長く、息の続く限り重ねるような深い口づけが落ちてくる。

一度では終わらず、何度も、何度も。


その間ずっと、

抱き寄せる腕も、触れる手も、

いつもより “迷いがなく、強い”。


レイラは息を奪われながら悟る。


(……いつもの……愛の匂いだけじゃない……)

(これ……嫉妬……? 独占……?)


そして、鼻をかすめた一瞬の匂いで、

レイラの心臓がひゅっと縮む。


(……酒……

 ……ちょっと……臭い……)


嫌いな匂いだからこそ、

“いつものテュエルじゃない”と本能が理解してしまう。


強すぎる抱擁の熱も、

しつこいほど深い口づけも、

どこか“酔い”と“独占欲”が混ざった温度で——


その全部が、

レイラの羞恥と戸惑いを

一気に積み重ねていった。


強すぎる抱擁の熱も、

しつこいほど深い口づけも、

どこか“酔い”と“独占欲”が混ざった温度で――


その全部が、

レイラの羞恥と戸惑いを

一気に積み重ねていった。


――そこから先は、語られなかった。


二人の間に何があったのか。


――それを知るのは、今夜の二人だけ。


ただ一つ確かなのは、

テュエルが昨夜、普段の彼からは想像もつかないほど

盛大にやらかしたということ。


そして――翌朝。


レイラが目を覚ますと、

隣には一睡もしていないテュエルがいた。


顔色は悪い。

姿勢だけは妙に正しい。


まるで、

昨夜の自分を一晩中裁判にかけ続けた男のようだった。


レイラ

(……あれ、私……泣いた……?)


テュエルは、ぎこちなくレイラを見つめる。


テュエル(声がやけに小さい)

「……おはようございます、レイラ様。

 昨夜は……大変……失礼を……」


レイラ

「…ん……怒ってない…

 ちょっと恥ずかしかっただけ……」


その言葉を聞いた瞬間、

テュエルは胸を押さえて深く頭を下げた。


テュエル

「……触れても…よろしいでしょうか」


レイラ

「……うん…大丈夫」


許可を得てようやく、

背中をそっと撫でる。


いつもより震えていて、慎重で——

それだけで、昨夜どれほど自分を責め続けたかが分かった。


テュエル

「……お酒は、もう飲みません。

 一生……」


レイラ

(昨日も言ってたような気がするけど…そこまで……?)


短いやり取りの中で、

ぎこちなさは残るものの空気は徐々に落ち着きを取り戻していく。


そして昼前。


そして昼前。

まだ少し距離の掴み方が分からないまま、

二人は“逢瀬”の時間を迎えることになる――。

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