もう、離れるものか
「私は……お前の“妻”なんだろう?」
その一言に――
シャガルは、言葉を失った。
胸の奥深くに、言葉が突き刺さる。
シャガルの瞳が、大きく揺れた。
「……!」
ついに膝が崩れ、
肩を震わせ、息を乱し――
シャガル
「レイ……ラ……
お前は……余を……どれだけ壊せば気が済むのだ……」
レイラは静かに微笑んだ。
愛に満ちた、揺るがない笑み。
レイラ
「壊せば……離れないのなら……
壊し続けるさ。」
次の瞬間。
レイラの腕が、シャガルの首へそっとまわる。
レイラ
「シャガル……愛してる。」
「だから……置いていかないで……」
シャガル
「……レイラ……」
溺れるように、レイラを抱きしめ返した。
抱く腕は震え、指先は背を掴んで離さない。
(……お前は……何度余を壊し……
何度……余を救うのだ……)
レイラはそっと、胸元に頬を寄せた。
触れた箇所から温度が伝わり、呼吸が重なる。
レイラの指が、ためらいがちにシャガルの衣の端をつまむ。
レイラ
「シャガル……」
「私に……触れて……」
「心だけじゃなく……私にも……」
その言葉。その震え。
忍耐の糸が、静かに、音もなく切れる。
シャガルはレイラの頬へ手を添える。
喉が震え、声がかすれた。
シャガル
「……レイラ……そんな顔をするな……」
「壊したくないのに……触れずにいられるわけがない……」
レイラの唇に視線が落ちた瞬間、
シャガルの呼吸は止まった。
シャガル
「……その言葉は……
余の理性を壊すだけだ……」
レイラがそっと目を閉じる。
その仕草だけで、シャガルは崩れ落ちるようにレイラを抱き寄せた。
触れ合う温度が高まり、息が絡む。
そして――
その夜。
ふたりの影は、ゆっくりと――
ひとつに重なった。
――――
シャガルの部屋は、静かに熱を孕みはじめていた。
寄り添うだけで、互いの息が触れ合う。
どこか震えるようなレイラの呼吸に、シャガルはそっと手を添えた。
「レイラ……大丈夫か。
辛くないか……?」
普段のような強い声音はどこにもない。
触れる指先までが、まるで壊れ物を扱うように優しい。
レイラは、わずかに肩を震わせながら
「……っ……」
と小さく息をこぼすだけ。
シャガルがわずかに身じろぐたび、レイラの身体も小さく揺れた。
そのたびに、シャガルは苦しいほど愛おしげに微笑んだ。
「愛してる……レイラ……
離れるものか……ずっと……そばにいる……」
重なる影が揺れ、吐息が絡み、
言葉より深い想いだけが部屋の熱に溶けていく。
レイラは、時折かすれるように声を漏らし、
そのたびにシャガルの手がさらに優しく、さらに確かにレイラを包み込んだ。
夜は長く、甘く、
互いの心の奥を確かめるように過ぎていった。
――
しばらくして。
静けさが戻ってくると、レイラはゆっくりと横を向き、シャガルの頬を指先でなぞった。
「シャガル……」
「心に触れる資格がない、などと……ずっと言っていたな。」
シャガルの瞳が揺れる。
レイラはその揺れを見逃さず、静かに、しかし確かに言葉を落とした。
「……私の心に触れるのは、いつもお前だ。
私の最深部まで熱くして、動かしてくるのは……
お前だけだ……」
触れた指先は、どこかくすぐったく、泣きたくなるほど優しい。
「私を置いて行けると思うな。
もし、お前が妖界へ行こうとしたら……
私は、妖界まで探しに行くからな。」
シャガルの呼吸が止まる。
「……なっ……それだけはダメだ……
危険だと……何度も……」
レイラはその言葉をさえぎり、食い気味に言った。
「ならば離れるな。
去るな……共に居ろ。」
シャガルの瞳がぱちりと見開かれ、
次の瞬間、ふっと微笑みがこぼれた。
「あぁ……
もう……離れるものか……
離すものか……」
(離れられるわけがない……)
レイラの眉がわずかに緩む。
ふたりの指が絡み、額が触れ合い——
そのまま静かに唇が重なった。
甘い余韻に溶けていくように、
シャガルの腕がレイラを再び引き寄せる。
そして、
部屋にはまたゆっくりと、
甘い熱が満ちていった。
――こうして、ふたりの心はようやく重なり、
長きにわたる嫉妬騒動は幕を閉じた。
⸻
そして、新しい朝が始まる。
中庭。
三人でのんびりお茶をしていると――
ザッ…ザッ…ザッ……
兵舎へ向かう大部隊が見えてきた。
あの時と同じ、事件の発端となった“流れ込んでくる隊列”。
いわば”逆パレード”である。
そしてレイラを見つけた瞬間、
相も変わらず兵士たちの目が桃色に発光。
「はぁ!!レイラ様ぁ!!♡」
「今日も朝から一段とお美しい!!♡」
「おはようございます!!♡」
「会えただけで寿命が伸びました!!♡」
「てぇてぇーーーー!!!♡」
「レイラ様ぁぁぁ♡」
シャガルに愛された翌日ということもあり、
レイラは妙に艶っぽく、
加えて九尾のフェロモン補正で兵士達のテンションはカンスト。
レイラは、もう過ちは繰り返すまいと
最小限の動きで手をあげる。
「……あぁ」「またな」
たったそれだけで兵士たちは歓声を上げる。
野太い声なのに、妙に甘い。
だがその裏で、兵士たちは気付いてしまった。
(……あっ……)
(テュエル様……今日も横に……)
(あの顔は……“さっさと行け” の顔……)
(次の目つきは “足止めんなよ” のやつ……)
(最後の眼光……“目玉くり抜くぞ” だ……)
もはや彼の表情辞典が完成している勢いである。
テュエルはいつも通りの仏の微笑み。
(おい、さっさと行けって言ったよな^^)
(ここで足止めんなや^^)
(一目でも長く見るな、目玉くり抜く^^)
笑顔は春の陽気のようなのに、
眼だけが深い闇そのもの。
その横でレイラはそっとシャガルをうかがう。
(だ、大丈夫……か……?)
(私の対応……怒ってたりしてないだろうか…)
——その瞬間。
シャガルは、
満面の笑顔で微笑んでいた。
^^ ←ちょうどこんな顔。
兵士たちは即座に理解した。
((ひっ……))
(((テュエル様の比じゃない…怖い……)))
(((笑ってるほうがヤバいやつだ……!!!!)))
シャガルの外面は平静……しかし絶対零度。
(貴様ら……余の妻に近づくな^^)
(軽くでも声かけた瞬間、喉を潰す^^)
(骨にして兵舎の門に吊るしてやろう^^)
外見:爽やかな朝の王
内面:世界滅亡5分前
兵士たち
(((処刑宣告!!!!)))
レイラには丁寧にぺこりと礼をして、
通りすぎた瞬間、
全員が大爆走。
(※理由:両隣の笑顔が物騒すぎたため)
「なんだあの圧は……!?」
「シャガル様……笑ってたよな……?」
「いやあれは笑顔の皮をかぶった死神だ……!!」
「むしろいつも通り怒ってほしい!!!」
瓦礫のように砕けた心を抱え、
兵士たちは朝の空気を切り裂いて逃げてゆく。
テュエルは茶をすする。
【……俺の“微笑みで殺す”、習得したなシャガル】
シャガルは涼しい顔で返す。
【ふ……余はただ、レイラが穏やかに過ごせるように、と心がけただけだ】
二人の夫はいつも通り視線で会話をした。
レイラ
(シャガル、怒ってない……よかった……)
(兵士にも笑顔で対応していた……本当に、成長したな……)
——気づいていない。
あれは“穏やか”ではない。
怒りが別の方向へ進化した結果である。
朝の光が差す中庭に、
爽やか(※外見だけ)の笑顔が二つ揃う。
——こうしてこの国に、
“微笑みで殺す男”がもう一人誕生した。




