夫二人が嫉妬した結果、稽古場が処刑場になった
――四方の風が、妙に静かだった。
いつもなら朝のざわめきで満ちている稽古場に、
今日は何か……重たい気配が垂れ込めている。
兵士A
「な、なんだこの……空気……」
兵士B
「……寒い……いや……違う……
背中に、“刃”が……」
ざわ、ざわ……
まるで獣が縄張りに踏み込んだ瞬間のような緊張が走る。
そして――
影が二つ、ゆっくりと稽古場へ歩み入る。
ひとりは
目の下に深いクマを落とし、ゆらりと微笑む男。
(微笑んでいるのに全然微笑んでない)
もうひとりは
クマを落としつつ紅い目の奥で、燃えるような怒気を押し殺している男。
兵士たち
((あ……終わった…………!!))
レイラに優しく触れられて喜んでいた兵士たちは
本能で理解した。
“天使の時間はもう終わりだ”
風が止む。
砂が止まる。
二つの夫の影が、稽古場の真ん中で重なり――
テュエル
「……おはようございます、皆さん^^」
シャガル
「……覚悟は、できておろうな。」
次の瞬間、
稽古場の誰かが小さく呟いた。
兵士C
「…ぇ…処刑……?」
空気が凍りつく。
――修羅の稽古場に、張りつめた殺気が満ちる。
……が。
レイラは気づかない。
気配に“気づけない”のではない。
気配よりも “今日の稽古が楽しすぎて”充実してしまっているからである。
さらにレイラは、
夫二人の殺気にはもう慣れてしまっていた。
(※慣れないでほしい)
⸻
レイラは満面の笑顔で駆け寄る。
レイラ
「テュエル!シャガル!
お前達も兵士達と思い出作りに来たのか?」
兵士たち
((レイラ様!?この状況気づかないの!?))
⸻
テュエルは柔らかく微笑む。
その顔立ちは、普段から兵士たちに慕われる“王であり指南者”のもの。
テュエル
「えぇ…!そうなんです……!
ボクの可愛い兵士達に御指南頂き、
本当にありがとうございますレイラ様^^♡」
実際、テュエルは週に数度、
兵士たちに剣術や体術を教えている。
そのため、
「ボクの可愛い兵士たち」は冗談ではなく、
本気の言葉だった。
優しい声。
完璧な教師の微笑み。
……なのに背後では氷柱が降るほど寒い。
テュエル(心の声)
(思い出だなんてどうでもいい……)
(今日、レイラ様に触れたやつ……)
(一人残らず……わ・か・っ・て・るだろうな……?^^)
テュエル
「レイラ様、どうぞ休憩なさってください。
後はボクが代わります……!」
兵士たち
((ひぃぃ!!代わらなくていい!!!))
((死ぬ!!本当に死ぬ!!))
⸻
シャガルも歩み寄り、
うっすら笑いながらレイラを見つめる。
レイラはその殺気を“心地よい風”くらいにしか思っていない。
もはや麻痺している。
シャガル
「…………そうだな。
余も……わからせてやらねばな……?」
シャガル(心の声)
(どいつが“三人目”などとほざいた……)
(思っただけのやつも含めて全員処刑だ……)
レイラ
「……?わからせる?何をだ?」
シャガルは優しく微笑む。
その優しさは誰一人救わない。
シャガル
「……指南とやらをな。
余もしてやろうということだ^^」
兵士たち
((いや無理!!“指南”の意味違う!!))
((終わった……))
稽古場全員
【本当に……終わった……】
すると二人は間髪を入れずに、
すぐ 指南という名の処刑 に移った。
⸻
レイラは汗を拭いながら、
遠くで兵士を次々と吹っ飛ばしていく夫二人を見つめた。
レイラ
「ふふ……」
(……二人とも、なんだかんだで
兵のこと大切に思ってくれてるんだな……)
――全然違う。
むしろ逆。
今まさに“粛清”が行われている最中である。
――
夫たちが暴れている隙を見逃す兵士はいなかった。
兵士A
「姫様!! よかったらこの手ぬぐいを!!」
兵士B
「この水! 冷えてます!!」
兵士C
「体冷やしたら大変です…! 羽織りどうぞ!!」
羽織りは三枚重なり、
水は三方向から差し出され、
手ぬぐいは五本。
レイラ
「…ありがとう、みんな……
だが、こんなにはいらないぞ…?」
その瞬間。
兵士たち
((今だ!!))
((夫二人の目が離れてる今しかない!!))
彼らの頭の中は完全に桃色の天国だった。
⸻
その頃――
テュエルとシャガルは兵を吹っ飛ばしつつ、
レイラに群がる影に気づいた。
テュエル
(……っ!?)
(レイラ様の隙を狙うとは……!)
(まずい、そちらも気にしないと……っ!!)
シャガル
(ぐ……っ!)
(この状況……もしや罠…!?)
(あやつら……わざとやられて余の注意を逸らしたのか…!)
完全な誤解。
ただの天然とただの欲望である。
⸻
レイラの周りに兵士が集まると――
テュエルの木刀の一撃は重くなり
シャガルの踏み込みは鬼のように速くなった。
兵士D
「ぎゃああああああああ!!?」
兵士E
「とんだあぁぁぁ!!??」
兵士たちは左右に分かれ、
鉄槌のような二人の一撃で
綺麗に吹っ飛んでいった。
レイラ
「…おい!! お前達……! やりすぎだ……!
これでは指南にならないだろう!」
夫二人「…………」
主人に叱られた犬のように肩をすくめる。
そしてレイラは、
二人のせいで擦りむき血を流している兵士に駆け寄った。
レイラ
「……大丈夫か?
腕を貸せ、救護室へ行くぞ」
兵士F
「ひ…姫さま…!
汗臭いし…汚いので…!どうか構わず!」
レイラ
「…臭くない。汚くない。
怪我のほうが大事だろ…
体を大事にしろ…」
兵士F
「ひ……ひめ…さま……」
(て……天使…………♡)
(好き…優しい……♡)
(怪我してよかった……♡)
レイラが肩を貸して救護室へ運ぼうとした――その瞬間。
テュエル
「レイラ様?^^
やりすぎてしまった ボク のせいです。」
微笑みを貼りつけたまま、
兵士Fの 首根っこを掴み雑に回収。
兵士F
「えっ……ぐえっ……!!?」
レイラ
「…テュエル! 雑すぎるぞ…」
テュエル
「大丈夫ですよ^^♡」
――大丈夫じゃない。
次に、シャガルに打たれて倒れた別の兵士へレイラが向かう。
兵士G
「あ…………♡」
(姫様が……近くへ……)
レイラ
「お前もだな。
手を貸せ、救護室まで――」
そっと手を取った瞬間、
背後に影。
シャガル
「レイラ^^
余の過失だ……余が連れていく……」
そのまま 首を掴んで引きずっていく。
兵士G
「ひ、姫さm……!? ぐぉっ!!?」
レイラ
「…おいシャガル!
もう少し優しく――」
シャガル
「任せておけ^^」
――任せたら死ぬ。
夫二人が負傷兵を救護室へ連れ去り――
稽古場には再びレイラだけが残された。
レイラ
「……よし。」
木刀を構え、
レイラ
「打ち込み稽古、再開だな?」
兵士たち
((やったぜーーーー!!!))
((レイラ様天使!!!))
――兵士たちは知っている。
夫二人よりレイラのほうが
**圧倒的に“優しい”**ことを。
テュエルとシャガル:救護室へ向かう最中――
テュエルは兵士Fの首根っこを雑に掴み、
シャガルは兵士Gをずるずると引きずり、
二人の背からは “黒いオーラ”と“殺気” が立ちのぼっていた。
兵士F(心の声)
(く、首が……!!)
(た、助け……て……)
(殺されるのは怪我じゃなくこの人たちのせい……!!)
兵士G(心の声)
(地面が……!すれて……!!)
(ひめ、さま……!!)
(見て……!!助けて……!!)
歩きながら、二人は一瞬視線を交わし――
いつもの視線だけの会話が始まる。
シャガル
【なんなのだ、全く……】
【死に急ぐ者しかおらぬのか、ここには……】
テュエル
【ほんとに……レイラ様は無防備すぎです】
【充実してるのは良いですが……あの空気に気づいていらっしゃらない…】
シャガル
【全くだ、隙がありすぎる】
【触れるし、触れられるし、腹が立って仕方がない】
テュエル
【…えぇ 妖界へ行くことですし】
【この際、全員殺す計画も考えたが…】
【でもそれではレイラ様が悲しむ……】
【まったく……体が一つだけじゃ足りない】
そこで、二人とも同時に
“体がひとつだけじゃ足りない” という言葉に引っかかった。
テュエル・シャガル
【…………?】
いや、何に対して引っかかったのかは本人たちもよくわからない。
ただむしゃくしゃするので殺気だけは倍増した。
首根っこを掴まれている兵士F・G
((やめて!!増やさないで!!))
((殺気で死ぬ!!)
((動いたらきっと殺される!!))
そして救護室の前に到着。
テュエルとシャガルは兵士を**ドンッ!**と投げ捨てるように置き、
ふたりで同時にピタッと固まった。
そして次の瞬間。
テュエル&シャガル
「はっ!!」
「今!! レイラ(様)は一人!!」
救護室にふたりの絶叫が反響した。
兵士F・G
(ひどい置き方!!)
(ていうか姫様のこと思い出すの遅っ!!)
テュエル
「いけません!! あの空間にまた一人なんて!!」
シャガル
「余のいない場所で触れられるなど!! 万死!!」
二人は 兵士を完全に放置して
稽古場へと猛ダッシュで駆け戻っていく。
兵士F・G
(ひどい!!)
(悪魔!!!)
⸻
レイラの休憩が終わり、
指南に戻ろうと歩み出した瞬間――
稽古場は、すぐに ほんのり桃色 に染まった。
もちろん、そんな変化には
レイラ本人はこれっぽっちも気づかない。
いつも通り凛とした、澄んだ声で告げる。
レイラ
「では、続き――誰からだ?」
兵士たち
((レイラ様ぁぁぁぁ!!♡))
((夫二人が戻らぬ今しかない!!))
((触れてもらうなら今しかない!!!))
――外見は真面目に整列しているくせに、
心の中は恋する少年兵の群れである。
⸻
レイラは真正面の兵士を見ただけで言い切った。
レイラ
「コウジ、お前は肘が開きすぎだ。
刃筋がぶれる。内へ寄せて構えろ」
コウジ
「っ、はい!!」
(俺の名前……!覚えてくださってる……!)
(す、好き……♡)
レイラ
「ナギ、足の運びが硬い。
“踏む”のではなく、“滑る”ように動け」
ナギ
「はい!! 気をつけます!!」
(指摘が優しい……♡美しい……♡)
(いや稽古中だぞ俺……集中……無理……)
レイラ
「モリト、視線が泳いでいるぞ。
相手の胸元を見るんだ」
モリト
「あっ……あ……はい!!!」
(胸!?いや胸は見ちゃダメな気がする!!)
(ていうか……なんか……姫様……)
(昨日より色気……増してない……?)
兵士たち
((思ってた……))
((……姫様……今朝から色気が増している……))
((気のせいじゃ……ない……!!))
((集中できねぇ……だが幸福……))
もはや
“稽古=恋心の試練”
になっていた。
そのとき――地響き。
ドドドドドドドドッ!!!
兵士たち
((……やばい))
((来た……!!))
粉塵と共に駆け込んでくる二つの影。
テュエル。
シャガル。
息ひとつ乱れていない。
ただ一点――
レイラだけを見据えている。
その目が、まずい。
そして二人は“見てしまう”。
レイラが倒れた兵士へ手を差し伸べ、
汗を気遣い、
肩を貸し、
優しく微笑む姿を。
兵士K
「ひ、姫様……!!」
(あぁ……今日死んでも……)
その瞬間。
テュエルとシャガル、黙る。
空気が震える。
温度が……
氷点下まで落ちた。
テュエル
(………………)
シャガル
(………………)
瞳から光が抜け、
笑っていないのに頬だけ吊り上がる。
――修羅、再臨。
⸻
昨夜は――。
レイラが香油の甘い余韻に包まれたまま、ふわりと寝落ちしてしまい、
添い寝だけで終わった。
触れることも、触れられることもなく。
甘える声もなく。
求められる気配もなく。
ただ二人は、
“ひたすら堪えるだけの夜” を過ごした。
レイラの無防備な寝顔。
伸ばした指先が、かすかに震えて止まる。
そこから先へ踏み込むことすら許されない。
声もかけられず、温もりを奪うこともできず、
ただ、耐える。
その痕跡は今も残る。
二人の目の下の薄いクマ。
そして――そんな消耗した状態で迎えた朝。
寝起きのレイラは、昨夜の香油の余韻を纏ったまま、
いつもより色気が強く、
無意識の一挙一動が刺さる。
そこへさらに、
・レイラは兵士全員に優しい
・笑いかける
・距離が近い
・触れるし触れられる稽古
と追い討ちが続いた。
二人の理性は、
じわじわと削られ続け――
そして今。
夕陽が差し込む稽古場。
朝から続いた打ち込みは、ようやく終盤へ差し掛かっていた。
だが。
レイラが兵士たちに笑いかけたり、肩を叩いたり、丁寧にアドバイスを送るその姿を
遠くから見つめていた夫二人の心は、限界をとうに超えていた。
稽古場の空気が、ふいに凍りつく。
兵士たち
((……!!!))
((なんだこの殺気!!))
((あの二人の目……人じゃない……!!))
((今日、俺たち……死ぬのか……?))
誰も剣を握れず、呼吸さえ止まる。
レイラ
「……お前たち? どうしたんだ?」
天使のような声音。
その声が、二人の修羅に火をつけた。
ゆらりと歩み寄り――
まっすぐレイラを射抜いた目は、完全に据わっていた。
そして同時に口を開く。
シャガル&テュエル
「――終了だ。(です)」
レイラ
「……? どういう意味だ?」
シャガルのこめかみがピキッと跳ねた。
シャガル
「終了だと言っているッ!!」
テュエル
「はい。文字通り、もう終わりです」
言うが早いか、
二人はレイラの両脇を抱え上げ――
「連行」ではなく「略奪」した。
レイラ
「な……っ!!! おい!!」
二人はそのまま稽古場からぴゅんっと駆け抜ける。
兵士たち
「………………」
「……連れていかれた……」
「俺らとの稽古……終わったな……」
「……めっちゃ楽しかったのに……(泣)」
しょんぼりと肩を落とす者多数。
⸻ 居間
レイラをそっと(いや、強引に)降ろす二人。
レイラ
「いきなりなんなんだ!
せっかくみんなと思い出作っていたのに!」
シャガルが、目だけ笑わずにニィッと口元を吊り上げた。
シャガル
「ほぉ……?」
「レイラ。お前の言う “思い出作り” とは――」
「他の男に愛想を振り撒くことを指すのか?」
レイラ
「……? 何を言ってるんだ?」
(真剣に指南していただけだ、という自覚ゼロ)
それが、二人をさらに逆上させる。
テュエル
「レイラ様……あなたは無自覚すぎます」
「兵士たち全員、レイラ様に下心しかありませんでしたよ」
レイラ
「……?
好感を持ってくれてはいると思うが……
彼らは真面目に稽古をしていたではないか」
二人
「………………」
(なぜ、わからない……)
完全に不機嫌。
テュエルが深く息を吐き、最低限の理性で言葉を絞り出す。
テュエル
「……とりあえず、先に湯浴みなさってください。
汗が冷えて風邪を引いてしまいます」
レイラ
「……わかった」
⸻
湯に沈みながら、ぼんやりと今日の稽古を思い返す。
レイラ
(今日の打ち込み稽古、充実していたなぁ……)
(楽しかった……)
(みんなと思い出作れただろうか……)
ほんのり頬が緩む。
だがすぐに、二人の怒りが胸に引っかかった。
(テュエルもシャガルも……怒っていたな……)
(なんで……気に食わなかったんだ……)
脳裏に響く言葉。
「他の男に愛想を振り撒くことなのか?」
「兵士たち全員、レイラ様に下心しかありませんでしたよ」
レイラ
「愛想なんて……振り撒いてない……」
「みんな……真面目にやっていたのに……」
ぽつりと呟いてから、胸の奥が少しだけ痛む。
(テュエル……シャガル……)
(私なんかを好いてくれる……愛してくれる二人……)
(私に好意を持つ人なんて……あいつら以外いないのに……)
(私には……もったいないくらいの……)
(本当に……素敵な…夫……)
湯気の向こうで、レイラの瞼はゆるりと落ちていく。
ほぐれた身体と温度に溶かされるように、意識がふわりと揺れた。
「……まずい……出ないと……」
誰に聞かせるでもなく小さく呟き、
ふらりと湯から上がる。
けれど――。
レイラはまだ知らない。
自分が少し眠たげに目を細めるだけで、
ため息をひとつ漏らすだけで、
髪をかき上げるだけで。
夫二人の理性が、限界まで崩れ落ちていることを。
静かに日が暮れていく湯殿。
その外では、もうすでに“何か”が決壊しかけていた。
そして、夜が来る。
嵐の前触れとも知らずに――。




