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双国ノ巫女 〜愛されることを諦めた姫が愛を知る物語〜  作者: Su
選ばれた理由、選び続けた想い
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あの、満月の夜の真実


外はすっかり夜だった。


降っていた雪は止み、昨夜の満月に負けず劣らずの白い光が城を包み込んでいる。


皆で食事を摂った時も、寝る前に居間で話している時も、テュエルは疲れたのか、静かだった。


しかし、ふとレイラの脳裏に、あの言葉が蘇る。


「……では」

「いつ――取り決めを反故にした“支払い”をしてくれるのですか?」


自ら「今夜」と約束したことを思い出し、急に恥ずかしくなったレイラは俯く。


しかし……二夜連続でシャガルの元へ行き、夜の取り決めである“連続実施の制限”の禁忌を破ってしまったのは自分のせいだ。


テュエルを傷つけたことには変わりはない。


(後で……行こう)


そう腹を括り、心に決めたのだった。


一方のテュエルも、あのお茶の後も、レイラとシャガルのいちゃつきが止まらないことを目撃していた(本人たちは無意識だが)、胸を痛め続けていた。


そして朝、レイラから言われた

「……今夜……な?」

という言葉を思い出していた。


俯き気味のテュエルは心の中でつぶやく。


(……正直、今はそんな気分ではない)

(レイラ様も本心なら、今日もシャガルと一緒に過ごしたいのだろう)

(………俺に出る幕なんかない……)


その頃、シャガルが先に立ち上がる。


「余は先に休むぞ。雪遊びをして疲れたからな」


少し満足そうに微笑み、レイラの頬にそっと口付けをして。


「おやすみだ、レイラ」


レイラも微笑み返す。


「うん、シャガルおやすみ」


本来ならただの、いつも通りの二人のおやすみの挨拶だ。

しかし今のテュエルには、その何気ないやり取りですら胸に深くグサッと突き刺さる。


(……っ……もう、出る幕が……)



 ――完全なるノックアウトである。



やがて、居間に二人きりになるレイラとテュエル。


沈黙が広がる。


レイラの心は少しざわめく。


(あぁ……二人きりになってしまった)

(この後……テュエルと……少し、気恥ずかしいな……)


テュエルも俯いたまま心の中で思う。


(レイラ様……)

(やはり……俺ではなく、シャガルについて行きたかったのだろう……)


(………惨めだな……)


沈黙に耐えかねたレイラは、小さな声で口を開く。


「テュエル、私たちも……行こうか」


「はい……」


しかし、あまりにも静かな返事に、レイラは少し違和感を覚えた。


廊下に出ると、雪は止み、白い月の光が回廊を優しく照らしている。


(…月……)

(今日も…明るいな……)


テュエルは何も話さず、ただレイラの後に従った。


そして、静かに彼女の部屋まで辿り着く。


(今日は……私の部屋か)


テュエルは小さく頭を下げ、ぎこちない笑みを浮かべる。


「では、レイラ様、おやすみなさいませ^^」


その笑顔に、レイラはすかさず声をかける。


「……テュエル?」

「今夜、一緒に過ごすんじゃないのか?」


少し沈黙が流れる。


テュエルは静かに答える。


「レイラ様、お疲れでしょう?

無理しなくて結構です。

取り決めのことは……次から守ってくださればいいですから……」


そう言うと、踵を返し、部屋を離れようとするテュエル。


その瞬間――


ぴくり、と。


レイラの鼻が、テュエルから普段なら絶対に漏れるはずのない微かに立ち上る匂いをとらえた。

怒り、焦り、悲しみ、愛――

ごちゃ混ぜになった感情の香りが、ふわりと空気に漂う。


「…………っ」


レイラは思わず俯く。


そして、少しだけ――


「ふっ」


と、笑ってしまった。


テュエルは歩きかけていたが、その笑い声に足を止める。

(?)

(……笑った?)


振り返ると、見えたのは満足そうで、嬉しそうで、でもどこか切なげな――不思議な表情のレイラだった。


「……?」

(レイラ様…?)


首をかしげながら見つめるテュエル。

しかし次の瞬間、レイラの言葉が夜の静寂を破る。



「私と……夜伽を、しないか?」



「………っ!!」


テュエルは息を詰め、目を見開く。


(……この……言葉は……)


レイラは微笑み、懐かしむように続ける。


「もう…覚えて…いないか…?」

「……私…には…懐かしい…」


「あの夜も……」

「こんな…美しい満月だった……」


テュエルは立ち尽くす。

その“あの夜”の意味を、誰よりも深く理解していたから。


レイラは再び顔を上げ、まっすぐテュエルを見つめる。


「…ふっ……」

「あの夜も…お前からは」

「今と“同じ匂い”がした……」


テュエルは言葉が出ず、ただ立ち尽くす。


レイラはくすくすと笑い、テュエルの言葉を思い出す。


「“こんな満月よりも、レイラ様のほうがお美しいですよ”」

「だったか?」


テュエルの記憶が静かに蘇る。

(あぁ……そうだ……)

(その後、俺は――)


『ボクからすれば、レイラ様のおかげで満月が美しく見えますね』


そう言った。――二人は今、この言葉を心の中でそっと反芻していた。


そう――今から四年前、

テュエルとレイラが三年間離れ離れになる前日の、あの満月の夜のことだった。


レイラは小さく息を吐き、静かに話し始める。


「…私は…鮮明に覚えている……」

「あの時の、お前の表情、匂い、空気、すべてを」


そして、一拍置いて――


「テュエル…今のお前と、全く一緒だな?」


くすくす、と笑いながら懐かしむ目でテュエルを見つめる。


「………」


しかし、次の瞬間――

レイラの表情からふっと笑みが消える。


「…………っ」


わずかに肩が震え、


そして――


「……ぐすっ……」


こぼれ落ちた涙は、まるであの夜に戻ったかのように小さく、痛々しかった。


テュエルは息を呑み、けれど言葉を挟むことはしない。ただ静かに、彼女の次の言葉を待った。


レイラは唇を震わせながら、必死に声を紡ぐ。


「あの時は……言えなかった……」


押し込めていた記憶を乱暴にこじ開けるような苦しさ。


「言ってはいけないと、思ってた……」


「自分の気持ちも……今よりずっと曖昧で……でも……」


「…本当は……」


一度大きく息を吸い、


「嫌だったの……!」


胸の奥が裂けるみたいな叫び。


「逃げたかったの……!」


「助けてほしかったの……!」


「テュエルと……離れ離れになりたくなかったの……!」


その言葉が響いた瞬間、

テュエルの胸の奥で何かが崩れ落ちた。


あの満月の夜。

自分は、ただ気まぐれで誘われたのだと思っていた。

理由なんて考えても無駄だと――

考える資格もないと、思い込んでいた。


しかし。


レイラはまだ涙の中で言葉を続ける。


「ソンゴルの愛人だなんて……なりたくなんて、なかった……!」


「暴君と呼ばれ、すでに愛人を何人も侍らせているような……どんな人かも分からない……そんな相手に……身を任せるなんて……嫌で……怖くて……!」


「私は……初めては……テュエルがよかったの……!」


その瞬間、テュエルの胸に激しく何かが走った。

喜びでも悲しみでも嫉妬でもない。


11年分の「届かなかった想い」が、ようやく触れられた痛みだった。


そしてレイラは泣きじゃくりながら絞り出す。


「……ずっと、一緒にいたかった……!」


言い切ると同時に、堰が切れたように泣き出してしまう。

十七歳のあの日とまったく同じ――

でももう、二人の距離は昔のままではなかった。


テュエルはゆっくりと近づき、決して急がず、

レイラが逃げないように、壊れものを扱うみたいに優しく抱きしめた。


「……それ」


かすれた声で囁く。


「俺、今聞いていい話でしたか……?」


レイラの肩が、小さく震えた。


「……ずるいですね、レイラ様」


その声は泣いているのか、笑っているのか。

何年も閉ざされていた扉が、静かに開く音がした。


レイラの涙が服に染み込んでいくたび、

テュエルの胸の奥で、何かがゆっくりと壊れていった。


十七歳のあの日――

言えなかったこと。

届かなかった想い。

触れてはならないと諦めて封じた感情。


それらが、今、目の前で震えながら自分の名を呼ぶレイラによって、

ひとつ、またひとつと溶けていく。


「……レイラ様」


抱きしめる腕に、ほんのわずかに力がこもる。


「そんなこと……言われたら」


低く、震える声。


「愛したくなって、仕方がなくなるじゃないですか」


レイラの呼吸がふっと止まる。


「断っておいてなんですが……」


テュエルはそっと彼女の頬に触れ、親指で涙を拭った。


「今から……あなたを愛しても、いいですか?」


静かで、優しい微笑み。


「そんな理由で……俺を選んでくださっていたなんて……」


目の奥に淡い光が滲む。


「今だって、こんなに大切なのに……

 今以上に……もっと……」


声が震える。


「レイラ様を……大切に、大切に……したいと思ってしまう」


喉の奥が熱く詰まる。


「四年前も……十一年前も……そして今も……」


吐息のような言葉。


「レイラ様……あなたが俺を選んでくれたことが……

 選び続けてくれたことが……」


胸に額を寄せ、息を震わせながら。


「……俺の人生で、いちばん……嬉しい」


レイラの目から、また一筋の涙がこぼれ落ちた。


二人の間に流れる空気は、

もう、あの日の未熟さやすれ違いではなかった。


レイラが涙のにじむ瞳でテュエルを見上げる。

テュエルは、まるで息を奪われたように

静かにその頬へと手を添えた。


言葉より先に、

自然と二人の顔が近づいていく。


触れるか触れないか――

その、ほんの一瞬の間に

二人の胸の奥で同じ想いが満ちていく。


そして。


月明かりに照らされながら、

二人は静かに唇を重ねた。


深すぎず、

淡すぎず。

ただ“想いの形”を重ね合わせるような、

温度のある口付け。


離れると同時に、白い吐息がふわりと揺れた。


それだけで、

今夜の二人の愛が充分すぎるほど伝わる――

そんな、冬の月下の口付けだった。


ずっと言えなかった真実が明かされ、

ずっと答えが出なかった問いが解けて、

ずっと傷ついていた心が、ようやく触れられた。


――この夜は、

テュエルが“選ばれた理由”を初めて知り、

レイラが“選んだ理由”をやっと言えた、

二人にとっての救いの夜だった。


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