雪女の妻に、雪合戦を挑んではいけない
レイラが二人を連れて歩き、
皇族専用の広い庭へと足を踏み入れた。
庭一面に、ふかふかの雪。
風の音すら吸い込まれたように静かで、
白銀だけが世界を支配している。
その光景を見た瞬間――
レイラの表情がぱっと明るく弾けた。
冬になると、レイラの血に宿る“雪女の本性”が嬉しそうに息づく。
それはもう、隠そうとしても隠しきれない。
レイラ
「……ふむ!」
小さく頷きながら、
じぃぃっと地面の雪を観察する。
しゃがみこみ、雪をつまんで、ぎゅっと握って、
レイラ
「うん!…悪くない量だ……!」
ぱあぁぁっと頬を赤くして笑った。
まるで初雪に喜ぶ子供そのもの。
いつもの威厳ある王ではない。
シャガル
(……ほぉ……?
レイラが……こんな顔を……?)
テュエルは横で苦笑しつつも、どこか誇らしげ。
テュエル
(……ふふ。
冬のレイラ様だ……
やっぱり可愛い……♡)
レイラは雪を両手ですくい上げ、満足そうに頷いた。
レイラ
「これだけあれば……うん、十分だ!」
勢いよく振り返ってにっこり
レイラ
「始めるぞ。」
その笑顔は――
誰よりも無邪気で、
そして、誰よりも容赦のない雪娘のそれだった。
テュエルは肩をすくめ、
しかしどこか嬉しそうに微笑む。
テュエル
(……あぁ、始まった……)
(冬のレイラ様は……ほんと容赦ないんだよな……)
(でも……この顔が見られるなら……うん、好き♡)
一方シャガルはというと――
庭に一歩足を踏み出した瞬間、ぶるっと震えた。
シャガル
「……さ、寒い……ッ」
「レ、レイラ……? 本当に外で何をするつもりなのだ……?」
その声は困惑と警戒で震えている。
だが――
続く言葉は、思わず飲み込む。
レイラが雪を手に取り、くるくる、ぎゅっ……と
妙に綺麗な丸い雪玉を作っていたからだ。
シャガル
(……なにゆえそんなに形が整っておる……?)
(妙に……滑らか……)
テュエルはその様子を見て、苦笑しながら小声で呟く。
テュエル
「……シャガル
覚悟しといたほうがいいですよ。」
シャガル
「な、なにをだ……?」
テュエル
「レイラ様の雪は……全部当たります。」
シャガル
「…………は?」
レイラはすでに二つ目の雪玉を作りながら、
にこぉぉぉっと笑った。
レイラ
「よし……準備完了だ。」
シャガル
「な、何のだ……?」
レイラの口元がくいっと上がる。
レイラ
「よっ――」
ぽすっ。
雪玉がシャガルの胸元に命中。
シャガル
「……っ!?」
レイラ
「ほらっ!」
ひゅっ――ぱすん!
絶妙すぎる角度で二発目がシャガルの肩に命中。
シャガル
「おい!……レ、レイラ!?お前……本気か!?」
レイラ
「そらっ!」
雪玉が一直線。
命中率100%。
シャガル
「当たる!!避けても当たる!!!?」
テュエルは肩を抱えて震えながら、
しかしどこか懐かしそうに微笑む。
テュエル
「……シャガル。
あの命中率は、昔からです……。
“レイラ様”には……誰も勝てません……」
シャガル
「聞いておらぬぞ!!!
余は聞いておらぬぞそんな情報!!」
レイラは裸足で雪の上に立ち、
薄い普段着一枚で、雪の妖精みたいに笑っている。
レイラ
「よし……次、テュエルだ。」
テュエル
「え、えぇ……?あ、あのレイラ様?
あの……優しく……!」
レイラ
「…無理だ!」
ぴゅん!!!
――バスッッ
テュエル
「ぐっ……!ああ……懐かしい……ッ!!」
(やっぱり痛い……♡でも可愛い……♡)
シャガル
「猿…!なぜ笑っている!?当たっているのに!!?」
テュエルは肩を震わせながらも、
なぜか――頬がほんのり赤く、
目が細められ、完全に“喜びの震え”になっている。
テュエル
「……冬は……こういうものなんですよ……♡」
「レイラ様が…… 雪を投げて楽しそうにしている ……♡」
「その姿を拝めるなら……この程度の痛み……っ♡」
「むしろ……ご褒美で……す……♡(震)」
シャガル
「ご褒美!?!?
お前、雪玉を顔面に食らって喜んでおるのか!?
正気か!!?」
(やはり狂っておるなこやつは!!)
テュエルは雪玉を頬に受けながらも
うっとりと天を仰ぐ。
テュエル
「はぁ……♡
レイラ様……冬も……天使……♡」
シャガルは黙った
「……………」
(もはや恐怖だ)
レイラは雪の中で笑う。
頬を赤く染め、息を白くしながら。
王でも巫女でもなく、ただの“レイラ”として。
レイラ
「さあ、覚悟しろ。
今日は……いっぱい遊ぶぞ。」
――この瞬間、
シャガルは悟った。
テュエルにとっては地獄だが嬉しい冬。
シャガルにとっては未知の試練の冬。
そしてレイラにとっては――
最高に楽しい、幸せな冬の一日が始まった――。
レイラは最初の雪玉を投げてから――
止まらなかった。
くるっ、ぎゅっ、ひゅっ。
くるっ、ぎゅっ、ひゅっ。
まるで芸術。
まるで儀式。
いや、完全に狙撃手。
毎投、正確に男二人へ命中する。
テュエル
「っは……♡」
「レイラ様……今日も……お上手……♡」
当たるたびに妙に嬉しそうに震える。
自ら雪玉の軌道に入っていくのでは?と思うほど。
シャガル
「ぐぬっ!?痛いぞ!!」
「レイラ!! これは攻撃ではないのか!?遊びなのか!?」
レイラ
「遊びだ。」
シャガルは混乱。
テュエルは恍惚。
レイラは無表情で連射。
レイラの雪玉を浴びつつも、ただ震えていたシャガルは――
ついに堪忍袋の緒が切れた。
シャガル
「……よかろう。」
「戦いを挑まれたなら……やり返すのが筋だろう?」
横でテュエルが余裕の笑み。
テュエル
「レイラ様には当たりませんよ?^^」
シャガル
「…ならば、貴様にくれてやる!!」
バッ!
勢いよく雪を丸め、投げつける――が。
テュエル
「……(ひょいっ)」
シャガルの雪玉は虚しく宙を舞い、地面に落ちた。
もう一個、もう一個、もう一個。
シャガル
「ぐ……!なぜ…!」
「なぜこんなに難しいのだ!」
「レイラはあんなに簡単そうに当てているのにっ!」
雪玉は一つもテュエルにかすらない。
そのときだった。
⸻
バフッ
シャガル
「…………。」
シャガルの顔面に、白い塊が綺麗に弾けた。
テュエル
「あぁ……すみません?」
「全然飛んでこないので……^^」
完全なるクリーンヒット。
雪が頬を伝い、シャガルのこめかみがピクピク震える。
シャガル
「貴様……!」
「許さぬッ!!!」
テュエル
「いいですよ?相手します。」
「本気でやるなら……逃げられるとは思わないでくださいね」
シャガル
「上等だ、猿!!!」
二人の間で雪玉の応酬が炸裂する。
速さで押すテュエル。
力で押すシャガル。
どちらも子供のような形相。
……完全に先ほどの喧嘩の延長戦だった。
レイラはというと――。
雪玉を投げていた本人は
敵が勝手に潰し合い始めたのを確認し、興味を失ったらしい。
レイラ
「〜〜〜♪♪」
雪をそっと両手ですくい、こねる。
そして――
レイラ
「……よし。」
小さな完璧な鎌倉をこしらえ、
次は雪を丸めて――
レイラ
「へへっ、犬。」
見事なフォルムの雪犬が完成する。
さらにその横に、
シャガル似の角つき雪像、
テュエル似のしっぽつき雪像を並べて遊び始める。
レイラ
「ふふ……似てる。」
完全に一人の世界に入っている。
その頃、雪合戦はもはや“遊び”ではなく、真剣勝負そのもの。
雪玉が空を切り、地面を抉り、気迫はまるで剣戟のよう。しかし――シャガルの雪玉は一発も当たらない。
シャガル
「……なぜだ……!
なぜ貴様だけ避けるのだ、猿!!」
テュエル
「当たらないからですよ?^^」
シャガルの目がギラリと光る。
シャガル
「ならば……こうだ。」
ドンッ!
オーラを放った足元の雪が爆ぜ、白い粉塵が炸裂。次の瞬間――テュエルは雪にザバーッと埋没した。
テュエル
「………………」
ピキリ。
「貴様……!汚いぞ!!」
シャガル
「勝負に綺麗も汚いもあるか」
満面の悪い笑みを浮かべるシャガルに、テュエルは静かに雪を払い、歩み寄る。
バッッ!!!
テュエルがシャガルの胸倉を掴むと、そのまま深雪地帯へ豪快に投げ飛ばした。
シャガル
「ぐっ……!」
バスッッ――!
雪が大きく弾け、シャガルは音を立てて埋もれる。
テュエル
「…綺麗も汚いもないんだろう?」
(ゲスい笑み)
シャガル
「この……猿……ッ」
しかし、その反撃の余波も虚しく――
テュエル&シャガル
「へっ……へっ……」
「へっくしゅん!!!!!」
二人は震えながら鼻を真っ赤にして立ち尽くす。
(さ、寒い……)
(凍える……)
レイラは新作の雪像に最後の雪を乗せながら、ようやく夫たちのくしゃみに気づく。
レイラ
「……そろそろ部屋に入るか?」
名残惜しそうに雪像を見つめながら、温かく微笑む。
テュエル
「……そう……しましょう……(ガタガタ)」
シャガル
「う、うむ……凍え死ぬ……(ブルブル)」
雪の庭での戦いが終わり、二人の夫は凍えながら家の中へ逃げ帰った。
レイラは、頬にうっすら笑みを浮かべながら呟く。
「子供かお前たちは……」
しばらくして、シャガルとテュエルは順番に露天風呂に入り、冷え切った体を温めた。
双国の風呂は広い露天だが、二人が同じ湯に入ることはなく、距離を置いて順番に浸かる。
テュエルはシャガルが上がるまで静かに待機し、
先に浴場を出たシャガルは、柔らかな湯気の漂う室内で
自然とレイラの横に腰を下ろした。
シャガル
「待たせたな…」
レイラは小さく息を吐き、
体の芯まで温まる心地よさにほころぶ。
「ふふ……あったかいな……」
シャガルはそっとレイラの手を取り、軽く握る。
そして、レイラの濡れた髪先を指にすくい上げた。
湯上がりの髪がふわりと広がる。
シャガルはそれを、無意識に
くるり、と巻きつけ、またほどき、
気づけばまた巻きつけていた。
「……まったく、今日はよく遊んだな」
「あんなに楽しそうにはしゃいだお前は初めてだ」
少し呆れたように言いながらも、
その声音には隠しきれない喜びが滲む。
レイラは笑いを零し、湯上がりのほてった顔が輝く。
(……また巻かれてる……)
と気付くが、心地よさに身を任せた。
二人は席に着き、
湯気の立つ茶を前に、肩が触れ合うほどの距離で
穏やかな時間を楽しんだ。
やがてシャガルは妖界での珍事件を語り始める。
「妖界ではな……川に、頭に皿を乗せた河童という妖がいてな……」
レイラは「へぇ」「ふふ」と相槌を返しながら楽しげに聞き入る。
「胡瓜が好きで、でもある日、胡瓜に目が眩み、自分の皿を川に落として大騒ぎして……信じられるか……?」
レイラは目を細め、思わず声をあげて笑う。
「ふふっ、可愛いな」
「さすがシャガルだ、話を面白くするのがうまいな?」
シャガル
「ふっ、誇張はしてないぞ」
レイラ
「もっと聞かせろ」
レイラの瞳がきらりと輝く。
シャガル
「いいだろう」
シャガルも嬉しそうに笑い、そのまま二人だけの世界に浸る。
レイラの腰へと腕を回し、レイラもシャガルに体を委ねているのがわかる。
湯気と笑い声に包まれたその空間は
まるで――きゃっきゃ、うふふ♡
という効果音が聞こえてくるようだった。
その様子を、風呂上がりのテュエルは少し離れた場所で見てしまう。
湯気越しに見える二人は、まるで世界に自分たちしかいないかのようで。
その楽しげな雰囲気は、テュエルの胸に小さなヒビを入れた。
――ポキッと
(……くそ……シャガルのヤツ……)
(いや……)
(俺では……あそこまでレイラ様を、あんな風に笑わせられない……)
(笑っているのは嬉しいはずなのに……やはり…苦しい……)
テュエルはそっと視線を落とし、二人の幸福を壊さぬよう、黙って見守った。
その胸の奥では、温度の違う静かな痛みだけが、じわりと広がっていた。




