民は、すべて知っていた 〜巫女王、誕生〜
ヤヒロは緊張で肩を跳ねさせながら、謁見の間へ通された。
普段は穏やかなテュエルが、今日は王としてレイラの隣の席に座っている。その圧だけで喉が乾いた。
ヤヒロ
「レイラ陛……っ、レイラ様……テュエル様……お呼びでしょうか……っ」
(あ、やべぇ。“陛下”呼び嫌ってたんだ……ッ!!)
焦りを悟ったのか、レイラはふっと柔らかく笑った。
レイラ
「そんなに畏まらずともいい。
……ヤヒロ、此度の件は礼を言わせてほしい。」
レイラはまっすぐに見つめ、静かに言葉を続けた。
「危険を顧みず、シャガルを呼びに行ってくれたこと。
それによって……私も、夫のテュエルも助けられた。
あの時のそなたの行動が、どれほどのものだったか……
言葉では言い尽くせない。」
「本当に……ありがとう。」
レイラは深く頭を下げた。
その隣で、静かに同じように頭を下げるテュエルも口を開く。
テュエル
「……ヤヒロ。
あなたが走ってくれなければ、レイラ様は今ここにいなかった……。
……心から、礼を言います。」
短く、しかし震えるほど誠実な声音。
レイラと同じ高さで頭を下げていることが、
その言葉以上に強い敬意を語っていた。
ヤヒロ
「や、やめてくださいよ!!俺如きに頭なんて……!!
双国の兵として当然のことをしたまでです!」
「本当に…ご無事で……よかったです……!」
本気で困って両手を振るヤヒロに、レイラは笑みを深めた。
そして――一転して、切り込むような真剣な声。
レイラ
「ヤヒロ。今日そなたを呼んだのは……他でもない。
――そなたに王位を継承したい。」
「……………え?」
テュエルですら目を見開き、静止する。
ヤヒロは理解が追いつかず、口をぱくぱくさせた。
ヤヒロ
「えっ……?
……な、なんで……。
ど、どこかに行かれるんですか……?」
レイラ
「あぁ……。少し……
いや、どれほど離れるかはわからない。
だが、王の不在は許されない。
そして――そなたが最も適任だと、私は思っている。」
ヤヒロ
「ム、ムリムリムリ…です!!俺まだ十五ですよ?!
剣だって未熟で、部族長ですらないし、教養も……!」
レイラ
「教養も、皇務も、伝統も――すべて爺が補佐する。
そなたは民のために“正しい決断”をしてくれれば良い。」
ヤヒロ
「そんな簡単に言わないでくださいよ……!」
レイラは静かに、しかし胸に刺さる声で続けた。
レイラ
「そなたは……私が城を離れていた三年、
頼れる者も大人もいない村で、民を支え続けた。
そしてあの日、私を初めて見たその瞬間から――
怯まず、逸らさず、真正面から向かってきた。
テュエルの殺気を向けられても、立っていた。」
「……民がお前を信頼しているのは、その背だ。」
ヤヒロの目に、光が灯る。
レイラ
「……私は臆病者だ。
三年間、ただ傍観していた。
城がどうなっているか、怖くて確認もできず……」
「……そんな私より、そなたの方がよほど“王”だ。」
ヤヒロは首がもげそうな勢いで振った。
ヤヒロ
「そんなこと……ない!!
レイラ様は、ずっと俺たちを見捨てなかった!!
陰から見守って……守ってくれてた!!」
レイラ
「…………」
ヤヒロ
(レイラ様……絶対譲らない顔してる……。)
(…王命と同義だ……)
深く息を吸い、決意の声を張る。
ヤヒロ
「わかりました。
この役、務めさせていただきます……!
でも……!」
胸に手を置き、まっすぐに宣言する。
ヤヒロ
「レイラ様の“帰る場所”は……永遠にここにあります。
俺が…守ります…!!
何年でも、何十年でも。
レイラ様が帰ってきた時、
“おかえりなさい”と言える国でいさせます!」
レイラの目がふるりと揺れる。
ヤヒロは続けた。
ヤヒロ
「双国の民は……みんな薄々知ってるんです。」
「レイラ様が妖であることも。
テュエル様が先代王を手にかけてしまったことも。」
レイラもテュエルも目を見開く。
ヤヒロ
「でも……誰も言わなかった。
噂も外に流さなかった。
国の中でさえ、口を噤んでた。」
「……レイラ様が“それでも双国を想っている”って、
みんな知ってるからです。」
「だから、俺たちは“共存”を選びました。」
レイラの呼吸が震え、涙が滲む。
ヤヒロ
「俺が爺さんになっても、
その先、誰が王になっても……
レイラ様の席はずっと空けておきます。」
そして――
ヤヒロ
「だから……レイラ様は……“巫女王”として。
王より上の、双国の最終決定者として。
これからも……俺たちを導いてください。」
「……っ」
その瞬間、レイラの頬を涙が静かに伝った。
レイラ
「……ヤヒロ……」
その瞬間、レイラの頬に涙がつっと伝う。
王としてじゃない、ひとりの女としての涙。
レイラ
「そなたに……託せる。
心から、そう思う。」
ヤヒロは微笑みながらも、どこか影を落とした表情で黙り込む。
ヤヒロ
「………………」
(……俺に、本当に務まるのか……?)
レイラはその様子に気づき、そっと身を乗り出した。
レイラ
「……ヤヒロ、大丈夫か?」
(不安の匂いがする……)
ヤヒロ
「……啖呵切っておいて、ダサいですけど……
正直……不安しかありません。」
レイラはふっと柔らかく笑い、席を立つとヤヒロの前まで歩み寄る。
そして、まっすぐにその瞳を見つめた。
レイラ
「ヤヒロ。
……双国は、好きか?」
たった一言。
だがその問いは、ヤヒロの胸の奥深くに沈んでいた“核”を強引に引き上げるようだった。
ヤヒロの目が揺れ、伏せ、そして――強い光を宿す。
ヤヒロ
「………………はい!!
大好きです!!!」
その輝きは、もう少年のものではなかった。
確かに“未来の王”の眼差しだった。
レイラは満足げに微笑む。
レイラ
「その気持ちだけで十分だ。
あとは……ゆっくりでいい。
双国を愛してくれているなら、それが一番の資格だよ。」
ヤヒロ
「……レイラ様……っ」
レイラ
「頼んだぞ、ヤヒロ。
“私の国”を……“私たちの民”を……守ってくれ。」
ヤヒロは胸に拳を当て、震える息を整えながら深く頭を下げた。
ヤヒロ
「はい……!
命に代えても、必ず……!」
そしてもう一度、より深く頭を垂れた。
ヤヒロ
「お任せください。
“巫女王”レイラ様。」
レイラは静かに彼を見つめ、
そっと微笑んだ。
レイラ
「……ヤヒロ。
顔を上げて。」
ヤヒロは驚いたようにわずかに目を見開き、ゆっくりと顔を上げる。
レイラ
「最後に……一言だけ。
――ありがとう。
そなたが来てくれて、助けてくれたこと……私は忘れない。」
その言葉に、ヤヒロの瞳がわずかに揺れる。
少年ではなく、“未来の王”としての誇りが宿った。
ヤヒロ
「……レイラ様……!
必ず……応えます。」
小さく、それでも確かに頷いたあと、
ヤヒロは深々と頭を下げ、静かに部屋を後にする。
扉が閉じられた瞬間、
レイラはふっと息を漏らし、わずかに肩の力を抜いた。
テュエル
「……お疲れ様でした、レイラ様。
本当に……ご立派でした。」
レイラ
「……テュエル。ありがとう。
でも……やっぱり……少し寂しいな。」
その呟きに、テュエルは静かに歩み寄る。
テュエル
「えぇ……。
ですが、彼なら――必ず守ります。
レイラ様の国も……レイラ様の想いも。」
レイラはわずかに微笑む。
しかし、その瞳には淡い寂しさがまだ残っていた。
レイラ
「……うん。
任せられる。
ヤヒロなら……大丈夫だ。」
言葉を終え、レイラはそっと
隣に立つテュエルの胸へ頭を預けた。
テュエルは受け止めるように
その頭を静かに撫でた。
二人の間に、誰にも邪魔できない静かな温もりが落ちる。
――その静けさは、新たな双国の始まりを告げるようだった。




