故郷で再会したら、いきなりキスされた件
懐かしい――
そして、安心する匂い。
揺れる馬の背。
規則的な振動が、意識をゆっくりと浮かび上がらせていく。
重たかった瞼が、わずかに開く。
テュエル
「……レイラ様。お目覚めですか」
すぐ傍から、落ち着いた声。
わずかに安堵を含んでいる。
テュエル
「もうすぐ、本日の休憩地点に到着します」
レイラ
「あぁ……」
ぼんやりとしたまま、視線を上げる。
レイラ
「……少し、眠っていたようだな」
テュエル
「ええ。よくお休みになられていました」
柔らかく目を細める。
テュエル
「少しでもお身体を休められたなら、よかったです^^」
ロイロ
「ほんと、護衛って大変だよな」
軽く肩をすくめながら、前方へ視線を落とす。
その腕の中――
身体を預けるようにして、ぐっすりと眠りこけているリア。
ロイロ
「リア、起きろ。もう着くぞ」
リア
「……ふぁい……」
ゆっくりと目を擦りながら起き上がる。
レイラ
「リア、おはよう」
小さく、笑みをこぼす。
リア
「……おはよう……!」
一瞬で意識がはっきりし、
その直後――
自分が寝ていたことを思い出す。
リア
「……っ」
頬が、わずかに熱を帯びる。
レイラ
「私もだ。少し、うたた寝していた」
小声で交わす、ささやかなやり取り。
どこか、くすぐったい空気が流れる。
――
シアン
「……こっち」
短く告げる。
ロイロ
「あ、焚き火が見えるな。あそこか」
⸻
シュン
「もう!!」
到着するなり、声が飛ぶ。
シュン
「どうしてこのモンスターたちは、無傷で帰ってくるってことができないんだよ!」
腰に手を当て、怒りを露わにする。
「手当する側の身にもなってほしいんだけど!
こんな時間まで帰ってこないし、心配するでしょ!!」
全員
「すみませーん……」
揃って肩をすくめる。
誰も、反論できない。
レオ
「でも、みんな無事だったし、よかったよかった」
穏やかな声が、場を和らげる。
リア
「……ふふ」
小さく笑い、レイラの手を取る。
リア
「またこうして、顔を合わせられて……嬉しい」
その瞬間。
――ぴたり。
空気が、わずかに張り詰める。
テュエルの視線が、鋭く向けられていた。
無言の圧。
「触れるな」とでも言いたげなそれに――
リア
「……?」
一瞬だけ、不思議そうに瞬きをする。
シュン
「……で」
腕を組みながら、視線を向ける。
シュン
「そこの赤い人は誰?」
場の視線が、一斉にそちらへ向く。
リア
「……えぇとね……」
一瞬、言葉を選ぶ。
リア
「……エール将軍よ」
ひょい、と手を向ける。
示された先――
一際、頭ひとつ抜けた長身。
畳一枚に収まらぬほどの体躯。
均整の取れた身体に、隙のない佇まい。
端正な顔立ちは、どこか爽やかさすら感じさせる。
赤い髪。
そして、同じ色を宿す瞳。
だが――
その視線は、最初から。
ただ一人に向けられていた。
周囲など、まるで存在しないかのように。
呼吸も、気配も、意識も。
すべてが、そこへ収束している。
――レイラへ。
その一点だけが、異様だった。
あまりにも何気なく告げられた、その名に――
シュン
「…………………………………………」
一拍。
シュン
「……え?」
理解が、追いつかない。
シュン
「えええええええええええええ!?」
絶叫が、夜に響いた。
――――――――――――――――――――
シュン
「まさか、レインの専属護衛だったなんて……
しかも、双国の皇女だなんて」
リア
「ほんと、びっくりよね」
こくり、と頷く。
リア
「あ、名前はレインじゃなくて、レイラだったの」
シュン
「まぁ……皇女だったなら、名前を伏せる必要もあっただろうし」
少し考えるように目を細める。
シュン
「強さの理由も……なんとなく納得できるかも」
そう言いながらも、手は止まらない。
テュエルの胸に残る矢傷へ、手際よく布を当て、迷いなく包帯を巻いていく。
シュン
「動かないでね。せっかく塞ぎかけてるんだからさ」
軽く呆れたように言いながら、結び目をきゅっと締めた。
テュエル
「あ、レイラ様」
ふと、思い出したように口を開く。
「あの剣技……どなたから教わったのですか?」
わずかに身を乗り出す。
「正直……あまりに流麗で。
感動しすぎて、演技どころではありませんでした」
その瞳は、隠しきれずに輝いている。
熱を帯びた視線が、まっすぐにレイラへと注がれていた。
レイラ
(…よく言う……軽々と受け流していたくせに)
呆れたように、わずかに目を細める。
レイラ
「……別に。誰からも教わっていない」
淡々と告げる。
「今まで見てきた剣技を、
自分で扱えるように少し変えただけだ」
テュエル
「……やっぱり」
納得したように頷き――
わずかに、口元が上がる。
テュエル
「本当に、レイラ様は昔から器用でしたよね」
どこか誇らしげに。
まるで自分のことのように、言い切る。
テュエル
「ボクが十二の頃、手合わせしたことがあるのですが」
「その時、レイラ様はまだ六歳でした」
一拍。
「結果は――ボクの惨敗でしたからねぇ」
リア
「えっ、すごい……!」
素直に声が漏れる。
シュシャ
「そんな幼き頃からか?!」
ロイロ
「単に、その時のお前が弱かっただけじゃないのか」
軽く肩をすくめる。
テュエル
「いえ」
即答。
テュエル
「当時のボクは、西部でもそれなりに名の知れた実力者でしたが」
「剣の心得すらないレイラ様に、打ち負かされました」
わずかに、口元が緩む。
ナイル
「へぇ……♪」
面白そうに目を細める。
「それで、心まで持っていかれたわけだ?」
「にしても……そんなこと、あるんだね」
意味ありげに、レイラを見る。
「まだ何か――隠してたりするんじゃない?
――レイラちゃん?♡」
わざとらしく、軽い調子で。
一瞬。
空気が、ぴたりと止まる。
その時。
テュエルの視線が、ゆっくりと動いた。
――ナイルへ。
ピクリ、と。
テュエル
「……」
ただ、その目だけが――
明確に言っていた。
(今、何と呼びました?)
ナイル
「……ごめんって」
軽く手を上げる。
テュエルはにこりと微笑み返した。
――だが、その目は笑っていない。
ナイル
(冷えるな……)
一瞬、空気が張り詰める。
レイラ
「………………」
わずかに息を呑む。
テュエル
「レイラ様」
低く、しかし穏やかに。
「信用しているからといって、
すべてに応じる必要はありません」
守るように、一歩前へ。
レイラ
「……なにかあっても
……お前が守ってくれるのだろう?」
不敵に、微笑む。
一瞬。
テュエルの呼吸が、止まる。
――ズキューーーーーン。
胸の奥を、強く撃ち抜かれたように。
テュエル
「…………」
ただ、瞳だけが――わずかに揺れる。
内側で、何かが決壊しかける。
テュエル
「……え、ええ……もちろんです……♡」
口元が緩む。
にやける。
――抑えきれていない。
レイラ
「……たしかに、
まだ隠していることは……ある」
一斉に視線がレイラへと集まる。
空気がわずかに張り詰め、その場にいる誰もが言葉を飲み込んだ。
レイラ
「だが、すまない。
こればかりは他言すると、私の身が危うくなる」
リア
「言いたくないことを言わせてしまって、
ごめんなさい」
「巫女の力もだけど……大変な想いをしてきたのでしょう?」
レイラ
「気にしなくていい」
「私は、不便に感じたこともないし、
この力がいらないと思ったこともない」
リア
「……そう。よかった」
ふと、何かを思い出したように、ぽつりと呟く。
レイラ
「……父上が、
よくお前の父、先王のリンドウに世話になっていた」
リアは目を細め、かつて友好国であった記憶を静かに噛みしめる。
当時の彼女はまだ幼く、国同士の関係に関心もなかった。ただ、両国の王たちの間に、確かに交わされていたものがあったことだけは、今になって理解できる。
リア
「知っていたのね。
父と面識はあったの?」
レイラ
「私は城からほとんど出たことがなかったから、
話にしか聞いたことはなかったが――」
「お前が生まれた時は、藤の瞳の姫が生まれたと、
幼いながらに知っていた」
「父と、そなたの父が
時折、親交を深めていたこともな」
リア
「思い返してみれば、よく父上が言っていたわ」
「ダインの娘は海津で捕れた魚に目がないらしいって」
くすり、と笑みがこぼれる。
レイラ
「……」
その言葉に、わずかに気恥ずかしさが滲む。
隠すように視線を逸らしたその仕草は、普段の威厳ある姿とはどこか違っていた。
リア
「父上の話が久々にできて嬉しいわ」
二人の間に流れる空気は、穏やかで、温かかった。
――しかし、その光景を、ただ静かに見つめる影がひとつ。
明らかに、嫉妬を滲ませた視線。
リア
「ごめんなさい、テュエル。
私たち二人だけで話し込んじゃって……」
リア
「次は、あなたたちのことを聞かせて?」
ナイル
「ねえねえ、ちょっと気になってたんだけどさ」
「ふたりって、どういう関係?」
「その距離感さぁ……ただの“姫と護衛”って感じじゃないよね?」
「なんていうか……」
(少し笑って、興味深そうに目を細める)
「秘密、共有してる顔してるんだよね♡」
「いやぁ、そういうの気になっちゃうんだよね。教えてくれない?」
「――ふふ、もちろん無理にとは言わないけど♡」
リアもまた、興味深そうに頷いた。
レイラ
「………………」
テュエル
「やれやれ……
何を言っているんですか」
「ボクは、ただの一介の護衛ですよ」
「確かに、レイラ様を敬慕しておりますが……
そんな身の程を知らない阿呆ではありません」
「レイラ様に対して、失礼極まりない発言です」
冷静な口調の裏で、わずかに視線が鋭くなる。
その態度は、言葉以上に強い拒絶を示していた。
ナイル
「えー、残念〜」
リア
「ねー、気になるのに」
レイラ
「……………………………」
テュエル
「……っ。
大変失礼いたしました、レイラ様」
そのまま、静かにその場に跪く。
――沈黙。
レイラ
「……違ったのか?」
テュエル
「……え?」
一行
「え?」
揃って、彼らを見つめる。
レイラ
「……そういう関係では、なかったのか」
少しだけ、残念そうな声音。
テュエル
「……」
完全に固まる。
レイラ
「……初めてだったのだが」
一行
「!?」
空気が跳ねる。
視線が一斉にテュエルへ集まる。
テュエル
「ちょ、レイラ様……!?」
声が裏返る。
その表情は、
驚き → 動揺 → 焦り → 真っ赤
一瞬で変わっていく。
一行
(ざわつきが止まらない)
テュエル
「……っ!!
ボクは!!
レイラ様を!!
そのような無礼な目で見たことなど!!
一度たりとも!!
ございません!!」
言い切るや否や――
その場の空気を振り切るように、テュエルはそのまま消えるように駆け去った。
一瞬、静寂。
レイラ
「……ふ、そうか」
小さく息を吐く。
「嫌われたわけではないようだな……」
わずかに口元を緩める。
「……だが、フラれてしまったな」
どこか楽しげに。
一行
「え?え!?
どういうこと!?」
全員が一斉に詰め寄る。
理解が追いつかないまま、
それぞれの視線だけが、レイラの言葉を追っていた。
―――――――――――――――――――――――
テュエルは近くの川に入り、頭を冷やしていた。
――心頭滅却――心頭滅却――心頭滅却
ぶつぶつと呟きながら、
浅瀬で腕立て伏せを繰り返す。
「レイラ様と……そんなこと……
あるわけが……俺が?
レイラ様と?
ありえない、あり得ない、あり得ない……」
どこか焦点の合わない目で、ひたすら否定を繰り返す。
ロイロ
「だいぶ拗らせてんなぁ」
ナイル
「ロイロも大概だけどね」
ロイロ
「……オレ?」
――沈黙。
二人へと、視線が向けられる。
静かに。
だが、明らかに不機嫌な気配を帯びて。
――冷やかしに来たのですか?
そう言外に告げるような、鋭い視線。
ナイル
「わ、やめてやめて。
その目、普通に怖いから」
ロイロ
「……圧で会話すんなよ」
――――――
そのまま、全員が川へと入る流れになる。
ロイロ
「……しかし、いい体してんなぁ」
ナイル
「ね♡ 鎧着てた時は、もっとゴリゴリのマッチョかと思ってたよ」
ロイロ
「たしかにな、あれじゃ猿というよりゴリラだ。」
ナイル
「肩幅とか胸板とか、近くで見ると普通に厚いし。
細すぎず、かといって無駄な筋肉もついてない。
この体、実戦向きだねぇ……すごいよ♡」
ロイロ
「……まぁ、実際動きも無駄がねぇしな」
テュエル
「……レイラ様にお仕えする身です。だらしない体は見せられませんから」
ナイル
「あ、そうだ」
「テュエル君、気になってたんだけどさ」
「なんでレイラちゃんのこと、
“姫”とか“殿下”って呼ばないの?」
「あんなに忠誠誓ってるのに」
テュエル
「簡単な理由ですよ」
「ボクはレイラ様を、尊敬し、お慕いしているからです」
「“姫だから”とか、“王だから”とか、
そういう理由でお側にいるわけではありません」
ナイル
「ふーん?」
「“お慕いしている”ってことは、
ちゃんと自覚はあるんだね?」
ロイロ
「一目惚れってやつか」
テュエル
「そのような軽薄なものではありません」
一瞬、空気が張り詰める。
「何度か宮内で遠目にお見かけしたことはありましたが、
その時は姫とも知らなかったくらいですし、特に何も思いませんでした。」
ナイル
「へぇ〜。
じゃあさ、馴れ初め、聞かせてよ」
軽い調子。
だが視線はしっかりとテュエルを捉えている。
テュエル
「……はぁ」
小さく息を吐く。
「先ほど申し上げたでしょう。
ボクは、自分が強いと奢っていたのです」
「それを見抜いたかのように、
レイラ様が近づいてこられ、御指南くださった」
「……そして」
一拍。
「叩きのめされました」
簡潔。
それだけ。
ナイル
「うーん……」
「絶対、なんか省略してるよね?」
ロイロ
「ボコボコにされて惚れたって、雑すぎだろ」
テュエル
「……」
一瞬、視線を逸らす。
テュエル
「この話は…、ボクだけの宝物です」
ナイル
「ほら、やっぱり」
ロイロ
「なんだよ、気になるとこだけ隠すなよ」
ナイル&ロイロ
はぁ……聞きたかったのに
と、わざとらしく肩を落とす二人。
テュエル
「……」
小さく、息を吐く。
そして――
「……笑顔が」
一瞬、言葉が止まる。
「……可愛かったからです」
ナイル&ロイロ
「……は?」
空気が、止まる。
テュエル
「当時、六歳」
「誰も、あの方の笑った顔を見たことがないと噂されていました」
「無機質な人だ、と」
静かに、続ける。
「……ですが、
ボクと手合わせをして」
「ボクを打ち負かした、その瞬間」
ほんの僅かに、目が細まる。
「太陽のように――
眩しい笑顔を、見せてくださった」
沈黙。
「その時、思ったのです。
この方に、仕えようと」
「この方を、もう一度――
笑顔にしたい、と」
ナイル
「……なるほどねぇ」
口元を緩める。
「ロマンチックじゃん♡」
「でも確かに、レイラちゃんってあんまり笑わないもんね」
「そんな子にそんな顔向けられたら、そりゃ落ちるよ」
軽く肩をすくめる。
だが――
ナイル
「でもさ」
視線が、鋭くなる。
ナイル
「そんな距離感のままだとさ」
「一番大事なとこ、他の誰かに持っていかれるかもよ?」
空気が変わる。
テュエルの視線が、ゆっくりと向く。
無言。
だが、その目には明確な圧が宿る。
テュエル
「……それなら、それで構いません」
迷いがない。
「ボクが一番である必要はありません」
「レイラ様が、幸せで――
笑っていてくださるなら」
一拍。
「……ただし」
空気が、冷える。
「その資格がある方でなければ、
許しませんが」
ロイロ
「……重いな」
テュエル
「当然です」
「飾らずとも美しい、あの方が――
尊くて、仕方がない」
ナイル
「……離れてた間、きつかったでしょ」
テュエル
「……気が狂いそうでした」
即答。
テュエル
「従いたくもない者の下で、
聞きたくもない命に従い」
「生きる意味も見出せず、
死を考えたこともあります」
淡々と。
だが重い。
テュエル
「……それでも」
「レイラ様が生きている痕跡を見つけた。
――だから、生きねばと」
ロイロ
「痕跡って、なんだよ」
その問いに――
テュエルの口元が、わずかに歪む。
テュエル
「……よくぞ聞いてくださいました」
どこか誇らしげに。
そう言って、川辺に置いていた自分の衣へと手を伸ばす。
濡れた手のまま、迷いなく中を探り――
ごそ、と。
衣の奥から、小さな小物入れを取り出した。
テュエル
「こちらです」
丁寧に包まれているそれを、躊躇なく開く。
中には――
――自主規制【レイラのあれこれ】――
沈黙。
ナイル
「うわぁ……」
ロイロ
「……それ、全部拾ってきたのかよ」
テュエル
「当然でしょう」
即答。
迷いは、一切ない。
ロイロ
「……こいつよりやばいの、初めて見た」
ナイル
「いやいや」
軽く手を振る。
「ボクと一緒にしたら、テュエル君に失礼でしょ」
わずかに引きつった笑み。
ナイル
「……でもさ」
「そんなに想ってるのに」
「さっき、盛大にフッてなかった?」
空気が止まる。
テュエル
「……………………は?」
ロイロ
「フッてたよな」
テュエル
「……は?」
ナイル&ロイロ
「フッてたよね」
テュエル
「……なぜです?」
理解が追いつかない。
ロイロ
「“そんな目で見たことない”って」
ナイル
「しかもそのまま逃亡w」
沈黙。
思考が、止まる。
テュエル
「……………………」
そして――
テュエル
「……………………っ!?」
血の気が引く。
全てが繋がる。
ロイロとナイルは、顔を見合わせる。
――一瞬。
そして、何事もなかったかのように川から上がった。
水気を払いながら、淡々と着替え始める。
まるで――
この後に起こることを、
最初から分かっているかのように。
その背をよそに――
テュエルの思考が、崩壊する。
テュエル
「…………」
理解。
テュエル
「…………」
絶望。
テュエル
「…………」
確信。
テュエル
「……レイラ様ーーーーーーーー!!!!!!」
次の瞬間。
水を撒き散らしながら川から飛び出す。
そのまま、乱暴に衣を掴み取ると――
濡れた身体に、無理やり袖を通す。
びしょ濡れのまま、全力で駆け出した。
一切の迷いなく。
――――――――――――
シュン
「おかわりする?」
レイラ
「もらおうか」
自然な流れで器を差し出す。
ひと口、運ぶ。
――うまい。
レオ
「シュンちゃん、俺も俺もー」
ちょうどその時。
川の方から、土を踏みしめる音が近づいてくる。
ロイロとナイルが、髪の水気を払いながら戻ってきた。
リア
「ロイロ、ナイル、おかえり」
ふと、周囲を見回す。
リア
「……あれ?
テュエルは?」
ロイロ
「……もう来ますよ」
短く。
だが、どこか確信めいた声音。
その隣で――
ナイル
「……ふふ」
意味ありげに、わずかに口元を緩める。
リア
「?」
首を傾げる。
その時――
遠くから、風を裂くような声。
「レイラさまぁーーーーーーー!!」
リア
「……今なんか、聞こえた?」
次の瞬間。
「レイラさまぁぁぁぁぁぁ!!」
――轟音。
ドォン!!
砂埃が舞い上がり、空気が揺れる。
風圧が、一瞬だけ場を飲み込んだ。
その中心に――
テュエル
「レイラ様!!!!
大変申し訳ございません!!!!」
髪は水を含んで重く垂れ、
滴がぽたぽたと地面を濡らす。
レイラ
(びしょびしょだな……)
衣もまた、完全に濡れ切っており、
肌に張り付くように乱れている。
ただ、必死。
テュエル
「先ほどは!!
そのような意味ではなく!!」
言葉が噛み合わない。
焦りで、順序も何もない。
テュエル
「レイラ様を素敵だと、
美しいと思っていないわけではなく!!
むしろその逆で!!」
息が乱れる。
テュエル
「ただボクが……!!
不釣り合いだと――」
――止まる。
静寂。
全員の視線が、一斉に集まる。
リア&ロイロ&ナイル
「おお……」
わずかに色めく空気。
シュシャ&シュン
顔を真っ赤にして固まる。
シアン
すやすやと寝息を立てている。
この空気の中で、ただ一人、完全に無関係。
レオ
「……いやぁ、お熱いねぇ」
肩をすくめながら、しみじみと呟く。
止まらない言葉を――
レイラは、強引に止めた。
言葉ではなく。
――唇で。
触れる。
一瞬。
だが確かな、距離の消失。
時間が止まる。
誰も、動けない。
……
ゆっくりと、離れる。
レイラ
「…………」
テュエル
「……………………」
思考停止。
レイラ
「…………」
テュエル
「……へ?」
完全に理解が追いつかない。
目だけが、わずかに揺れる。
――そして。
レイラ
「……ふっ」
耐えきれず。
レイラ
「……はっ」
こぼれる。
レイラ
「はははっ……」
柔らかく、無防備な笑顔。
あの時と同じ――
心からの、笑い。
その場の全員が、息を呑む。
リア一行
「………………」
言葉を失う。
ただ、見つめる。
レイラが、笑っている。
テュエル
「………………」
動けない。
視線だけが、彼女に縫い付けられる。
胸の奥が、熱を帯びる。
(……あぁ……)
(……見られてしまった……)
あの時と同じ。
太陽のような、笑顔。




