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双国ノ巫女 〜愛されることを諦めた姫が愛を知る物語〜  作者: Su
選ばれた理由、選び続けた想い
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一緒に、来てくれないか


昼下がり。

庭の特等席で、シャガルは仰向けに寝転び、ぼんやりと空を見上げていた。


(レイラ……本当に、あんなやつのどこがいいのか……)

(……もう、レイラに昔話をさせるのはやめておいたほうがいいかもしれぬ)

(それすらも、ヤツの術中なのかとすら勘ぐってしまう)


そんなことを考えていた、その時だった。


ふと――

視界が、暗くなる。


(……?)

(……暗いな……)


雲でもかかったのかと思ったが――

違う。


次の瞬間、背筋に走る嫌な感覚。


――人の気配。


「っ!!」


シャガルは飛び起きた。


「…おい!貴様!」

「居るなら居ると言わぬか!!」


「……あぁ、すみません^^」


低く、柔らかな声。


振り返った瞬間、シャガルの心臓がキュッと縮む。

そこに立っていたのは――テュエルだった。


(……昨日の今日で、これか……)

(余にわざわざ会いに来るなど……)

(……なんの用だ、こやつ……)


「……レイラは、どうした……」


探るように問うと、

テュエルはふっと微笑んだ。


「今、経過観察の検診ですよ^^」


一拍。


「……昨日」


その一言で、空気が変わる。


シャガルの全身に、びり、と緊張が走った。


「昨日……レイラ様が、夜に俺の部屋に訪ねて来てくれたんです。」


(……知っておる)

(余は……見た……)


「……あぁ、知ってますよね?^^」


(!!!)

(バレておる?!)


「ふふ……レイラ様、たくさん思い出話をしてくれて……しかも楽しそうに……」


どこか、うっとりとした表情。

はっきり言って、怖い。


「嬉しかったぁ……♡」

「レイラ様の中で、ちゃんと俺は“優しい思い出”であってくれてるから……」


シャガルは、顔色を失ったまま、黙って聞くしかなかった。


「シャガル……お前のおかげだ……」

「お前が話してくれたから、レイラ様は俺のところに来てくれた……感謝している。」


「……何が、言いたい」


警戒を隠さず言うシャガルに、


「やだなぁ、本当に感謝してるんですよ?」

「………でも……」


次の瞬間。


ガシッ。


首根っこを掴まれる。


「――――っ!!」


ゆらり。

だが力は逃げ場を許さない。

殺気と覇気が、直に流れ込んでくる。


(……っ!!)

(冷や汗が……止まらぬ……!!)


「……ダメだろう?」


静かな声。


「レイラ様に……この……小物入れの話をしたら……」


テュエルは胸ポケットから、例の小物入れをちらつかせる。

中には――レイラの乳歯とその他諸々…。


「これは……俺の“宝”だ」

「命より大切と言っても、過言ではない……」


さらに、軽く胸を叩く。


「あと……これもな……?」


見せはしない。

だが、“まだ入っている”と、はっきり分かる。


凍りついた殺気と、柔らかな微笑み。


シャガルは、生唾を飲んだ。


ごくり。


「……いいか……?」

「もう……俺が不利になるようなこと」

「レイラ様の目に映る、”完璧なテュエル”像を崩すようなことは言うなよ……?」


「……っ……わ、悪かった……」


完全降伏である。


「………分かればいい^^」


そう言って、テュエルは手を離し、踵を返す。


「……はぁ……」


シャガルは、ようやく息を吐いた。


――が。


「あ、そうそう……」


ドキィッッッ!!!


「昨日の朝、レイラ様の自室で見たことも……」

「他言無用だ……^^」

 

 シャガルの脳裏に、一瞬――

寝台に膝をつき、布団に顔を埋め、枕を引き寄せ――

深く、息を吸っていたあのテュエルが思い返される。


 

不適な笑みを浮かべたテュエルが、

ゆっくりと声を落とす。

「それができないなら……妖界へ帰れ」

 

一拍。


「それもできないなら……俺に、言え^^」


(……殺すと言っておる……)

(完全に……)

 


テュエルが去り、ようやく静寂が戻る。


シャガルは、肩を震わせながら立ち尽くした。


(…………人間に、畏れおののく日が来るとは……)

(不覚……)


そして、ぽつりと呟く。


「妖界……か……」

「……戻らねばな……」


 テュエルに言われた言葉が頭をよぎる。

 ――あの言葉の意味するものは、避けられない現実。

 守るべき者を、守るためには。


 胸の奥が、わずかに締め付けられる。

 しかし、逃げる理由は一つもない。


 ――――――

 

夜の宮内は、静かだった。


 一日の終わり。

 人の気配も、音も、遠い。

 

  吐く息が、わずかに白く揺れる。

 それが、この季の静けさをいっそう深くした。


 シャガルは回廊を歩きながら、

 昼間の言葉を、無意識に反芻していた。


『――妖界へ、帰れ』


 テュエルの声。

 丁寧で、穏やかで、

 それでいて、拒絶の余地を残さぬ一言。


 正論だ。

 理解も、している。


 それでも――

 胸の奥に、妙な澱が残っていた。


 ふと、足が止まる。


 夜空が、やけに明るい。


 見上げれば、満月。

 双国の月は近い。

 手を伸ばせば触れそうなほど、

 冴え冴えと、白く輝いている。


 ……綺麗だな。


 そう思った、次の瞬間。


 その月明かりの下に、

 さらに目を奪うものがあった。


 廊下の先。

 欄干の向こうに、ひとり。


 月を惜しむように、

 名残惜しそうに空を見上げる後ろ姿。


 ――レイラは、

 前から、こうだっただろうか。


 ただ視界に入っただけで、

 それだけで、足が止まった。


 淡い色の着物が、月光を受けて滲む。

 夜風に、わずかに揺れる裾。


 肩口に落ちる髪は整えられているのに、

 どこか無防備で、儚い。


 装飾は、ほんのわずかだ。

 指に光る輪。

 腕に刻まれた、余が与えた婚姻の腕輪。

 簪も、控えめに一本。


 だが――

 それだけで、十分すぎるほどだった。


 以前は、違った。


 出会って間もない頃。

 男物の着物に身を包み、

 胸を隠し、肌を覆い、

 視線は、刃のように鋭かった。


 守るための体。

 立つための姿。

 選ばれることを、最初から放棄した女。


 だが今は。


 目元は、柔らかい。

 情報に晒され、疲れやすくて細められていた瞳は、

 今は丸みを帯び、光を宿している。


 誰かに、見つめられることを

 恐れていない目だ。


 ――恋を、したのだな。


 そう理解した瞬間、

 胸の奥が、微かに軋んだ。


 守られている。

 愛されている。

 それを、隠そうともしない。


 まるで、

 この世界が安全だと

 信じ切ってしまったかのように。


 ……愚かな。


 この女は、

 あまりにも、無防備だ。


 妖界の視線を、知らぬ。

 欲と嫉妬と殺意が、

 どれほど容易く向けられるかを。


 今の姿は――

 美しすぎる。


 艶やかで、

 柔らかく、

 触れれば消えてしまいそうで。


 ――余は、この女を。


 置いていくことなど、

 できぬ。


 守る、などという言葉では足りない。

 縛る、などという意志でもない。


 ただ、

 このまま手放せば、

 必ず後悔する。


 それだけが、はっきりしていた。


 気づけば、名を呼んでいた。


「レイラ」


 彼女はわずかに振り返り、

 ただ、少しだけ首を傾げる。


 月明かりを受けた横顔。

 警戒も、拒絶もない。


 その仕草一つで、

 すでに心を預けているのが分かる。


 余は、短く息を吐いた。


 覚悟は、決まっている。


「妖界に――」


 一拍。


「一緒に、来てくれないか」


 それは、命令ではない。

 王の言葉でもない。


 ただの、

 どうしようもなく、

 手放せなくなった男の願いだった。


 ――――――――


 選ぶことが、苦手だった。


 正確には――

 自分のことを、選ぶのが。


 国のためなら、迷わない。

 最善は、いつも分かっていた。

 感情を挟まず、必要なものを選ぶだけ。


 でも、

 自分がどうしたいか、となると――

 いつも、分からなくなった。


 テュエルに聞けば、

「どちらでもいいですよ」

「迷ってていい」

 いつも、そう言ってくれる。


 それが、救いだった。


 ……でも。


 私は、

 “ただ守られるだけ”でいたかったわけじゃない。


 誰かの役に立ちたかった。

 必要とされる場所に、立ちたかった。


 そして今――


 この人が、

 命の危険がある場所へ行くのに、

「一緒に来てほしい」と言っている。


 私も、離れたくない。


 だから。


 迷う理由は、なかった。


レイラ

「…うん」


「行く」

 

 即答だった。


 最初から、そのつもりだった


 シャガルは、わずかに目を細める。


シャガル

「……即答か」

「……後悔は、せぬな」


レイラ

「うん」

「シャガルと、一緒にいたい」


 一拍。


「行かないほうが、後悔する」


 その言葉に、

 シャガルの胸の奥が、静かに揺れた。


シャガル

「……危険な場所だぞ」


 それでも、彼女は笑った。


レイラ

「うん」

「でも、シャガルも……テュエルも、守ってくれるでしょ?」


 その返答に、

 正直、息を呑む。


 テュエルには、まだ何も告げていない。

 ついて来るかどうか、

 行っていいかどうか――

 そんな確認すら、していない。


 この女は。


 テュエルが置いていかれる可能性も、

 ついて来ない可能性も、

 最初から――考えていない。


 そして当然のように、

 夫二人が守ると、信じ切っている。


 ……あぁ。


 そうだ。


 当然だ。


シャガル

「当然だ」

「余の全てを賭け」

「レイラ、お前を守ろう」


 その言葉が、

 よほど嬉しかったのだろう。


 レイラは、にっこりと笑った。


 月夜に照らされたその笑顔が、

 たまらなく可愛くて、

 美しくて、

 今にも消えてしまいそうで。


 ――耐えきれなかった。


  シャガルは、静かに足を踏み出す。

 ひと歩、またひと歩。

 廊下の長さを、数歩で詰める。


 距離は一瞬で縮まる。

 息が重なり、風の音も届かぬほどに。


 シャガルは、そのまま口付ける。


 逃げ場を与えぬように。

 確かめるように。


シャガル

「お前は、余のものだ」


 耳元で、低く。


「誰にも、渡さん」


 そう告げると、

 レイラの身体を、迷いなく抱き上げる。


 抵抗は、ない。

 当然のように、腕に収まる。


 そのまま、自室へ。


 月光に導かれるように、

 吸い寄せられるように。


 ――逃がすつもりなど、

 最初から、欠片もなかった。

 

 

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