ほどほど
三人が自室の扉を開けると、朝の光が柔らかく廊下に差し込んだ。
窓から吹き込む風が、まだ濃密だった時間の余韻を、そっと揺らす。
テュエルは、微笑みを絶やさず、レイラの仕草を静かに見守る。
腕や視線にはまだ“手放さない”という余韻が残るけれど、どこか力は抜け、穏やかな日常の空気が混ざり始めていた。
シャガルは少し距離を置いて、何か言いたげな目で二人を見つめる。
けれど口を開く前に、互いの空気を確かめるように視線を巡らせている。
(今日は……静かに、見守るか……)
いつもなら口を挟むところも、今日はただ控えると決めたらしい。
柔らかな朝の光が差し込む廊下に足を踏み出した。
レイラはふわりと歩きながら深く息を吸う。
(久しぶりに、空気ってこんなに美味しかったんだ……)
限界まで二人に愛されて蕩けた身体と、以前の凛々しさをすっかり失くした顔立ち。
以前にも増して、
女性としての艶が隠せなくなっていた。
だけど廊下を進むにつれて、違和感が差し込んできた。
「……ん?」
(なんだ?)
やけに視線を感じる。兵士、女官、洗濯や掃除をしている人々。みんなの目が、妙に熱い。
(……姫様…♡)
(なんて麗しいの…♡)
(今日の姫様どうしたんだ…♡)
(抱かれたい…♡)
文字通り、思考が雪崩れ込んでくる。
レイラは後ずさりしながら、顔を強張らせた。
(な…な…なんだ…!?)
(な、何が起こってる?!)
背後のテュエルとシャガルも、すぐに違和感を察する。
(レイラ様…どうしたんだろう)
(女官や兵士たちの視線ばかり気にして…)
まだ状況の全貌は掴めず、ただ異様な胸騒ぎだけが残る。
「……あっ、薬を飲み忘れた。待っててくれ」
レイラはそう言うと、自室へ戻っていった。
二人は廊下で待つが、胸騒ぎは増すばかり。
その予感は的中した――
小柄な女官が、少し怯えながらもレイラに近づき、据わった目で言った。
「姫様…私…姫様に…一度でいいんです…」
テュエルがわざと大きめの声で呼ぶ。
「レイラ様」
女官は我に返り、顔を真っ赤にして慌てる。
「あれ…っ、はっ、姫様!!ご無礼を…お許しください…」
そう言うと、慌てて去っていく。
三人は顔を見合わせて、首をかしげる。
「???」
気を取り直し、レイラは久しぶりの訓練のため木刀を手に、精神も肉体も本来の状態に戻そうと稽古場へ向かう。
しかし、廊下を出た瞬間――
ギョロギョロギョロギョロと、数えきれない男たちの視線がレイラに集中した。
兵士たちの目も表情も、すでに恍惚そのもの。
危険を察したシャガルが、レイラを抱き上げ、テュエルと共に広間まで走る。
「はぁ…はぁ…」
二人とも息を切らしている。
シャガルは額に手を当て、静かに呟く。
「一体…今日はどうしたと言うのだ…」
テュエルも眉をひそめる。
「行く先、行く先…全ての者の目が熱を持ち、非常に危うい…」
レイラは小さく頭を振った。
「…私が居ない間に、外で何かあったのかもしれない…」
「爺に聞いてみよう」
テュエルも頷く。
「そうですね…爺殿なら知ってるかもしれません…」
三人は、慌ただしくも確かな足取りで爺の部屋へ向かう――。
三人は爺の部屋の前でノックをする。
「……失礼します」
すぐに顔を出した爺は、目を見開いて状況を察した。
「おぉ…!姫さ……!」
一瞬で異常事態を悟った爺は、手でジェスチャーしながら言った。
「お三方…!早く中へ!!」
三人は顔を見合わせ、首を傾げながらも、とりあえず部屋の中へ入る。
爺はすぐにお茶を淹れ、落ち着いたように差し出した。
「どうぞ……」
「ありがとう」「ありがとうございます」「うむ」
三人は声を揃えて礼を言う。
爺は深いため息をつき、眉間に皺を寄せる。
「自室でしばらく過ごすと聞いて、嫌な予感はしておりましたが…まさか…ほんとにやらかすなんてな…」
「さて、どうしたものか…」
レイラは首をかしげる。
「どういうことだ…爺」
シャガルも低く要求する。
「わかりやすく説明せよ」
爺はため息をつき、目を細めた。
「……夫二人は、もう気づいておりませぬか…」
二人は「…?」と首を傾げる。
爺はにっこり笑う。
「もう…完全に、泥酔状態ですからな」
三人は「???」と首を傾げたまま。
爺はさらに説明を続ける。
「はぁ…わかりませんか…?……九尾のフェロモンです…」
テュエルは少し察した表情で、低く息を漏らす。
「…ぁ……」
シャガルは眉をひそめる。
「……なんだ…ちゃんと説明しろ」
レイラは、無自覚に放ってしまう自分の力をなんとなく理解するも、本人は無自覚。
爺はゆっくりと語る。
「……慣れている私でさえ、はっきりと感じます」
「姫さま…少し…いや、過剰に愛されすぎましたな…?」
レイラは顔を少し赤らめ、気まずそうに俯く。
爺は例え話を交えながら説明を続ける。
「陛下はあんな男ですから、フェロモンはほぼ出すことはなかったですがね」
「今の姫さまは…例えるなら、またたびが歩いているようなものです」
「周りの人々は、姫さまの放つフェロモンを吸って酔い、理性を保てぬ状態に陥っております」
爺は深々とおじぎ。
シャガルとテュエルは目を見合わせる。
(もう…俺たち、泥酔状態…w)
(確かに…まだ…したくて敵わんw)
レイラはさらに俯き、気まずそうにする。
「…爺……どうすればいい?」
爺は静かに答えた。
「…しばらく…誰にも会わない方が良いでしょうな。それが、世のため人のため…」
「夫二人は…さらに隔離です」
「泥酔状態を覚まさねばなりません」
三人は言葉なく頷く。
かくして、レイラは自室に籠り、誰も寄せ付けぬ生活を送ることとなった。
世話は爺が担当。
初日の夜、城内はレイラのフェロモンに酔った人々の悶々とする気配で妙に賑やかだった。
夫二人の様子は言うまでもない。
特に辛そうなのは…やっぱりシャガル。
目はギンギンに据わり、全身から理性の欠片も感じられない。
三人は心の中で、同時に思った。
「何事も、ほどほどが一番だな……」
ちゃんちゃん♪
次から第七章となります!
七章は1話から飛ばしていきますので、楽しみにしていてくださいw




