↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双国ノ巫女 〜愛されることを諦めた姫が愛を知る物語〜  作者: Su
奪われかけた巫女と、帰還する王
180/226

『鳴かぬなら、鳴くまで待とう』の意味を、身をもって知りました。


その日から、二日間。

レイラは、ほとんど寝たきりで過ごした。


テュエルは相変わらず、完璧なまでに献身的だった。

食事の手配、薬湯の準備、寝具の調整。

無駄がなく、過不足もない。


不器用なシャガルは、テュエルから指示された最低限の手伝いをこなしつつ、

時折、レイラの手を握り、腹をさすってくれた。


それだけで、不思議と安心できた。


⸻


そして――

生理が終わった頃の、朝。


レイラは、鏡の前で自分の顔を見つめていた。


すっきりとしている。

むくみもない。

肌の過敏さも消えている。


――完全に、戻った。


(……もう、大丈夫だな)


そう思った。


だからこそ。

テュエルは、獣の顔をして、すぐにでも襲いかかってくるものだと、どこかで覚悟していた。


だが――来なかった。 


――


朝餉は、魚と汁と白米、それにお浸し。

軽く、素朴で、いかにも朝らしい献立だった。


昼餉になると、少し様子が変わる。

鉄分や、たんぱく質。

体に良さそうなものばかりで、

回復を意識しているのだろう、と思った。


夕餉は、さらに滋養のありそうな内容だった。

鉄分とたんぱく質に加えて、

どこか元気が出そうな料理が混じっていた。


(……今日は、そういう日なのか)


理由を深く考えるほどではない。

体調を気遣ってくれているのだろう――

そう思えば、自然に納得できた。


⸻


湯浴みを終え、自室へ戻る。


廊下まで、テュエルが見送ってくれる。

それは、いつもの習慣だった。


自室の扉を閉め、

椅子に腰掛ける。


少しだけ、考え事をする。


……やっぱり。


一日、様子を見たが、

テュエルは、何もしてこなかった。


もし、管理しているのだとしたら。

終わったことも、当然、分かっているはずだ。


(……?)


なぜ、来ない?


愛がなくなったわけではない。

態度で、視線で、匂いで。

全力で、愛されていることは分かる。


それなのに。


(……私が、何かしたか?)


…………。


……した、な。


罰だと言って、口付けだけ。

それ以上は――


“していない”。


(少し、悪いことをしたかもしれない)


自責に近い感情が、胸に滲む。


……怒っているのだろうか。


テュエルに「愛している」と口にしてから、

自分自身も、はっきりと自覚してしまった。


私も、テュエルを愛している。


触れたい。

触れてほしい。

傷つけたくない。


本気で、そう思っている。


生理中の、あの献身。

必要以上に、触れてこなかったこと。


それが――

今になって、引っかかる。


(なんで……触れてくれなかったんだ……)


もう。

大丈夫なのに。


終わったし……。


(テュエルの体調が、悪い?)


そうは見えなかった。

むしろ、万全だった。


「……少し、確認しにいくか……」


自分に言い聞かせるように、そう呟く。


気づけば、足は自然と廊下へ向かっていた。


⸻


静まり返った夜。


テュエルの部屋の前で、立ち止まる。


(冷静に考えろ)

(……私から来るなんて)


(夜這い、みたいに思われるか?)


一瞬、ためらう。


(……いや)

(テュエルなら、そんなふうには思わない)


(そうだ、様子を見るだけだ)


自分に言い聞かせ、

自嘲気味に息を吐く。


そして――扉を小さく叩いた。


すぐに、声が返る。


扉が開き、テュエルが顔を出した。


テュエル

「……レイラ様?」


一瞬の、沈黙。


「どうされました?^^」


レイラ

「いや……」

「……おやすみを、言いに来ただけだ」


そう言いながら、

巫女の目で、無意識にテュエルの体調を探る。


(…………?)


どこも、悪くなさそうだ。


テュエル

「そうでしたか^^」


――扉が、もう一段、開く。


穏やかな笑み。

いつも通りの眼差し。


テュエル

「……中、入りますか?」


レイラは、少し考えた。


(……どうする)

(特に、不調はなさそうだが)

(……少し、話は聞いた方がいいか)


レイラ

「……うん」

「……少しだけ」


心配。

ただ、それだけで。


レイラは、扉の向こうへと足を踏み入れてしまった。



――――


 廊下の奥で、足音がひとつ、止まった。


 シャガルは、ふと立ち止まる。


(……?)


 今の足音。

 聞き慣れた、軽い歩幅。


 ――レイラだ。


 こんな時間に?

 一人で?


 胸の奥に、微かな違和感が走る。


(……まさか)


 次の瞬間、思い出す。


 この数日間の、テュエルの様子。

 異様なほどの落ち着き。

 完璧すぎる距離感。

 触れない手。

 踏み込まない沈黙。


(……待っていた?)


 嫌な予感が、形を持つ。


 足早に廊下を進み、

 角を曲がった、その先。


 ――テュエルの部屋。


 レイラの背中が、扉の前にあった。


「……!」


 呼び止めようとした、その瞬間。


 扉が、静かに閉まる。


 カタン、と小さな音。


 ――遅かった。


 シャガルの喉が、無意識に鳴る。


(……おかしい)


(レイラは……)


(“行かされている”のではない)


 一拍。


(……自分から、行った?)


その時――

脳裏に、テュエルのあの言葉が蘇る。


『鳴かぬなら――

 鳴くまで待とう、ホトトギス』


(…………)


 ぞくり。


背中を冷たい爪が撫でるような感覚。


(違う)


(それが、一番まずい)


理解した瞬間には、

もう、扉の向こうだ。


 踏み込めない。

 止められない。


 そして、気づく。


(……嵌められたのだ)

(最初から)


 シャガルは、歯を食いしばる。


(……猿)


(貴様……)


 だが、もう遅い。


 扉の向こうで、

 何が起きているのかを――


 知る術は、なかった。



⸻



 扉が、静かに閉まった。


 その音が、やけに大きく響いた気がして、

 レイラは、思わず肩越しに振り返る。


 ――その瞬間だった。


 視界が、ぐっと近づく。


レイラ

「……え?」


 正面にあったはずのテュエルの顔が、

 一息の距離まで迫る。


 次の瞬間、

 腰に、しっかりとした腕が回された。


 ――ぐい、と。


 足が、ふっと床を離れる。


 驚く間もなく、

 背中が、扉に当たった。


 持ち上げられたまま、

 体重を逃がす場所は、ない。


 テュエルの腕は、

 逃がさない位置で、腰を支えている。


乱暴ではない。

 だが、抗えない。


 力の差を、

 静かに、思い知らされる。


 ――完全に、捕まえられていた。


テュエル

「はい、レイラ様」


 至近距離で、穏やかな声。


 いつもと何一つ変わらない口調で、


「――確保、しました^^」


レイラ

「……え?」


 何を言われたのか、理解できずに瞬きをする。


(確保……?)

(なにを……?)


テュエル

「……分かりませんか?」


 首を傾げ、

 困ったように微笑む。


「飛んで火に入る――」

「夏の虫、というやつですよ^^」


 その言葉に、

 ぞわり、と背筋が冷えた。


(……もしかして)


レイラ

「……っ」


 反射的に身を引こうとして、

 初めて、はっきりと理解する。


 ――動けない。


 テュエルの腕が、

 腰と背に回っている。


 抱き寄せられたまま、

 逃げようとした力は、

 そのまま、彼の胸に吸い込まれた。


 拘束、というほど強くはない。

 けれど――離す気も、まったくない。


 最初から、

 逃がすという選択肢が、

 彼の中に存在していない抱き方だった。


テュエル

「ご安心ください」


 耳元で、穏やかな声。


「無理やり、どうこうするつもりはありません」


 一拍。


 けれど、腕は緩まない。


「……だって」

「レイラ様が、自分で」

「ここまで来られたんですから」


 言葉が、

 抱きしめる力と一緒に、静かに落ちる。


レイラ

「それは……」

「様子を……」


テュエル

「ええ。存じております」


 逃げ場のない距離で、

 穏やかに、遮る。


「“心配”ですよね」

「“確認”ですよね」


 低く、囁くように。


「……だからこそ、ですよ」


 喉が、無意識に鳴った。


テュエル

「俺は……レイラ様」


 腕の中に閉じ込めたまま、

 一瞬、言葉を選ぶ。


「あの日のことを」

「忘れた日は、一度もありません」


 空気が、重く沈む。


「煽られて」

「期待させられて」

「……置いていかれたこと」


 微笑みは、そのまま。

 けれど、そこに温度はない。


テュエル

「“何もしなかった”」

「――あれは、なかなか堪えましたよ?」


 くす、と小さく笑いながら、

 抱く腕に、わずかに力がこもる。


「ですから」

「今回は、きちんと……」


 距離は、もう詰めようがない。


 胸と胸が触れ、

 呼吸すら、共有される。


テュエル

「レイラ様に」

「“分かって”いただこうと思いまして」


レイラ

「……な、なにを……」


テュエル

「――どこからが」

「俺の意思で」


 一拍。


「どこからが」

「レイラ様の選択だったのか、を」


 抱きしめたまま、

 静かに、宣告する。


テュエル

「もう……」

「この腕の中にいる時点で」


 耳元で、囁く。


「答えは、出ていますよ^^」


 逃げ道は、ない。

 拒否も、成立しない。


 なぜなら――


 レイラはすでに、

 テュエルの腕の中にいて。


 そして彼は、

 最初から――

 離すつもりなど、なかった。


 抱きしめる腕に、力が籠もる。


テュエル

「……はぁ……」


 深く、長い溜息。


「本当に……しんどかったですよ」


 耳元で、低く。


「シャガルが妖界へ行ってからというもの」

「レイラ様が考えているのは……」

「ずっと、シャガルのことばかり」


 胸元に、額が寄せられる。


「そんなあなたを支えること」

「それは、俺の喜びでもあり」

「……同時に、戒めでもありました」


 ゆっくりと、抱き寄せる。


「他の男のことを想っているあなたに」

「欲情なんて……できませんでした」

「いえ……してはいけなかった」


 静かな声。

 責める調子はない。


 ――それが、余計に重い。


テュエル

「シャガルも」

「レイラ様も」

「……俺も」


「誰のためにも、ならなかったですからね」


 一拍。


「だから俺は……」

「半年、待ちました」


 その言葉に、腕の中のレイラが、僅かに息を詰める。


テュエル

「回復して」

「さて、どうするのかと思えば……」


 低く、喉が鳴る。


「罰、と称して……」

「口付けだけ?」


 小さく、息が漏れる。


「……そして、放置」


 一瞬。


「ふっ……」


 くぐもった笑い。


「ふふ……」

「ふふふふふ……」


 怖い。


 笑っている。

 だが、楽しそうではない。


「いやぁ……」

「本当に、冗談かと思いましたよ」


 腕の中で、レイラを逃がさないまま。


テュエル

「俺の腕の中に」

「ずっと……ずっと……」

「昔から変わらず……いえ」


 一瞬、間。


「……むしろ、あの頃以上に」

「愛している、俺のレイラ様が」

「こうして……いるのに」


 囁きが、刃になる。


「手を出せないなんて……ねぇ?」


 レイラの呼吸が、浅くなる。


テュエル

「しかも……」

「シャガルとの、一週間を経た」

「レイラ様の……艶」


 吐息が、首元を撫でる。


「……見てしまった」


 声が、わずかに震える。


「もう……抑えるのも、必死でした」

「正直……」


 一拍。


「気が、狂うかと思いました」


 そして、低く。


「……いえ」

「狂いましたね」


 レイラの顎に、指先が触れる。

 持ち上げるほどではない。

 ただ、逃がさない位置。


テュエル

「……それで、ですよ」


「シャガルと一週間」

「やっと……戻ってきたと思ったら」


 一拍。


「今度は……」

「“触れてはいけない時期”でしょう?」


 微笑む。


「……それでも」

「俺、ちゃんと待ったんですよ」


 囁くように。


「ね?」

「よく耐えたと……褒めてくれても、いいでしょう?」


 レイラは、言葉を失った。


 喉が、ひくりと鳴る。

 呼吸の仕方を、忘れたみたいに。


 視線を逸らそうとして――できない。


 胸の奥が、じわりと熱を持つ。


(……まずい)


 そう思った時には、

 もう、遅かった。


テュエル

「『なんで、口付けしてくれない』」

「『なんで、触れてくれない』」


 静かに、言葉をなぞる。


「……そんなこと」

「言われてしまったら」


 視線が、絡む。


「耐えられるわけ……」

「ないでしょう?」


⸻


 次の瞬間。


 視界が、大きく揺れる。


レイラ

「……っ」


 身体が、ふわりと宙に浮き。


 そして――

 寝台へ。


 どさり、と、音を立てて下ろされる。


 覆いかぶさる影。


 逃げ道は、完全に消えた。


テュエル

「……もう」


 低く、確信に満ちた声。


「好きなだけ、触れていい」

「我慢する理由も……ありません」


 指先が、布へと沈む。


「口付けることも」

「抱きしめることも」


 一拍。


「全部……許されている」


 ゆっくりと、距離が詰まる。


テュエル

「レイラ様」


 穏やかで、逃がさない笑み。


「……覚悟」

「して、くださいね?」


 耳元で、囁く。


「俺も……」

「きっちり、一週間」


 一拍。


「あなたの時間を」

「……頂きますから」


 その言葉とともに。


 夜は、静かに――

 深く、閉じていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。