夫二人でレイラ様クイズを始めたら、護衛が気持ち悪すぎました。
テュエルが、低く口を開いた。
「……レイラ様の、さっきのは」
間を置き、
確信めいた声音で。
「俺に、言いましたよね」
シャガルは視線を落とし、静かに返す。
シャガル
「何を言う」
「“力強い”」
「“たくましい”」
一語ずつ、噛み締めるように。
シャガル
「余以外に」
「当てはまる者がいると?」
テュエル
「支えていたのは俺です」
「重心を受け止めていたのも」
シャガルは一歩、前に出た。
シャガル
「余は」
「倒れぬよう」
「先に、身体を入れていた」
低く、揺るがぬ声。
「安心すると言ったな」
声が、さらに沈む。
「それは」
「余の胸であり、肩だ」
テュエルが、ゆっくりと息を吐く。
テュエル
「…………」
「言い切りますね?」
完全に、スイッチが入った。
声は低い。
だが、静かすぎて――逆に危険だった。
テュエル
「安心する、だの」
「身体を預けられる、だの」
一歩、詰める。
「それを一番近くで」
「受け止めていたのは、俺です」
シャガルの視線が、わずかに細くなる。
シャガル
「ほう?」
テュエル
「支えていた腕」
「揺れを止めた腰」
「段差で、体重を預けられたのも」
「全部――俺だ」
ぴり、と空気が張り詰める。
シャガルは、一瞬だけ鼻で笑った。
シャガル
「……浅いな」
「余は」
「支える前に」
「“倒れぬ場所”を作っていた」
低く、確信を帯びた声。
「恐怖が来る前に」
「安心を与える」
「それができるのは」
「余だけだ」
テュエルのこめかみが、ぴくりと動く。
テュエル
「……それ」
「自分で言ってて」
「恥ずかしくないんですか?」
ぴし、と。
シャガルの足音が、一歩、響いた。
シャガル
「恥?」
「余は」
「事実しか言っておらぬ」
テュエル
「なら、聞くが」
「痺れが来た瞬間」
「一番最初に」
「縋るように、掴まれたのは――誰でした?」
空気が、止まる。
シャガルの目が、
ほんの一瞬――鋭く光る。
シャガル
「……」
テュエル
「言わなくても分かるでしょう」
テュエルは、低く笑った。
テュエル
「身体は、正直ですから」
シャガル
「……口が減らないな」
シャガルは、ゆっくりと顎を上げた。
テュエル
「減らしましょうか?」
低く、凍るような声。
シャガル
「余は」
「力でも」
「存在でも」
「譲る気はない」
沈黙。
次の瞬間。
テュエル
「奇遇ですね」
テュエルも、一切引かない。
「俺もです」
「それに――」
テュエルが、低く続ける。
「あなたがいない間」
「ずっと陰で、レイラ様を支えていたのは」
「俺です」
シャガルは、即座に視線を向けた。
シャガル
「……それを引き合いに出すのは」
「さすがに、ずるいぞ」
ふ、と小さく鼻で笑う。
「だが――」
「余がいない間」
「お前は、禁欲中だったらしいな?」
テュエル
「なっ――!」
テュエルの声が、裏返る。
シャガルは、わざとらしく首を傾げた。
シャガル
「それは」
「レイラが、余を選んでいる」
「という結果ではないのか?」
テュエル
「あなたこそ!」
「それを引き合いに出すのは、ずるいです!」
一歩、踏み出して。
「あなたが不在の間に”する”のは」
「公平ではないと判断しただけだ!」
シャガルの口元が、わずかに上がる。
シャガル
「ほぉ?」
「随分と、優しいな?」
そして、低く言い切った。
「だが――」
「医官から、私生活の話が出た以上」
一拍。
「先に、レイラとするのは」
「余だ」
「お前は」
「まだ大好きな禁欲でも、続けていろ」
テュエル
「……なんだって?」
テュエルの目が、鋭く細まる。
「俺は」
「もう十分すぎるほど、待ちました」
「それも」
「レイラ様を思えばこそです」
きっぱりと。
「一応、あなたの立場も考えて」
「行動してきたつもりですが?」
「なら」
「俺に先を譲って」
「敬意を示すべきでは?」
シャガルは、即答した。
シャガル
「勝手な気遣いなど、不要だ」
テュエル(腕を組み、ため息)
「……話が平行線ですね」
シャガル
「ならばどうする」
テュエル
「簡単ですよ」
にやり、と口角を上げる。
「レイラ様クイズにしましょう」
シャガル
「……ほう?」
「負けた場合は?」
テュエル
「負けた方が」
「先を譲る」
「それでどうです?」
一拍。
シャガル
「いいだろう」
顎を上げる。
「余が負けるとは思えぬがな」
⸻
第一問:ウォーミングアップ
テュエル
「では、まず俺から」
「レイラ様が」
「考え事をしている時、ついしてしまう癖は?」
シャガル
「……」
鼻で笑う。
「頬杖をつき」
「足を組み」
「机を指で、トントンと叩く」
「違うか?」
テュエル
「……正解です」
少しだけ肩をすくめる。
「まぁ、1問目ですから」
「簡単すぎましたね」
(この時点で“ハイレベルである”)
⸻
第二問:互角
シャガル
「では、次は余だ」
「レイラが眠い時にする癖は?」
テュエル
「そんなの簡単です」
即答。
「瞬きの回数が増えます」
シャガル
「ふ……」
「簡単すぎたか」
(互角。だが、空気が少しずつ熱を帯びる)
⸻
第三問:地味に刺す
テュエル
「次」
「レイラ様が」
「苦手な動物は?」
シャガル
「…………」
少し考える。
「鳥だ」
テュエル
「種類は?」
シャガル
「……カラス」
記憶を手繰り寄せるように。
テュエル
「……まぁ、いいでしょう」
「正確には」
「猛禽類全般、ですが」
シャガル
「ふん……」
(負けてはいないが、悔しい)
⸻
第四問:事件発生
シャガル
「では、次だ」
「レイラが好きな握り飯は?」
テュエル
「はっ」
思わず笑う。
「舐められたものですね」
自信満々に。
「魚の握りです」
「しかも一番は――」
「鯖」
ドヤ顔。
シャガル
「ふっ……」
「はははははははは!!」
高らかな笑い。
「残念だったな??」
テュエル
「なに!?」
「嘘をつけ!!」
シャガル
「嘘ではない」
低く、確信を込めて。
「余と」
「“二人きり”で出かけた時に」
「握り飯を」
「“二人で”食べた」
「専門店でな」
テュエル
「………!!」
シャガル
「正解は」
一拍。
「明太子だ」
⸻
テュエル、致命傷
テュエル
「なっ……!!」
(レイラ様が……ピリ辛……!?)
真剣にショックを受ける男。
「くっ……!」
「……次は」
「俺の番です」
⸻
禁断の過去問
テュエル
「レイラ様の永久歯が」
「すべて生え揃ったのは――何歳?」
にやり。
(完全にアウトな問題)
シャガル
「な……!!」
「余は幼少期を知らぬ!!」
「過去問とは卑怯だ!!」
テュエル
「あなたも」
「塗り替えた問題を出したでしょう!!」
「さぁ」
「何歳です?」
シャガル
「ぐ……」
(こやつは十一の時から護衛……ならば)
「……十一だ!!」
テュエル
「はっ」
勝ち誇った笑み。
「十二歳です」
さらりと続ける。
「ちなみに」
「その時抜けた歯はこちら」
胸元から、取り出す。
小さな小物入れ。
――《レイラのあれこれ》。
中身を、ためらいなく見せつける。
⸻
シャガル、完全停止。
シャガル
「…………」
数秒。
「……なぜ」
「それを、持っている……」
低く、心底理解できないという声。
テュエル
「?」
本気で不思議そうに首を傾げる。
「レイラ様が」
「抜けた歯をですね」
「ゴミ箱に」
「投げ捨ててしまったので」
シャガル
「………………」
テュエル
「勿体無いと思い」
「回収しました」
何の疑問もない顔。
「一度でも」
「レイラ様の一部だったものですよ?」
「捨てる理由が」
「ありません」
⸻
シャガル
「…………」
言葉を探し、
見つからない。
「……貴様……!!!」
「そんなことを……!!」
「していたのか……!!!」
「なんて」
「気持ちの悪い男だ……!!」
テュエル
「失礼ですね」
真顔。
「レイラ様の痕跡を」
「地に落としたままにする方が」
「よほど不敬です」
……。
完全沈黙。
否定も肯定も、できない。
羨ましいなどと、
思うはずもない。
――決して。
(……)
(レイラ)
(悪いことは言わん)
(今からでも遅くはない)
(こんな護衛)
(本気で)
(辞めておけ)
そう、
心の底から思った。
(余が敵であったなら)
(こやつは、最初に排除している)
(……いや)
(味方であっても)
(十分、危険だ)
視線が、
無意識にテュエルを射抜く。
テュエル
「?」
何も分かっていない顔。
(……)
(なぜ)
(レイラは、こんな男を)
(しかも)
(信頼している)
胃の奥が、
きり、と音を立てた。
シャガル
「くそ……」
「続けるぞ」
⸻
規制ギリギリでブレーキ
シャガル
「では……」
「レイラが」
「触れられると――」
一瞬、言葉を切る。
「……いや」
「この問題は却下だ」
テュエル
「なんです?」
「俺だって…」
「自信ありますよ」
本気の目。
シャガル
「ふ……」
低く。
「余は」
「お前に“教えてやる”つもりはない」
テュエル
「なっ―――!!!」
一息。
「……なるほど」
少し、冷静になる。
「それは」
「そうですね」
「俺も」
「レイラ様が“されると喜ぶこと”を」
「わざわざ」
「あなたに教えてやる気はありません」
――沈黙。
二人の視線が、正面からぶつかる。
火花。
だが、踏み込まない。
――勝負は、平行線そのものだった。
その均衡を、
低く、重い声が断ち切る。
――
「余は」
「あの日、レイラに救われた日から」
「口付けという口付けすら、できておらぬ」
「……?」
テュエルが、
思わず首を傾げる。
「何だと?」
理解が、
追いつかない声。
シャガルは視線を逸らさず、
静かに、だが断言した。
「何度も言わせるな」
シャガルは、真正面から言い切った。
「レイラとは」
「口付けの一つも、できておらぬ」
一拍。
「故に――」
「余が、先だ」
「……え?」
テュエルの声が、完全に止まる。
シャガルも、わずかに眉を寄せた。
「………?」
「……お前」
テュエルが、ゆっくりと言う。
「レイラ様から」
「罰を、受けていないのか?」
「罰だと?」
シャガルは、明確に困惑した。
「……何の話だ」
「……」
一瞬の沈黙。
「お前だって」
「レイラ様と面会した後」
「我慢した」
「拷問だった、と言っていただろ」
「あぁ」
「それは、相違ない」
シャガルは、当然のように続ける。
「あれだけ」
「口付け無しで」
「体を密着されれば」
「誰であろうと」
「理性は、保てぬだろう」
「…………?」
テュエルの頭上に、
見えない疑問符が大量発生する。
シャガルも、ようやく異変に気づいた。
シャガル
「……なんだ」
「お前は、罰として」
「何か、されたのか?」
「……はい」
テュエルは、視線を逸らす。
「俺は……」
一拍。
「口付けを」
「満足するまで、しろと」
「………………」
シャガルが、完全に固まった。
「……は?」
一瞬、思考が止まる。
「お前は」
「罰ではなかったのか?」
「……何を、された?」
テュエルが、そっと問い返す。
「……余は」
シャガルは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「闘いだと、言われ」
「口付けはせず」
「ただ――」
一瞬、間。
「抱きしめ合っただけだ」
「…………???」
「…………???」
二人の間に、
まったく同じ疑問符が浮かぶ。
テュエル
「……お前」
「レイラ様に」
「何か、気に触ることでもしたのか?」
声には、
なぜか微妙な同情が滲んでいた。
(……口付けも、できていないなんて……)
「……」
シャガルは、納得のいかぬ表情で唸る。
シャガル
「医官が」
「口付けはしてはならぬと」
「言っていた、らしい」
「……へ?」
テュエルの思考が、完全に停止する。
シャガルはその場に立ち尽くし――
やがて、ゆっくりと思考を巡らせた。
思い出す。
医官の言葉を伝えた時の、
妙に芝居がかったレイラの様子。
「医官の言葉もあろう」と言った時、
ぴくりと揺れた、あの肩。
そして――
「シャガルに、勝ってみたかった」
あの言葉。
「………………」
――猿には、口付けを。
そして、それを「罰」だと言った。
――余には、抱き合うだけ。
それを「闘い」だと、言った。
……同じ“制限”のはずが、内容はまるで違う。
猿には、甘美なものを与え、
余には、理性を削る拷問を与えた。
――その時。
まるで計ったかのように、
医官が廊下を通りかかる。
シャガル
「おい」
「……はい。なんでしょう」
シャガル
「昨日」
「レイラに」
「口付けはしてはならぬと」
「言ったか?」
「……?」
一拍。
「……いえ」
「そのようなことは」
「一切、申し上げておりません」
――確信。
シャガル
「……そうか」
静かに告げる。
「もういい」
「行ってよい」
医官は一礼し、
何事もなかったかのように去っていった。
テュエルは、まだ完全には理解できていない。
ただ――
【レイラは、嘘をついてまで口付けを避け、
男の理性を煽るだけ煽り、
“抱きしめ合う”という選択をした】
それだけは、理解した。
「……」
シャガルは、ゆっくりと息を吐き――
「…………」
次の瞬間。
はははははははは!!
胸の奥から、笑いが込み上げた。
テュエルは肩を揺らし、驚いて見る。
(まったく……あの女――)
嘘など一度もついたことがないかのような顔で。
純情そうに、無垢そうに振る舞いながら――
中身は、見事に真っ黒ではないか。
人の理性を量り、
条件を操り、
勝てる盤面を作ってから、
平然と嘘を混ぜる。
あの女は、
“煽りの線引き”をしている。
どこまで与えれば耐えられるか。
どこまで奪えば崩れるか。
相手の性質を見極め、
最も効く形で、寸止めを選ぶ。
……実に、質が悪い。
さすがは狐、と言うべきか。
いや……それ以上だな。
ああ――
実に、愚かで。
――愛らしい。
そんな女を、
「可愛い」などと思ってしまう余も――
また、愚かだ。
ぽつりと、零す。
シャガル
「……そうまでして、勝ちたかったか」
にやり。
テュエル
「………………」
(なぜだ)
(なぜ、こいつは少し満足そうなんだ)
(こいつ……実はマゾか?)
(……変態だな)
※お前に言われたくはないはずだぞ
シャガル
「………………」
不満、怒り、幸福、理性――
すべてが入り混じった表情。
テュエル
「……つまり?」
「謀られた……と?」
シャガル
「……そのようだ」
妖王の微笑み。
テュエル
「………………」
完全には理解していない。
だが――
男の理性をここまで弄ばれた。
それだけで、十分だった。
敵だと思っていた相手が、
いつの間にか“同士”に見えてくる。
テュエル
「……いいでしょう」
「先は、譲ります」
シャガル
「……ほぉ?」
「どういう風の吹き回しだ」
テュエル
「俺は、まだ、待てます」
「ただし」
「ちゃんと様子を見て下さい」
「無理はさせない」
「いいですね?」
シャガル
「もちろんだ……」
「また無理をさせて倒れられては」
「楽しみが、減ってしまうからな」
低く、愉しげな声音。
冗談とも、本気ともつかない。
そして――
(あそこまで煽られて放置されたら)
(俺は、きっと理性を飛ばす)
(優しくなんて、できない)
(なら――)
(シャガルを先にして、様子を見るしかない)
(その後で)
(ゆっくり、料理してやる)
心中は、まったく穏やかではなかった。
それに、純粋に。
(……不憫だ)
好きな女を目の前に、
口付けもできないなど――拷問だ。
俺は、恵まれていた。
幸せな罰だった。
こいつの立場なら、
俺は我慢できなかっただろう。
知った瞬間、
襲いに行っている。
シャガル
「ふ……」
「だが、あやつは」
「無策で挑むほど、甘い女ではない」
「逃げの策の一つや二つ」
「当然、用意しているだろう」
テュエル
「……何が言いたい?」
シャガル
「“皇務”だ」
「あやつの得意技だな」
「余らが獣のように襲えば」
「皇務が――などと言って」
「逃げるつもりだろう」
歯噛みする。
テュエル
「………!」
「シャガル」
「俺に、任せろ」
シャガル
「……なんだと?」
テュエル
「むしろ……」
「すでに、手は打ってある」
シャガル
「……やけに協力的だな」
テュエル
「当然でしょう」
「“俺たち”は」
「弄ばれていたのだから」
にやり。
シャガル
「あぁ……」
「……なるほどな」
一拍、思考が繋がる。
「……ふっ……そうだな……………」
ゆっくりと、
獣じみた笑みが浮かぶ。
にやり。
二人の間に芽生えたのは、
友情とは呼びがたい。
だが――
確かに、絆だった。




