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双国ノ巫女 〜愛されることを諦めた姫が愛を知る物語〜  作者: Su
奪われかけた巫女と、帰還する王
174/226

夫二人を置いて、爺とお茶しに行きました。


 そして――

 テュエルの“罰”。


 シャガルとの戦いを終えた翌日。


 医官は、手元の書類を一通り確認してから、

 穏やかな声で告げた。


「もう、自室に戻って構いません」

「歩行訓練も、今日から開始して大丈夫です」


 レイラの肩が、ぴくりと跳ねる。


(……ほんとに?)


 表情には出さないが、

 胸の奥で小さくガッツポーズを決めた。


「むしろ」

「少しずつ、普通の生活に戻していきましょう」

「無理のない範囲で、ですが」


一拍置いて、医官は書類に視線を落としたまま続ける。


「あと、経過観察を兼ねて」

「しばらくの間、昼過ぎ頃に」

「投薬治療を行います」


「回復を促すためのものです」

「歩行訓練と併せて、様子を見ましょう」


 レイラは、素直に頷いた。


「……わかった」


「よかったですね、レイラ様^^」


 テュエルが、心から安心したように微笑む。


 レイラは、ほっと息を吐き、

 小さく微笑んで頷いた。


「……トト」

「ありがとう」


 一瞬。


 医官は、ほんのわずかに目を瞬かせただけで、

 すぐにいつもの穏やかな表情に戻る。


「…………いえ」

「仕事ですから……」


 淡々とした返答。


 そのまま書類へと視線を落とす。


(……認知、されていたのか)


 それ以上、何も考えず。

 特に感慨もなく。

 ただ、それだけを事実として受け取った。


 だが――


 その横で、

 シャガルだけが、僅かに眉を寄せていた。


(……?)


(昨日までは)

(口付けすら、控えるようにと言われていたはずだが)


 違和感が、静かに胸に引っかかる。


「……どれほどまで」

「私生活に戻してよいのだ」


 低く、慎重な問い。


 医官トトは一瞬、言葉を止め――

 そして、察したように視線を逸らした。


「………あぁ……」

「……無理のない程度に」

「様子を見ながら、ですね」


 一拍。


「……“無理なく”、です」


 妙に強調された言い方。


「ほぉ……」


 シャガルの口元が、ほんのわずかに上がる。


――――


 レイラは、寝台の脇でゆっくりと身支度を整えていた。

 動作は丁寧だが、どこか慎重で――

 まだ、完全とは言い難い。


 その様子を確認すると、

 テュエルは一歩離れ、

 シャガルの方へと静かに近づいた。


 声は、落とす。


「……シャガル」


「なんだ」


 半ば呆れ、半ば本気の感心を込めて。


「……昨日…よく、我慢したな」


 シャガルは、すぐには答えなかった。


 少し視線を逸らし、

 低く息を吐く。


「我慢、ではない」


「……勝負だ」


 短く、淡々と。


 だが、続けて。


「正直に言えば――」


 声が、わずかに沈む。


「拷問だった」


 テュエルは、思わず口元を緩める。


「でしょうね」


「昨日なんて」

「完全に、理性の綱が切れかけていた」


 シャガルは、鼻で小さく笑った。


「……ああ」


「だからこそだ」


「余が、余であるために」

「踏みとどまった」


 そして、ぽつりと。


「――だが」


 視線が、身支度を終えつつあるレイラへ向く。


「今日からは」

「話が、別だ」


『……ですよね』

 テュエルは、内心で肩をすくめた。


(“無理なく”……)

(それが一番、危ない)


 その時。

「よし……」

「……行こう」


 身支度を終えたレイラが、振り返る。


 一歩、踏み出そうとした瞬間。


「……っ」


 足に、じん、と痺れが走った。


 身体が、わずかに傾く。


 次の瞬間――

 テュエルの腕が、迷いなく伸びた。


「――っと」


 そのまま、抱え上げる。


「無理しないでください」

「まだ、回復途中です」


 レイラは一瞬、悔しそうに目を伏せるが、

 すぐに小さく息を吐いた。


「……うん」

「お願い」


 医官トトは、その様子を淡々と確認しながら告げる。


「……機能回復訓練は、必要ですね」

「毎日、無理のない範囲で」

「歩行訓練を行ってください」


 一拍。


「……私生活も」

「様子を見ながら、です」


 余計な説明は、しない。


 だが、その“付け足し”は、

 確実に意味を含んでいた。


 シャガルは、それを聞き逃さなかった。


(……やはり、まだ全開ではない)


 だが――


(だからこそ)


 口元が、わずかに歪む。


(時間をかければ、いいだけの話だ)


 距離は、確実に近づいている。


 平穏な回復の日常は、始まった。


 ――ただし。


 シャガルの“敗北”が、

 本当の意味で回収される日は。


 確実に、近づいていた。



 ――そして。


 数刻後。


 中庭へ続く回廊は、

 昼下がりの柔らかな光に満ちていた。


 歩行訓練――

 という名の、短い散歩。


 医官の許可のもと、

 レイラは二人に見守られながら、ゆっくりと足を運ぶ。


「……大丈夫」

「昨日よりは、ちゃんと……」


 自分に言い聞かせるように、そう口にした直後。


 足先に、ぴり、と微かな痺れが走った。


「……っ」


 ほんの一瞬、重心が揺らぐ。


 数段しかない段差だったが――

 踏み外せば、転ぶには十分だった。


「レイラ様!」


 すぐ横から、テュエルの手が伸び、

 迷いなく身体を支える。


「……無理はしないでください」

「今日は“訓練”ですから」


「……うん」

「……すまない」


 息を整えながら、

 レイラは小さく頷いた。


 その反対側から、低い声が落ちる。


「……肩に、手を置け」


 シャガルが半歩近づき、

 有無を言わせぬ調子で言った。


「倒れる気はなくとも」

「痺れは、意志では制御できぬ」


 そうだ――

 八岐大蛇から受けた、あの電撃。


 その損傷による痺れは、

 完全には、まだ抜けきっていない。


 言われるまま、

 レイラはシャガルの肩に指先を添える。


「……大げさ」


「大げさで、いい」


 短く、即答。


 三人で、再び歩を進める。


 速度は、遅い。

 距離も、短い。


 だが。


 確実に、昨日よりは前に進んでいた。


(……まだ、全開ではないな)


 シャガルはそう判断しつつも、

 その思いを口に出すことはなかった。


そして――


段差を越えて、少し息を整えたあと。


レイラが、ほっとしたように肩の力を抜く。


「……くす」


小さく、柔らかい笑み。


「ほんとに……」


一拍、言葉を探すようにしてから。


「力強くて」

「たくましくて……」


指先が、

無意識に――

シャガルの肩と、テュエルの腕に、それぞれ触れたまま。


「……安心する」


ぽつりと。


「……こうやって支えられると」

「身体、全部……預けても大丈夫なんだって」

「思える」


――沈黙。


 一瞬。

 空気が、止まった。


(そんな無防備な顔、するな)

(……可愛すぎるだろ)


 半ば逆ギレに近い感情が、

 男二人の胸を同時に打つ。


 そして――

 ほぼ同時に、確信。


(俺のことだ)

(余のことだ)


 テュエルは、無意識に腕に力を入れる。

 服の下で、筋がはっきりと浮き上がる。


 一方、シャガルは一歩前に出て、

 胸を張り、肩を強調するように姿勢を正す。


 ――どうだ。

 ――見ろ。

 ――この肉体を。


 言葉にせずとも、

 互いにそんな主張を叩きつけ合っていた。


 その時。


「姫さま」


 場違いなほど穏やかな声。


 振り返ると、爺が立っていた。


「トトが、昼の投薬の時間だと」

「医務室へ来るよう、申しておりましたぞ^^」


「あ、そうだった」


 レイラは、はっとして頷く。


「知らせてくれてありがとう、爺」

「……爺は、どこへ行くんだ?」


「私ですか?」

「今は、ただ伝えに来ただけですよ」


 そう言って、にこりと笑う。


「もし、お嫌でなければ」

「私が医務室まで、ご一緒しましょうか?」


「いいのか?」


「姫さまが、嫌でなければな」


「何を言ってるんだ」

「爺と行きたいに決まってる……!」


「はっはっは!」

「それは光栄じゃの!」


 爺は上機嫌に笑い、

 そのまま自然に、レイラの隣へと歩み寄る。


 ――と、そこで。


 レイラが、ふと思い出したように、

 爺の袖を、ちょい、と引いた。


「なぁ、爺」


「ん?なにかな?」


「投薬が終わったらでいいんだが……」

「少し、時間はあるか?」


 どこか期待を含んだ声。


 爺はすぐに察し、

 楽しげに目を細めた。


「おや?」

「姫さま、何かご用で?」


 レイラは、ほんの少し照れたように、

 けれど迷いなく口にする。


「……一緒に、茶を飲みたいの」


「最近、ちゃんと話せてなかっただろ?」

「だから……」


 一拍。


「爺と、ゆっくり」


 爺の表情が、

 一瞬でぱっと明るくなる。


「おお……!」

「それはまた、嬉しいお誘いですな!」


「もちろんですとも」

「喜んで、お供いたしましょう」


「やった……!」


 レイラは満足そうに微笑み、

 そのまま自然に、爺の腕に手を添えた。


 そして。


 その腕に身を預けたまま、

 ぱっと花が咲くように笑う。


「……えへへ」


 子どものように、

 無防備で、甘えた笑顔。


「爺と行くの、久しぶりだな」

「茶、楽しみだ」


 声は、柔らかく弾んでいる。


「爺の入れてくれる茶」

「……好きなんだ」


「……はっはっは!」


 爺は目を細め、

 心底嬉しそうに笑った。


「それはそれは」

「張り切らねばなりませんな、姫さま」


 そのやり取りに、

 レイラは満足そうに頷き――


「じゃあ、爺」


「医務室、行こ」


「はっはっは!」

「任されましたぞ、姫さま!」


 そうして――

 爺は、くるりと二人の男へ向き直る。


「では、私が姫さまをお連れしますから」

「夫二人さんは、どうぞごゆっくり^^」


 にこやか。

 だが、どこか有無を言わせぬ笑顔。


 そこで、ふと思い出したように、

 レイラがようやく振り返った。


「あ、テュエル、シャガル」


 あまりにも軽い声。


「また、あとでな」


 小さく手を振る。

 それだけ。


 そして――

 もう二人を見ることはなく。


 爺の方を向き直り、

 並んで歩き去っていく。


 ――視線は、戻らない。


 見るからに、

 レイラからはハートが飛んでいた。


 ***


 残された男二人。


 静止。

 沈黙。


 あまりにも、あっさりと。


(……)


(今のは)


(爺殿にしか見せない顔だ)


 テュエルの奥歯が、

 きし、と音を立てる。


(……あの笑い方)


(余には)

(見せぬ類のものだな……)


 シャガルの目が、

 ゆっくりと細まった。


 二人とも、

 まったく同じ結論に辿り着く。


(……なぜだ)


(なぜ、爺殿にしか)


(あんな顔を)


 ――だが。


 その思考は、同時に切り捨てられる。


 問題は、そこではなかった。

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