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双国ノ巫女 〜愛されることを諦めた姫が愛を知る物語〜  作者: Su
奪われかけた巫女と、帰還する王
171/226

いつも余裕な妖王に勝ちたいので、作戦を立てました。


 レイラは、医務室の寝台に腰掛けたまま、小さく息を吐いた。

 視線は天井。

 頭に浮かんでいるのは――シャガルのことだった。


(……言い過ぎた)


 考えるまでもない。

 あの時、衝動的に吐き出してしまった言葉。


――妖界の女とでも、仲良くしてろ。


 胸の奥が、きゅっと縮む。


(……心にも、思ってないのに)


 本当は、その逆だ。

 分かっている。分かっているのに。


(ちゃんと……)

(シャガルにも、謝らないと……)


 その気持ちは、確かにあった。

 けれど――同時に、別の感情も、確かにそこにあった。


(……一泡、吹かせてやりたい)

(いつも余裕な、あの妖王を)

(どうにかできないものか……)


 やられっぱなしな自分に、

 レイラは、ほんの少しだけ拗ねていた。


⸻


(……シャガルの口付けは)


(いつも、ずるい)


 甘い言葉を、囁くように落として。

 急がず、焦らすように、距離を詰めてくる。


 気づいた時には、もう逃げ道はない。

 視線も、呼吸も、全部――奪われている。


(……ああやって)


(ゆっくり、絡め取る)


 そして、いざ口付けられると。


 頭が、真っ白になる。

 考える余裕なんて、何も残らない。


 腰が抜けるほどに――

 抗う力を、根こそぎ奪われる。


(……上手い、んだ)


 はぁ……と、息が零れた。


⸻


(……テュエルは)


 ふと、別の影が胸に浮かぶ。


 テュエルは――

 例えるなら、想いそのものが押し寄せてくるタイプだ。


 触れ合っている間、

 何も言わなくても分かる。


(……好きだ)

(……愛している)


 言葉にせずとも、

 全部が体温と一緒に伝わってくる。


 力強くて、真っ直ぐで。

 情熱的で、迷いがない。


 だから、触れ合うたびに、

 心が満たされる。


(……嬉しい)


 安心できる。

 「ここにいていい」と、思わせてくれる。


⸻


(……でも)


 シャガルは、違う。


 あの男は――

 雰囲気を、作るのが上手すぎる。


 空気を掴み、

 心を包み込み、

 逃げ場を奪う。


 急がない。

 焦らせる。

 余裕のまま、じわじわと距離を詰めてくる。


(……技量が、違う)


 心ごと、捕まえられる。


 気づいた時には、

 考えることすらできなくなっていて――


 全部、埋め尽くされる。


 余裕なんて、

 一欠片も、残らない。


(……だから)


 不安になる。

 怖くなる。


 初めてじゃないことは、分かっている。

 何千年も生きていれば、経験があるのは当然だ。


(……慣れている、んだろうな)


 シャガルは――王だ。

 妖界の王。


(そりゃあ……)

(いくらでも、女は居ただろう)


 望めば寄ってくる存在。

 拒まずとも、周囲が勝手に整える立場。


(経験がない方が)

(おかしいくらいだ)


 頭では、ちゃんと理解している。


 それでも――


 あの余裕。

 あの手際。

 あの、逃がさない距離感。


 慣れているからこそ――

 ああも、ずるいのだ。


(……あんな言葉も)

(言いたくなるじゃないか)


 私は、何人目なのだろう。

 妻であることは事実でも、

 他にも、本気で愛した者がいたのかもしれない。


 胸の奥が、ちくりと痛んだ。


⸻


 男二人して、

 理性だの、安静だの、死ぬだの。


(……うるさい)


 そんなもの――

 全部、爆発してしまえ。


 レイラは、本気でそう思っていた。


⸻


 別に、主導権を握りたいわけじゃない。

 勝ち負けに、こだわっているわけでもない。


 でも――


(……たまには)


(……勝ちたい)


(たまには)


(私が……)


 その考えに至って、

 自分でも可笑しくなり、くすりと笑う。


 ――そして、思考を巡らせた。


(テュエルと同じ方法じゃ、ダメ)

(口付け合戦は……無理)


 即、却下。


 脳裏に浮かぶのは、

 余裕綽々で、容赦なく、逃がさないシャガルの姿。


(あれは……ずるい)


 確信があった。


(絶対、主導権を握られる)

(私の心臓が、先に死ぬ)


 では……何なら……?


 思考が、巡る。


 そして――

 わずかに、口角が上がった。


(……ぎゅってするだけなら?)


 口付け、なし。

 ただ、抱きしめるだけ。


 条件を、がちがちに制限する。


(それなら……)


 シャガルは、どうなる?


 想像した瞬間。


 ――にやり。


 悪戯を思いついた時の、

 完全に“悪い顔”。


「よし……」

「これでいこう」


 レイラは、珍しく――

 嘘をつくことに決めた。


【医官から、まだ負担をかけてはいけない】

【無理は禁物】

【口付けなど、なさらないでください】


 そう伝えられたことに、してしまおう。


 シャガルは、

 そういう制限があるなら、絶対に踏み込まない。


 それに――

 シャガルは、テュエルとは違う。


 「罰」よりも、

 「勝負」と言われた方が、燃える男だ。


(これなら……)


 レイラは、楽しそうに笑った。


「ふ……」

「やれやれ……演技力が試されるな」


 ――完全に、企んでいる顔で。



⸻


 庭。


 木陰で風を受けながら、シャガルは静かに目を閉じていた。


 ――落ち着かない。


 普段ならば、多少の不調など意にも介さない。

 だが今回は違う。


(……瘴気に倒れた直後だ)


 医官の言葉も、頭に残っている。

 「油断は禁物」と。


 そして何より――

 あの時の、レイラの苦しそうな呼吸が、脳裏から離れなかった。


(……無理を、していなければいいが)


 王としてではない。

 妖王としてでもない。


 ただ、一人の夫として。

 心底、案じていた。


 そこへ。


「……シャガル」


 聞き慣れた声。


 目を開くと、少し離れた場所にテュエルが立っていた。


「……レイラ様がお呼びです」

「面会の許可が下りました」


「……!」


 シャガルの表情が、即座に変わる。


「そうか……」


 安堵と緊張が、同時に胸を満たす。


(……やっと、顔を見られる)


 倒れてから、初めての面会だ。

 気が気ではなかった。


 すぐに歩き出そうとして――

 ふと、違和感に気づく。


(……待て)


 テュエルを、改めて見る。


 目が……おかしい。


 据わっている。

 やけに鋭く、熱を帯びている。


 だが――

 覇気が、ない。


 どこか、力が抜け落ちている。


(……こやつ)


(レイラと、面会したということだよな……?)


 しかも、弱々しいレイラに会ってきた直後で、

 なぜこんな状態になる。


(……何が、あった)


 問いただす間もなく、

 シャガルは医務室へ向かって歩き出す。


 その、すれ違いざま。


 テュエルが、低く、静かに言った。


「……どうか、ご無事で」


 ぴたり。


 シャガルの足が、止まる。


(……は?)


 振り返るが、テュエルはもう視線を逸らしていた。

 まるで――

 これから修羅場に向かう者を見送るように。


(……ご無事で、だと?)


(こやつ……)


(弱ったレイラに会ってきた後で)

(なぜ、そんな言葉を……?)


 じわり、と。

 背筋を冷たいものが走る。


(……何を、された)


 いや――違う。


(……何を、“見た”……?)


 シャガルは、無意識のうちに息を整えた。


(……なるほど)


(これは、ただの面会ではないな)


 だが。


 それでも――

 足は、止まらない。


(……何であれ)


(レイラが呼んでいる)


 その事実だけで、十分だった。


 シャガルは静かに歩き出す。


 ――完全に。


 罠が張られているとも知らずに。

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