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双国ノ巫女 〜愛されることを諦めた姫が愛を知る物語〜  作者: Su
奪われかけた巫女と、帰還する王
170/226

口付けの罰、終了です。なお夫の理性は戻りません。


医務室の寝台。


 レイラは上体を起こしたまま、

 少しだけ所在なさげに座っていた。


 その横に立つテュエルを見上げて――

 ふいに、寝台をぽん、ぽん、と軽く叩く。


「……ここ」


「……え?」


 一瞬、意味が理解できず固まるテュエル。


「乗れ」

「罰を受ける側だろ?」


 理不尽だが正論である。


「……し、失礼します……」


 恐る恐る寝台に上がり、

 言われるがまま、あぐらをかく。


 ――次の瞬間。


 レイラは、何の躊躇もなく

 その中に、すとん、と収まった。


「……っ!!?」


 近い。

 いや、密着している。


 膝の間。

 胸元はほぼ触れている。

 体温が、はっきり伝わる距離。


(待て待て待て待て)

(これは)

(罰の範疇か???)

(可愛すぎる…)


 ――理性ゲージ

 【■■■■■■■□□□】

 ※残り:7


 レイラは、落ち着いた様子で背中を預け、

 小さく息を吐いた。


「……この方が」

「逃げられないだろ?」


 悪びれもせず、そう言う。


(逃げる気はなかったけど)

(これは)

(話が違う)


 テュエルの喉が、無意識に鳴った。


 そして――

 レイラは、まだ離れなかった。


 近い。

 近すぎる。


「……」


 テュエルの視線が、行き場を失う。


(近い)

(近い近い近い)

(いや、離れないのは罰だから当然なんだけど)

(近い!!!)


 ――理性ゲージ

 【■■■■■□□□□□】

 ※残り:6


 レイラは、じっと彼を見つめていた。


 責めるでもなく、

 からかうでもなく――

 ただ、確かめるように。


「……なあ、テュエル」


「……は、はい」


 声が裏返りかけたのを、必死に抑える。


「さっきのは」

「……我慢しすぎだ」


(バレてる)


「……レイラ様」


 呼ぶ声は、低く、

 どこか堪えるようだった。


「大丈夫です」

「……罰だと、分かっていますから」


 一瞬の間。


「無理は――」

「していません」


 レイラは、少しだけ目を細める。


「……嘘だな」


「……」


「そんな声で言われても」

「説得力、ないぞ?」


 ふっと、微笑む。


 そして――

 また、待つ。


 さっきより、

 ほんの少し、顎を上げて。


(……また、キス待ちの顔)


(しかも)

(さっきより確信犯だ)


 ――理性ゲージ

 【■■■■□□□□□□□】

 ※残り:4


(落ち着け)

(これは罰)

(俺が拒んだ分の)

(正当な、罰……)


 自分に言い聞かせ、

 テュエルは、今度は逃げずに近づく。


 さっきより、

 ほんの一瞬、長く。


 唇が触れ、

 離れるまで――ほんの数拍。


「……」


 レイラは、目を瞬かせ――

 それから、小さく笑った。


「……うん」


「今のは」

「ちゃんと、罰だな」


(評価された)


(嬉しい……。いや)


(評価されるな、罰で)  


(喜ぶな……)


 ――理性ゲージ

 【■■■□□□□□□】

 ※残り:3


 だが。


「……でも」


 レイラは、袖を掴んだまま、

 離さない。


「まだ、全然」

「足りない」


「……っ」


(知ってた)


(知ってたけど!)


 その瞳には、

 寂しさも、安堵も、喜びも――

 全部、混ざっていた。


 生きていたこと。

 ここにいること。

 触れられること。


 そして何より――

 好きだから、離したくないという感情。


 テュエルの胸が、きつく締め付けられる。


(全然……治療目的なんかじゃなかった……)

(何を勘違いしていた……)


(……だめだ)


(こんなの)

(理性が、持つわけがない)


 ――理性ゲージ

 【■■□□□□□□□□】

 ※残り:2


 それでも、

 彼は逃げなかった。


 逃げられなかった。


 罰だからではない。

 望まれているからだ。


 そしてこの長期戦は、

 まだ――

 折り返し地点ですらなかった。


密着したまま。


 レイラは、ちらりと振り返り、

 意地の悪い笑みを浮かべた。


「……勘違いするなよ、テュエル」


「まだ」

「罰は終わってない」


「……っ」


 煽るようなその一言に、

 テュエルの背筋がぴしりと伸びる。


(終わっててくれ)

(今ので終わっててくれ)


 ――理性ゲージ

 【■□□□□□□□□□】

 ※残り:1.5


 だが、レイラはどこか楽しそうだった。


 口付けができること自体が嬉しくて、

 触れ合える距離が戻ったことが嬉しくて――

 その感情が、隠しきれず表に出ている。


「……ふふ」


 声まで、柔らかい。


(ご機嫌になってる……)

(やばい……完全に……)

(かわいい…)

(殺される……)


 それから先。


 何度か、

 本当に何度か。


 軽く触れるだけのものもあれば、

 納得がいかない顔をされることもあり、

 逆に、主導権を取られることもあった。


 ――何度も、攻防があった。


 そのたびに、

 テュエルの理性は削られ、

 レイラの表情は、満ちていった。


 ――理性ゲージ

 【■□□□□□□□□】

 ※残り:1


 やがて。


 レイラは、満足したように小さく息を吐き、

 それでも離れず――


「……テュエル」


 名を呼びながら、

 両腕を伸ばし、首の後ろに絡める。


「……っ!?」


 逃げ場は、ない。


 そして今度は、

 レイラの方から――


 少し長く、

 確かめるような口付け。


 時間が、溶ける。


 離れた瞬間。


⸻


 レイラは、至近距離で微笑んだ。


「テュエル……」


 一拍。


「……大好き……♡」


 ――理性ゲージ

 【□□□□□□□□□□】

 ※ゼロ


 テュエルの思考は、

 静かに――完全に停止した。


(……敗北)


⸻


 その瞬間だった。


 何かが、テュエルの内側で音を立てて壊れた。


 視線が定まらなくなる。

 吐く息が、異様に熱を帯びる。

 理性の膜が剥がれ落ち、

 獣じみた色が、その瞳に宿り始めた。


「……レイラ様……」


 低く、掠れた声。


 あぐらの中にすっぽりと収まっていたレイラの手首を掴み、

 そのまま、反射的に寝台へ押し倒す。


「テュエル、ダメだろ」

「罰なんだから」


 抗議はあったが、

 声はどこか楽しげだった。


「……レイラ様が」

「煽るからですよ……」


 歯を食いしばり、

 距離を詰める。


⸻


 ――その時。


 コンコン。


 やけに軽快なノック音。


「……っ!」


 テュエルはびくりと肩を跳ねさせ、

 反射的にレイラから離れ、寝台を降りた。


 直後、扉が開く。


「……おや?」


 場違いなほど穏やかな声。


「これはこれは……」

「随分と、仲睦まじいご様子ですな」


 そこに立っていたのは――爺だった。


⸻


「爺!」

「どうした?」


 レイラが声を上げる。


「ど、どうかなさいましたか……?」


 テュエルも、必死に平静を装う。


「様子を見に来ただけですよ?」

 にこにこと、悪びれもなく。



 そして――

 レイラは、満足そうにひとつ息を吐いた。


「……うん、テュエル」


「もう、いいぞ」


 その一言が、

 何よりも残酷だった。


「……レイラ様?」


 テュエルの声は、かすれている。


 だが、レイラは振り返り、

 どこか晴れやかな笑みを浮かべた。


「ちゃんと、満足した」


「ありがとう、テュエル」


「……っ」


 ――勝負終了。【強制】


 ※判定基準:レイラの気分次第


 テュエルの理性は、戻らないまま。


(終わってない……)

(俺は……何一つ……解放されていない……)


 胸の奥で、行き場を失った感情だけが、

 悶々と渦を巻く。


⸻


 一方で。


 レイラは寝台に戻り、

 布団を整えながら、上機嫌に呟いた。


「ふふ」


「安静、安静」


 ――とても素直な声で。


⸻


 その背後で。


 完全に置いていかれた男が一人。


(……これは……)

(拷問では……?)


 テュエルは、

 深く、長いため息を吐いた。


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