口付けの罰、終了です。なお夫の理性は戻りません。
医務室の寝台。
レイラは上体を起こしたまま、
少しだけ所在なさげに座っていた。
その横に立つテュエルを見上げて――
ふいに、寝台をぽん、ぽん、と軽く叩く。
「……ここ」
「……え?」
一瞬、意味が理解できず固まるテュエル。
「乗れ」
「罰を受ける側だろ?」
理不尽だが正論である。
「……し、失礼します……」
恐る恐る寝台に上がり、
言われるがまま、あぐらをかく。
――次の瞬間。
レイラは、何の躊躇もなく
その中に、すとん、と収まった。
「……っ!!?」
近い。
いや、密着している。
膝の間。
胸元はほぼ触れている。
体温が、はっきり伝わる距離。
(待て待て待て待て)
(これは)
(罰の範疇か???)
(可愛すぎる…)
――理性ゲージ
【■■■■■■■□□□】
※残り:7
レイラは、落ち着いた様子で背中を預け、
小さく息を吐いた。
「……この方が」
「逃げられないだろ?」
悪びれもせず、そう言う。
(逃げる気はなかったけど)
(これは)
(話が違う)
テュエルの喉が、無意識に鳴った。
そして――
レイラは、まだ離れなかった。
近い。
近すぎる。
「……」
テュエルの視線が、行き場を失う。
(近い)
(近い近い近い)
(いや、離れないのは罰だから当然なんだけど)
(近い!!!)
――理性ゲージ
【■■■■■□□□□□】
※残り:6
レイラは、じっと彼を見つめていた。
責めるでもなく、
からかうでもなく――
ただ、確かめるように。
「……なあ、テュエル」
「……は、はい」
声が裏返りかけたのを、必死に抑える。
「さっきのは」
「……我慢しすぎだ」
(バレてる)
「……レイラ様」
呼ぶ声は、低く、
どこか堪えるようだった。
「大丈夫です」
「……罰だと、分かっていますから」
一瞬の間。
「無理は――」
「していません」
レイラは、少しだけ目を細める。
「……嘘だな」
「……」
「そんな声で言われても」
「説得力、ないぞ?」
ふっと、微笑む。
そして――
また、待つ。
さっきより、
ほんの少し、顎を上げて。
(……また、キス待ちの顔)
(しかも)
(さっきより確信犯だ)
――理性ゲージ
【■■■■□□□□□□□】
※残り:4
(落ち着け)
(これは罰)
(俺が拒んだ分の)
(正当な、罰……)
自分に言い聞かせ、
テュエルは、今度は逃げずに近づく。
さっきより、
ほんの一瞬、長く。
唇が触れ、
離れるまで――ほんの数拍。
「……」
レイラは、目を瞬かせ――
それから、小さく笑った。
「……うん」
「今のは」
「ちゃんと、罰だな」
(評価された)
(嬉しい……。いや)
(評価されるな、罰で)
(喜ぶな……)
――理性ゲージ
【■■■□□□□□□】
※残り:3
だが。
「……でも」
レイラは、袖を掴んだまま、
離さない。
「まだ、全然」
「足りない」
「……っ」
(知ってた)
(知ってたけど!)
その瞳には、
寂しさも、安堵も、喜びも――
全部、混ざっていた。
生きていたこと。
ここにいること。
触れられること。
そして何より――
好きだから、離したくないという感情。
テュエルの胸が、きつく締め付けられる。
(全然……治療目的なんかじゃなかった……)
(何を勘違いしていた……)
(……だめだ)
(こんなの)
(理性が、持つわけがない)
――理性ゲージ
【■■□□□□□□□□】
※残り:2
それでも、
彼は逃げなかった。
逃げられなかった。
罰だからではない。
望まれているからだ。
そしてこの長期戦は、
まだ――
折り返し地点ですらなかった。
密着したまま。
レイラは、ちらりと振り返り、
意地の悪い笑みを浮かべた。
「……勘違いするなよ、テュエル」
「まだ」
「罰は終わってない」
「……っ」
煽るようなその一言に、
テュエルの背筋がぴしりと伸びる。
(終わっててくれ)
(今ので終わっててくれ)
――理性ゲージ
【■□□□□□□□□□】
※残り:1.5
だが、レイラはどこか楽しそうだった。
口付けができること自体が嬉しくて、
触れ合える距離が戻ったことが嬉しくて――
その感情が、隠しきれず表に出ている。
「……ふふ」
声まで、柔らかい。
(ご機嫌になってる……)
(やばい……完全に……)
(かわいい…)
(殺される……)
それから先。
何度か、
本当に何度か。
軽く触れるだけのものもあれば、
納得がいかない顔をされることもあり、
逆に、主導権を取られることもあった。
――何度も、攻防があった。
そのたびに、
テュエルの理性は削られ、
レイラの表情は、満ちていった。
――理性ゲージ
【■□□□□□□□□】
※残り:1
やがて。
レイラは、満足したように小さく息を吐き、
それでも離れず――
「……テュエル」
名を呼びながら、
両腕を伸ばし、首の後ろに絡める。
「……っ!?」
逃げ場は、ない。
そして今度は、
レイラの方から――
少し長く、
確かめるような口付け。
時間が、溶ける。
離れた瞬間。
⸻
レイラは、至近距離で微笑んだ。
「テュエル……」
一拍。
「……大好き……♡」
――理性ゲージ
【□□□□□□□□□□】
※ゼロ
テュエルの思考は、
静かに――完全に停止した。
(……敗北)
⸻
その瞬間だった。
何かが、テュエルの内側で音を立てて壊れた。
視線が定まらなくなる。
吐く息が、異様に熱を帯びる。
理性の膜が剥がれ落ち、
獣じみた色が、その瞳に宿り始めた。
「……レイラ様……」
低く、掠れた声。
あぐらの中にすっぽりと収まっていたレイラの手首を掴み、
そのまま、反射的に寝台へ押し倒す。
「テュエル、ダメだろ」
「罰なんだから」
抗議はあったが、
声はどこか楽しげだった。
「……レイラ様が」
「煽るからですよ……」
歯を食いしばり、
距離を詰める。
⸻
――その時。
コンコン。
やけに軽快なノック音。
「……っ!」
テュエルはびくりと肩を跳ねさせ、
反射的にレイラから離れ、寝台を降りた。
直後、扉が開く。
「……おや?」
場違いなほど穏やかな声。
「これはこれは……」
「随分と、仲睦まじいご様子ですな」
そこに立っていたのは――爺だった。
⸻
「爺!」
「どうした?」
レイラが声を上げる。
「ど、どうかなさいましたか……?」
テュエルも、必死に平静を装う。
「様子を見に来ただけですよ?」
にこにこと、悪びれもなく。
そして――
レイラは、満足そうにひとつ息を吐いた。
「……うん、テュエル」
「もう、いいぞ」
その一言が、
何よりも残酷だった。
「……レイラ様?」
テュエルの声は、かすれている。
だが、レイラは振り返り、
どこか晴れやかな笑みを浮かべた。
「ちゃんと、満足した」
「ありがとう、テュエル」
「……っ」
――勝負終了。【強制】
※判定基準:レイラの気分次第
テュエルの理性は、戻らないまま。
(終わってない……)
(俺は……何一つ……解放されていない……)
胸の奥で、行き場を失った感情だけが、
悶々と渦を巻く。
⸻
一方で。
レイラは寝台に戻り、
布団を整えながら、上機嫌に呟いた。
「ふふ」
「安静、安静」
――とても素直な声で。
⸻
その背後で。
完全に置いていかれた男が一人。
(……これは……)
(拷問では……?)
テュエルは、
深く、長いため息を吐いた。




