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双国ノ巫女 〜愛されることを諦めた姫が愛を知る物語〜  作者: Su
奪われかけた巫女と、帰還する王
169/226

夫に「満足するまで口付けしろ」と命じたら、理性が限界みたいです。


⸻


 廊下。


 締め出されたままの男二人は、

 それぞれ壁にもたれ、腕を組んでいた。


「……そもそもだ」


 先に口を開いたのは、シャガルだった。


「“安静”とは、何だ」


「……」


 テュエルは、わずかに視線を向ける。


「動かないこと、ではありません」

「身体と精神に、負荷をかけぬことです」


「ならば」

「抱きしめるのは、安静ではないのか」


「それは……」


 テュエルは、言葉に詰まる。


「抱きしめれば」

「欲が動きます」


「欲が動けば」

「理性が削られる」


「結果として……」

「安静では、なくなる」


「……ふん」


 シャガルは、鼻を鳴らした。


「だが、安心は」

「心の安定に直結する」


「不安を抱かせる方が」

「よほど害ではないか?」


「……」


 テュエルは、額に手を当てる。


「だからといって……」

「触れれば、止まれなくなる」


「それは、余も同じだ」


「……」


 二人は、同時に黙り込んだ。


 結論は、出ない。


 分かっているのは――

 どちらも正しく、

 どちらも間違っているということだけ。


⸻


 そこへ。


「おやおや」


 軽い、笑い声。


 二人が振り向くと、

 廊下の奥から、最高権力者――爺が、

 愉快そうに歩いてきた。


「これはこれは」

「珍しい光景ですな」


 目を細め、楽しげに言う。


「まさか、夫二人が揃って」

「締め出されておるとはなぁ」


「……」


「……」


 シャガルとテュエルは、無言。


「いやはや」

「仲睦まじいことですな^^」


 そう言いながら、

 爺は何の躊躇もなく、

 レイラの自室の扉へと向かう。


「姫さま、入りますぞ」


「お、おい――」


「爺殿、今は……!」


 制止する間もなく。


 扉は、静かに開かれた。


⸻


 数秒後。


 ――空気が、変わった。


「……」


 爺の表情が、凍る。


 寝台の脇。

 床に手をついたまま――


 レイラは、上体を起こすこともできず、

 苦しそうに、浅い呼吸を繰り返していた。


「……ひ、姫さま!!」


 即座に声を張り上げる。


「テュエル殿!」

「シャガル殿!!」


⸻


 次の瞬間。


 扉が開き、

 二人が同時に駆け込んでくる。


「レイラ様――!」


「レイラ!どうした!?」


 一目で状況を把握する。


 顔色は悪く、

 呼吸は浅く、乱れている。


シャガル

「……くっ」


テュエル

「……運びます!」


 テュエルは迷いなくレイラを抱き上げ、

 医務室へと走り出す。


シャガル

「レイラ!しっかりしろ!」


 シャガルも、すぐ後を追った。


⸻


 医務室。


 医官に引き渡され、

 処置が始まる。


 少し離れた場所で、

 テュエルとシャガルは並んで立っていた。


「……」


「……」


 先に口を開いたのは、テュエル。


「不安が……」

「ああさせてしまったのでしょうか」


「……レイラ様の言う通りだ」

「抱きしめるべきだった」


 シャガルも、低く息を吐く。


「ああ……」

「口付けも、いくらでもしてやればよかった」

「余らが、臆しただけだ」


「……はい」

「ですが……無理をさせられないのも事実です」


「……ああ」


 二人の答えは、

 同じ場所に行き着いていた。


 後悔と、納得。

 その両方が、胸に残る。


⸻


 再び。


 医務室の寝台。


 横たわるレイラは、

 医官から「無理はしないでください」と

 きっちり叱られた後だった。


「……はぁ……」


 天井を見つめ、

 小さく息を吐く。


(……また)

(ここに、戻ってきてしまった)


「……はは……」


 かすれた笑い。


「二人に……あれだけ怒っておいて……」

「このザマか……」

「情けないな……」


 やがて呼吸が落ち着き、

 心が――静かに、自分を責め始める。


 本当は、焦っていた。


 テュエルも、シャガルも、

 自分に触れなくなった理由は、

 頭では理解しているのに――


(傷跡は、もう消えたはずだ)

(気持ち悪くなんて……ないはずなのに)


 それでも。


(……朱蓮丸に)

(触れられて……舐められて……)


 そんな考えが、よぎる。


(汚いから……)

(だから、触れたくないんじゃ……)


 否定したいのに、消えない。


 それに――


 自分自身も、

 あの感覚が消えず、

 早く二人の温もりを欲していた。


(……でも)


 言うことを聞かなかった。


 怒鳴って、追い出して、

 感情をぶつけて――

 その結果が、これだ。


(……安静、なのに)


 胸元を押さえ、

 自嘲する。


(……本当に、情けない)


 静かな医務室に、

 レイラの小さな呼吸音だけが残っていた。


⸻


 面会許可が下りて、ほどなく。


 医務室の扉を叩く音が、少しだけ早かった。


 入ってきたのは、テュエルだった。


 佇まいはいつも通り冷静で、所作も丁寧。

 だが――切羽詰まっているのは、誰の目にも明らかだった。


 よほど、あの一件が堪えているのだろう。


「レイラ様……」

「お体は……大丈夫ですか……」


「テュエル……」

「ああ。もう大丈夫だ」


「……そうですか……」


 わずかに、安堵が滲む。


 そして、間を置かず――深く、頭を下げた。


「レイラ様……」

「この間のことですが……」


 レイラは何も言わず、静かに聞いている。


「また……勝手に嫉妬し」

「自分の気持ちを抑え」

「レイラ様のお気持ちを無視しました」


「欲を抑えられないからと……」

「触れず」

「望まれたことも……叶えませんでした」


「本当に……申し訳ございませんでした」


 深々とした謝罪。


 しばしの沈黙。


 やがて、レイラが小さく息を吐いた。


「……頭を上げろ」


⸻


「私もな、テュエル」


 静かな声。


「お前の言うことを聞かなかった」

「怒って、追い出して、無理をして……」

「その結果、またここに戻ってきた」


「……自分が、情けない」


「……惨めで、仕方ない」


「そんなこと――」


 言いかけたテュエルを、レイラが遮る。


「テュエル」


 名を呼ばれ、口を閉じる。


「……実は」

「言いづらくて、言えなかったことがある」


 テュエルは何も言わない。

 ただ、自然と身構えた。


「あの時……私がお前を遠ざけた」

「あれは、私のせいだ」

「頭では、わかっている」


「でも……」

「どうしても、拭えない感情があった」


 少し、声が揺れる。


「……助けてほしかった」


 テュエルは、はっと息を呑んだ。


 ――“あの時”。


 何のことか、すぐに分かった。


 レイラは、思い出すように言葉を続ける。


「……本当に、気持ち悪かった」

「いつも、お前に触れられる場所なのに」

「全然、違った」


「こんなにも違うものなのかと……」

「自分でも、驚いた」


「……あの感覚が」

「あの舌が這う感覚が……」

「まだ、消えないんだ」


【……っ】

【聞きたくなかった】

【いや、聞くべきだった】


 想像が、勝手に脳裏をよぎる。

 守るはずだった人に、

 触れさせてしまった“それ”。


【俺は、護衛だ】

【夫だ】

【なのに、あの時……間に合わなかった】


 歯を食いしばる。


「だから……」

「お前に、触れたかった」

「触れて、ほしかった」


「上書きしてほしかった」

「忘れさせてほしかった」


【……ああ】

【それは、そうだ】

【そうに決まっている】

【俺が、上書きすべきだった】


「……汚いと思われたら、どうしよう、とか」

「色々考えた」


【汚いなんて】

【思うわけがない】


「でも、言ったら……」

「お前は、また自分を責めると思って」


 言葉が途切れる。


 頬を、一筋の涙が伝った。


「レイラ様……」


 胸が、締めつけられる。


 ここまで追い詰められていたこと。

 ここまで救いを求めていたこと。


「すぐに助けられず……」

「本当に、申し訳ございませんでした」


 テュエルは、そっと手を伸ばし、しっかりと握る。


「……レイラ様」


「……ん……」


「レイラ様が、叶えてほしいこと」

「必ず、叶えます」

「罰でも……何でも」


「レイラ様が無理をなさらないことであれば」

「遠慮なく、仰ってください」


「……ボクに、できることなら――」


「……」


 レイラが、ぽつりと言った。


「……“ボク”じゃなくて」

「“俺”にしてほしいことなら、ある」


「……え?」


 テュエルは目を瞬かせる。


「どういうことでしょう……?」


 自分の一人称が変わっていることに、まるで気づいていない。


「……なんでもない」


 レイラは、視線を逸らしながら続けた。


「お前に」

「護衛としてじゃなく……」

「夫として、してほしいことがある」


「……なんでしょうか」


「罰も受けると言っていたな?」


「はい。もちろんです」

「解雇以外であれば……何でも」


 レイラは、はっきりと言った。


「……口付けだ」


「…………」


【……罰?】

【いや】

【どう考えても】

【……ご褒美では?】


「勘違いするな」

「ただの口付けじゃない」


「“私”が」

「“満足するまで”だ」


「罰だからな」


 少しだけ、意地の悪い笑み。


 テュエルは、黙り込んだ。


(……罰じゃなくないか?)

(いや、幸せすぎないか?)

(もう治療目的でもないし……)

(本気で……殺しにきてる?)


 数拍、遅れて。


(……いや……地獄だ)


(理性が、絶対にもたない)

(拷問だ)

(でも……拒んだのは、俺だ)


 結論。


(……逃げ場が、ない)


「……どうだ」

「この罰も、受けられないか?」


 レイラは、ほんの少し目を伏せた。

(……やっぱり……私は汚いのか……)


【嬉しい】

【死ぬほど】

【嬉しい】


【でも】

【これは】

【拒めない】

【拒む資格がない】


「……受けます」


「……ん?」


「受けます」


 レイラの目が、ぱっと見開かれる。


【これは、俺への罰だ】

【そして】

【救いだ】


「……じゃあ」

「私が満足するまで、だからな?」



「……わ、わかりました……///」


――


それは、静かな勝負だった。


 満足するまで耐えきれたら、俺の勝ち。

 耐えきれなければ――幸せな負け。


 理性を守れれば、夫としての勝利。

 崩れれば、その瞬間が敗北。


 ただしその敗北は、

 甘くて、逃げ場がなくて、

 どう考えても“ご褒美”だった。


 これは罰ではない。

 テュエルに課された、我慢大会。


 勝っても地獄。

 負けても天国。


 そんな勝負が、今、始まる。


⸻


「……じゃあ」


 レイラは、ゆっくりと視線を上げた。


 唇に、ほんのり笑み。


「罰、始めるぞ」


 艶やかな声だった。


 ――その一言だけで。


(やばい)

(まだ何もしてない)

(してないのにもう限界なんだが!?///)


 テュエルの内側が、悲鳴を上げる。


 呼吸は平静。

 姿勢も完璧。

 表情も、いつも通り。


 ――中身以外は。


(落ち着け)

(これは罰だ)

(我慢大会だ)

(軽く、ほんの、軽く……)


 レイラは、何も言わず――

 ただ、少し顎を上げて待っていた。


 完全に、キス待ちの顔。


(無理無理無理無理無理)


 だが、逃げ場はない。


 テュエルは覚悟を決め、

 そっと身を屈め――


 触れるだけ。

 羽が触れたような、ほんの一瞬の口付け。


 すぐ、離れる。


「……」


 沈黙。


 レイラは、じっと彼を見つめ――

 次の瞬間、頬をぷくっと膨らませた。


「……なんだ、それは」


「……っ」


(詰められた!!)


「罰、だと言っただろう」

「手加減するな」


(手加減しない=死)


 テュエルの理性が、悲鳴を上げる。


(一回でこれだぞ!?)

(二回目なんて耐えられるわけが――)


 その時。


 レイラが、ふっと距離を詰めた。


「……なら」


 自分から。


 迷いなく、

 今度は――はっきりと、深く。


「……っ!!」


 テュエルの視界が、一瞬、真っ白になる。


(あぁ……)

(殺す気か…………)


(レイラ様自ら……)

(……幸せすぎる)


(……これは罰じゃない)

(……拷問でしかない!!!)


 離れた後、

 テュエルはその場で固まっていた。


 目はうつろ。

 魂が半分、どこかへ行っている。


「……」


 レイラは、そんな彼を見上げて、

 少しだけ満足そうに言った。


「……今のは、悪くない」


(終わった……)


 テュエルは悟った。


 これは勝負じゃない。

 耐久戦ですらない。


 これは――

 いつ崩れるかを試される地獄。


 そして罰は、

 まだ、始まったばかりだった。


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