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双国ノ巫女 〜愛されることを諦めた姫が愛を知る物語〜  作者: Su
奪われかけた巫女と、帰還する王
166/226

レイラ様、それは反則です。


テュエルは、ふと思い出したように口を開いた。


「……シャガル」


「ん?」


「初めて貴方と会った時のことですが」


一瞬、間を置いてから。


「俺が……心臓を喰った、と答えた時」

「貴方は、こう言いました」


―― 『まさか、アイツ以外にそんなことをする者が居るとはな』


テュエルは、静かに続ける。


「……あの時の“アイツ”」

「もしかして……」


「朱蓮丸のこと、だったんですか?」 




シャガルは、少しだけ目を細めた。


「あぁ」

「奴だ」


それだけだった。


だが、その短さが、

朱蓮丸という存在の“厄介さ”を、逆に際立たせていた。


(……やはり……)

(あの男は……)

(あの時すでに……)


(朱蓮丸は、シャガルの視界に入っていた……)


テュエルは、少し考え込むように視線を落としてから、静かに口を開いた。


「……今回」

「いくらレイラ様が、揺らぎを緩ませてしまっていたとしても……」


一拍置く。


「……頻度が、尋常じゃありませんでした」


レイラが眉をわずかに動かす。


「本来なら」

「ここまで急速に揺らいでいれば、もっと前から危険視されていたはずです」


「それが……ほとんど、間断なく続いていた」


シャガルは、深く頷いた。


「そうだ」

「恐らく――八岐が、巫女の力を感じ取ったのだろう」


低く、確信を帯びた声。


「人間界へ赴くために」

「朱蓮丸あたりに、揺らぎを作らせるよう指示した」

「……そう考えるのが、自然だ」


テュエルは、思わず眉を寄せた。


「揺らぎを……作る?」

「そんなことが……可能なんですか?」


「あぁ」


シャガルは短く答える。


「余も、久々にこちら側へ来た理由は」

「揺らぎを通して、アインの気配を感じたからだ」


一瞬、口元にわずかな笑みが浮かぶ。


「結果として、来てみればレイラだったがな」


そして、続けた。


「本来、歪みが明確に開くのは新月の日のみ」

「だが――人間界と妖界を跨ぐ、この境界」

「“揺らぎ”そのものは、常に存在している」


静かに、言葉を選ぶように。


「朱蓮丸は」

「その揺らぎに、妖力で無数の亀裂を走らせていたのだろう」

「新月を待たずとも、崩れ続けるようにな」


レイラは、黙ったまま俯いた。


(……たしかに)


胸の奥に、鈍い感覚が蘇る。


(……ずっと……)

(こんなことを、し続けなければならないのかと……)

(思うほど……多かった……)


閉じるたびに、

揺らぎだけでなく――

自分自身が、少しずつ削れていく感覚。


(……そして……)

(閉じるたびに……)

(心が……壊れていくようだった……)


それは、まるで――

シャガルが来られなくなることへの、

罰のようにも思えた。


シャガルは、わずかに目を伏せる。


「八岐の策略は……」

「完璧だった」


低く、重い声。


「認めざるを得ん」


「余が来るまでの時間」

「朱蓮丸の暴走」

「揺らぎの加速」

「そして――」


一拍。


「レイラが、己を削って耐えることまで」


「……すべて、計算の内だ」


しばらく、沈黙が落ちた。


その中で、

シャガルは、レイラの顔色が明らかに青くなっていくのに気づいた。


「レイラ」


声を落とす。


「……大丈夫か」


「……ん……」


レイラは、小さく返事をし、目を伏せた。


大丈夫だ、と言おうとして――

なぜか、その言葉が出てこない。


他の言葉も、見つからなかった。


「レイラ様……」


テュエルが、すぐに声をかける。


「まだ、完治したわけではありません」

「話は、いつでもできます」


柔らかく、しかしはっきりと。


「……少し、休みましょう」


「あぁ」


シャガルも頷く。


「その方がいい」


「……でも……」


レイラは、まだ何か言いたそうに口を開きかけたが――

二人の視線に、止められる。


「レイラ」


シャガルの声は、命令ではなく、願いだった。


「今は、休め」

「そして……早く、元気になれ」


「そうです、レイラ様」


テュエルは、いつもの柔らかな笑みを浮かべる。


「早く、元の顔色のいいレイラ様に戻ってください」

「歩けるようになってからも、まだまだ先は長いんですから^^」


少し茶目っ気を含ませて。


「もちろん」

「ボクが、つきっきりでお世話して差し上げます」


「余もだ」


シャガルは、即座に続けた。


「余も、もう二度と」

「お前から、離れぬ」


(……もう……)


レイラは内心で、苦笑する。


(過保護だな……)


それでも。


二人が、生きて帰ってきてくれたこと。

そして、またこうして話せていること。


それだけで、胸がいっぱいだった。


レイラは、

二人に見守られながら――

静かに、再び眠りについた。


――――


そして――

次にレイラが目を覚ました時。


窓の外は、すでに昼過ぎの光に包まれていた。


「……」


ゆっくりと、上体を起こす。


珍しく、部屋の中には誰もいない。


(……今なら)


そう思った瞬間、

彼女は無意識のうちに、自分の身体を確かめていた。


声は――出る。

喉に焼けるような痛みも、もうない。


指先に、かすかな痺れは残っているが、

それでも、きちんと力は入る。


皮膚を覆っていた火傷の痛みは、ほとんど引いていた。

見た目も、もう大きな痕は残っていない。


身体の奥に溜まっていた鈍い痛みも、

以前ほどではない。

内出血も――もう、気にするほどじゃない。


(……もう……)

(動けるんじゃないか……?)


そう、思えた。


医師からは、まだ安静にするよう言われていた。

だが――正直なところ。


(……これくらいなら……)

(少し、動いても……)


誰もいない今が、試すにはちょうどいい。

そう判断し、レイラは寝台から、そっと足を下ろした。


床に、体重をかける。


――立てる。


「……ほら」


やはり、立てるではないか。


そのまま、もう一歩。


だが。


「……あ……」


踏み出した足が、

かくん、と小さな音を立てて崩れた。


床に膝をつき、体勢を崩す。


「……はぁ……」


髪をかき上げ、大きく息を吐く。


(やれやれ……)

(……想像以上に、衰えてるな……)


それでも。


(……剣でも握って……)

(素振りでもすれば、すぐに……)


――無茶な思考が、頭をもたげた、その時。


ガラッ。


戸が開く音。


振り向くより早く――

視界に飛び込んできたのは、テュエルだった。


「…………」


「…………」


視線が、正面からぶつかる。


レイラは、床に膝をついたまま。


(……やばい……)

(よりによって……)


「……ぉ……落とし物を……して……」


自分でもわかるほど、苦しい言い訳。


テュエルは、無言。


――だが、その表情が

**「嘘ですね」**と、はっきり語っていた。


ずかずかと歩み寄ってくる。


「……す、すまない、違うんだテュエル――」


言い終わる前に。


テュエルは、ふわりとレイラを抱き上げた。


そのまま、寝台へ。


そっと置こうとした、その瞬間――

肋骨に走る、鈍い痛み。


「……ぅっ」


レイラは、はっとする。


「テュエル!」

「すまない……!」

「お前に、こんなことをさせるつもりでは……」


触れないように、

そっと、肋骨のあたりに手を寄せる。


「はぁ……レイラ様?」


深い、ため息。


「まだ、絶対安静の身なんですよ?」

「どうして、そうやって無茶をするんですか」


視線が、鋭くなる。


「どうせ」

「誰もいない隙に、どれくらい動けるか試そうとしたんでしょう」


「……う……」


図星。


「全く……」

「どうせ、思ったより動かないから」

「早く素振りでもして戻さないと、とか」

「そんなこと、考えていたんでしょう」


「……う……」


さらに図星。


「……いい加減にしてください」


声が、少し低くなる。


「レイラ様……ボクだって……」

「早く、あなたを抱きしめたいんです」


一瞬、言葉を選び――


「……お互い」

「早く、治しましょう」


「……うん……」

「……ごめん……」


沈黙。


その中で、

レイラの思考が、ふと止まった。


(……待て……)

(テュエルは……)

(私が……治せるじゃないか……!)


はっとして、顔を上げる。


瞳が、わずかに輝く。


「テュエル……!」


「は、はい……?」

(……かわいいな、くそ)


「……私と……」

「口付けをしよう……」


「っっっっっ!!///」


「な……!」

「な、なにを言ってるんですか!!」


嬉しい。

だが、意図がわかるからこそ、素直に喜べない。


レイラは、少し拙いキス顔で。


「……ほら……」


口を、突き出す。


「〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!!♡」

(まじで殺す気か!!!)


完全に、理性との戦い。


レイラが、自ら顔を寄せていく。


――だが。


「……ダメです……!」


ぴたり。


テュエルは、手で静止した。


重い、沈黙。


レイラの瞳が、少しずつ潤む。


「……そんなに……」

「嫌だった……か……?」


「……違います」


(なんでそんな顔するんだよ可愛すぎるだろ)


「じゃあ、なんで――」


「はぁ……レイラ様」


静かな声。


「ボクの身を、案じていましたよね」


「……あぁ」

「早く、治してやりたいんだ……」


「……治療は、不要です」


真剣な声音。


「これは……俺自身の罰です」

「あなたを守れなかったこと」

「この傷を負ったこと」

「すべて、俺の責任です」


「レイラ様が、揺らぎを塞がなかったこととは」

「……何の関係もありません」


レイラは、黙った。


(……私のせいなのに……)

(ほんとに……)

(頑固だな……)


(全部、自分のせいにして……)

(ずるい……)


それならば、と。


「……テュエル」


「はい……?」


「……ちょっと、こっち……」


手招き。


「?」


近づいた瞬間――

レイラは、テュエルの病衣を脱がせた。


「?!??!」


完全硬直。

思考停止。


レイラはそのまま――

折れた肋骨の上に、そっと口付ける。


「……ッッッッ////////」


顔が、真っ赤に染まる。


「……じゃあ……せめて……」

「……これだけでも……」


「……テュエル……」

「……本当に……ごめんね……」


「……ありがとう……」

「……生きてて……よかった……」


肋骨に響かないよう、

そっと胸に顔を埋め、抱きしめる。



――理性⭐︎完全⭐︎崩壊。



「……レイラ様……」


そのまま、ぎしりと音を立てて寝台へ。

レイラを、押し倒す。


「っ?!」


「……本当、困りますね」

「そうやって……どれだけ俺を煽るんですか」


「テュ、テュエル!?」

「ダメだ、肋骨に――」


「……どうでもいい」


顔が、近づく。


「レイラ様……」



「テュ……エル……」


互いの息が、交わる距離。


――その時。


パァン!!


扉が、乱暴に開かれた。


「………………」


シャガルだった。



レイラ

「シャ…シャガル…」

(まずい…)



テュエル

「……………ぁ」

(冷静になり理性が戻ってくる)



「………絶対⭐︎安静⭐︎だろ?^^」


びしり。と


「「は、はい……」」

「「すみませんでした……」」


――即・土下座案件。


けれど、

それは「日常」に戻るための、

ほんの一歩にすぎなかった。


レイラの機能回復は、

まだ、始まったばかりだ。

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