襲われた時の話を夫二人にしたら、死者をもう一度殺そうとしています。
朝の光が医務室に柔らかく差し込む。
レイラは、すでに上体を起こし、窓の外をじっと眺めていた。
淡い日の光が、まだ眠気の残る瞳に優しく映る。
そこへ、テュエルがそっとやって来る。
「レイラ様、おはようございます」
「今日はだいぶ顔色がよさそうですね」
「食欲はございますか?」
「粥がいいですか?」
「普通に食べられそうですか?」
声は自然と弾み、嬉しそうだった。
レイラは微笑みを浮かべて答える。
「テュエル、おはよう」
「まだ喉の奥が痛むんだ」
「粥を頼む」
少し目線を俯け、控えめに礼をするテュエル。
「かしこまりました^^ 伝えてまいります」
そう言うと、彼は席を外す。
その背中を、レイラは愛おしそうに見送った。
(生きて…戻ってこれた…)
心の奥で、そう呟く。
間もなくシャガルが部屋に入る。
「レイラ、無理はないか?」
レイラは微笑む
「もう、大丈夫だ」
彼はレイラの手を握り、静かに告げる。
「また、こうして話せて……夢のようだ……」
「もう、叶わぬかと……」
レイラは少し息を詰め、申し訳なさそうに言う。
「すまなかった…」
「一月近く目を覚まさなかったと聞く」
「そこまでの損傷だったとは…」
シャガルは黙ってレイラを見つめる。
その視線に気づいたレイラが小さく首を傾げる。
「どうした?シャガル」
「…早く、お前を抱きしめたいのに」
「できぬのが…もどかしい…」
レイラは胸の奥がほんのり熱くなるのを感じ、
頬まで赤く染まる。
視線を少し伏せながら、ゆっくりと――
「…もう…平気…だと思う…」
シャガルは唇を噛み、理性と戦う。
「…自己判断するな…」
レイラは小さく笑みを浮かべる。
「…ちょっとだけ」
「ちょっとだけでいいから…」
シャガルの目にわずかな葛藤が宿る。
「………」
レイラが、物欲しそうな目で見つめる。
「……シャガル…」
「レイラ…そんな目で見るな…」
「優しくなどできなくなる…」
「…優しくなくて…いい…」
「……だって…あんなに会えなくて辛かったのに…」
「今…目の前にいるのに…」
「………っ…」
声は次第に小さく、震えを帯びる。
シャガルは理性の糸が限界に達し、
寝台に手をかけた。
ぎしりと音が鳴る。
「………レイラ…」
「…会いたかった」
レイラも、かすかに息を震わせ答える。
「…私も…」
顔と顔が近づき、息と息が交わる距離。
その時――
ガラッ!!
大きめの音が響き、二人の肩がびくりと震える。
テュエルだった。
「……………」
無言の圧力が二人を襲う。
「テュ、テュ…エル…?」
レイラは小さく心の中で怯える。
シャガルも内心冷や汗。
(あ……まずい)
「…………絶対⭐︎安静デス^^」
ぴしり。と
二人は即座に反応する。
「は、はい…」
「すみませんでした…」
と、平謝りするしかなかった。
その後、テュエルが持ってきた粥を食べた三人は、
自然と“あの事件”の話題に流れ込む。
――
「なんだと!!!!!??」
シャガルは驚き、額に手をやり髪をぐしゃりと掻き分ける。
「……なんと…愚かな……」
テュエルも目を見開き、息を呑む。
「………そう…だったのですか…」
レイラは少し俯き、心から謝る。
「あぁ、そうだ」
「この事件は、私が産んだ」
「私が招いた結果だ…」
「私が…緩みを…見逃し」
「隙を作ってしまった…」
「本当に、すまなかった…。」
事実を告げられ、二人は攻めることができなかった。
痛いほど、レイラの気持ちがわかったから。
レイラは改めてテュエルに謝る。
「あの時、お前に席を外してもらった時」
「自分の蒔いた種を刈る、そんなつもりで」
「塞ぎに…行ったんだ」
「そうしたら…」
「ヤツが…出てきたんだ…」
二人は、口を挟むことなく、ただ黙ってレイラの言葉に耳を傾けていた。
「……歪みに手を伸ばし、塞ごうとした」
「そう思った、その時だ」
レイラの声は落ち着いていたが、どこか遠くを見ている。
「歪みから……いきなり、手が出てきた……」
「そして……私の手首を……」
その瞬間。
テュエルとシャガルの肩が、わずかに跳ねた。
魔鬼に足首を掴まれ、妖界へ引きずり込まれた――
あの時の感触が、否応なくレイラの脳裏に蘇る。
「……頭が、真っ白になった」
「何が起きたのかすら……理解できなかった」
「……あの時のことを、思い出して……」
言葉が途切れる。
医務室に、重い沈黙が落ちた。
空気が、冷たく張りつめる。
「そして……朱蓮丸が……」
「馬乗りになり」
「私の、前合わせを乱して……」
「……その……」
「……胸元を……触ってきて……」
――ピシリ。
何かが、音を立てて壊れた。
空気そのものが、ひび割れたようだった。
「そこで私は――」
そう言いかけたレイラの言葉を、鋭く遮ったのは、
テュエルだった。
「レイラ様」
低く、抑えた声。
「レイラ様は……死者を、蘇らせる力は……おありですか?」
唐突すぎる問いに、レイラは思わず首を傾げる。
「……?」
「いや……死んでいる者を、蘇らせることは……不可能だ」
(……なぜ、そんなことを聞くのだろう)
一瞬、そう思った。
テュエルは、深く息を吐いた。
「……そうですか」
「残念です……」
次の瞬間。
彼の纏う気配が、一変した。
「今度は……」
「ちゃんと、触れた指」
「舐めた舌」
「見た目」
「掴んだ腕」
「――すべて、細切りにしてから」
静かに、淡々と。
「じわじわと……殺してやりたかったのですが……」
閻魔の如き圧が、部屋を満たす。
その表情には、一片の冗談もなかった。
レイラは、言葉を失う。
「………………」
ただ、黙るしかなかった。
しかし、心の中でレイラはひそかに思った。
(……言わない方がよかったかもしれない…w)
その沈黙を破ったのは、シャガルだった。
「……おい、待て」
声は低く、冷えている。
「『舐めた舌』とは……どういう意味だ」
内心、すでに怒りは臨界点に達していた。
だが、妖王はあくまで事実を確認するため、そう問うた。
レイラは、思い出したくもない記憶を、ゆっくりと紡ぐ。
「あぁ……」
「私が、朱蓮丸を蹴り上げたあと……」
「テュエルが、すぐに駆けつけてくれた」
「だが……すぐに、また拘束されてしまった……」
言葉が、僅かに震える。
「その時に……」
ぞくり、と。
思い出しただけで、背筋に鳥肌が走る。
「背後から……」
「首筋に、顔を埋められ……」
「匂いを嗅がれ……」
「……舌を、這わせられた……」
――バキン!!!
鈍く、乾いた音。
シャガルが、座っていた机の縁を、握り潰していた。
木材が砕け、床に落ちる。
シャガルの目は、完全に笑っていない。
「……ほぉ………………?」
低く、凍るような声。
「八岐だけではなく……」
「朱蓮丸までもが……」
はは、と乾いた笑いが漏れる。
「……殺され足りぬようだな……」
「困ったものだ……」
「死に急ぎおって……」
ゆっくりと、言葉を噛みしめるように。
「冥界へ行けたらと……」
「これほど思ったことはない……」
「二度目の死を、与えてやったというのに……」
医務室は、完全に凍りついていた。
レイラは、俯く。
「………………」
――うん、言わない方が、よかったかもしれない…w
胸の奥で、そんな後悔が、静かに広がっていった。




