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双国ノ巫女 〜愛されることを諦めた姫が愛を知る物語〜  作者: Su
奪われかけた巫女と、帰還する王
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勝利目前――世界級の至宝は、奪われた。


八岐大蛇の、八つの眼が見開かれた。


「――――!!」


朱蓮丸も、思わず声を荒げる。


「おいおいおいおい……!!」

「……まじかよ……!!」


二人の視線が、食い入るように一点へと注がれる。


そこに立つのは――

もはや、人でも、ただの巫女でもない。


九本の尾が宙を裂き、

青白い氷気と妖気が幾重にも絡み合い、

周囲の空気そのものを凍てつかせていた。


雪女と九尾。

本来、交わるはずのない二つの異質が、

一つの存在として完成している。


――あり得ない。


朱蓮丸は、唖然としたまま、次の瞬間、

歓喜に歪んだ笑みを浮かべた。


「……はは……」

「おい、冗談だろ……」


喉を鳴らし、興奮を隠そうともせず叫ぶ。


「雪女だと……!?」

「しかも……九尾……!!」

「おいおい、絶滅したんじゃなかったのかよ!!」

「初めて見たぜ……こんなの……!!」


舌なめずりするように、視線を這わせる。


「やっべぇな、レイラ……」

「そりゃ妖王が執着するわけだ」

「最高じゃねぇか……!!」


笑いが、止まらない。


「こんなもん……」

「“女”なんて言葉で済ませていい代物じゃねぇ……」

「ますます欲しくなったぜ……」

「俺の女にしてぇ!!!!」


その横で。


八岐大蛇は、低く、深く喉を鳴らした。


「……なるほど」


八つの首が、ゆっくりと蠢く。


「雪女と九尾の融合体」

「しかも、人の身を保ったまま……か」


舌打ちにも似た、感嘆。


「雪女――聞いたことはあったが……」

「まさか、人間界へ移り住んでいたとはな」


眼が、細められる。


「これは……希少価値という次元ではない」

「巫女などという枠に収めるには、あまりにも惜しい」


八つの視線が、欲と野心を宿して重なる。


「朱蓮丸」

「超高級戦争資源」

「これは、巫女以上の“報酬”だ」


ゆっくりと、確信を込めて。


「この存在を手に入れれば――」

「妖界だけではない」

「人間界すら、意のままに操れる」


嗤う。


「妖界の均衡を壊す“切り札”」

「……いや」


八岐大蛇は、舌を震わせる。


「世界を握るための、鍵だ」


欲望と野心が、濃く、濃く絡み合う。


レイラという存在の“価値”は、

この瞬間、

単なる人質でも、戦利品でもなく――


世界級の至宝へと、跳ね上がった。


――だが。


レイラの意識は、驚くほど冷静だった。


(長くは、もたない)


この姿は、切り札。

代償の重い、最後の手段。


(ここで決めなければ……)

(次は、ない)


視界の端。

倒れ伏すテュエルの姿が、脳裏をよぎる。


(このままでは、殺される)

(私は奪われ、利用され――)

(シャガルと……最悪の再会をする)


それだけは、絶対に――


「……させない」


レイラは、静かに息を吸い――

一気に踏み込んだ。


刀を抜き放ち、

地を蹴る。


タンッ、と軽やかな音。


八岐大蛇の八つの蛇頭が、

一斉に彼女を捕らえようと迫る。


だが。


レイラは、そのうちの一本を踏み台にする。


――跳ぶ。


空へ。


朱蓮丸が、思わず息を呑む。


「おぉ……」

「すっげぇ……速え……」

「……綺麗だなぁ……」


援護するでもなく、

ただ“観る者”として、魅入っていた。


空高く舞い上がった、その瞬間。


――八岐大蛇の本体が、

完全に射程へ入る。


レイラは、宙で身を翻し、

片手を――八岐へとかざした。


そして。


ガシャァァァァァ――――ン!!


轟音とともに、

氷が爆ぜる。


瞬間冷凍――――


青白い氷柱が一気に広がり、

八岐大蛇の全身を包み込んだ。


それはまるで――

氷で形作られた、巨大な薔薇。


美しく、冷酷な――

死の造形。


さっきまで余裕を浮かべていた朱蓮丸が、

思わず立ち上がる。


「おい!!」

「八岐の旦那!!

 ……まじかよ!!」


だが、レイラは止まらない。


まだ、空中。


落下の重力を、

そのまま――刃へ。


氷に封じられ、露わになった

八岐大蛇の“本体”。


その首へ。



――――




……意識が、浮上する。


(……?)


重い瞼の奥で、光が滲んだ。


(……気絶……してた、のか……)


土と木の感触。

身体の節々に走る鈍痛。


――ハッとする。


(……朱蓮丸は……!?)


慌てて顔を上げた、その瞬間。


視界の先で――

レイラが、宙を舞っていた。


八岐大蛇の一本の蛇頭を踏み台にし、

しなやかに、鋭く、空へと跳ぶその姿。


(……あの、姿……)


九本の尾。

青白く揺らめく妖力。


(二重覚醒……)


喉が、ひくりと鳴る。


(……まずい……)


(あれは……長くは……)


だが、次の瞬間。


レイラが、空中で手をかざした。


――凍気が、世界を覆う。


ガシャァァァァァン――!!


一瞬。


八岐大蛇の全身が、氷に包まれる。


氷柱が幾重にも絡み合い、

まるで――

薔薇の花が咲いたかのような、異様な美しさ。


(……!!)


テュエルは、息を呑んだ。


(八岐大蛇を……)

(一瞬で……凍らせた……!?)


(……美しい……)

(……さすがです……レイラ様……!!)



――勝った。



そう、思った。



視点が、切り替わる。



――――


空中。



落下の感覚を、まだ身体は覚えていない。



氷に封じられた八岐大蛇を見下ろしながら、

レイラは、刃を構えた。



(……これで)



小さく、息を吸う。



「……これで」


「終わりだ……」


――その時だった。



ジリ……ッ



微かな音。



白く、

小さく、

光るもの。


(……?)



次の瞬間。



視界が――

爆ぜた。



青白い光が、視界いっぱいに広がる。



バァァァァァァァァァァァァン――――!!!!

 


衝撃。



一拍、遅れて――

雷鳴。



レイラは、

反応することすら、出来なかった。



思考より先に、

雷が――

落ちた。



「………………っ」



声にならない声。



全身を貫く、灼熱と痺れ。


視界が、真っ白に染まる。


――――



それを、

テュエルは、見てしまった。


「!!!!!!!!!!」


凍りつく。


理解するより先に、叫んでいた。


「レ、レイラァァァァーーーーーー!!!!!!」


――敬称が、吹き飛ぶほどの、焦燥。


レイラの身体が、

まるで――


撃ち落とされた鳥のように。


力を失い、

宙から、落ちていく。



――――



バリ……バリバリ……


氷が、軋む音。


氷柱の薔薇が、

内側から、砕け散る。



その中心から――

八岐大蛇が、現れた。



雷光を纏いながら。


そして。


落下してくるレイラの喉元へ――

八岐大蛇の指が、正確に伸びる。


ガシッ。


空中で、首を掴み取られた。


「……ふ」


低く、喉が鳴る。


「ふはははは……!」


雷鳴の中、

八岐大蛇は嗤った。


「残念だったな……?」


その声は、

勝者のものだった。


その時。


掴み上げられたレイラの腕が揺れ、

手首の翡翠が微かに煌めく。


八岐大蛇の視線が、

ふとそこへ落ちた。


――婚姻の証。


次の瞬間。


パチッ。


小さな火花が弾けた。


「……?」


八岐大蛇の眉が、

わずかに動く。


傷一つつかない。


だが、

その腕輪は確かに拒絶した。


まるで。


――触れるな。


そう告げるように。


「……ほう」


八岐大蛇は小さく喉を鳴らした。


「なるほどな……」


そして再び、

掴んだレイラへと視線を戻す。


――――――


雷撃を受けた身体は、もう言うことをきかなかった。


意識は――ある。

だが、思考が繋がらない。


視界が滲み、

音が、遠ざかる。


胸の奥が――熱い。


次の瞬間。


「……っ」


喉が、勝手に震えた。


――ごふっ。


 ――二重覚醒の代償。


限界を超えて力を引き出した、

その“支払い”が、今、身体の内側から噴き出していく。


抑える暇もなく、

赤黒い血が、口元から溢れ落ちる。


内側から、

壊れていく感覚。


肺が、

内臓が、

軋むように悲鳴を上げているのが分かった。


九尾の光が、

ひとつ、またひとつと掻き消えていく。


氷のオーラは、霧のように薄れ、

指先から、力が抜け落ちていく。


――元の、レイラの姿へ。


八岐大蛇は、その様子を見下ろし、

鼻で笑った。


「……なんだ」


血に濡れた口元を見て、

愉快そうに、嗤う。


「もう終わりか? 女」


首を掴まれたまま、

宙にぶら下げられたレイラは、

答えることすら、できない。


脳を焼かれ、視界は白く濁り、

全身を走る痺れが、筋肉への命令を断ち切っていた。


(……)


何も、浮かばない。

痛みすら、もう輪郭が曖昧だった。


その様子を見て、朱蓮丸が声を上げる。


「おいおい、八岐の旦那」

「それ、俺の女にするんだからな?」

「殺すなよ!? さすがに!!」


八岐大蛇は、掴んだままの手を緩めることなく、低く嗤う。


「加減はしたつもりだ」


「……だが」

「死ななければ、もっと痛ぶってもいいだろう?」


視線が、愉悦に濁る。


「あいつの……」

「あの、憎き酒呑の女だ」


「どんな顔をするか」

「見てみたいとは、思わんか?」


朱蓮丸が肩をすくめ、けたけたと笑った。


「ほんと、趣味悪ぃぜ」

「……だがまぁ」


「王がよ」

「顔を歪めるとこは――」

「たまんねぇだろうなぁ……」


八岐大蛇は、短く息を漏らす。


「……ふ」


次の瞬間。


掴んだままのその手に――

雷が走った。


ビリリリリリィ――――ッ!!


「――――――っ」


声にならない声が、喉で潰れる。


レイラの身体は、意思とは無関係に反射し、

弓なりに強く、びくりと跳ね上がる。


その光景を見て、テュエルが歯を食いしばり、

ふらつく脚で、無理やり立ち上がった。


「……ッ」


血を滴らせながら、刀を構え、

八岐大蛇へと踏み込もうとする。


だが――


「おぉっと」


朱蓮丸が、軽い調子で割り込む。


「テュエル、わりぃな」

「相手は俺だぜ?」


爆発のオーラが、壁のように立ちはだかる。


「安心しろって」

「レイラはよ、最高級品だ」


「殺しはしねぇよ」

「ちゃんと、大事に使うからさぁ?」


その一言で。


テュエルの中で――

何かが、完全に切れた。


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