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双国ノ巫女 〜愛されることを諦めた姫が愛を知る物語〜  作者: Su
奪われかけた巫女と、帰還する王
156/226

テュエル敗北――レイラ覚醒。


まだ――

自分が“雪女”であることは、悟られていない。


だが、

隠し通せる相手ではないことも、

レイラ自身が、誰より理解していた。


この男――八岐大蛇は、

一段、いや数段上の存在だ。


雪女だと知れれば、

向けられる視線は変わる。

敵意だけではない。

欲望と、支配の色が混じる。


それでも。


レイラは、刀を抜いた。


自分が蒔いた種を、刈るために。

そして――

シャガルと再び巡り会う、その瞬間まで。

生き延びるために。


空気が、変わった。


戦闘が始まる直前。

張り詰め、凍りつくような沈黙。


レイラは冷静に、

巫女としての眼で、八岐大蛇を見据える。


(……毒)

(瘴気のオーラ……か?)


巨体にまとわりつく、

肌を刺すような不快な気配。


だが、それだけではない。

――“まだ何かある”。


体内に渦巻く瘴気が濃すぎて、

その正体を正確に掴めない。


(……注意しなければ)


戦う前から、分かっている。


八岐大蛇には――

敵わない。


九尾として研ぎ澄まされた五感が、

心の奥で、警鐘を鳴らし続けている。


――危険だ。

――近づくな。

――逃げろ。


それでも。


なりふり構っている余裕はない。

最初から、全力。

それしか、選択肢はなかった。


八岐大蛇の八つの蛇頭が、

一斉に、レイラを迎え撃つ。


だが、レイラは一瞬も怯まない。


九尾の疾風オーラを解放し、

五感を、限界以上に引き上げる。


身体能力が、異常なまでに研ぎ澄まされる。

刃に、風が宿った。


八岐大蛇が、愉快そうに目を細める。


「ほぉ……疾風、とな」

「貴様、九尾か……」


舌が、ねっとりと動く。


「亜韻(アイン)に、娘がおったとはな」

「だが、不憫よ」

「狐火は遺伝しなかったか」

「ならば……脅威にもならぬ」


レイラは、短く息を吐いた。


「――お前を斬ることくらい、できる」


言い切り、踏み込む。


風を纏った刃が閃き、

最初の蛇頭を、叩き斬った。


「ぐっ!」


一本。

また一本。


あまりにも、あっさりと。


気づけば、残りは四つ。

だが、本体――

人の形をした八岐の胴体は、

残る蛇頭に守られ、微動だにしない。


レイラは速い。

誰も追いつけぬほどに。


――だからこそ。


この“軽さ”に、苛立ちが湧いた。


「……ふざけるな」

「小芝居は、よせ」


刃を構え、睨みつける。


「……何か、隠しているな」


八岐大蛇が、ふっと笑った。


次の瞬間。


ドゥル……ッ


不気味な音を立てて、

斬り落としたはずの蛇頭が、再生する。


「……な……」


喉が、ひくりと鳴る。


(再生……する……?)


八岐大蛇は、愉悦を滲ませて告げた。


「ふふ……斬っても無駄だ」

「……次は、私の番だ」


八つの口が、同時に開く。


ぺっ――


瘴気混じりの唾が、

一斉に、レイラへと吐き出された。


レイラは避ける。

だが、着弾した瘴気が、

周囲に蔓延する。


「……っ!」


鼻と口を押さえ、咳き込む。


視界が歪む。

嗅覚が狂う。

平衡感覚が、揺らぐ。


――五感が、侵されている。


八岐大蛇との相性。


それは――

最悪、だった。 



斬っても届かず、

避けても削られ、

呼吸をするたび、瘴気が肺を焼く。


闘いは、まだ始まったばかりだというのに。


朱蓮丸と八岐大蛇に対し、

レイラとテュエルの姿は――

まるで、すでに後半戦へ突入したかのようだった。


二人とも、肩で息をする。


「はぁ……はぁ……」

「……はっ、はっ……」


火花が散り、

爆発と炎が、何度も衝突する。


「ほら、もっと遊ぶぞ、テュエル!!」


朱蓮丸の声が、楽しげに弾む。


「……っ!」

テュエルは歯を食いしばり、

「名を呼ぶな……!!」


再び、爆ぜる衝撃。

炎と爆風が、戦場を蹂躙する。


その合間――


八岐大蛇の巨大な蛇頭が、

容赦なくレイラへと牙を剥く。


噛み砕く。

薙ぎ払う。

瘴気を吐く。


レイラは、それらを紙一重でかわし続けながら、

歯を噛み締めた。


(……遊ばれている)

(完全に……)


視界の端。

爆煙の向こうで戦うテュエルが映る。


(テュエル……)

(あいつも……もう、限界だ……)


胸が、冷たくなる。


(まさか……)

(テュエルが……歯が立たないなんて……)


一瞬、呼吸が詰まる。


(……シャガルが)

(居てくれたら……)


喉の奥で、言葉が震える。


(シャガル……)

(助けて……)


その、微かな焦燥。


八岐大蛇は、逃さなかった。


蛇の瞳が、細く歪む。


「……ふっ」


低く、嗤う。


「王は――来ないぞ」


レイラは、はっと顔を上げる。


「……っ!」


八岐大蛇は、ゆったりと蛇身をうねらせながら続ける。


「来ない」

「私が――」

「そう“仕込んでおいた”からな」


レイラは、刀を握り締めたまま、睨み返す。


「シャガ……」

「……酒呑に、何をした」


八岐大蛇は、肩をすくめるように首を揺らす。


「貴様が知る必要はない」


その時――


「ははっ」

朱蓮丸が、愉快そうに割って入った。


「冷たいなぁ、八岐の旦那」


視線を、レイラへ向ける。


「レイラ、妖王は今さ」

「足止めされてんだよ」


けたけたと、下卑た笑い。


「こっちに来れねぇようにな」

「こっちに、意識を向けねぇように」


「じわじわ、じわじわ……」

「時間をかけて、な」


――その余裕。


その言葉。


レイラの中で、何かが引っかかった。


視線が、反射的に動く。


――テュエル。


「……っ!!」


土と木に埋もれるように、

彼は倒れていた。


動かない。


意識が――ない。


命は、辛うじて繋がっている。

だが、それだけだ。


喉が、鳴る。


「……テュ……エル……」



震える声。


――――――



――テュエルの視界。


(来る……)


朱蓮丸のオーラが、膨れ上がる。

爆ぜる――そう、判断した。


(爆発……)


瞬間、足場を蹴り、

回避と防御を選択する。


――だが。


(……っ!?)


地面が、歪んだ。


爆ぜる前。

爆ぜるより、先に。


土が、うねり。

木が、絡みつき。

逃げ場そのものが、奪われる。


(爆破じゃ……ない……!?)


次の瞬間。


至近距離で――

爆ぜた。


「――っ!!」


肺の奥が、押し潰される。

音もなく、身体の芯が砕けた。


意識が、白く弾ける。


(…そうか……土…!!)


(……読めなかった……)



それが、最後の思考だった。


――――



(私が……)

(あの場に、立ち会わせてしまった……)


(私のせいだ……)

(私が、招いた種で……)


(テュエルを……!!)

(こんな目に……遭わせてしまった……!!)


「あーあ」

朱蓮丸が、つまらなそうに肩をすくめる。


「テュエルな、気絶しちまったよ」

「つまんねぇ」


――その瞬間。


レイラの中で、

一つの答えが、静かに形を持った。


(……土……)


喉の奥が、ひくりと鳴る。


(あいつ……)

(今まで、使っていなかった……)


その事実だけで、

すべてが、繋がってしまった。


――絶望。


……いや。


違う。


それは――


怒りだ。


その瞬間。


レイラの内側で、

何かが――弾けた。


妖力が、爆ぜる。


オーラだけじゃない。


九本の、光を帯びた尾が顕現し、

唸りを上げて宙を裂く。


瞳は、獣のような縦の紋へと変わり、

青白い光が、全身から噴き上がった。


――レイラの姿が、

九尾の異形へと、変貌する。


それは――


かつて、双国で。

投石から身を守った、あの時と同じ。


二重覚醒。


いわゆる――

暴走。


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