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双国ノ巫女 〜愛されることを諦めた姫が愛を知る物語〜  作者: Su
奪われかけた巫女と、帰還する王
155/226

最悪の敵は、歪みの向こうで待っていた。


炎と爆圧が、正面から噛み合った。


テュエルの剣が炎を纏い、一直線に走る。

だが――


「甘ぇよッ!!」


朱蓮丸の笑声と同時に、爆発オーラが炸裂した。


轟音。

炎が、喰われる。


上位互換。

それを、身体で理解させられる。


「――ッ!」


テュエルの身体が弾かれ、地を滑る。

即座に体勢を立て直すが、腕が痺れていた。


朱蓮丸は、楽しげに肩を回す。


「酒呑童子の女に、“こんなの”を側に置いてたとはな……」

「クククッ……期待外れ……って言いてぇとこだが――」


舌なめずり。


「必死に守ろうとして死にそうな男ってのは……」

「最高にそそる」


その瞬間――

風が、鳴いた。


レイラだ。


凍結の気配は、ない。

ただ純粋な疾風。


九尾のオーラが脚に絡み、地を蹴るたび残像が生まれる。

刃が閃き、朱蓮丸の死角を突く。


「へぇ……!」


朱蓮丸は爆ぜるように後退し、愉快そうに笑った。


「巫女が、この速さかよ」

「女ってのは……ほんと面白ぇ」


だが――

戦況は、厳しかった。


爆発が、間合いを支配する。

踏み込めば爆ぜ、避ければ追撃が来る。


テュエルは歯を噛み締める。


「……レイラ様」


低く、決意の声。


「俺が殺します」

「こいつだけは……絶対に」


朱蓮丸が、構え直す。

爆圧が、刃にまとわりつく。


「抵抗する女もいいが……」

「その女を守って死にそうな男も……」


歪んだ笑み。


「たまらねぇなァ!?」


――その時。


レイラが、テュエルの耳元に一瞬だけ近づいた。


「……強い」

「正面からじゃ、埒が開かない」


視線が、歪みへ向く。


「先に塞ぐ」

「だから――少しだけ、踏ん張れ」


テュエルは、即答しない。

だが、次の瞬間には頷いていた。


「……必ず、守ります」


レイラが、歪みへと駆け出す。


その背を庇うように――

テュエルが、先に踏み込んだ。


「相手は……俺だッ!!」


炎を纏った剣が、一直線に朱蓮丸へと振り下ろされる。

迷いのない、全力の一撃。


――だが。


「おっと」


朱蓮丸は、避けない。


爆発が、真正面から炸裂した。


ドォン――ッ!!


炎と爆圧が噛み合い、空気が悲鳴を上げる。

テュエルの剣は確かに届いていた。

朱蓮丸の身体を、確かに捉えていた。


――にもかかわらず。


「……いいね」


爆煙の中、低く笑う声。


(くそ……)

(斬っているはずなのに――)

(爆発が先に喰らいついて、届かない……!)


手応えが、ない。

炎が触れる前に、弾かれる。


朱蓮丸は、受けながら――見ていた。


その視線が、ふと横へ流れる。


「……あぁ?」


歪みへと近づく、白い影。


「ダメだぞ、レイラ〜?」


次の瞬間。


朱蓮丸の腕が振り抜かれる。


爆音。


テュエルの目前で、爆発が咲いた。


直撃――

いや、耐えた。


「ッ……!!」


だが、その一瞬。


体勢が、わずかに崩れる。


「悪いな」


朱蓮丸の声が、間近に響いた。


爆圧が、叩きつけられる。


テュエルの身体が、後方へ弾き飛ばされた。


「……っ!」


地を削りながら踏みとどまるテュエルの視界の先で――


朱蓮丸は、すでに向きを変えていた。


標的は、一つ。


「隙だらけだぜ」


歪みへと伸びる、レイラの背へ。


「!!!」


朱蓮丸は、一瞬で距離を詰めていた。


「これからが――」

「お楽しみなんだからよォ!!」


歪みに向け、爆発を孕んだ斬撃。


空間が――


裂ける。


ズ……

バァアアアアアッ!!!


歪みが、悲鳴を上げるように拡張した。


その向こう側から――

“何か”が、溢れ出す。


レイラの背筋が、凍りついた。


黒い瘴気が、波のように広がり、

その中心から――


ずるり、と。


巨大な蛇の首が、姿を現す。


幾重にも重なる視線。

空気そのものを圧する存在感。


朱蓮丸は、愉快そうに笑った。


「……おっと」

「さっそく、親玉のお出ましか?」


戦場の“格”が、変わった。


巨大な蛇の胴が、空間を押し広げながら這い出てくる。


黒い瘴気が、洪水のように溢れた。

空気が腐り、重く沈む。


——八岐大蛇(やまたのおろち)


妖界において、王に次ぐ存在。

その名だけで、数多の妖が跪く大妖。


レイラは、思わず歪みから後ずさった。


胸が、どくん、と強く跳ねる。


(……シャガル)


脳裏に、あの声がよぎる。


『絶対に、妖を入れるな』


「……っ……」


唇を噛む。


(ごめん……なさい……)

(私の……せいだ……)


肌で、わかっていた。

朱蓮丸など比ではない。


――入れてはならなかった“本命”が、来てしまったのだと。


朱蓮丸が、愉快そうに肩をすくめる。


「なんだよ、案外早かったじゃねぇか。八岐の旦那」

「楽しく遊んでたとこだったのによ」


八岐大蛇は、低く、ぬめるような声で応じた。


「……よくやった、朱蓮丸」

「巫女は勝手に綻ぶ……やはり、読み通りだな」


朱蓮丸は、にやりと口角を吊り上げる。


「へへ……なぁ八岐の旦那」

「妖王がいねぇ今ならよ……

 この女、簡単に攫えるぜ?」


「ぜってー殺すなよ?」

「俺、この女、気に入っちまってさぁ」


八岐大蛇は、まるで道端の石でも見るように言った。


「妖王への“手土産”にした後は、力だけ使えればいい」

「後は、好きにしろ」


一拍置き、冷たく付け足す。


「――孕ませるなよ」


朱蓮丸は喉を鳴らして笑った。


「そんなもったいねぇことしねぇよ」

「殺すにゃ惜しい女だ」


「俺の“女”にする」


その瞬間。


「……さっきから聞いていれば……!」


テュエルの歯が、ぎり、と鳴る。


「レイラ様を……まるで物のように……!!」


八岐大蛇が、初めて視線を向けた。


「……なんだ、こいつは」


朱蓮丸が即答する。


「俺の玩具」

にやり、と笑い。


「俺こいつとやるからよ」

「八岐の旦那はレイラな」

「いいか? ぜってーだからな?殺すなよ?」

 と念押しする。


レイラの胸に、怒りが灯る。


「……私は」

「お前たちの王の、妻だ」


「王への忠義は、ないのか」


八岐大蛇の視線が、

一瞬だけレイラの手首へ落ちる。


翡翠の腕輪。


その眼が、

わずかに細められた。


だが次の瞬間――


八岐大蛇と朱蓮丸は、

顔を見合わせる。


そして、腹を抱えて笑った。


その笑いは、

まるで何かを踏み潰す音のようだった。


「忠義? 倫理?」


八岐大蛇が嘲る。


「妖にそんなものはない。安心しろ」


「頼むぜレイラ〜」

朱蓮丸がけらけら笑う。


その笑い声に、レイラの中で何かが切れた。


――シャガルを、侮辱された。


八岐大蛇が吐き捨てる。


「あんな、統治もしない気まぐれな王」

「王でも何でもない」


「ただの――馬鹿殿だ」


朱蓮丸が腹を抱えて笑う。


レイラとテュエルは、言葉を失う。


(……否定は、できない)


――だが。


レイラは、一歩、前に出た。


「……それでも」


「お前たちよりは、器が広い」


空気が、凍りつく。


「……なんだと?」

八岐大蛇の声が、低く沈む。


レイラは、真っ直ぐに睨み返した。


「………酒呑は」

「人間界に危害を加えようとしなかった」

「私の力を知っても、利用しようとしなかった」


そして、静かに言い放つ。


「私の力を欲しがるということは……」


「――お前たちが、“弱い”という証だ」


 レイラは、思わず小さく息を漏らした。


「……自ら、負けを認めているようなものだな?」


八岐大蛇の顔が、歪む。



朱蓮丸は、楽しそうに舌打ちした。


 

「あーあ」

「言われちゃったなぁ?」

「結構言うじゃねぇか」

「やっぱ面白ぇ女だ」


八岐大蛇の無数の眼が、レイラを舐めるように見下ろす。


「…いいだろう」

「望み通り、私が相手をしてやる」


「巫女……妖界の境を保つ、最後の鍵」

「お前さえ手に入れば――我らの勝ちだ」


その瞬間、

レイラは悟った。


これは逃げ場のない戦いだと。

境を守る巫女として。

酒呑童子の妻として。


そして――

ひとりの存在として。


ここで折れれば、すべてが終わる。


だから、レイラは立つ。

恐怖の中で、刃を握り締めた。



――ここからは、

もう一段階、地獄だ。


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