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妖界に狙われる最高級品の妻を守る方法が、妻を強くすることでした

守る者の誓い

夜は、まだ終わっていなかった。


レイラは寝台に横になり、

浅い呼吸を、一定の間隔で繰り返している。


完全な眠りではない。

夢と現実の境を、行き来しているだけだ。


その寝台から、数歩も離れていない位置。

シャガルは壁に背を預け、腕を組んだまま、目を閉じていなかった。


テュエルは剣を外さず、

部屋の入口付近に立っている。


何かあれば――

一歩で、駆け寄れる距離。


沈黙が続く。


その沈黙を、先に破ったのはテュエルだった。


「……シャガル」


低い声。

だが、いつもより抑えが効いていない。


「もう、隠さないでください」


シャガルは、目を閉じたまま動かない。


「妖界のことを」

「“あちら側”の理を」


一拍。


「これ以上、知らされないままでは」

「俺は……守れません」


言葉の端に、

はっきりとした苛立ちが滲んでいた。


シャガルは、ゆっくりと目を開く。

その視線は、眠るレイラから一瞬も離れない。


「……焦っておるな」


「当然です」


テュエルは、声を抑えきれない。


「以前は、このように空間が歪み、妖がこちらへ侵入しようとする現象などありませんでした」


「ましてや、妖と共存していたなど――私は、陛下を討った時に、初めて知ったほどです」


息を整え、続ける。


「……なぜ、こんな事態が起きている」

「なぜ、こんなにも“境界”が緩んでいるのです?」


⸻


シャガルは腕を組み、目を伏せる。

苛立ちと焦りを抑えるように、低く言った。


「原因は、明白だ」


「人間界と妖界の“往来”が増えすぎた」


淡々と、事実だけを並べる。


「余の人間界行きに始まり」

「馬天、魄喰……幾匹もの妖が、この界に足を踏み入れた」


「新月は、境が薄くなる」


「妖界と人間界」

「その“重なり”が、最も起こりやすい夜だ」


テュエルは、すぐに反論する。


「……ですが」

「茨木童子が現れた時は」

「新月ではなかった」


シャガルは即座に返した。


「あれは、例外だ」


視線が、わずかに鋭くなる。


「あやつは」

「すでに人間界に“居を移していた”」

「境を越えたのではない」

「最初から、こちら側にいたのだ」


短い沈黙。


テュエルは、言葉を選びながら問いを重ねる。


「……では」

「レイラ様は、なぜ狙われた」


「雪女の……治癒の力だけが理由ですか?」


一拍。


「それとも――」

「あなたの“妻”だからですか」


空気が、わずかに張り詰めた。


シャガルは、しばらく黙っていた。

やがて、低く答える。


「……あぁ」

「恐らく両方だ……」


そして、続ける。


「それに――極めつけは、レイラだ」


テュエルが目を見開く。


「魄喰を浄化した、あの霊力」

「人間の域を、完全に超えておる」


「その規模の霊力が目覚めれば」

「境界が刺激されるのは、当然だ」


淡々と、だが重く。


「霊力とは」

「歪みを、緩めることも」

「締めることもできる力」


「妖界と人間界の“継ぎ目”に」

「最も干渉しやすい」


「ゆえに――」

「新月の夜、亀裂は開きやすくなる」


テュエルは、息を詰める。


「……つまり」

「レイラ様が、無意識のうちに」

「境界を“緩めて”しまった可能性が高い、と……?」


「……そうだ」


シャガルは、一度だけ拳を握る。


「巫女の力を感じ」

「それを奪おうとする者」

「消そうとする者」

「理由は様々だが――」


言葉が、一瞬詰まる。


「レイラは……」

「妖界の者にとって、【最高級品】だ」


重く、吐き捨てるように。


「ましてや【王の女】だ。」


「人質」

「羨望」

「嫉妬」

「利用価値」


「殺される可能性もある」

「……だが、それだけでは終わらぬ」


声が、低く歪む。


「性処理として使われ」

「子を産まされ」

「用が済めば、殺される」


想像しただけで、

シャガルの表情は歪み、怒気を隠せなくなる。


次の瞬間、

テュエルの剣を握る指に力が籠もり、

関節が、鈍く鳴った。


視線が伏せられる。


――怒りと嫌悪を、

噛み殺すように。


テュエルは、息を呑んだ。


【最高級品】という言葉に、

ダインが死の間際に残した言葉が、脳裏をよぎった。


『…………どうだ』

『“いい話”だと思わぬか』


『何が言いたいか』

『……わかるな?』


(陛下……これは……)

(あまりにも、荷が重すぎる……)


それでも、テュエルは食い下がる。


「……しかし」

「解決策は……ないのでしょうか」


「今まで、ほとんど兆候もなかったのに」

「いきなり、こんな事態に……」


シャガルは、短く答えた。


「……霊力を、鍛えねばならぬ」

「それしか、道はない」


沈黙ののち――

テュエルが、かすれた声で言った。


「……解決策が」

「“霊力”だと……そう言いましたね」


シャガルは、ゆっくりと頷く。


「妖力と霊力は、相反するものだ」


低い声。


「余は、教えることができぬ」

「力の質が、違いすぎる」


テュエルの眉が、きつく寄る。


「……では……」


シャガルは、一拍置いて続けた。


「……レイラ次第だ」


空気が、張り詰める。


「そんな……」


テュエルは、思わず声を荒らげかけて、すぐに押し殺す。


「あんな状態のレイラ様に……」

「これ以上、負担をかけろと……?」

「酷すぎやしませんか……」


その言葉に、シャガルの表情がわずかに歪む。


「余とて」

「そんなことをさせたいわけではない」


低く、しかし確かに感情を含んだ声。


「余の力だけで守れるのなら」

「そうしておる」


「闘わせたくもない」

「苦しませたくなど、尚更だ」


一拍。


それでも、視線は逸らさない。


「……だが」


「歪みが緩んでいる今」

「妖どもは、好機と見る」


「亀裂を“広げ”」

「境を“壊し”」

「なだれ込んでくる可能性もある」


テュエルの息が、詰まる。


「……そんなことが起きれば」


「人間界は、持たぬ」


淡々と告げられたその事実が、

何よりも残酷だった。


シャガルは、眠るレイラへと目を落とす。


「レイラは」

「そんな未来を、望まぬ」


静かだが、断定的な声。


「だから――」


「余らが、今できることは一つだけだ」


テュエルは、唾を飲み込む。


「事実を伝える」

「隠さず、歪めず」


「そして――」


一瞬、言葉を選ぶように間を置く。


「……信じる」


「レイラ自身の選択を」

「力を」

「心を」


「それだけだ」


沈黙。


テュエルは、しばらく何も言えなかった。


やがて、拳を強く握りしめる。


(……レイラ様……)


守ると誓った相手に、

こんな選択を委ねねばならない現実。


それでも――

背を向けることは、できなかった。


「……分かりました」


声は低く、震えを抑えている。


「目を覚まされたら」

「全て、伝えましょう」


「逃げ道も」

「覚悟も」


シャガルは、短く頷いた。


「……ああ」


再び、二人の視線はレイラへ戻る。


長い沈黙の後。

シャガルがぼそっと言う。


「……レイラを守る。

余はもう、二度と失いたくない。」


テュエルも静かに頷き、言葉を合わせる。


「俺も…レイラ様だけは守り抜きます。

どんな相手であろうと。」


敵同士だった二人が、完全に“同じ願い”を共有した瞬間だった。


やがて――

微かな呼吸の変化。


長い睫毛が、かすかに揺れた。


夜は、終わりを告げようとしていた。


そして次に来るのは、

“守られる姫”ではいられなくなる朝だった。


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