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妖王が唯一話したがらないこと


太鼓の音が、ゆっくりと熱を落としていく。


昼の賑わいが引いて、

夜の空気が、静かに広場を満たし始めた。


笛の音。

低く、穏やかな太鼓。


――今年は、村人たちが中心となって行う、いつも通りの追悼祭り。


大きな儀式はない。

特別な奇跡も、求められていない。


ただ、

亡き者を想い、

生きている者同士が、肩を寄せ合う夜。


人々は自然と輪を作り、

中央に、踊りの場が設けられる。


「……今年も、静かでいい祭りだな」

「去年は……すごかったが……」


そんな声が、あちこちで囁かれる。


その輪の端で、

レイラは少し控えめに立っていた。


(……今年は……)

(……見守る側、だな……)


だが。


「……姫様?」

「もしよければ……」


年配の村人が、遠慮がちに声をかける。


「去年の舞を見ていて……」

「差し支えなければ……ご一緒に、どうかと……」


一瞬、迷ってから、

レイラは小さく頷いた。


「……私でよければ」


輪の中へ入ると、

空気が、ほんのわずかに変わる。


動きは簡素。

歌も、口ずさむ程度。


それでも――

レイラの足運びは、迷いがなく、

袖の動きは、風を含んで美しかった。


「……さすがだな……」

「去年とは違う形だが……」

「それでも、見事だ……」


そんな声が、自然と漏れる。


村人たちは、

レイラの動きに合わせ、

ゆっくりと、同じ調子で踊り始める。


「一緒に踊れて、光栄です」

「ありがとうございます」


そんな言葉に、

レイラは少し照れたように首を振った。


「……こちらこそ」

 


その少し外側で、

テュエルは静かに警護の位置を保っていた。


視線は常に、レイラの周囲――

……の、はずだった。


実際には、

踊る彼女の姿から、どうしても目が離れない。


袖が揺れるたび、

足運びが静かに地を踏むたび、

灯りを受けた横顔が、ふとこちらを向くたび。


(……っ……)


喉が、無意識に鳴る。


(……まずい……)

(……警護だ……集中しろ……)


理性では分かっている。

分かっているのに――


(……やはり……目を引く……)


いや、違う。


(……目を引く、なんてものじゃない……)


周囲の気配に神経を張り巡らせながらも、

視線は何度も、自然と彼女へ戻ってしまう。


(……あんな姿を……)

(……人前で見せるものじゃ……)


内心で独占欲が騒ぐのを、

必死に押さえ込んでいた。


⸻


一方。


シャガルは、輪から一歩離れた場所で、

腕を組んだまま、その光景を眺めていた。


視線の先にあるのは、

村人に囲まれ、穏やかに舞うレイラの姿。


(……ふん……)


鼻で息を鳴らしながらも、

その口元は、わずかに緩んでいる。


(……やはり……)


胸の奥に、じんわりとした熱が広がる。


(……余の、妻だ……)


誇らしさ。

疑いようのない事実。


人の輪の中にあっても、

誰よりも自然で、誰よりも美しい。


聞いたような奇跡は起きない。

境界も、揺らがない。


だが――


(……人の祭り……か……)


妖界には、ない。


死者を想い、

生者同士が寄り添い、

静かに踊り、灯を流す――

そんな“祈りの形”は。


(……不便で……)

(……弱くて……)

(……だが……)


なぜか、目を逸らせない。


(……悪くない……)


レイラが、この場に立ち、

この空気の中にいることが。


それが――

妙に、胸に残った。


――――


やがて、人々は川辺へと移動する。


手にした灯籠に、

それぞれの想いを込めて。


レイラもまた、

灯籠を受け取り、水面に膝をついた。


揺れる光。

流れていく、小さな灯。


そっと、手を離す。


灯籠は、

水に揺られながら、

闇の奥へと消えていく。


テュエルは、半歩後ろで立ち止まり、

何も言わず、その背を守っていた。


視線は周囲――

だが、意識の端は、確かにレイラに向いている。


シャガルは、

少し距離を取って、川面を見つめていた。


風が吹き、

灯が揺れる。


その時――

レイラは、ふと思い出したように言う。


「……シャガル」


呼ばれ、

シャガルの肩が、わずかに動く。


「そういえば……」

「聞いたことがなかったな」


一歩、近づいて。


「妖界って……どんなところなんだ?」


一瞬の、沈黙。


川のせせらぎだけが、

やけに大きく耳に残る。


その空気の変化に、

テュエルは、すぐに気づいた。


視線を落としたまま、

低く、しかし確かな声で言う。


「……レイラ様」


制止でも、否定でもない。

ただ、注意を促すだけの一言。


だが――


シャガルは、振り返らない。

背を向けたまま、低く答える。


「……お前が気にするようなことじゃない」


「?」

「でも……お前の故郷だろう」

「少しくらい――」


「帰るぞ」


遮るような声。


「この話は、終わりだ」


テュエルは、それ以上口を開かない。

剣に添えた指に、わずかに力が入る。


レイラもまた、

それ以上踏み込まなかった。


流れていく灯籠へ、

そっと視線を戻す。


(……何か……)

(……触れてはいけないものに……)

(……触れた気がする……)


空には、月がない。


闇だけが、

静かに、夜を満たしていた。


――新月が、近い。


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