妻が可愛すぎるので嫉妬を隠さないことにしました。ちなみに朝から俺は元気です
障子越しの光が、ゆっくりと部屋を満たす。
夜の名残を溶かすように、朝は、容赦なくやってくる。
「……朝、か……」
レイラが目を覚ますと、すぐ隣には――シャガルが、まだ眠そうに身を起こしていた。
(……シャガル……)
昨夜の体温だけが、まだ肌に残っている気がする。
胸の奥が、妙に静かで――妙に落ち着かない。
(……何事も……)
(なかった顔をして……)
そう自分に言い聞かせ、身支度を整える二人。
少し言葉を交わしながら、廊下に足を踏み出す。
「さて、行くか」
「うむ……」
二人が歩き始めた、その瞬間――
「レイラ様」
振り返る暇もなく、視界が反転する。
「――――なっ!?」
次の瞬間、姫抱っこ。
「テュ、テュエル!?」
腕の中は異様に安定している。
だが、抱く力が――強い。
「失礼します」
声はいつも通り丁寧。だからこそ、余計に異常だった。
背後で――
「……は?」
完全に状況を理解できていない声。
「――待て!!」
シャガルが叫んだ、その瞬間。
テュエルは――
ぴたり、と足を止めた。
ゆっくりと、
本当に、ゆっくりと。
振り返る。
その表情を見た瞬間。
シャガルの思考が、一拍、止まった。
――笑っていない。
――怒鳴ってもいない。
――オーラも、ほとんど漏れていない。
ただ。
底が抜けたように、冷え切った目。
感情が削ぎ落とされ、
一点だけを正確に射抜く視線。
「…………」
声は、出ない。
テュエルは、何も言わずに――
ただ、その目でシャガルを見た。
一秒。
二秒。
それだけで、十分だった。
(……あ……)
シャガルの背に、
ぞわり、と嫌な感覚が走る。
(……これは……)
(あかんやつや……)
次の瞬間。
テュエルは、何事もなかったかのように視線を切り、
再び、レイラを抱いたまま歩き出す。
一切、振り返らない。
「…………」
シャガルは、その場に立ち尽くした。
(……攫われた……?)
遅れて、理解が追いつく。
(……余が……?)
だが、もう遅い。
すでに二人の背は、遠く――
城の回廊の向こうへ、消えていった。
シャガルは、呆れたように、低く呟く。
「……あの男……」
怒りよりも先に。
ぞくり、とした感覚が、まだ残っていた。
――
扉が閉まる。
「テュエル……?」
「どうした……?」
返事は、ない。
寝台に――
乱暴に降ろされる。
「……っ!?」
押し倒され、
視界いっぱいに、彼の顔。
近い。
息が、触れる。
「テュエル?!」
「何が……」
「レイラ様」
低い声。
いつもの優しさの奥に、
明確な苛立ちが滲んでいる。
「ボク」
「今朝まで――」
一拍。
「ずっと、我慢してました」
「……っ」
その言葉だけで、
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
(な、なんで……)
(そんな顔で……)
「仰いましたよね?」
視線を逸らさせない。
「『言葉を選ばなくていい』」
「『無理しなくていい』」
「『我慢もしなくていい』」
「……あ……」
思い出してしまう。
自分が、
はっきりと――愛していると言った日を。
「その言葉で」
「どれだけ救われたか」
声が、少しだけ掠れる。
「そして――」
「どれだけ、煽られたか」
「……っ!!?」
レイラの顔が、一気に熱くなる。
(や、やばい……)
(胸……)
(心臓……!!)
「すみません」
一応、謝る。
だが、全く引く気はない。
「正直に申し上げますと」
目が、真っ直ぐ。
「今、ものすごく」
「嫉妬しております」
「一昨日」
「一日中、レイラ様と過ごしました」
「ですが」
声が、わずかに低くなる。
「その夜」
「『これ以上は無理』と仰って」
にこり。
「“しません”でしたよね?^^」
穏やかな声。
なのに、逃げ道がない。
「テュ……テュエル……」
名前を呼んだだけで、
胸が――どくん、と跳ね上がる。
(……まずい……)
(距離……近い……)
(なんでそんな顔で見る……)
視線を逸らそうとしても、
逸らせない。
(最近……)
(本当に……)
(顔が……)
(良すぎる……)
心臓が、うるさい。
(こんな……)
(前から一緒にいたのに……)
(“夫婦”として)
(いや、異性として)
(意識した瞬間から……)
(破壊力が……上がりすぎている……)
息を吸おうとして、
うまく吸えない。
(待て、落ち着け……)
(これは……)
(嫉妬してる男の顔で……)
(しかも……)
(私に向けられてて……)
叫びたいのに、
声が出ない。
(無理……)
(近い……)
(もう、これ以上……)
(――見ないで……///)
「昨夜に続けて」
「朝から、というのは」
「さすがに」
「礼を欠くかとも思いました」
だが。
「今は」
視線が、熱を帯びる。
「俺の理性より」
「俺の感情が、勝っております」
「……っ!!」
レイラの指先が、
無意識に、敷き布を掴む。
(……心臓……)
(壊れる……)
「レイラ様」
名を呼ばれるだけで、
胸が、きゅっと鳴る。
「今」
「俺を見て、どう思っておりますか」
「……な、な……」
答えられない。
(言ったら……)
(絶対……)
(終わる……)
だが、
その沈黙こそが。
「……なるほど」
静かに、納得される。
「十分です」
にこり、と。
「昨夜」
「シャガルと過ごした後でも」
「今」
「そういう顔をする」
「それだけで――」
低く。
「俺は」
「もう、限界です」
低く、抑えた声。
それは怒りでも命令でもなく――
理性が、最後に形を保っている音だった。
「……テュエル…?」
名を呼んだ瞬間、
レイラの胸が、きゅっと締め付けられる。
近い。
あまりにも。
「申し訳ありません^^」
そう言いながら、
テュエルの表情は、いつもの穏やかさとは違っていた。
笑っているのに、
余裕がない。
「今は」
「俺の番です」
はっきりとした宣言。
逃げ場を塞ぐように、
両腕が、寝台の脇につかれる。
視線が、絡む。
(……だめ……)
(こんな顔……反則だ……)
言葉が出ない。
心臓だけが、うるさい。
そして――
ためらいなく、距離が詰まる。
触れるだけの、短い口付け。
だが、
それで十分すぎるほどだった。
「……っ」
抗議も拒否も、
すべて、遅い。
その先は――
語られなかった。
――――――――
城の中庭。
午前の陽射しが、穏やかに差し込む中――
レイラは、テュエルの隣で外の茶卓に腰を下ろしていた。
……正確には。
テュエルに半分抱かれる形で。
「……ふぅ……」
小さく息を吐く。
身体は重く、頭も少しぼんやりしている。
(……さすがに……疲れた……)
テュエルは、何も言わず、
ただ当たり前のようにレイラの背に腕を回し、
湯気の立つやさしく温度を落とした茶を差し出した。
「無理はなさらず」
「今日は、外で少し休みましょう」
「……うん……」
その様子は、
誰がどう見ても――
今朝、“済ました”男の余裕。
空気が、平和だった。
――その時。
「…………」
視線を感じる。
いや、圧だ。
レイラが顔を上げるより先に、
テュエルが、ふっと目を細めた。
視線の先。
中庭の入口に――
腕を組み、微動だにせず立つ、シャガル。
無言。
だが、全身が語っている。
「…………」
空気が、冷える。
レイラ
(……来た……)
シャガルは、一歩も近づかず、
ただ、低く。
「…………」
一言も発さない。
それなのに。
(貴様、掻っ攫ったな?)
という声が、はっきり聞こえる気がした。
テュエルは、茶を一口含み――
ゆっくりと湯呑みを置く。
そして。
「…………」
シャガルを、真正面から見返す。
一切、言葉はない。
だが。
(あぁ)
(“俺も”やってきましたが?)
という、
ツヤッツヤのドヤ顔圧。
火花が散る。
ばちっ、と。
レイラ
(……やめてくれ……)
(朝から……本当に……)
シャガルの眉が、わずかに動く。
「……ほう」
初めて、声が出た。
「随分と」
「満足そうだな」
「おかげさまで」
即答。
「レイラ様は」
「今、とても穏やかです」
レイラ
(穏やかじゃない!!)
(疲労で動けないだけだ!!)
シャガル、にやり。
「余はな」
「一昨日、一日」
一拍。
「何も、得ておらぬ」
「それは」
「順番の問題では?」
にこやかに刺す。
「……順番?」
「はい」
テュエル、さらっと。
「今日は」
「俺の番ですので」
完全に火に油。
シャガルの妖力が、
一瞬、ピリッと空気を震わせる。
レイラ
「…………二人とも」
弱々しい声。
「……ここは……城の中庭だ……」
「人目が……」
「問題ない」
「大丈夫です」
即、同時。
(やめてくれ……本当に…)
レイラは、額に手を当てた。
(……あぁもう……)
(前言撤回……)
(全然、争わなくなってなどいない……)
テュエルは、レイラの肩に、そっと額を寄せる。
「……お疲れですか」
「……あぁ……」
(お前たちのせいでな…)
正直。
シャガルは、それを見て――
一瞬だけ、目を細めた。
「……ふん」
「無理をさせるな」
「倒れたら、余が連れていく」
「その必要はありません」
即応戦。
レイラ
(……地獄だ……)
三人の間に流れる、
静かで、重くて、逃げ場のない空気。
だが。
レイラは、ふと考えてしまう。
(……どうすれば……)
(三人で……穏やかに……)
そして、心の奥で、
一つの答えが芽生え始めていた。
――そろそろ、祭りだ。
(……一旦……)
(強制的に……)
(遊ばせるしかない……)
レイラは、遠い目で空を見上げた。
その背後で、
二人の無言の戦争は――
まだ、終わりそうになかった。




