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一日放置した妖王から極めて健全だ、と理詰めを受けています


木陰の草の上。

昼の光はすでに和らぎ、風が穏やかに流れていた。


気づけば、レイラは眠っていた。


意識が沈む直前まで感じていた緊張も、鼓動の速さも、

すべて――すとん、と落ちて。


「…………」


それを、シャガルはじっと見下ろしていた。


穏やかな寝息。

無防備な横顔。


(……ほう)


口元が、自然と緩む。


(あの男でなくとも)

(こうして、安心して眠れるではないか)


どこか勝ち誇ったような、満足げな表情。


やがて――

レイラの瞼が、ゆっくりと動いた。


「……?」


視界が、橙色に染まる。


「……夕……?」


目が合う。


「……起きたか」


穏やかな声。

だが、どこか得意げ。


レイラは、はっとして身を起こし――

そして、今の状況を思い出す。


「……っ」


顔が、熱くなる。


「……み、見ていたのか……」


「当然だ」


即答。


「安心して眠っておった」

「なかなか、良い寝顔だったぞ」


「なっ……!!」


「いつでも呼べ」


軽く、だが断言するように。


「寝かせてやる」


「……っ!」


レイラは、ぷい、と顔を背ける。


「……一人で、寝れる……」


必死の抵抗。


シャガルは、くっと喉を鳴らして笑った。


「そういうことにしておいてやろう」


そして――

二人は、並んで腰を下ろす。


⸻


夕焼けが、川面を染めていく。


橙と紫が溶け合う中、

二人は並んで、静かに腰を下ろしていた。


不思議と――

言葉は、いらなかった。


ただ、同じ景色を見ている。


「……静かだな」


ぽつりと漏れたレイラの声に、


「無理に話さなくてよい」


シャガルは、視線を夕焼けに向けたまま答える。


声は、もう荒れていない。

朝の不機嫌も、昼の意地悪も、そこにはない。


「余はな」


一拍。


「こうしていられれば」

「それでいい」


レイラは、ふと気づく。


(……心臓……)


さっきまでの暴走が嘘のように、

鼓動が、ゆっくりになっている。


(……落ち着いている……)


それが――

少し、悔しい。


(……なんでだ……)


シャガルの横顔を盗み見て、

すぐに、視線を戻した。


日が落ち、

城へと続く道を歩く。


歩調は、自然と揃う。

急ぐこともなく、遅すぎることもなく。


だが。


手は、離されない。


「……」


何度か、指先が動くが、

絡められたまま、解かれない。


「……今夜は」


低く、静かな断言。


「余が、離さぬ」


強制でも、威圧でもない。

ただ――決定事項のような口調。


反論は――

なぜか、出なかった。


(……ずるい……)


そう思いながら、

指先を、少しだけ握り返してしまう。


シャガルは、それに何も言わなかった。


――――


城に戻り、

支度を終え。


静まり返った廊下。



シャガルの部屋の前で、

レイラは、立ち止まった。

「……一応、言っておくが……」


シャガルが、振り返る。


「何だ」


「何も……するな……」


声は小さいが、

必死な警戒が滲んでいる。


シャガルは、少しだけ目を細めた。


「嫌なことは、せぬ」


静かな即答。


その言葉に、

レイラは一瞬だけ、ほっとして――


「……いや……」


続けて、ぽつり。


「……いやらしいことは……」

「……するな……」


言った瞬間、

自分で自分の言葉に顔が熱くなる。


(な、なぜ私はこんな言い方を……!!)


沈黙。


――一拍。


シャガルは、ゆっくりと首を傾げた。


「……?」


「“いやらしいこと”とは」


淡々と、真顔で。


「どの範囲を指す?」


「な……っ!?」


「定義が曖昧だ」

「余は、誤解を避けたい」


レイラ、完全に詰まる。


「そ、それは……」

「その……!!」


言葉が出ない。


シャガルは、考える素振りをしてから――


「なるほど」


一人で納得したように、頷く。


「つまり」


一歩、距離を詰める。


「“夫婦として健全な範囲”なら」

「問題ない、ということだな」


「ち、違……!!」


「抱くことは」

「夫婦として、極めて健全だ」


理路整然。


「夜を共にすることも」

「いやらしさとは、別概念だ」


「待て……!!」

「話が飛躍している……!!」


だが。


シャガルは、もう止まらない。


「安心しろ」


声が、低くなる。


「余は――」

「お前を乱暴には扱わぬ」


そっと、腰に腕が回る。


逃げ場はないが、

力は、驚くほど優しい。


「……っ」


額を寄せて、囁く。


「“抱く”だけだ」


それが、どれほど危険な言葉かを

レイラだけが、理解していなかった。


「〜〜〜ッッ!!」

「い、いちばん……問題なのだが……」


もう顔は真っ赤である



だが、

言葉とは裏腹に。


拒む力が、

どこにも入っていない。


シャガルは、それを――

見逃さない。


「……聞こえなかったな」


「な、何がだ……」


「“ダメ”という言葉だ」


静かに、きっぱりと。


そして。


レイラを引き寄せ、

そのまま、抱き上げる。


強くはない。

だが、離す気もない。


「……っ、シャガル……」


「安心しろ」


耳元で、低く。


「余は」

「お前が壊れることは、せぬ」


「……だが」

腕に、わずかに――いや、はっきりと力がこもる。


まるで、

これ以上離したら壊れてしまうものを

逃がさないかのように。


「……正直に言おう」


低く、掠れた声。


「余は」

「もう、限界だ」


レイラの背に回った腕が、強くなる。


抑えていたものが、

堰を切ったように溢れ出す。


「昨日」

「一日、耐えた」


「理性も」

「余裕も」

「全部だ」


一息。


吐息が、首元に触れる。


「これ以上」

「何もせずにいろ、と言うなら」


額を、そっと押し付けて。


「……余が、先に壊れる」


それは脅しではなく、

ただの事実だった。



レイラの思考は、

そこで完全に停止した。


(……言い負かされた……)

(理屈で……)


そして何より――


(……必死だ……)


(……こんな顔……)

(初めて見る……)


腕の力は、決して乱暴ではない。

だが、明確な意思があった。


――離さない。


「……レイラ」


名を呼ぶ声が、ひどく近い。


「もう」

「我慢は、できぬ」


そのまま、扉の中へ。


逃げる間もなく、

拒む理由も見失ったまま。


夜は、

静かに――だが確かに、

深く、閉じていった。


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