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妻から愛してると言われた結果、護衛をクビにされそうになりました


目を開けた瞬間、

最初に視界に入ったのは――テュエルだった。


枕元に膝をつき、

身じろぎ一つせず、目を伏せて座っている。


それだけで、胸の奥がすっと落ち着く。


……


シャガルの気配はない。

意識的に席を外しているのだろう。


(……気を遣わせてしまったな)


レイラは小さく息を吐き、

ゆっくりと上体を起こした。


その気配に、

テュエルがはっと顔を上げる。


「……レイラ様」


声が、かすかに震えていた。


その揺らぎを見て、

レイラは――もう、迷わなかった。


「テュエル」


名を呼ぶ。


それだけで、

彼の背筋が、条件反射のように伸びる。


「……もう、護衛はいらない」


静かに、だが明確に。


空気が、一瞬で凍りついた。


「……え……?」


テュエルの瞳が揺れ、

言葉を探すように唇が動く。


ショックを隠そうとしているのが、

痛いほど伝わってくる。


――やはり、こうなる。


レイラは胸の奥の痛みを押し殺し、

すぐに言葉を重ねた。


「誤解するな」


「お前を、遠ざけたいわけじゃない」


一歩、距離を詰める。


「私は――」


一瞬だけ、言葉を選びかけて、

やめた。


もう、取り繕う必要はない。


「護衛という枠じゃなくて」


「夫という枠の特権を、使ってほしいんだ」


テュエルの目が、はっきりと見開かれる。


「言葉を選ばなくていい」

「無理しなくていい」

「我慢もしなくていい」


一つずつ、噛みしめるように。


「わがままを、言っていい」


そして、逃げ場のない言葉で。


「テュエル」


「私は、お前が好きだ」


一拍。


「愛している――」


はっきりと。


「だから……」


「ずっと、そばにいてくれ」


――次の瞬間。


テュエルは、耐えきれなかった。


一歩で距離を詰め、

力いっぱい抱きしめる。


離れたら消えてしまうかのように。


「……レイラ様……」


震える声。


そのまま、衝動のままに口付ける。


だが。


抱き寄せられた反動で、

首筋に、ちくりとした痛みが走った。


「……っ」


無意識に、そこを押さえる。


「……レイラ様……?」


テュエルが、青ざめる。


「す、すみません……!」

「本当に……ボクは……!」


必死に言葉を探す姿を見て、

レイラはふっと息を吐いた。


「……傷物になったら、どうしてくれるんだ」


その一言に、

テュエルは完全に動きを止めた。


そして――

何かを思い出したように、はっとして、深く頭を下げる。


「……レイラ様」


声音が、一気に改まる。


「その……」


一拍。


「シャガルから、聞きました」


「俺が……無意識のうちに、首元を噛んでしまったと」


さらに深く、頭を下げる。


「大変……申し訳ございません」


「弁解の余地もありません」


「どのような罰でも……」


今にも土下座しかねない。


レイラは、その様子を見つめて――


「冗談だ」


くすりと、いたずらに笑った。


「……傷物になっても」


「一生、お前が居てくれるんだろう?」


胸が締め付けられ、

言葉が出てこない。



(…かわいすぎだろ…殺す気か……)


本気で、そう思った。



そう言いながら、

そっと首筋から手を離す。


「だが……」


静かに。


「お前からの傷なら――悪くない」


「その傷に、縛られるのも……悪くないな」


冗談めいた口調。

だが、芯は真剣だった。


これは――選択だ。


耐えきれず、

テュエルはもう一度、彼女を抱き寄せる。


今度は、確かめるように。


「……一生、離れません」


レイラは、満足そうに目を閉じた。


――だが。


少しだけ間を置いて、

彼女は改めて言葉を選ぶ。


「……もう、護衛はいらない」


「私の、後ろに立つ必要はない」


まっすぐに。


「隣に立っていて欲しい」


「守らなくていい」


――そのはずだった。 



「……無理です。」


即答だった。


「……お断りします」


「……え?」

レイラは驚きのあまりテュエルを見上げる



「それは、できません」


視線を逸らさず、

珍しく真っ向から。


「……俺の、生きがいを」


一拍。


「奪わないでください」


拳を握りしめる。


「護ることは、義務じゃない」

「罰でも、役割でもない」


「……俺が、選んだものです」


「隣に立つなら」


「護ったまま、立ちます」


「それが、俺です」


沈黙。


やがて、レイラは小さく息を吐く。


「……本当に」


呆れたように、

だが、どこか嬉しそうに。


「頑固な男だな」


「はい^^」


「そこだけは……譲れません」


レイラは、くすりと笑い、

そっと彼の袖を掴みテュエルの胸に身を埋める。


「……なら」


「隣に立ちながら……護れ。」


テュエル

「……はい、仰せのままに……。」


(……本当に……)


(殺す気か……)



――――――


その後、少しだけ時間が流れた。


身支度を整え、

再び寝台に腰を下ろした頃には、

部屋には、朝と昼の境目の光が満ちていた。



障子越しに、

やわらかな光が差し込んでいる。


朝と昼の境目のような、

音のない時間。


レイラは寝台に腰掛けたまま、

しばらく黙ってテュエルを見ていた。


枕元に控える彼は、

いつもと変わらぬ姿勢で――

だが、その背筋には、微かな緊張があった。


やがて、レイラがぽつりと口を開く。


「……こんなことを聞くのは、ずるいかもしれないが」


テュエルが、わずかに姿勢を正す。


「私は……」


一瞬、言葉が途切れる。


逃げることも、誤魔化すこともせず――

そのまま、続けた。


「……汚れてしまったか?」


問いは、震えてはいなかった。

だが、そこには覚悟があった。


テュエルは、即座に首を横に振る。


「いいえ」


迷いのない声。


「そんなことは、決してありません」


むしろ、言い切るように。


「これ以上に、美しい存在を」

「ボクは、知りません」


その言葉に、レイラは一度目を伏せる。


だが、逃げなかった。


「……テュエル」


静かに、名を呼ぶ。


「お前が、嫌だと言っていたら」


一拍。


「私は、他の解決策を探した」


真っ直ぐに。


「それが、たとえ――」

「“しないこと”だったとしても、だ」


テュエルの指が、きゅっと握られる。


だが、彼は目を逸らさなかった。


「……ですが」


低く、落ち着いた声で。


「別の解決策など、ありませんでした」


淡々と。

逃げ場を作らない現実。


「遅かれ早かれ……」

「いずれは、その問題に直面していたはずです」


それは責める言葉ではない。

理解したうえで、受け止めた言葉だった。


しばしの沈黙。


そして――

少しだけ、声音が和らぐ。


「……けれど」


「もう、大丈夫です」


レイラが、顔を上げる。


テュエルは、一度呼吸を整え。


「俺にとって」


その言葉を選ぶように。


「シャガルは、もう脅威ではありません」


静かだが、確かな自信。


「安心して」

「レイラ様を……」


一拍。


「俺の背中を預けられる、信頼すべき人間です」


――その瞬間。


廊下の向こう。


部屋の前を通りかかったシャガルが、

ふと足を止めた。


(……ほう)


聞くつもりなど、なかった。

だが、耳に届いてしまった。


(……認められた、か)


小さく息を吐く。


誇らしさでも、優越でもない。

もっと静かで、重い感情。


「……やれやれ」


誰にも聞こえぬ声で呟き、

彼はその場を離れた。


部屋の中では――


レイラが、ゆっくりと息を吐いていた。


「……そうか」


その一言には、

安堵と、信頼と、

ほんの少しの照れが混じっていた。


「ボクは」

「レイラ様の隣に立つ覚悟で、ここに居ます」


障子越しの光は、変わらず穏やかだ。


だが――

その中にある関係は、もう、以前とは違っていた。


しばらく、沈黙が落ちる。


テュエルは、両手を膝の上で組み、

一度、深く息を吸った。


「……レイラ様」


いつもの穏やかな声。

だが、その奥に――微かな痛みが滲んでいた。


「正直に……お話しします」


レイラは、黙って頷く。


「シャガルと……関係を持ってしまったこと」


言葉を、選びながら。


「それは……確かに」

「俺にとって、簡単なことではありませんでした」


責める響きはない。

ただ、事実として。


「……ですが」


視線を上げる。


「それ自体よりも……」

「俺が、一番……苦しかったのは」


一拍。


「レイラ様が」

「俺を、頼らなかったことです」


レイラの指先が、わずかに揺れる。


テュエルは、続ける。


「一人で抱え込んで」

「徹夜してまで、避妊薬のことを調べて」

「悪者にもなろうとしてまで」


苦笑にも似た、小さな吐息。


「……きっと」

「俺に、罪悪感があったんですよね」


「言えなかった」

「言いたくなかった」


その理由は、理解している。

だからこそ――余計に。


「……それでも」


声が、少しだけ低くなる。


「煌龍国へ行ったこと」

「起こったことは…」


「正直……かなり、きました」


責めるような言い方ではない。

ただ、隠さないだけ。


「でも」


すぐに、首を振る。


「その判断が、無駄だったなんて」

「最初から、思っていません」


はっきりと。


「レイラ様が、生きていくために」

「必要だった決断だと……分かっています」


だから、怒れなかった。

否定も、できなかった。


「……分かっていても」


拳が、ぎゅっと握られる。


「苦しくて」

「痛くて」

「どうしようもなくて」


声が、わずかに掠れる。


「俺は……」

「心を、切り離すしかなかった」


逃げる方法が、それしか見つからなかった。


「……その隙を」

「魄喰につけ込まれた」


静かな自己分析。


「それは」


顔を上げて、レイラを見る。


「俺の、弱さです」


断言だった。


「誰のせいでもありません」


一拍。


そして、深く頭を下げる。


「……大変、申し訳ありませんでした」


レイラは、しばらく言葉を失っていた。


やがて――

静かに、息を吐く。


「……テュエル」


その声には、怒りも、拒絶もない。


ただ――

ちゃんと、受け取った、という響きがあった。


テュエルは、まだ頭を下げたまま。


「それでも……」


小さく、しかし確かに。


「俺は」

「あなたの隣に、居たいです」


顔を上げる。


「逃げないと、決めました」


「弱さも」

「醜さも」


「全部、引き受けて」


「今度こそ」

「護ります」


昼の光が、静かに二人を包む。


これは、和解ではない。

赦しでもない。


――共有だ。

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