表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双国ノ巫女 〜九尾の力を持つ雪女の姫は、戦場でその力を解き放つ〜  作者: Su
出会いと誓い――護衛テュエルとレイラの軌跡
13/65

追撃 ―氷霧の剣士 vs 猿魔―


リアを奪還し、無事に合流できた一行は、

 安堵と喜びを抑えきれず、互いに声を掛け合っていた。


「みんな……助けに来てくれてありがとう」


 ほっと息をつきながら、リアが微笑む。


「当然です!それが姫であるリア様をお守りする長として――」


「おい」


 言いかけた言葉を、ロイロが無造作に塞いだ。


「……んぐっ!?」


 口を押さえられ、もがくシュシャ。


「大丈夫。彼は味方よ」


 リアが穏やかに言う。


 ロイロは一瞬だけレインへ視線を送り――


「……確かに助かった」


 低く、短く。


「だが、信用するにはまだ早い」


 その言葉に、揺らぎはない。


「……でも、あんたの文のおかげで砦へ無駄なく辿り着けた。

 それは感謝する」


「……礼には及ばない」


 レインは淡々と答える。


「いやぁ、一時はどうなるかと思ったよ」


 ナイルが肩をすくめる。


「本当に肝を冷やしたね」


 軽口とは裏腹に、その視線は鋭い。


「とりあえず、早くシュン君とレオ君のところへ戻ろう。

 心配してるはずだよ」


「そうね……」


 リアが頷く。


 ふと、その視線がレインへ向いた。


「レイン、ごめんなさい。

 私のせいで怪我をさせてしまったわ。手当を――」


「……必要ない」


 短く、遮る。


「唾でもつけておけば治る」


「だめ!」


 間髪入れず、リアが言い返す。


「ちゃんと手当てしなくちゃ。

 私がシュンに怒られちゃう!」


「……(シュン……?)」


 わずかに間を置いて、


「……わかった」


 小さく、折れる。


「ふふ」


 その様子に、リアはくすりと笑った。


 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。


「そういえば……」


 リアがふと思い出したように口を開く。


「双国の方が逃げるのに適してるって言ってたけど……どうして?」


 レインはわずかに視線を上げる。


「……双国は山国だ」


 静かに語る。


「出口を固められれば袋小路にも見えるが、

 迂回すれば安全に国境を越えられる場所もある」


「しつこく追われても、頂上へは誰も近寄りたがらない」


 わずかな間。


「案ずるな……国境を越えるまでは同行しよう」


「ありがとう……本当に、何から何まで」


 リアが、柔らかく微笑む。


 ――その瞬間。


 レインの表情が、わずかに強張った。


「………………!」


 空気が、変わる。


 背筋をなぞるような、冷たい気配。


 ぞくり、と。


 本能が警鐘を鳴らす。


 ――速い。


 一直線に、こちらへ向かってくる。


 距離が、みるみる詰まる。


「……来たか」


 低く、呟く。


 振り返る。


 その気配に、ナイルも眉をひそめた。


「……はぁ……」


「どうしたの? レイン、ナイル……」


「追手か?」


 ロイロが鋭く問う。


「あぁ……」


 レインの短い肯定。


 その一言で、場の空気が凍りつく。


(逃げ切ったと思ったのに……!)


 リアの胸が、強く締めつけられる。


 振り返ったシアンの瞳が、遠くを射抜く。


「……猿と……黒馬が、来る……」


 低く、告げる。


 はっきりと“視えて”いた。


(……ほんと、勘弁してほしい)


 ナイルの脳裏に、あの影が蘇る。


 軽さは消え、目だけが鋭くなる。


「チッ……上等だ」


 ロイロが舌打ちする。


「砦じゃ、ほとんど動けなかったしな」


 鬱憤を吐き出すように、肩を鳴らす。


「そろそろ、働くか」


 バッ、と地面へ降り立つ。


「ロイロ!!だめ!!」


 制止を振り切る、その瞬間――


 ――バッ!!


 風を裂くように、影が迫る。


 黒馬。


 その背に――猿魔。


 一気に距離を詰め、


 ロイロの前で、ぴたりと止まった。


 遅れて、風が吹き抜ける。


 重い。


 ただ、それだけで。


 空気が沈む。


 息が、詰まる。


(……触るなって、体が言ってやがる)


(こいつは……“異常”だ)


 ロイロの本能が、警鐘を鳴らし続ける。


「お前達は逃げろ」


 低く、言い放つ。


「ここから先は通さねぇ」


 その目は、すでに戦場を見据えていた。


「……さぁ、第二ラウンドだ」


 シュシャが一歩出る。


「ロイロ……代われ。

 そなたはリア様を――」


 だが――


 その前に。


 レインが、一歩前へ出た。


 風が、止まる。


 その動きに――


 エール将軍の視線が、揺れた。


 ほんのわずかに。


 だが、その内側では――


 明確な“反応”。


「……………………!!!」


 確かに、捉えた。


 レインが、ロイロとシュシャの前に立つ。


「……私がやる」


 静かに、言い切る。


「お前たちは先へ行け」


「……ふざけんな」


 ロイロが即座に返す。


「あんた、もう怪我してるだろうが」


「……私にしか、こいつは止められない」


 迷いのない声。


 そして――


「それに」


 わずかに振り返る。


 リアを見る。


「お前たちには、守るべきものがある」


「こんな場所で散らす命じゃない」


「……っ」


 ロイロの奥歯が軋む。


(……わかってる)


(こいつには、勝てねぇ)


 それでも、立とうとしていた。


 拳を握る。


 だが――


 ここで張り合っても、意味はない。


「……絶対、戻ってこい」


 低く、押し出すように。


「まだ礼もしてねぇ」


「礼など不要だ」


 レインは短く返し――


 ふっと、わずかに微笑んだ。


 ――ドスン。


 重い音が、大地を打つ。


 黒馬から、エール将軍が降りた。


 その足は、迷いなく前へ。


 視線はただ一人――レインへと向けられている。


 他の者には、一切向けられない。


 追う気など、初めからないかのように。


「レイン!!」


 リアの声が震える。


「行くよ、リアちゃん!

 しっかり掴まって!」


 ナイルが叫ぶ。


(頼む……無事で帰ってきてくれ……レイン君……!)


 その願いを乗せて――


 一行は、再び駆け出した。



 ――馬を降りた。


(……やはり、狙いは私か)


 他には目もくれない。


 追おうともしない。


 ただ、真っ直ぐに――こちらだけを見ている。


 静かに息を整え、“それ”を見据える。


 対峙して、はっきりと理解する。


 ――こいつは、“異常”だ。


 仮面の奥は読めない。


 だが――


 伝わってくる。


 速い脈。


 荒い呼吸。


 抑えきれていない昂り。


 鍛え上げられた肉体。


 無駄がなく、均衡すら異様なほど整っている。


(妖ではない……)


(だが、人間とも思えない……)


 気配が、噛み合わない。


 存在そのものが、歪んでいる。


「……………………っ」


 エール将軍の喉が、震える。


(……喜んでいる?)


 鼻をかすめる匂い。


 昂揚。


 執着。


 歓喜。


(私を……やっと討てると?)


(……凱帝国にとって、やはり私は邪魔な存在か)


 静かに息を吐く。


(……だが)


(私も、ここでは散れない)


 脳裏に過る、あの日の言葉。


 《――必ず、お迎えにあがります》


 胸の奥で、灯が揺れる。


 その瞬間。


 レインの眉が、わずかに動いた。


(……気配が増えた)


(監視……カーカスか)


 視界の外。


 潜む、いくつもの気配。


 ――そして。


 目の前の“それ”もまた、


 わずかに意識を外へ向けた。


 ほんの一瞬。


 だが確かに、


 “観られている”ことを理解している動き。


 次の瞬間――


「…………」


 踏み込む。


 ――ドンッ!!


 大地を叩き割るような一歩。


 爆ぜる闘気。


 空気が歪む。


(いきなり……全力か)


 だが、その圧に応じるように。


 レインの周囲で、風がざわりと揺れた。


 足元から、衣の裾へ。


 静かに、しかし鋭く――風が纏わりつく。


「……やるか」


 二本の短剣を抜く。


 風が、刃に沿う。


「……!!!!」


 荒い息。


 昂る気配。


 その視線が、刃をなぞる。


(……妙な奴だな……)


 ほんの一瞬、伏し目になる。


(短期決戦だ)


(出血が……もう持たない)


 風が、強まる。


 身体が軽くなる。


 ――ピュンッ!


 一気に懐へ。


 ――カキィィン!!


 鋭い衝突。


 ――カン、カンッ!!


 連撃。


 だが――


(通らない……!)


(でかいのに……速い……!)


(力も……桁違いだ……!)


 押し返される。


 崩される。


 踏み留まるので精一杯。


 その一方で――


(……楽しんでいる)


 余裕。


 歓喜。


 まるで――


(……チャンバラごっこか)


 温度が、違う。


(こいつ……)


 ふと、よぎる。


 懐かしい感覚。


(…やはり…似ている)


(……戦いづらい…)


 匂い。


 気配ではない。


 記憶を引きずるような――


 あの人の面影。


 脳裏に浮かぶ。


 あの背中。


 あの声。


(テュエル……)


 胸が、軋む。


(……匂いを辿って、追いかけて――)


(違うと分かった、あの瞬間)


 同じ感覚。


 似ているのに、違う。


(約束……したのに)


(何年でも、何十年でも――)


(何百年でも、待つと……決めたのに)


(また、どこかで巡り会えると……)


 刃を交えながら、


 わずかに揺らぐ。


 圧が、増す。


(……強い)


(このままじゃ……)


(――死ぬ)


(こんなところで……)


(死ねるか!!)


 踏み込む。


 ――だが。


 傷が、開く。


「……っ」


 血が滲む。


(まずい……)


(次で……決める)


 その瞬間。


 エール将軍の気配が、膨れ上がる。


 ――違う。


 “膨れ上がらせた”。


 わざと。


「ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」


 咆哮。


 振り下ろされる一撃。


 常軌を逸した威力。


 ――だが。


 狙いは、わずかに逸れていた。


 地面へ。


 ――ドゴォォンッ!!


 足場が、砕ける。


「……っ!!」


 レインは受け流す――


 だが。


 崩れた足場に、踏ん張りが効かない。


 次の瞬間――


 叩きつけられた覇気が、全身を揺らした。


 視界が、大きく歪む。


 力が、抜ける。


 ――落ちる。


 崖へ。


 意識が、遠のいた。


 その瞬間。


 伸びた影が、重なる。


 まるで追うように。


 ――エール将軍も。


 共に、落ちた。


――――――


少し離れた高台。


 馬を止めたまま――それでも離れきれずに、戦いの行方を見守っていた。


「……! 崖に落ちた……!」


 シアンの声が張り詰める。


「……そ、そんな……!!」


 リアの息が止まる。


 その隣で、


 ロイロとシュシャの表情も、強張った。


 言葉が出ない。


 ただ、目の前の光景を――信じられないものを見るように見据えている。


「まずいねっ……助けないと!」


 ナイルが身を乗り出す。


 今にも飛び出しそうな勢いで。


「お願い……助けて……!」


 リアの声が、夜に滲んだ。



 ――ピチャ、ピチャ


 浅瀬を踏む音。


 水をかき分け、


 エール将軍は岸へと上がる。


 その腕には――


 ぐったりとしたレインの身体。


 ゆっくりと、地に下ろす。


 そして。


 仮面の奥から、


 ただ、じっと。


 その顔を見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ