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双国ノ巫女 〜九尾の力を持つ雪女の姫は、戦場でその力を解き放つ〜  作者: Su
出会いと誓い――護衛テュエルとレイラの軌跡
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気づかれない再会


 ある日のこと。

 遠方の諸国を巡ってきた特別使節団――交易品を携えた一行が、双国を訪れた。


 珍しい香料、色鮮やかな生地、見たこともない装飾品。

 異国の意匠を凝らした家具や、聞いたこともない音を奏でる楽器まで。

 宮中には各国の品が並び、使用人たちもどこか浮き立っている。


 どうやら、彼らを招いての宴が開かれるらしい。


 爺

「宴には姫様も参加なさいますよう、陛下が仰っていました。

 ご準備を、お願いいたしますね」


 テュエル

「はい! この際ですし、特使の方々がたじろぐほどのおめかしをしましょう!

 レイラ様!!」


 瞳を輝かせ、身を乗り出す。

 すでに櫛や簪を手に取るその動きに、一切の迷いはない。


 レイラ

「……必要ない。いつも通りでいい」


 わずかに息をつき、呆れを滲ませる。


 爺

「せめて王家の者と分かる程度には、支度してくださいね、姫さま?」


 念を押すように、穏やかに微笑む。


 テュエルは「お任せください」と言わんばかりに、意気揚々と準備を進めていく。


 レイラ

「………………」


(……嫌な予感しかしない)



宴の会場にて


 宮内の広間。

 高い天井に吊るされた灯りが揺れ、香の煙がゆるやかに漂っている。


 ――――――――――


 ……気分が悪い。


 騒がしい。

 人の声が多すぎる。

 香の匂いが、強すぎる。


 頭が、くらくらする。


「……ええ、そうなんですの」

「……羨ましいですわ」


 意識が、わずかに遠のく。


 ――遅れて。


 ハッ――と、引き戻される。


 特使A

「ねぇ、レイラ殿下。

 専属の護衛の方、とても素敵ですわね」


 ちらりと、テュエルへと視線を送る。


 特使A

「少しこちらでお茶でも。お誘いしてもよろしいですか?」


 レイラ

「……ええ、構いませんよ」


 テュエル

「レイラ様!!」


 思わず声を上げる。

 明らかに嫌そうに、制止を求める視線。


 特使A

「お許しが出ましたわよ?

 さぁ、こちらへ行きましょう」


 ぐい、と腕を引かれる。


 怪訝な顔をしつつも、命には逆らえず、しぶしぶ連れていかれる。


 特使B

「あらあら……申し訳ございません殿下。

 特別な護衛でいらっしゃるのに」


 レイラ

「構いません」


 躊躇なく、言い捨てる。


 ――その間も。


 離れていくテュエルの視線は、何度もこちらへと戻っていた。


 特使B

「あら、ずっとこちらを気にしてらっしゃいますね。

 ふふ……護衛というより、忠犬のようですわ」


 ――忠犬。


 レイラはわずかに思案するように目を細め――


「……犬というより、猿ですね」


 特使B

「……さ、猿?」


 わずかに引きつった笑み。


「あ、あぁ……私も向こうへ戻りますね! またお会いしましょう……」


 そそくさと、その場を離れていく。


 小さく、息を吐く。


(……ただ命令を聞くだけ、そんな可愛らしい忠犬ではない)

(変に小狡く、時に主人にも噛み付く)

(だが、主人が攻撃されれば即座に察知する)

(敵意の剥き出し方は……猿同然だ)


 わずかに、口元が緩む。


 レイラ

「……うん、猿だな」


 ――それにしても。


 臭い。


 特使たちの纏っている香料が、鼻から頭の奥へと突き刺さる。

 視界が揺れる。


(父上は平気なのだろうか……)


 同じ血を引く身として、ふとよぎる疑問。


 ちらりと見るが、いつも通りの真顔。


(……まずい)


 レイラ

「少し、席を外します」



 特使A

「私……空気が薄いせいか、少しクラクラしてしまって……

 休憩室へ……連れて行ってくださらない?」


 甘く、すがるような声音。


 テュエル

「他の者に頼んで参ります」


 わずかに眉をひそめ、淡々と返す。


 ――その瞬間。


 テュエル

「……!」


 レイラ様が、いない。



 宮内の庭。


 ……よろよろと歩くレイラ。


(あぁ……もう、自分の衣にも匂いが染み付いてしまった……)


 外へ出ても、まとわりつく。


 逃げ場がない。


 気分は、どんどん悪くなる。


 ――と。


 視線の先に、池。


 次の瞬間。


 ――ドボン。


 迷いなく、飛び込む。


 もう、どうでもよかった。

 とにかく、この匂いから逃れたかった。


(……気持ちいい)


 水の冷たさが、熱を攫っていく。


 そのまま――

 意識が、ゆっくりと沈んでいった。


 ――どれほど、時間が経ったのか。


 水面がわずかに揺れる。


 テュエル

「まったく……。

 ボクを置いていって、こんなところでお昼寝ですか?」


 呆れたように息をつきながらも、


 濡れた身体をそっと抱き上げる。


「風邪をひきますよー」


 声音は、どこまでも柔らかかった。



――――――――――――――――――




 ……あったかい。


 この匂い……。


 だれ、だっけ………………


 ――――――――――――――――――


 ……!


 この匂いは――


 目を開ける――


 そこは、シアンの腕の中だった。


 温もりはあるのに、どこか違う。


 ………………お前じゃ、なかったのか。


 胸の奥が、わずかに軋む。


 そして――

 その違和感に蓋をするように、

 再び意識は沈んでいった。



⸻――――――――――――――




 テュエル

「レイラ様!

 交易品、少し見に行きませんか?」


 どこか弾むような声。


 レイラ

(屋外なら……多少はマシだろう)

(珍しいものもあるなら、見てみたい)


 外の空気なら、香料の匂いも少しは薄れるかもしれない――


 レイラ

「あぁ」


 テュエル

「ありがとうございます^^」


 柔らかく笑い、先に歩き出す。


 テュエル

「そういえば聞きましたよ!

 特使の方から!」


 少し目を細めながら、横目でこちらを覗く。


 テュエル

「ボクのこと……猿だと思ってたんですね?」


 レイラ

「………………」


 言葉はない。

 ただ、視線だけがテュエルへ向けられる。


 テュエル

「……でも、レイラ様に動物に例えてもらえるなんて……

 本当に感激です…!」


 わずかに照れたように笑い、


 テュエル

「ボク、耳も大きいですしね」


 軽く耳に触れて見せる。


 レイラ

(……身体的特徴だと思っていたのか)


 理解のずれに、わずかに目を細める。


 ――その時。


 レイラ

「……!」


 視線が止まる。


 並ぶ品々の中に――

 書物を見つけ、足が自然とそちらへ向かう。


 珍しい知識。見知らぬ言語にわずかに目が輝く。


 テュエル

(楽しんで頂けているようだ……)


 その横顔を見て、目を細める。


 ――ふと。


 テュエルの視線が、別のものに止まる。


 猿の仮面。


 無機質で、どこか不気味さを孕んだその仮面を、じっと見つめて――


 テュエルの指先が、それへと伸びる。


 わずかに距離ができた。


 人混みの中、ほんの一瞬――

 レイラから離れ、テュエルはその場に立ち止まり、店主と短く言葉を交わした。


 テュエル

「……これください」


 迷いのない声。


 ――何も考えていないようで、

 どこか含みのある、その選択。


 少し遅れて――


 レイラ

「……気になるものでもあったか?

 買ってやるぞ」


 一瞬の沈黙。


 テュエル

「いいえ」


 軽く首を振る。


 「なんでもありません^^」


 レイラ

「?」


 ――少しの違和感。


 だが、それ以上は踏み込まない。


 テュエル

「あ! それより、これなんてレイラ様に似合いそうですよ!」


 鮮やかな布を差し出す。


 華やかで、目を引く意匠。


 だが――


 レイラ

「…………………………」


 言葉はない。


 ただ、視線だけで語る。


(いらない)


 その一瞥に、テュエルは肩をすくめる。



 ――そして。


 その仮面は、静かに懐へと収められた。


 誰にも知られることなく。

 


 ――現在。



 仮面を手に取る。


 土と水に濡れたその表面を、指でなぞる。


 静かに――


 ただ、じっと見つめる。


 何を思うでもなく。


 ただ、確かめるように。


 ――あの時、懐に入れた“猿”の仮面を。


 ――そして今、目の前にある“それ”を。


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