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双国ノ巫女 〜九尾の力を持つ雪女の姫は、戦場でその力を解き放つ〜  作者: Su
出会いと誓い――護衛テュエルとレイラの軌跡
12/65

人質奪還作戦と謎の剣士レイン


 ――地下牢。


 乱暴に、石の床へと投げ出される。


 リア

「ッ……!」


 背中に走る鈍い痛み。

 息が一瞬、詰まる。


 兵士

「そこで大人しくしてろ。

 死なれると人質の意味がなくなるからな」


 鉄格子が、重く閉ざされる音。


 ――ガシャン。


 リア

「………………」


 足音が遠ざかり、静寂が戻る。


(完全に油断していた……)

(まさか他国で、人攫いに遭うなんて……)


 ゆっくりと体を起こす。


(しかも“人質”……)


 拳を、きゅっと握る。


(ということは、狙いは私じゃない)


(ロイロたちか……

 それとも、煌龍国……)


 リア

「……みんな……無事でいて……」



 ――ピチャン、ピチャン。


 どこかで滴る水音だけが響く。


 湿った空気。

 冷えた石壁。


 外は暖かいはずなのに、

 ここだけが、別の場所のように冷たい。


 リア

「……冷えるわね……」


 腕をさすり、小さく息を吐く。


 ――ひとりだ。


 その事実に気づいた瞬間、

 胸がきゅっと締めつけられた。


 寂しい。


 会いたい。


 リア

「……ロイロ……」



 ――?


 かすかな違和感。


 耳を澄ます。


 ジャリ……


 微かな足音。


 誰か、いる。


 リアは顔を上げる。


 暗がりの中――


 いつの間にか、

 外套をまとい、口元を覆った長身の男が立っていた。


 リア

「……っ誰!?」


(まさか……暗殺者……?)


 男

「……出してやる」


 低く、抑えた声。


 迷いなく鍵を取り出し――


 カチャリ、と牢を開ける。


 リア

「……どういうつもり?」


 男

「……出て、仲間のもとへ帰りたくないのか?」


 リア

「信用できないわ。

 目的はなに?」


 鋭く、真っ直ぐに見据える。


 男

「……お前と、お前の仲間の力が

 凱帝国に渡るのが困るだけだ」


 リアは、わずかに目を細めた。


 リア

(……仲間の力、か)


(やっぱり、私を人質にして――ロイロたちを動かすつもりだったのね)


(……凱帝国)


 男

「このまま人質でいたいなら止めはしない。

 だが、凱帝国本国へ連れて行かれたら――

 二度と戻れないと思え」


 リア

「……!」


 わずかに目を見開く。


(本国……)


(移送されたら……)


 相手の意図は読めない。

 信用もできない。


 でも――


 ここに残る選択肢は、ない。


 リア

「……行くわ」


 男

「……ついてこい」



 牢を抜け、暗い通路へ。


 足音を殺しながら進む。


 途中――


 看守が、壁際に崩れ落ちていた。


 気を失っている。


 リア

(……この人がやったのね)


 ちらりと、男の背中を見る。


 無駄のない動き。

 気配の消し方。


 ――ただ者じゃない。


 リア

「ねぇ……せめて名前を教えて?

 呼び方に困るわ」


 男

「………………レイン」


 わずかな沈黙のあと、答える。


 リア

「レインね。

 私はリア、よろしく」


 レイン

「……」


 小さく、頷いた。



 

「こっちだ」


 ――――


「……待て」


 的確で、短い指示。


 リアは何も言わず、従う。


 長身で、すっと伸びた背筋。


 無駄のない立ち姿に、どこか柔らかな気配が滲む。


 強さを誇示するような気配はない。


 威圧するでもなく、ただ静かにそこに立っているだけなのに――


 なぜか、目が離せなかった。


(……変なの)


 胸の奥が、わずかに跳ねた。

 



 やがて、足が止まる。


 先――兵の気配。


 配置的に、避けきれない。


 レイン

「……少し待っていろ」


 リア

「私も手伝う」


 レイン

「……大丈夫だ」


 それだけ言って、


 ――消えるように踏み出した。


 次の瞬間。


 背後へ回り込み、


 ――トン。


 ――ドサッ。


 ほとんど音もなく、

 二人の兵が崩れ落ちる。


 リア

「……すご……」


 思わず、息を呑む。


 レイン

「…行こう」


 リア

「……うん!」


 倒れた兵から、弓を拾い上げる。


 リアは小さく首を傾げた。


「あなた、武器は?」


 レインはわずかに間を置いて、


「……ある」


 短く答える。


 そのぶっきらぼうさに、リアは思わず――くすりと笑みをこぼした。


(……会話、苦手なのね。シアンみたい)


 けれど――


 何気ない所作。

 無駄のない動き。

 静かに佇む、その気配。


 荒々しさとは無縁で、どこか研ぎ澄まされた気品すら感じる。


(……育ちが良さそう)


――――


 砦の出口に近づくほど、巡回の数は目に見えて増えていく。


(当然よね……)


(ロイロたち……来てくれるかしら)


 言葉にしていない不安を、すくい取るように。


「心配するな。仲間は来る」


 レインが、静かに言った。


「……え?」


 思わず顔を上げる。


(今、口に出してた……?)


「必ず、仲間のもとへ返す」


 その声は低く、けれど不思議と揺るぎがなかった。


「……ありがとう」


 リアは小さく微笑む。


(なんだ……ちゃんと気遣いできる人じゃない)


 そのとき――


 雲間からこぼれた月明かりが、ふいにレインの横顔を照らした。


 銀糸のような髪が淡く光を弾き、

 宝石のような瞳が、ほんの一瞬だけ覗く。


 思わず、息を呑む。


 視線が、逸らせない。


 月明かりに縁取られたその横顔は、あまりにも整いすぎていて――


(……なに、これ)


(本当に、人……?)


 鼓動が、ひとつ大きく跳ねた。


(……王子様みたい)


 ふと、思い出す。


『凱帝国の兵から人を守ってくれる、美しい剣士様がいるんです。

 顔を隠してるけど、長身で、とても素敵な殿方だって』


(……もしかして)


「……あなたが、氷霧の剣士?」


「綺麗な顔。隠すの、もったいないわ。

 無事に逃げられたら……見せて?」


 レインはわずかに目を細めた。


 問いの意味を測りかねるように、

 ほんの少しだけ首を傾げる。


「……わかった」

(……氷霧の剣士?)


 どこか不思議そうに、胸の内でその言葉をなぞった。


 ――そのとき。


 レインの視線が、ふいに鋭く揺れた。


 わずかな気配。


 こちらへ近づく足音。


 次の瞬間。


「……隠れろ」


 低い声と同時に、腕を引かれる。


「きゃっ」


 ぐっと引き寄せられ、胸元へ抱き込まれる。


 不意に距離が縮まり、思わず息を呑む。


(ち、近い……!)


 胸が、どくりと跳ねた。


 ふわり、と。


 かすかに香ったのは、冷たい夜気に溶けるような、澄んだ香りだった。


 清らかで、どこか懐かしい――不思議と心をほどく匂い。


(……安心する)


(いい匂い……)


兵士の怒号が、すぐ近くまで迫る。


「逃げたぞ!!

 人質が逃げたぞ!!」


 レインの腕の中。


 リアは一瞬だけ顔を上げる。


 ――視線が、かすかに交わった。


 レインが、小さく頷く。


 それに応えるように、リアもまた、こくりと頷いた。


「……急ぐぞ」


「うん!」



  砦の門は、目前だった。


 ――だが。


 レインは迷わなかった。


 門には向かわず、その手前で進路を変える。


 上階へと続く階段へ、一直線に駆け上がった。


(……今の一瞬で?)


 あまりにも早い判断に、リアは息を呑む。


だが――


 道中で倒した兵が、すでに発見されていた。


 それを合図に、追手が迫る。


「いたぞ!!」


 怒号が、空気を裂いた。


 ――見つかった。


「先に行け!」


 振り返りもせず、レインが言い放つ。


 登った先は、細く逃げ場のない連絡通路。


 リアを前へ押し出し、自身は後方へと身を滑らせる。


 迫る刃を、紙一重でいなし――受け流し、叩き落とす。


 無駄がない。


 まるで、水が流れるように。


 力みも、迷いもない。


(レイン、強い……)


(ロイロたちみたい……)


 リアは思わず振り返る。


 ――しかし、その手に、武器はなかった。


(……素手?)


(さっき……武器があるって……)


(このままじゃ……!)


 胸の奥が、ざわつく。


 リアは足を止め、弓を握りしめた。


 弦を引く。


 狙いを定める。


 その先で――


 レインの動きが、わずかに緩む。


(……来る)


 張り詰めた気配の向こう。

 聞き慣れた存在が、確かに近づいている。


(……あと少し)


 それまで、持ちこたえればいい。


 兵のひとりが、弓を構えた。


 矢尻が、まっすぐレインを捉える。


「……!」


 気配を捉え、身をひねる。


 ――かわした。


 だが、その背後。


 もうひとつの気配。


 死角から、刃が迫る。


「レイン!! 危ない!!」


 リアの声が、通路に響く。


 狙いを変える。


 背後の兵へと、矢を放とうと――


 その瞬間。


 ――バッ。


 レインの身体が、射線へと飛び込んだ。


「……え……?」


 息が、止まる。


(なぜ……??)


(放てない……!)


 次の瞬間。


 ――斬撃が、走った。


 鋭い刃が、

 レインの肩から鎖骨へと、深く裂く。


「レイン!!!!」


「……っ……!」


 血が、散る。


 それでも、レインは崩れない。


 その一瞬、視線だけがリアを捉える。


 ――それでいい、と言うように。


 力が、抜けた。


 身体が傾ぐ。


 支えを失い――


 虚空へと、落ちた。


 それでも。


 その唇は、わずかに動く。


「……間に合った……」



 ――落下、直前。


 ガシッ、と。


 強い腕が、その身体を受け止めた。


「ロイロ!!!」


 リアの声が弾ける。


「……っぶねぇな。間に合ったか」


―――


「侵入者――!!!」


 兵士の叫び。


 次の瞬間――


 その兵士の身体が、大きく吹き飛んだ。


 壁を蹴り、跳び上がった影が一閃する。


「おまたせ♪」


「ナイル!!」


 軽やかな声とともに、敵が崩れ落ちる。


「とりあえず、逃げるよ!」


 言うが早いか、ナイルはリアの腕を掴み――


 そのまま、躊躇なく外へと身を躍らせた。


 鉤付きの索が夜に走る。


 壁面を滑るように、一気に降下する。



 砦の外。


 夜風が、一気に視界を開いた。


 馬に飛び乗る。


 シアンの剣が閃き、

 シュシャの一撃が道をこじ開ける。


 一斉に――駆けた。


 闇を裂くように。


 その背で。


「……一度、双国へ向かえ。

 撒くのに適している」


 ロイロに抱えられたまま、レインがかすれた声を落とす。


「うちも忘れ物があってな」


 ロイロが、低く笑う。


「あの二人、置いてったら泣いちゃうねw」


 ナイルが軽口を叩く。


「……ふふ。みんな、ありがとう」

 リアの声は、確かにそこにあった。



 ――その、わずか後。


 砦の空気が、ふいに張り詰めた。


 遠くから、蹄の音が響く。


 重く、速く、迷いのない足音。


 次の瞬間。


 一騎の黒馬が、土煙を巻き上げて砦へと駆け込んだ。


 ――エール将軍。


 その名が、空気を凍らせる。


 兵たちは息を呑み、道を開ける。


 ただ“現れただけ”で、場の温度が一段落ちたかのようだった。


「エール将軍!!!

 氷霧の剣士に負傷を負わせました!!

 これでしばらくは――――――――」


 誇らしげな声。


 己の手柄を差し出すように。


 だが――


 次の瞬間。


 ――ドゴォ!!


 言葉は、最後まで続かなかった。


 兵士の身体が、壁へと叩きつけられる。


 骨の軋む音とともに、崩れ落ちた。


 静寂。


 誰も、声を発せない。


 ただひとり、そこに立つ存在だけが――


 圧だった。


 兵たちは動けない。


 視線すら逸らせず、ただ息を殺す。


 その場にいる全員が、本能で理解していた。


 ――触れてはいけない、と。


 地に残る、血の跡。


 そして――


 紺色の布。


 刃に裂かれ、血を吸ったそれが、無造作に落ちている。


 エール将軍は、ゆっくりとそれを拾い上げた。


 その指先が、わずかに震える。


 握る手に、力がこもる。


 ――次の瞬間。


 黒馬が、大地を蹴った。


 迷いはない。


 ただ一直線に、夜を裂く。


 逃がしてなるものかと――


 そう言わんばかりの勢いで。



 だが、その胸の内は。


 誰にも、知られない。


 ただ一つの想いだけが、燃えていた。


 ――ようやく、届く。


 ――ようやく、見つけた。


 夜を駆けるその影は、


 追う者のそれでありながら――


 誰よりも切実に、


 ただひとりの存在へと、手を伸ばしていた。


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