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妻に必要な男なので助けました



レイラはまだ、暗闇の中にいた。


暗闇の中で、レイラはふと思う。


ここは、とても静かで。

とても、優しい。


レイラにとって、

闇の中は、とても居心地の良いものだった。


何も、感じなくて済む。


匂いも。

音も。

感情も。

誰かの気配も。


胸の奥を締めつける思考も、

張りつめていた神経も、

風のゆらめきすら――


何もない。


……久々に。


いや――

ここまで、ゆっくりできているのは、

もしかしたら、初めてかもしれない。


守ることも。

決断することも。

背負うことも。


もう、考えなくていい。


このまま、

ここに、一人で居ても――


…………


………………?


一人……?


その言葉が、

闇の中で、かすかに引っかかる。


……あれ?


本当に……

私は、ずっと一人だったか?


脳裏に、自然と浮かぶ。


いつも、そばにいたテュエル。

無言で剣を構え、

当然のように背後を守っていた存在。


花を差し出し、

それが彼女に似合わないはずがない

と疑いもしない顔で、

シャガルは、どこか誇らしげに笑った。

 

その“当たり前”が、

今、この闇にはない。


……二人は?


今、何をしている?


シャガルは……?


私が居ないと、

あいつは、どうなる……?


実は、あいつは――

見た目に反して、寂しがりなんだ。


独りに慣れているようで、

本当は、誰かの存在に救われている。


……そして。


テュエルは……?


そうだ。

テュエル……。


あいつは、いつも隠す。


無理をしていることも。

怖れていることも。

自分の気持ちさえも。


私は……

それを知っていながら、

見ないふりをした。


「護衛だから」

「強いから」

「テュエルだから」


――そんな言葉で。


その結果が……

今の、これなんじゃないのか……?


胸の奥に、

熱を持った感情が、勢いよく湧き上がる。


……馬鹿か、私は。


自分に、強く怒鳴りつけたくなる。


直接、謝るんだ。


そして、直接――

想いを、伝えるんだ。


お前が必要だと。

好きだと。

愛していると。


逃げるな。

眠るな。

独りになるな。


――その瞬間。


闇が、ざわりと蠢いた。


魄喰は、焦ったのだ。


レイラの意識が、

闇に“沈む”のではなく、

“戻ろうとしている”ことに。


次の瞬間――

レイラの前に、幻術が広がる。


武器を構える、二人。


テュエルと、シャガル。


互いを睨み、

刃を向け合い、

躊躇なく――傷つけ合っている。


血が舞い、

怒号が響き、

憎しみが、そこにある。


……わかってしまった。


これは、

私のせいだ。


二人とも――


「レイラ様が……!」

「レイラが……!」


そう言いながら、

互いを斬りつけている。


膝から、力が抜けた。


レイラは、その場に崩れ落ち、

膝をついたまま、座り込む。


――違う。


こんなのは、

二人じゃない。


でも、

それを生み出したのは――


私だ。


闇の中で、

レイラの呼吸が、静かに震えた。


 ――――――――


 シャガルは、幻術の中で膝をついていた。


胸の奥に突き刺さっているのは、

今まで一度も真正面から向き合ったことのない感情。


――【孤独】。


妖の王は、静かに、確かに、折られていた。


何のために生きてきたのか。

何が楽しくて生きていたのか。

その答えが、音もなく崩れていく。


レイラからの拒絶。


それは、

どんな刃よりも、

どんな呪いよりも、

耐え難いものだった。


(……もう……一人では……)


(無理だ……)


(あの安らぎを……)


(楽しさを……)


(尊さも……愛しさも……)


(……知ってしまった)


(……レイラに……捨てられる……)


喉が、ひくりと鳴る。


「……無理だ……」


その言葉が、闇に溶けた――その時。


「シャガル!!!」


声が、響いた。


「おい、シャガル!!」


誰だ――。


「しっかりしろ!!シャガル!!」


聞こえる。

確かに、外から――。


(……この声は……)


「…………」


「……テュエル……?」


魄喰が、苛立ちを滲ませる。


《やめろ……》

《接触するな……!》


だが、声は止まらない。


――現実世界。


闇に覆われた空間で、

膝をつき、無表情のまま涙を流すシャガルの前に、

テュエルは立っていた。


「おいシャガル!!」


喉が裂けるほど、叫ぶ。


「何やってんだ!!目を覚ませ!!!」


「お前ともあろうものが、

こんなところで膝ついてどうする!!」


「それは幻術だ!!!」


「誇りを……思い出せ!!!」


だが、妖王の幻術は、まだ解けない。


「……くそ……ッ」


テュエルは、歯を食いしばる。


(……何を見せられてる)


(……誇り高いこの王が……)


――怖がるもの。


察しのいいテュエルは、すぐに辿り着く。


「…………」


(……やっぱり……)


「……レイラ様、か……」


俺と、一緒だ。



「レイラ様が…」


 

「……お前を」



息を吸い、叫ぶ。


 

「見放すわけが、捨てるわけがないだろ!!!?」


その言葉に、

シャガルの指が、微かに震える。


(妖王に……)

(怖いものが、できたんだな)


テュエルは、確信していた。


「お前は……」


「レイラ様から、選ばれたんだ!!!」


シャガルの身体が、わずかに動く。


そうだ。

こいつには――


レイラ様の、

隣に立つ資格がある。


「レイラ様には!!」


「シャガル!!」


「――お前が!!必要だ!!!」


闇の奥で、何かが軋む。


意識が、ゆっくりと、戻り始める。


「シャガル」


声色を変え、テュエルは言った。


「お前が、そんなもんで折れると思われているなら」


「……舐められたものだな?」


「お前の忍耐強さは」


「この俺が――一番よく知っている」


闇が、ひび割れる。


シャガルの瞳に、確かな光が戻る。


「……テュエル……?」


「あぁ、そうだ」


テュエルは、静かに、だが強く言う。


「――戻ってこい」


「こっちは、まだ終わってない」


一拍置いて。


「……レイラ様が、危ない」


 その言葉に――


シャガルは、即座に視線を上げた。


迷いはない。

感情も、言葉も、挟まらない。


ただ一度、強く頷く。


――助ける。

それ以外の選択肢は、最初から存在していなかった。



その瞬間、

幻術の闇が、音を立てて崩れ始めた。


――魄喰は、初めて、

明確な焦りを滲ませた。

 

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