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最愛の護衛を取り戻すため、初めて愛を伝えた


ふと、足元の感覚が変わった。


冷たい床。

聞き慣れた静けさ。


レイラが目を開けると、そこは――

リュウコ城、テュエルの自室だった。


「……テュエル?」


名を呼ぶ。


返事は、ない。


寝台も、机も、壁に立てかけられた武具も、

すべてが“いつも通り”なのに、

そこにあるはずの気配だけが、抜け落ちている。


胸の奥が、ざわついた。


「……テュエル……」


嫌な予感を振り払うように、部屋を出る。


城の廊下は、仄暗く、異様なほど静かだった。

足音だけが、やけに大きく響く。


「テュエル?」


執務室の扉を押し開ける。


――いない。


資料室。


――いない。


食堂。


――いない。


稽古場。


――いない。


爺の自室。


――いない。


自分の部屋。


――いない。


そして、シャガルの自室。


そこにも、影はない。


「テュエル……!」


声が、少しだけ掠れる。


どこを探しても、

城のどこにも――彼はいなかった。


「……どこにいるんだ……」


胸が、じわじわと締めつけられる。


(早く……見つけないと)


理由は、わからない。


けれど、本能が告げていた。


――早く探さないと。

――自分も、テュエルも、シャガルも。


危ない。


 

――――――――


 

その頃――。


闇に覆われた空間で、

金属が噛み合う凄まじい音が連続して響き渡っていた。


双剣と大鎌。

刃と刃がぶつかり合うたび、火花が爆ぜ、闇が揺れる。


「くそっ……!!」


シャガルは歯を食いしばり、大鎌を両手で構え直す。

次の瞬間――


ズンッ!!!


空気が圧縮されたかのような衝撃とともに、

テュエルが踏み込み、双剣を振り抜いた。


速い。

いや、速すぎる。


冥炎を纏った大鎌で受け止めるが、

その衝撃だけで、腕が痺れる。


「目を覚ませ、テュエル!!」


シャガルの怒号が闇に響く。


返ってきたのは、

感情の温度を失った、冷え切った声だった。


「俺は……目覚めている」


次の瞬間、テュエルの全身から

凄まじいオーラが噴き上がる。


人間のものとは思えない覇気とオーラ。

圧倒的な殺意。


「俺から、レイラ様を奪うお前が――」


踏み込み。


「邪魔だ」


爆発するような加速。

双剣が、一直線にシャガルの喉元を狙う。


「――ッ!!」


シャガルは即座に大鎌を差し込み、

紙一重で刃を受け止める。


だが、その瞬間――

足元の地面が、砕け散った。


「……ッ、なんだ……この力……!」


冥炎が迸り、衝撃波が闇を押し広げる。

一度はテュエルの身体が吹き飛ぶ。


――が。


すぐに、立ち上がる。


まるで何事もなかったかのように。

痛みを感じていないかのように。


「レイラ様の心を、独り占めにする」


再び、踏み込む。


「……お前が、憎い」


シャガルの目が、僅かに見開かれる。


(独り占め……だと?)


だが、次の瞬間には

考える暇すら与えられなかった。


双剣が、嵐のように襲いかかる。


防ぐ。

防ぐ。

防ぐ。


全力で、受け止め続ける。


(――人間のくせに……)


シャガルの喉元を、冷や汗が伝う。


(本当に……)


(バケモノじみた力だ……!!)


一瞬でも気を抜けば、

この大鎌ごと――斬り殺される。


シャガルは奥歯を噛み締め、叫ぶ。


「貴様……!」


問いかける余裕など、もうない。


それでも、あえて言葉を叩きつける。


「本当に、そう思っておるのか!!」


だが返答はない。


あるのは、

殺意だけを込めた双剣の一閃。


シャガルは、ついに悟る。


――これは説得などできる相手ではない。

今のテュエルは、

本気で、自分を殺しに来ている。

 

 

テュエルの顔が、横に弾ける。


「貴様……!」


拳を握りしめたまま、叫ぶ。


「レイラを……レイラの心を、信じておらぬのか!!」


脳裏に、過去がよぎる。


まだ、想いを伝えられなかった頃。


レイラが最初に視線を向けるのは、

いつもテュエルだった。

何かあれば、真っ先に頼るのも、彼だった。


それが、羨ましくて。

正直、邪魔だとすら思っていた。


――だが。


その二人の間には、

どう足掻いても壊せない“絆”があった。


シャガルの怒りが、爆発する。


「ふざけるな!!」


闇が、震える。


「余が一番になったことなど――」


「一度もない!!!」


声が、割れる。


「被害者ぶるな!!」


「それは――お前が出した答えなのだろう!?」


「お前の覚悟では、なかったのか!!!」


拳を突き出す。


「レイラの幸せを――!」


「一番に考えていたのでは、なかったのか!!」


その言葉に。


一瞬だけ。


テュエルの動きが、止まった。


「……っ」


目が、揺れる。


だが。


「……うるさい」


歯を食いしばり、声を絞り出す。


「黙れ……!」


攻撃の手は、止まらない。



 

 


一方、潜在意識の中。


レイラは、まだ探し続けていた。


「……テュエル……どこにいるんだ……」


息が上がる。


リュウコ城、八合目。

思い当たる場所は、ほとんど探し尽くした。


それでも、見つからない。


影が、濃くなる。


黒い霧が、視界を侵食していく。


(……このまま、全部覆われたら)


(テュエルは……戻ってこないんじゃ……)


膝に、力が入らなくなる。


「……もう……」


「どこだか……わからないよ……」


その瞬間。


ふと。


胸の奥が、きゅっと鳴った。


「あ………………」


思い出す。


同時に、身体が勝手に動いた。


全力で、走る。


あそこだ。


いつも――

二人で行っていた場所。


(……いつから、行ってなかった……?)


(いつから……)


答えは、すぐに浮かんだ。


――シャガルが来てから。


なぜ?


理由も、わかっている。


(だって……)


(あそこは……)


テュエルにとっても、

自分にとっても。


【特別な場所】だったから。



七合目、西の草原。


何度も来た。


サボりに来た。

休みに来た。

遊びに来た。


木に登った。

釣りもした。

笛も吹いた。


昼寝もした。

かくれんぼもした。


近づくにつれて、

レイラの視界が滲む。


涙が、止まらなかった。


(……絶対、いる)


根拠はない。


でも、確信だけがあった。


――そこにいる。


だが。


本来、美しく、澄んでいるはずの草原は、

異様なほど黒く、澱んでいた。


霧が、渦を巻く。


その中心に――人影。


座り込み、膝を抱えている。


「……テュエル……」


声をかける。


近づいても、反応はない。


それでも、怖くなかった。


――ちゃんと、彼だったから。


レイラは正面に回り、膝をつく。

同じ目線になる。


テュエルは、無表情のまま。

ただ、涙だけが、静かに流れていた。


それを見た瞬間。


理解してしまう。


【……あぁ……壊れてしまったんだ……】


胸が、痛む。


レイラは、そっと抱きしめた。


「……無理を……させ続けてしまったんだな……」


声が、震える。


「どうすれば……許してもらえるだろうか……」


「テュエル……すまない……」


「……すまなかった……」


けれど、声は届かない。


(……甘えていた……)


(お前なら……いずれ、わかってくれると……)


(いずれ、立ち直ってくれると……)


そんなふうに、

どれほど、壊していたのか。


「……本当に……すまなかった……!!」


霧が、さらに濃くなる。


時間が、ない。


「……テュエル……」


「頼む……帰ってきてくれ……」


「……お前が……」


「必要なんだ……」


その時。


テュエルの指が――

僅かに、動いた。


「……テュエル……」


震える声で、名を呼ぶ。


そして。


「……愛してる……」


それは、

レイラが初めて、口にした言葉だった。


「…………」


テュエルの瞳に、微かに光が戻る。


「……レ……イラ……さま……?」


抱きしめる腕に、力を込める。


「あぁ……私だ……」


「お前の……妻だ」


彼女の指が、視界に入る。


――薬指。


そこにあるのは、

テュエルが贈った、結婚指輪。


意識が、繋がる。


「……レイラ様……」


レイラは、微笑んで言った。


「……口に出したことが……なかったな」


「私は……お前を、愛してる……」


口付け。


その瞬間。




闇が、悲鳴を上げた。

 


《――予定変更だ》


 

魄喰は、吐き捨てるように

テュエルを“吐き出す”。


そして、狙いを変える。


 

――次は、レイラの潜在意識へ。

 



 

同時に。


現実世界。


テュエルの目に、光が戻る。


「……っ……」


シャガルが、動きを止める。


「……戻った、か」


だが。


再び、霧が二人を包み込む。


世界が、歪む。


「……幻術か」


シャガルが、低く呟いた。


闇は、まだ――終わっていない。

 

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