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同じ女を想うということ

渓流釣りを楽しんだ、次の日の夜。

レイラを自室へ送り届け、それぞれが自室へ戻ろうとした、その時だった。


宮内の奥。

人の気配はすでになく、夜の静けさだけが、冷えた石床に沈んでいる。


示し合わせたわけでもない。

だが、足が止まり――

自然と、二人は向き合う形になっていた。


シャガルが、一歩前に出る。

その眼差しは鋭く、揺れはない。


胸の奥で、ずっと燻っていた問い。

――今、切り込まねばならぬと、本能が告げていた。


「おい……猿」


低く、短く。


「貴様……

 最初から、知っておったのか?」


テュエルは、肩をすくめる。

いつもと変わらぬ、落ち着いた声音。


「……なんのことです」


シャガルの瞳が、わずかに細まる。


「とぼけるな」

「……避妊薬のことだ」


一瞬の沈黙。

それは迷いではない。

覚悟を、言葉に変えるための間だった。


「…………」


「……はい」


シャガルは声を荒げない。

ただ、静かに言い切る。


「……遠慮はせぬぞ」


テュエルの口元が、かすかに歪む。

笑みと呼ぶには、あまりにも乾いた表情だった。


「……今さら、なにを言ってるんですか」

「それに、遠慮なんて……したこと、ありましたか」


シャガルは答えない。

拳を軽く握るが、感情は制御されたままだ。


テュエルが、一歩踏み出す。

声を低く、確実に落とす。


「煌龍国へ行こうと言ったのは……俺です」


「……なんだと」


シャガルの瞳が、ほんのわずかに揺れる。


「俺を、バカだと思いますか」


静かな問い。

だが、その奥には、抑えきれぬ熱があった。


「あなたは、レイラ様が」

「あなたのことで」

「――俺のことで」

「どれだけ、苦しんでいるか」

「ちゃんと、知るべきだ」


シャガルは唇を噛む。

胸の奥に、鈍い痛みが走った。


テュエルは一度、息を吸い――続ける。


「あなたが欲を抑えられないから」

「レイラ様は、解決策を探した」


「必死に……徹夜をしてまで」


一拍。


「そして、答えに辿り着いて」


「――気付いてしまった」


声が、わずかに掠れる。


「他の男に抱かれるためにしている行動だったと」


「俺に……申し訳ないことをしている、自分に」


責めではない。

淡々とした事実の羅列だった。


テュエルは、さらに静かに告げる。


「レイラ様は、ご自身を責めている」

「今だって……本当は、壊れかけている」


「罪悪感で、自責で」


そして、はっきりと。


「お前は――」

「レイラ様の地獄を」


「受け止めて、背負え」


それは命令でも、懇願でもない。

選択を突きつける言葉だった。


「俺のことを気にしている暇があるなら」


「――レイラ様を、気にして差し上げろ」


テュエルは背を向ける。


その背中に向かって、シャガルは言い切った。


「……余は」 


「レイラを、抱く」


迷いのない声。


「貴様の覚悟も、無駄にはせぬ」


「悪い、など……言わんぞ」


視線を逸らさない。

王としての決断と、揺るがぬ愛を、その背に突きつける。


「余は、レイラを守るために選ぶ道を」

「遠慮なく行く」


「貴様の選んだ地獄も――無駄にはせぬ」


テュエルは、振り返らない。

何も言わず、ただ歩き去る。


その背中に残されたのは、

忠義と、覚悟と、

そして言葉にされなかった感情だけだった。


シャガルは、しばらくその場に立ち尽くし、

深く息を吐く。


胸の奥に、重く、しかし確かな決意が芽吹いた。


(余は、レイラ……)

(いや――レイラだけではない)

(“貴様”の覚悟も、無駄にはせぬ)


拳を握りしめる。

それは誓いであり、王の選択であり、

これから先、決して引き返さぬという意思そのものだった。



シャガルと別れ、自室の扉を閉めた後。

テュエルは、しばらくその場を動けずにいた。


(……覚悟、か)


自分で選んだ言葉だ。

誰に強いられたわけでもない。


それなのに――

胸の奥が、ひどく重い。


ふと、思い浮かぶ。


渓流で笑っていた、レイラの顔。


楽しそうで、無邪気で。

あの笑顔は、間違いなく大切なものだった。


――なのに。


(……遠い)


触れてはいけないものを前にしたような、

そんな錯覚。


守るために身を引いているはずなのに、

気づけば、自分の足が止まっている。


(レイラ様は……前に進んでいるのに)


自分だけが、

同じ場所に立ったままだということを――

ようやく、認めてしまった。

 


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