表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
119/132

渓流に流れないもの

 執務室に籠りきりの三人を見かねて、

爺が穏やかに言った。


「少し、外に出られては?^^」


「渓流で釣りなどいかがですかな。

 ちょうど鮎の季節です」


「夕餉の食材を獲ってきてくだされば、

 私も助かります^^」


半ばお使いのような口ぶりに、

三人は顔を見合わせ――

結局、その提案を受け入れることになった。


向かったのは、

リュウコの一つ下

七合目、南西の渓流。



初夏の陽光が水面を照らし、

渓流はきらきらと飛沫を上げて流れている。


小鳥のさえずり。

水のせせらぎ。

湿った土と若葉の匂い。


変わらぬ自然が、そこにあった。


レイラは川辺の岩に腰を下ろし、

足元の草花や、水面に反射する光を眺めている。


釣りをする二人を横目に、

ただ深く息を吸った。


(……久しぶりだな、こういう時間)


心が、少しずつほどけていく。


「帰ってきて、久々のお出かけですね^^」


テュエルが釣り糸を垂らしながら言う。


シャガル

「全くだ。

 皇務、皇務と執務室に籠りおって……

 目も体も腐るところだったぞ」


レイラ

「仕方ないだろう。

 長く国を空けていたんだ。

 溜まった皇務を片付けなければ

 しばらく出かけることすら出来なかったぞ」

 

シャガル

「それにしてもだ、真面目すぎる。

 もう少し、息抜きを覚えろ」


テュエル

「お前が息抜きしすぎてるだけだ」


シャガル

「黙れ頑固猿。

 貴様も毎日同じことばかりで、つまらん男よ」

 

テュエル

「褒め言葉として受け取っておきますね」


レイラ

「……羽を伸ばしに来たんだ。静かにしろ」


レイラはそう言って、川を眺めた。


「……それにしても、のどかだな」



一方で、テュエルは実に器用だった。


軽やかに竿を操り、

次々と魚を釣り上げていく。


それでも視線は、常にレイラへ。


「レイラ様。

 流れが少し急です。

 足元にはお気をつけください^^」


 


対して――


シャガルは、一匹も釣れていない。


竿を握りしめ、眉をひそめる。


「ぐ……………!!

 何がいけない!!

 さっさと食いつけ、ノロマな魚め!!」


テュエルが、にやりと笑う。


「落ち着いてください。

 食いついても、どうせ逃げますから」


シャガル

「なんだと!!

 今に見ておれ!!

 こんなもの、すぐに釣ってみせるわ!!」


シャーシャー、ガルガル。


いつも通りうるさい二人、

しかしレイラもそれには慣れてきた。



レイラは川の縁へ腰を移し、

流れをじっと見つめる。


(一見、平和だが……)


思考が、自然と沈む。


(……これから、どうする……)

(……いや……どうなるのか……)

(……二人を、失うことだけは……)


(……絶対に、嫌だ……)


水音が、考えを流していく。


(……時間が、解決してくれるのだろうか……)

(……このまま、進んで……)


(……後悔しないだろうか……)


「……………………」


その時。


「レイラ!!」


突然の大声。


驚いて身を震わせ、

足元の砂利でバランスを崩す。


「っ……!」


――バシャァァァン!!


水音とともに、

レイラは渓流へと落ちた。


「レイラ様!!!」


「レイラ!!!」


二人が同時に駆け寄り、手を伸ばす。


川から顔を出し、

必死な形相の二人を見た瞬間。


――不思議と、

さっきまでの悩みが、どうでもよくなった。


(……ふふ……愛しいな……)


レイラは、二人の手を取る――

そのまま、無邪気に引っ張った。


「……っ!?」


「ぬ……?」


――バシャァァァン!!


三人まとめて、見事に落水。



水しぶきの中、

テュエルが呆れた声を上げる。


「……レイラ様……

 ……もう……本当に……

 無事でよかったですが……

 心配します、やめてください……」


(可愛すぎるだろ……殺す気か……)


シャガルは面食らいながらも、

小さく笑った。


「腹いせか?

 まったく……悪戯とは……いじらしい」


レイラは濡れた髪をかき上げ、

満面の笑みで言う。


「ふふ。冷たくて、気持ちいいな」


――その笑顔を見て、

テュエルは、胸の奥に小さな違和感を覚えた。


楽しそうで、無邪気で――

けれど、どこか遠い。



夕刻。


釣果は――


シャガル:0

テュエル:18


「ぐ……!!!!

 何がこやつと違うのだ……!」


「繊細さ、ですかね?」

「お前には一生無理でしょう」


「余は大胆なのだ!!

 貴様のような几帳面猿になってたまるか!!」


相変わらずの掛け合い。


レイラはその光景に、

小さく安堵しながら――

同時に、胸の奥がざわついた。


(……すぐ、壊れてしまうのでは……)


それは、

レイラだけではない。


シャガルも。

テュエルも。


三人それぞれが、

同じ不安を胸に抱いたまま。


渓流は、何事もなかったかのように――

静かに、流れ続けていた。



 その夜、

三人は同じ食卓を囲んだ。

だが、その時間を、誰一人として

穏やかだとは思っていなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ