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「余が愚かであった」――王が初めて謝罪した理由

宴が終わり、数日が過ぎた。


煌龍国での滞在も、いよいよ終わりが見えはじめ、

双国へ戻る支度が、静かに進められていた。


別れの前に、どうしても済ませなければならない用事がある。


――シュンの調薬室。


夕暮れの光が差し込む部屋には、

小瓶が、机いっぱいに並べられていた。



【シュンの調薬室/夕暮れ】


シュンは胸を張り、

並んだ瓶を誇らしげに指さす。


シュン

「はいこれ!一年分!

副作用ほぼナシ!香りもマイルド!

レイラの体質に合わせて調整したから、安心して使えるよ。」


そこにいるのは、

もうただの少年ではなかった。


経験を積み、

誰かの命を預かることを知った――

医師の顔で、シュンは笑っていた。


レイラ

「シュン……本当に助かる。ありがとう。」


シュン

「ふふん。もっと褒めてくれてもいいけど?

あ、作り方は全部書いておいたから、

双国の医官にも渡してね。」


レイラは小瓶を見つめ、

ぽつりと呟く。


レイラ

「……じゃあ、また一年後に取りに来る。」


シュン

「――えっ!? 来るの?」


一瞬、素直な驚き。

そして、隠しきれない喜び。


レイラ

「ああ。シュンに作ってほしい。

……それに、会いに来る理由にもなるだろう?」


シュンの耳が、

一気に赤くなる。


シュン

「そ、それ理由にされたら……」


沈黙。


シュンは一度、深く息を吸い、

意を決したように口を開いた。


シュン

「……レイラ。

伝えた“つもり”ではいたけど……

ちゃんと、言葉では言ってなかったから……」


視線を伏せ、唇を噛む。


シュン

「俺……ずっと……ずっと、好きだったんだ。」


レイラが驚き、口を開いた、その瞬間。


シュン

「返事いらないっ!!」


涙目で、ぶんぶんと手を振る。


シュン

「身勝手なのは分かってる。

傷つけたいわけじゃない。

ただ……言わないと、次に進めない気がしたんだ。」


レイラは、静かに微笑んだ。


レイラ

「シュン。

お前の気持ち……とても嬉しい。」


シュンが、息を呑む。


レイラ

「あの時、しっかり伝わっていた。

お前の、強くて、熱い想い。

私はそれを、迷惑だなんて思わない。」


そして、はっきりと言う。


レイラ

「お前の想いは、お前の自由だ。」


シュンは唇を噛み、

それでも――笑った。


シュン

「……そんなこと言われたら……

余計に、諦められないじゃんか……。」


レイラ

「……すまない。

シュン。お前の成長を……

私は、もっと見たい。」


それはまるで、


――いつか、本当に私の隣に立つ男になるかもしれない。


そんな含みを持った言葉だった。


シュンの胸の奥で、

消えかけていた初恋が、

静かに、もう一度灯った。



【外/廊下】


扉が開き、

談笑しながら出てくる二人。


その様子を、

少し離れた場所から見ていた男がいる。


腕を組み、

明らかに不機嫌な顔で。


――シャガル。


(……なんだ、あの距離は)

(近すぎる……)

(あの童……)


視線が、鋭く細まる。


(レイラに、笑いかけおって……)


我慢ならず、歩み寄る。


シャガル

「……童。

貴様、レイラに近すぎだ。」


シュンが、びくりと肩を跳ねさせる。


その瞬間。


テュエル

「……シャガル。」


首根っこを、掴まれた。


シャガル

「なっ――ぐぇっ!?

おい!?何をする猿!!」


抗議する間もなく、

そのまま引きずられ、

建物の隙間――路地裏へ。



【路地裏】


テュエル

「……いい加減にしてください。」


低く、抑えた声。


――ドンッ。


感情が、先にぶつかった音だった。


壁に叩きつけるように、

胸ぐらを掴む。


シャガル

「正気か貴様!!」


テュエルの身体が、

今まで見せたことのない怒りで、震えている。

 

テュエル

「正気ですとも。」


その目を見て、

シャガルは悟る。


――これは、いつもの怒りではない。


テュエル

「あの少年に……敬意を払え。」


シャガルの眉が跳ね上がる。


テュエル

「あの少年を侮辱することは、

レイラ様の覚悟を折ることと同義だと思え。」


シャガル

「……どういうことだ……」


テュエル

「レイラ様は、告げる必要はないと言っていました。

だが……お前も、知るべきだ。」


声が、強くなる。


テュエル

「レイラ様は――

お前のために、

あの、レイラ様に想いを寄せている少年に」


息を吸い。


テュエル

「“避妊薬”を作ってくれと!!!

ご依頼されたのだ!!!」


シャガル

「――――っ!!」


テュエル

「シュン殿は、ずっと前からレイラ様を想っていた。

それでも、あなたのために――

……いいえ、“レイラ様のために”。」


テュエル

「自分の想いを飲み込み、

避妊薬を作ってくれたんです!!」


シャガルは、

殴られたかのように目を見開く。


テュエル

「彼の想いは、報われない。

あなたのために、振り払われる感情だ。」


声が、震える。


テュエル

「それなのに……

あなたは妬んで、冷たく当たるんですか!?」


シャガルの力が、

すっと抜ける。


「…………」


脳裏に蘇る。


 ―― 一緒に解決策を探そう


涙を浮かべて言った、

レイラの声。


自分がシュンを傷つけることは、

レイラの心をも、傷つけることなのだと、

ようやく理解する。


テュエルは、

静かに手を離した。


テュエル

「……あなたは、レイラ様の“夫”でしょう。」


背を向ける。


テュエル

「ならば、

彼の献身を――踏みにじらないでください。」


そう言い残し、

去っていく。



シャガルは、ようやく、気づく。


(テュエル……)

(お前は……それを、知っていたのか……)


――――


シャガルは、その場に立ち尽くしたまま、

しばらく動けなかった。


(……あの童が)


(レイラのために)

(己の想いを、押し殺して……)


喉の奥が、ひりつく。


妬いていたのは、

疑っていたのは――


余だ。


 ずっと感じていた違和感の正体を知り

 その事実を落とし込む――


(……なんと…愚かだったのだろうか。)


拳を、ぎゅっと握る。


(レイラの覚悟を)

(踏みにじるところだった)



――シャガルは、深く息を吐き、

踵を返した。


向かう先は、一つしかない。



ーーーー


シャガル

「……童」


シュンが、びくっと肩を揺らす。


シャガル

「先ほどの無礼を」

「詫びさせてほしい」


一瞬、間が空く。


「お前の献身を」

「余は、侮った」


視線を逸らさず、続ける。


「……感謝する」

「レイラを、守り」

「そして――支えてくれていたのだな」


「余が愚かであった。」


 

一瞬、沈黙が落ちる。


シュンは、喉を鳴らし、

躊躇うように視線を伏せたまま――

それでも、逃げずに口を開いた。


 

シュン

「……別に…謝られても」

「嬉しくない…です。」


「それに…あなたのためじゃない…」

「俺は…レイラのためにしただけだから…」


少し間を置いて。


「でも……」

「レイラを、大切にしてくれるなら」

「それで……いい…です。」

 

「約束…できますか?」



シャガル

「…あぁ……お前の覚悟も…」

「想いも…全て背負う」

「必ず…レイラを…泣かせることなどしない」


「――余が、誓う」


「……約束しよう」


一拍、置いてから。


「シュンよ」


その呼び方に、

シュンの肩が、ぴくりと揺れた。


「お前の献身を」

「余は、忘れぬ」


「そして――」

「お前が守ろうとしたものを」

「余は、必ず、守り抜く」


「王として」

「……そして、夫として」

 

シュンは、何も言わなかった。


けれど、その表情から、

張り詰めていたものが、そっと抜け落ちたのが分かった。




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