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守り抜いた時間は、王にすら越えられない

広い宴の間に、杯の音と笑い声が広がっていく。


最初こそ距離を取っていた煌龍国側の者たちも、

酒と料理が進むにつれ、次第に肩の力が抜けていった。


そんな中――

一番変化が分かりやすかったのは、他でもないシャガルだった。


杯を傾けながら、隣に座るナイルを一瞥する。


シャガル

「ほぉ? お前も飲める口か」


ナイル

「えぇ? 失礼だなぁ♡

 これでも旅の間はずっと飲んでましたよ?♡」


くいっと杯を掲げてみせると、

シャガルは一瞬だけ目を見開き、すぐに口角を上げた。


シャガル

「ふっ……面白い。

 余と酒を交わす度胸があるとはな」


ナイル

「シャガル様と飲めるなんて、光栄だなぁ♡」


そのやり取りを聞いていたロイロが、にやりと笑う。


ロイロ

「じゃあよ、飲み比べでもするか?」


一瞬、場が静まる。


――酒呑童子に、飲み比べを持ちかけるなど、

 無礼にもほどがある。


だがシャガルは、次の瞬間、愉快そうに笑った。


シャガル

「ふっ、悪くない。

 どちらが先に潰れるか、見ものだな」


ロイロ

「言ったな?」


杯が次々と並べられ、

ナイルが面白がって数を数え始める。


ナイル

「はいはい、負けた方は一気ね〜♡」


その様子を見て、

シュシャがぽかんとした顔でレオに小声で尋ねた。


シュシャ

「……あの者、本物なのだろうな」


レオ

「はははw さぁなーw

 でも俺、嫌いじゃないよ。ああいうの」


シアンはというと、

杯を手にしたまま少し離れた場所から、じっとシャガルを見ている。


シアン

「……強い。

 でも…楽しそうだね」


その言葉に、リアがくすっと笑った。


リア

「こういう姿も見せるのね。

 本当に、お酒が好きなのね」


一方、レイラの隣にはテュエル。


テュエルはさりげなくレイラの杯を確認し、

酒が注がれそうになると、すっと手を出す。


テュエル

「……ダメです。レイラ様は下戸なんです。

 今日は長い夜になりますから、

 こんなところで潰れないでください」


レイラ

「ん……分かっている」


口では不満そうに言いながらも、

レイラは素直に杯を置いた。


その様子を、

向かいからシャガルがしっかりと見ていた。


シャガル

「……ほう」


短く、意味ありげに呟く。


シュンはというと、

リアと並び、料理の話をしながらも、

どこかほっとした表情で宴を眺めていた。


シュン

「……思ってたより、穏やかだね」


リア

「ええ。

 きっと、レイラが安心しているからでしょう」


その視線の先で、

レイラは久しぶりに肩の力を抜いて、笑っていた。


その笑顔は、

肩の荷がひとつ降りて、

少しだけ――すっきりしているように見えた。


杯の音、笑い声、軽口。


誰もが、気づき始めていた。


――この宴は、

ただの政治的な場ではない。


ちゃんと、

祝福の席なのだと。

 

 ――――


シャガルは、杯を置いたまま、

今度は周囲――この場にいる全員を、ゆっくりと見渡した。


酔いで、頬はわずかに赤い。

けれど、その目だけは、少しも曇っていない。


それに気づいて、

誰もが、自然と口を閉ざした。


シャガル

「……よいか」


その一言で、

宴のざわめきが、すっと引く。


「この男を」

「ただの護衛だと思うな」


その言葉に、

テュエルの肩が、ほんのわずかに揺れた。


――否定される覚悟は、していた。

だが、称えられる準備など、していない。


シャガル

「余はな」

「王であり」

「力でねじ伏せてきた」


軽く、鼻で笑う。


それは驕りではなく、

事実を述べているだけの声音だった。


「だが」

「それでも――」


指先が、まっすぐに、テュエルを示す。


「こいつには」

「勝てぬものがある」


その瞬間、

周囲に、目に見えぬざわめきが走る。


リア

(……勝てない?)

(あの…シャガルが?)


(あれほど、衝突していたのに……?)


シャガル

「余が来るよりも前から」

「レイラの傍に立ち」

「剣で、身で、心で」


「守り続けてきた」


言葉が、重い。


それは戦果の自慢でも、

武勇の誇示でもない。


「戦場でも」

「逃げ場のない夜でも」

「余の知らぬ時間すべてで、だ」


――余の、知らぬ時間。


その一言に、

聞いていた者たちは、はっとする。



(シャガルは、分かっている)

(自分が“後から来た”ことを)


シャガルは、杯を持ち上げ、

少しだけ間を置いて、続けた。


「それは」

「余でも、壊せぬ」


「一生かかっても」

「越えられるかどうかは……分からぬ」


それは、はっきりとした嫉妬。


だが――

同時に、逃げも誤魔化しもない、敬意だった。


ナイル

(……なんだ…この妖王は…)

(奪うだけじゃない。)

(ちゃんと、認めている……)


シャガル

「……認めよう」


その声に、

テュエルは、思わず視線を伏せる。


耐えきれなかった。


「お前がいなければ」

「余は、レイラに会えなかった」


その言葉は、

テュエルだけでなく、レイラの胸にも、深く落ちた。



(……ああ)

(この人は、分かっている)

(私の“過去”も、“守られてきた時間”も)



場の空気が、確かに変わる。


敵意ではなく、

警戒でもなく、

“理解”へと。


シャガル

「だからこそ」


再び、テュエルを見る。


そこにあったのは、

もう、剣呑な視線ではなかった。


「この宴は」

「余とレイラだけのものではない」


「お前が」

「ここに立つ資格を」

「誰よりも持っている」


低く、

だが、はっきりと、全員に聞こえる声で。


シャガル

「誇れ」

「…テュエル」


「お前は」

「余の妻を」

「命を懸けて守ってきた男だ」


「そして、もう一人の夫だ」


一拍。


その沈黙は、

否定のためではなく、

言葉を噛み締めるためのものだった。


「――余が、保証する」

「そして、敬意を払う。」


シャガルの言葉が落ちたあと、

しばし、誰も声を出せなかった。


最初に動いたのは、

称えられた本人だった。


テュエルは、ゆっくりと一歩前に出て、

一度、深く息を吸う。


そして――

シャガルを、まっすぐに見た。


テュエル

「……正直に言います」


一瞬、苦笑が混じる。


「…シャガル」

「お前にそんなことを言われる日が来るとは」

「思ってもいませんでした」


場が、わずかに和らぐ。


それでも、声は揺れない。


「俺は……」

「王でも、英雄でもありません」


「ただ」

「レイラ様が選んだ道を」

「そばで、支えると」


「……それだけを、決めただけです」


それ以上、誇らない。

それ以上、飾らない。


テュエルは、最後に一礼した。


シャガルは、その様子をじっと見てから、

ふっと鼻で笑う。


シャガル

「……それで十分だ」


ぶっきらぼうに言い捨てるようにして、

杯を手に取る。


そして、ぐっと、一息に飲み干した。


「……余も、酔った」

「今日は、これ以上は言わぬ」


完全な、照れ隠し。


その横顔に、

誰もが、思わず目を細めた。


テュエルは、静かに席へ戻る。



ナイル

(……器が…大きいね)

(あんなに、衝突していたのに……)


(いや……だからこそ、か)



誰もが、同じことを思った。


――この王は、

奪うだけの男ではない。


そして、

この護衛は、

ただ守ってきただけの男ではない。


二人の間にあるものは、

敵意ではなく、

“同じ一人の女を、真剣に想った者同士”の重さだった。


レイラは、

静かに目を伏せ、

そのすべてを、胸に受け止めていた。


(……ああ、そうだ)

(なんて、不器用で)


(なんて、愛しい二人なんだろう)


宴の意味が、

その場にいる全員に、はっきりと伝わった瞬間だった。

 ――――――

 


 杯の音と、低い笑い声。

煌龍国の夜は、思ったよりも賑やかだった。


レイラは、リアやナイルに囲まれ、

久しぶりに肩の力を抜いて笑っていた。


――それを。


少し離れた場所から、

シャガルは黙って見ていた。


杯を傾けることも忘れて。


視線は、ただ一人に注がれている。


「……どうした?」


ロイロが気づいて声をかけると、

シャガルは、唐突に言った。


「レイラ」


低く、通る声。


「余のそばに来い」


周囲が、一瞬、静まる。


ナイルが、肩をすくめた。

「……自分で行かないんだ?」


ロイロ

「そこは迎えに行けよ」


シャガルは、まったく気にしない。


「余の手の届く場所にいろ」


それだけ。


レイラは、ため息をひとつ吐いてから、

渋々、歩み寄った。


「……なんだ」


シャガルは、満足そうに目を細める。


「他の者とばかり話して」

「ずるいぞ」


そう言って、

何の躊躇もなく、レイラを隣に座らせる。


そして――

指を、絡めた。


強くはない。

だが、外れない。


「……レイラ」


声が、少しだけ低くなる。


「今日は」

「よく、耐えたな」


レイラが、はっと目を見開く。


「……なぜ、分かる」


シャガルは、杯を置き、淡々と答えた。


「話は知らぬが、分かるさ」

「余は、お前の夫だ」


誰も聞いていないようで、

――全員、聞いていた。


「無理に笑う時の」

「肩の力」

「目の奥の疲れ」


酒で緩んだ表情なのに、

言葉は、異様なほど的確だ。


「今は、ここだ」

「余の側で、休め」


そう言ってから、

ふと、顔を近づける。


「……酒臭くはないか?」


気遣うような声。


レイラは、一瞬、言葉を失ってから。


「……少しだけな」


「なら、これ以上は飲まぬ」


あっさり、杯を遠ざける。


その様子を見て――


リア

(……うん……こりゃ…惚れるわ)


ナイル

「これは……落ちるねぇ……♡」


ロイロ

「……そりゃそうなる」


テュエルは、レイラの背後から、

静かに視線を落とした。


(……守られている)


それが、はっきり分かる。


シャガルは、

支配するようでいて、

決して、壊さない。


独占するようでいて、

選択だけは、奪わない。


その不器用な愛を、

この場にいる全員が、否応なく理解してしまった。


――ああ。


これは。


【レイラ惚れちゃうわ】って、

誰もが思ってしまう。


宴は、まだ続く。


けれど、それぞれの胸に残ったものは、

もう、はっきりしていた。


この男は――

レイラを、ちゃんと、大切にしている。




少し離れた席で、

シュンは、杯を持ったまま、その光景を見ていた。


胸の奥が、ちくりと痛む。


(……誤解してたな)


強引で、怖くて、

力で奪うだけの王だと――

どこかで、決めつけていた。


けれど。


レイラを呼ぶ声は低くても、

触れる手は乱暴ではなく、

独占するくせに、逃げ道を残す。


(……ああ)


分かってしまった。


(この人は)

(レイラを「手に入れた」んじゃない)


(ちゃんと)

(選ばれている)


それが、何よりも、強い。


シュンは、視線を落とし、

小さく息を吐いた。


少しだけ、痛い。


けれど――

不思議と、嫌な痛みじゃなかった。


(……任せられるな)


そう、胸の中で呟く。


(レイラを)

(あの人なら)


祝福と、諦めと、

ほんの少しの未練を一緒に飲み込んで。


シュンは、静かに杯を傾けた。


 


宴の夜は、まだ深い。


けれど――

この場にいる誰もが知っていた。


もう、揺るがないものが、

確かに、ここにあるということを。



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