宣告キスとかいう逃げ場ゼロイベント
リアが、ぱん、と軽く手を叩いた。
「じゃあ、みんな!」
「今日はもうこの辺で、休みましょ!」
一同が、顔を上げる。
「明日になったら、城に向かって――」
「宴・第二幕、だからね?」
にこっと、いつもの姫の笑顔。
「ちゃんと体力、残しておかないと」
ナイル
「はーい♡」
「お酒は城までお預けだねぇ」
ロイロ
「賢明だな」
リアは、少し声を落として、
レイラの方を見る。
「城に戻ったら……」
「シュンと、ゆっくり話してね」
一瞬だけ、意味を含ませた視線。
レイラは、わずかに目を見開き――
そして、小さく頷いた。
「ああ……シュン、よろしく頼む。」
シュンは、何も言わず、視線を落とし頷く。
「じゃあ――」
「おやすみなさい!」
「おやすみー!」
「また明日!」
自然と、男女で別れていく流れ。
廊下に向かう背中、
それぞれの足音。
その時。
「――レイラ」
低く、はっきりとした声。
足を止めたのは、レイラだけだった。
振り返る。
そこに立つのは、シャガル。
灯りに照らされた長い影、
静かな視線。
まるで舞台の中央に立つ役者のように、
その姿だけが、自然と目を引いた。
呼ばれたのは、ただ名前だけ。
「……レイラ」
「……?」
レイラは、まだ状況を理解していなかった。
別れ際の、ただの呼び止め。
そう思ったから――
一歩、足を止めただけだった。
その距離が、
一瞬で、奪われる。
「……っ」
気づいた時には、
シャガルの手が、レイラの顎を取っていた。
強くはない。
だが、拒むという選択肢を与えない力。
灯りの下、
高く、凛としたレイラの姿と、
それを包み込むように立つシャガル。
――あまりにも、完成された構図。
「……シャガ……」
名を呼ぶ声は、
言葉になる前に、遮られた。
――唇が、重なる。
短く、深く、
ためらいも、確認もない。
有無を言わせぬ――完全な“不意打ち”。
その瞬間。
時間が、止まった。
誰もが、
呼吸を忘れ、
目を逸らすことを、許されなかった。
リア
「……っ」
ロイロ
「……」
ナイル
「…………」
シュン
「………………」
シュシャ
「……な……」
シアン
「……」
レオ
「……おぉ……」
それは、甘美な口づけではない。
情を確かめ合うものでもない。
――宣告。
言葉にすれば、きっと、こうだ。
「こいつは、余の妻だ」
声に出さずとも、
視線と、仕草と、重なった唇が、
それを余すことなく語っていた。
灯りの中で、
王と、その妻。
並び立つ姿が、あまりにも美しく、
あまりにも自然で、
誰の目にも――お似合いすぎた。
(……これじゃ……)
(……まるで……)
(……この二人が……)
(……“正解”だと……)
(……宣言されているみたいだ……)
そんな感覚が、
見る者すべての胸に、静かに落ちる。
――比較する余地すら、残さずに。
唇が離れた瞬間、
レイラの顔が、遅れて、熱を帯びる。
「……な……っ」
「……なにを……」
声が、かすかに震えた。
シャガルは、
その反応すら当然だとでも言うように、
淡々と告げる。
「おやすみ、レイラ」
「何かあれば、余を呼べ」
――それだけ。
独占も、誇示も、
すべてを終えた男の声。
レイラは、言葉を失ったまま、
その場に立ち尽くす。
誰も、動けない。
(……見せつけられた……)
(……完全に……)
(……入り込む余地が……ない……)
ナイルでさえ、
軽口を叩くことができなかった。
ロイロは、無言で視線を逸らす。
シュンは、拳を握りしめ、
俯いたまま、動かない。
リアは、息を呑み、
ただ、レイラの姿を見つめていた。
(……レイラ……)
(……守られてる……)
(……そして……選ばれてる……)
シャガルは、もう振り返らない。
それが、
「他の男ども、見たか」
そう言わずして、
すべてを語る背中だった。
それは、
逃げ場のないほど確かな、
“選ばれた”という鼓動だった。
――――――――
廊下に残った沈黙は、
まだ、冷えたままだった。
誰も、声を出せない。
誰も、動けない。
――その中で。
最初に、息を取り戻したのは、リアだった。
レイラの指先が、
わずかに震えているのを見てしまったから。
何も言わず、
ただ、そっと近づく。
そして。
レイラの手を、取る。
強くはない。
引きずるようでもない。
けれど――
「離さない」という温度だけは、はっきりとある。
「……行こ」
それだけ。
レイラは、何も言えなかった。
言葉を探す余裕も、
笑う力も、
気丈でいようとする意志さえも――
もう、残っていなかった。
ただ、リアに引かれるまま、
歩く。
背後で、
誰かが視線を逸らした気配がした。
誰も、追ってこない。
それが、
あの口づけの“結果”だった。
◆
部屋の戸が、閉まる。
ガタン、という音。
――その瞬間。
レイラの足が、止まった。
次の瞬間には。
「……っ……」
声にならない息と一緒に、
膝が、崩れる。
耐えていたものが、
一気に、落ちた。
「……っ……う……」
涙が、溢れる。
堰を切ったように。
肩を震わせ、
顔を覆い、
嗚咽すら噛み殺そうとする。
――いつもの、レイラだ。
泣くことすら、
人に見せまいとする。
リアは、すぐに屈み込んだ。
迷いなく、
抱き寄せる。
「……いいよ」
背中に手を回し、
ぎゅっと、包む。
「ここは、私だけ」
「……誰も、見てない」
その言葉に。
「……っ……リア……」
やっと、声が、出た。
涙で、ぐしゃぐしゃになった声。
「……私……」
言葉は、続かない。
何がつらいのか、
何が怖いのか、
自分でも、まだ整理できていない。
ただ――
耐えられなかった。
リアは、何も聞かない。
聞かずに、
ただ、抱きしめ続ける。
レイラの額に、
そっと、自分の額を寄せて。
「……大丈夫」
「今日は、一緒だから」
「ちゃんと、話そう。」
その言葉に、
レイラの肩が、さらに震えた。
「……っ……」
泣き声が、
もう、隠れなくなる。
レイラは、リアの服を掴み、
縋るように、顔を埋めた。
強い姫は、
ここには、いない。
いるのはただ、
選ばれたことで、
逃げ場を失った女だった。
夜は、まだ、長い。
そして――
この先で語られる言葉は、
きっと、もっと、深くなる。




